Episode6. 勇者パーティーの仲間に魔王が混ざってるらしい。 前編
side クロナ・ルシルフェル
───勇者が振るった聖剣が、魔王ロンダルギアの首を切り落とした。
「勝った⋯⋯」
「で、ござるな」
宙を舞った首が地面に落ち、魔王の体が地面に倒れる。その光景を目にしてようやく戦いが終わったのだと実感した。
聖剣を天に向けて掲げるロイドに向かってシェリルが駆け寄っていくのを横目に、疲労困憊で肩で息をしているタケシの体を支える。体中傷だらけ⋯⋯、後衛の私たちが傷一つついていないのはタケシが私たちを護りその傷を一身に受けたから。
「無茶ばかりするね」
「レディを護るのは某の役目でござるからな」
「なにそれ」
タケシとは幼少の頃からの長い付き合いだけど、たまに言っている事が分からない時がある。そういう時は聞いてもはぐらかされて終わるから面白くないよ。
でも、今はそんな些細な事は気にならない。勇者パーティー結成から続く長い魔族との戦いに終止符が打たれた。私たちの戦いもようやく終わる。
「魔王が倒れた事で魔族はまた表舞台から姿を消すだろう。倒し切る事は出来ぬが、一時の平和が訪れる。その平和の中で妾と愛し合おうではないかタケシ」
気付いたら私の反対側にシルフィがいた。私と同じようにタケシの体を支えながら、片手でタケシの胸元を撫でる姿は同性から見ても艶めしい。
って!何してるの!
放っておいたら二人だけの空間を作ってベタベタしてそうだから、魔法を使って引き離そうとしたけど、動かない!
こう見えて私は世界でも一二を争うレベルの魔法使いだよ!その私の魔法に対してここまで抵抗できるの? 仲間としては心強いけど、謎が多いから少し怖いよシルフィ!
「ニャーの番にベタベタするのはやめて欲しいのー」
「少なくともお前のものじゃないよジェシカ。アタイのものでもないけど⋯⋯タケシがどうしてもって言うならアタイがタケシのモノになっても⋯⋯」
タケシの元に集まるエルザとジェシカ。二人の熱い視線はタケシに向けられている。この二人もライバルなんだよね⋯⋯。
以前はタケシの事を毛嫌いしていたって記憶していたのに、何があったら二人から好意を向けられる事になるの? ただでさえメリルちゃんや、シルフィって恋のライバルがいるのに!
「いや、モテる男は辛いでござるなっ───痛いでござる!」
だらしなく顔を崩して嬉しそうなタケシの足の先をシルフィが踏んづけたのが見えた。彼女がやってなかったら私が踏んでたよ!
モテて嬉しいのは分かるけど、私たちの気持ちも少しは察してよね、もう!
タケシを中心に彼に好意を向ける仲間たちと笑いあっていると、コツコツという足音が聞こえた。音の先に視線を向けると苦笑いを浮かべながらこちらに歩み寄ってくるロイドとシェリルの二人の姿があった。
「魔王を倒した主役を置いて盛り上がらないでくれないかな?」
「まだ盛り上がってないでござるよロイド殿!主役が遅れて到着したから、今から盛り上げるのでござるよ!」
ロイドに駆け寄ってタケシがその背中を叩きながら笑うと釣られるようにロイドも笑う。本当に仲がいいねー、二人は。
私たちの支えを振り切るようにロイドに駆け寄っていったから、ついつい強めの視線を向けてしまう。それはシルフィも同じだった。
ロイドが男で良かったかな? 女だったら強敵だったに違いないもん。もちろん恋敵的な意味で。
「さて、魔王も倒した!シェリルに傷を治して貰ってから帰ろうじゃないか」
ロイドの言葉に皆が元気よく返事をする。魔王を倒した⋯⋯その達成感、高揚感に包まれていた。
「え?」
───そんな中、気付いたのは私だけだった。
倒れたまま動く気配のない魔王ロンダルギアの遺体。その遺体から黒い影のようなモノが盛り上がっていた。
パーティーの皆はロイドやタケシを中心に話に盛り上がっていて気付いていない。シェリルに回復されながら今後の事を話していた。
異変を発見したのなら、素早く報告。タケシがパーティーに加入してから徹底していた報連相を厳守して、皆に異変を伝えようと口を開いた。
「ロンダルギアの遺体はどうするの?」
───え?
私の口から出た言葉は、思い浮かべたものと違った。違う、そんな事を伝えようとしていた訳ではないの。異変が起きたと伝えようとしても何故か私の口は開かない。
開いたとしても私が言おうとしている言葉を発しない。それだけじゃない、私の体なのに思い通りに動かない。勝手に動く体はパーティーの皆と共にロンダルギアの遺体の埋葬を行った。
宿敵ではあるけど、死して尚憎むべきでは無い。丁重に葬ろうとロイドが決めた。
『あたしは、死んでなんていないのにね』
───私の頭の中で響いた言葉が全てだった。
『気付いていると思うけど、貴女の体の主導権は既にあたしが奪っているわ。体を動かす事もこの事を仲間に話す事も出来ない』
聞き覚えのある声。この声はほんの数分前に死闘を繰り広げた宿敵、魔王ロンダルギアの声だ。
けど、なんで私の頭の中でこの声が響くの? 主導権を奪った? 魔物と同じ事をロンダルギアも出来るっていうの?
『そんな低級の魔物と一緒にしないでちょうだい。レイスが奪えるのは体の上辺だけよ。憑依した相手の体を操れるだけで、言葉や魔法までは止められないでしょ? あたしの能力はもっと上よ』
体を動かそうと意識しても指一本動かない。言葉を発しようとしても口は開からない。なら魔法は?
魔法を使おうと意識を集中すると魔力が集まるのを感じた。集まった魔力を体中に巡らそうとすると、別の力が干渉して集まった魔力が飛散した。
『言ったでしょ?貴女の体の主導権は既にあたしが奪っている。魔法を使う為に魔力を巡らせようとしてもあたしの意思で止める事が出来るの』
もう一度意識を集中する。胸の中心が暖かくなっていく。魔力は集まった。胸の中心に集まった魔力を右腕へと巡らせたタイミングで、先程と同じように飛散した。
ロンダルギアの言葉は嘘ではないみたい。
『体も言葉も魔法すらもあたしの思いのまま。抗う事すら出来ない絶対の能力。だから己の無力を恥じなくていいわ。むしろ誇りに思っていい。
本来ならあたしの能力を受けた時点で体の主導権だけでなく精神まで、あたしに奪われる。この体の持ち主がそうだったようにね。けど、貴女は意志の強さだけで、あたしの支配を跳ね除けている。だから誇っていいわよ』
───今の貴女には何も出来ないでしょうけど。
嘲笑うような声。だからと言って、はいそうですかと納得は出来ない。抗うように体を動かす。指が動いた? 私の意志の通りに腕が動く。
主導権を奪ったと言っても完璧じゃない?なら、何とかなるかも知れない。前を歩くタケシに異変を伝えようと。口は動かなくても、言葉を発せなくても伝える方法はある。
タケシの肩を叩こうと伸ばした右腕が動かなくなる。そして、私の意思に逆らうように人差し指一本だけを立て、タケシを指差した状態で止まった。どういう事?
『抗える訳ないでしょ。今のはたまたまあたしと貴女の動きが噛み合っただけ。そして当然だけど、目的は違うわ』
胸の中心に魔力が集まっていく。
『無防備な背中よね。誰もこの体をロンダルギアが奪ったと思っていない。今、魔法を放てば簡単に殺せるわね』
頭に響く声が、嫌な光景を連想させる。私が勇者パーティーの仲間を殺す? これまで苦節を共に乗り越えてきた仲間を? 友達を、恋敵を、想い人をこの手で殺す?
そんなのは嫌!させてたまるか!!
『なっ───!!』
───胸の中心に集まっていた魔力が飛散する。
体を動かす事は出来なくても魔力を集める事は出来ていた。体中を巡らそうとすると干渉を受けて魔法は使えない、けど魔力の操作自体は出来た。なら、私の意思で集める魔力を消す事もできる!
『なるほど⋯⋯少し貴女の事を甘く見ていたわね』
───また、胸の中心に魔力が集まる。
何度やっても同じ!仲間は傷付けさせない!意識を集中して集まった魔力を掻き消す。
『体の主導権は奪ったけど、⋯⋯そうよね。魔法を使うのに必要なのはイメージ、そして集中力。貴女の精神がある限り、魔力の操作の妨害が出来るって訳ね』
体はロンダルギアに奪われている。けど、精神は奪われていない。魔力の操作に必要なのは精神力。体の主導権を奪われても私の意思が残っているのなら、魔力を操作する事は出来る。
『魔力は現状だと共同───貴女にもあたしにも操作出来る。そうなるとお互いに魔法の発動を妨害し合う事になる。面倒ね』
貴女が私の魔法の発動を阻止するように、私も貴方に魔法を使わせない。
自慢じゃないけど、私は非力よ!ドワーフらしく小柄だし、勉強ばかりしてたから子供にも劣る身体能力!
魔法が使えない私の体を自由に動かせても私の仲間は殺せない。何だったら騎士でも戦士でもなんでも無い、何処にでもいる庶民にすら負ける自信がある!
『言ってて悲しくならない? 』
言わないで!
『まぁいいわ。⋯⋯でも、困ったわね。これだとあたしを殺めた勇者パーティーも、あたしを裏切った愚か者も始末できない』
タケシを指差していた右腕がゆっくりと下がっていく。ため息が漏れた。私のものでは無い。ロンダルギアがため息をついた?
前を歩くタケシが私の───正確に言えばロンダルギアがついた───ため息に反応してこちらに振り返る。
「どうしたでござるか、クロナ殿」
「国に戻った後の事を考えてね、ちょっと嫌な気分になっただけ」
ロンダルギアが返答を行う。
気付いてタケシ。今喋っているのは私であって、私じゃない。声は似ているけど、発音に違いがある。似せようとしているけど、完璧じゃない!
だからこの違和感に気付いて欲しい。他でもない、タケシに気付いて欲しい。
「国に戻った後? ⋯⋯あー、理解したでござるよ。魔王を倒して、はい終わりではござらんからなー。政治的なやり取りもある訳でござるか」
「魔王を倒した後の方が忙しいかも知れないね。タケシの苦手な堅苦しい公の場に何度も出ないといけないよ」
「ロイド殿も、苦手でござろう!貴族の御方に社交界に招待されるといつも壁の花になっているではござらんか!」
「それは君も一緒じゃないか」
二人揃って笑い合っている。
私の想いはタケシに届いていない。仲間に届いていない。気付いてくれない。誰も、私に起きた異変に。
『期待しても無駄よ。体を奪った時に脳から情報を読み取っているわ。あたしはその記憶から貴女を真似る。多少の違和感はあっても不信にまでは至らない』
それでも勇者パーティーの仲間なら。タケシなら。
『気付けるかも知れないわね。だから消す事にするわ、貴女に近しい人間たちを。バレないように順々に消していく。誰も気付かない。だって思いもしないでしょ?』
───魔王を討伐した勇者パーティーの仲間に魔王が混ざってるなんて。
『貴女の魂とあたしの魂は一つに混ざり合っている。魂を見る事が出来るシルヴィだって直ぐには気付けない。クロナはロンダルギアであり、あたしは貴女なのよ。あたしが死ねば貴女も死ぬ。一心同体ね』
だから? 脅しにはならない。死にたくなければ貴女の邪魔をするなと言いたいのなら、残念ね。仲間を───大切な人を傷付けるくらいなら私は死んだ方がマシ。
貴女が仲間に危害を加えられないように、私は必ず貴女の邪魔をする。
『忘れたの?貴女の体の主導権を握ってるのはあたしよ』
貴女こそ忘れたの?あたしの体は魔法が使えなかったら子供にすら劣る貧弱なものだって。
不意をついたって勇者パーティーの仲間は殺せない。人を殺せるだけの力がないから。
『不便な体ねー』
なら返してよ。
『それは嫌。この体は既にあたしのもの。そうねー、なら貴女も覚悟しておきない』
覚悟?
『そうよ。今の貴女に眠る事が出来るか分からないけど、あたしの邪魔をするなら今この時から一睡も出来ないわよ。貴女が眠った瞬間、あたしは自由に魔法を使えるようになる。
仲間を傷付けさせない為に眠気に耐えて、神経をすり減らしながら妨害してみなさい』
なら、貴女も覚悟しておいて。私はこの時から一睡もしないで妨害をしてあげる。魔法の妨害だけじゃない、貴女自身の睡眠の妨害もね。
『⋯⋯あたしが眠れば、貴女が魔法を使うって言いたいのね』
そうよ。私が眠れば貴女が魔法を使えるように、貴女が眠れば私も魔法を使える。貴女がもし、この先眠るような事があれば私は魔法を使って自害をする。
『根比べって事ね、面白いわ』
私は肉体は頑丈じゃないけど、ドワーフらしく心は頑丈。根比べで私に勝てる?
『誰にものを言ってるの?魔王が相手でも威勢がいいけど、後で後悔しても知らないわよ』
私は後悔なんてしない。全力で貴女に抗う。逆に私の体を奪った事を後悔させてあげる。
『そう⋯⋯なら、せいぜい抗いなさい』
『───貴女の心をゆっくり、じっくり、壊してあげる』
その言葉の意味を理解したのは、全てが終わった後だった。
クロナ視点での個人エピソード、前編となります。
長くなるので二つに分けました。
凄いどうでもいい話をしますと、拙作のタイトル『勇者パーティーの仲間に魔王が混ざってるらしい。』
このタイトルの『混』を『交』にするか最後の最後まで迷ってました。
最終的に魔王と仲間が混ざり合っているから『混』でいいやって、考えるのを放棄して連載を開始しましたね。はい。
そんな話はともかく、個人エピソードの後編に関してですが───皆様も既に分かっておられると思いますが、既にバットエンドが確定したお話です。
なおかつ、胸糞の悪い話もありますので苦手な方は飛ばして貰ってもストーリー的には問題ありません。
最後に次回更新についてですが、諸事情でバタバタしておりまして今回と同じく二週間後を予定しております。
更新が遅くなり申し訳ありません。引き続きよろしくお願いします




