149.かつての名前
「カイル?」
目が覚めた。正確に言うなら意識が覚醒したと言うべきか。タイミング良くノエルの声が聞こえたのもあり、その声に導かれるように目を開く。
視界に最初に映ったのは俺の顔をジッと見つめるノエルの顔。目が合うと安堵するように息を吐いた。
「無茶をしたね、君も」
「そうか? ⋯⋯そうだろうな」
意識を失う前に見たノエルの心配そうな表情を確かに覚えている。ディアボロも重症ではあったが、俺も人の事を言えない程度には負傷していた。
傷だらけの青痣だらけ、腹部の肉はエグれているし骨も何本か折れていただろう。アドレナリンやら何やらで痛みを忘れて戦っていたが、良く勝てたとしみじみ思う。
さて、今はどういう状況だ? 意識を失う前に嫌という程味わった痛みは綺麗さっぱり無くなっている事から、ノエルが治療してくれたのは分かる。
───ディアボロは?
彼女は生きているのか? 生きていて貰わないと困る。魔王やコバヤシの件もあるが、何よりユニコーンの居場所を教えて貰わないといけない。
ディアボロの事が気になって体を起こそうとしたが、ノエルに上から押さえ付けられた。頭に当たる感触は地面じゃない。今の自分の体制や映る光景をから考えるに、ノエルの膝枕か?
考えるより確認した方が早いか。少しだけ頭を動かせばノエルの上半身が視界に映る。顔を横に向ければ彼女の腹部が視界いっぱいに広がるだろう。流石にそんな事はしないが⋯⋯。
顔を戻せばノエルと目が合った。目を合わすや否やため息を吐くのはどうなんだ?
「君の事だ、自分の事より四天王の事が気になったんだろ?」
「⋯⋯鋭いな。そうだ、今俺が気になっているのはディアボロの安否だ」
「はぁ⋯⋯僕を目前にして他の女の心配かい?」
失言だったか? 不機嫌そうに眉を寄せたノエルを見て、言い訳の言葉を探したがそれより早く彼女が口を開いた。
「安心しなよ。あの女なら生きているよ。カイルのお願いだったから仕方なく回復したさ」
「そうか⋯⋯良かった」
「良かった⋯⋯じゃないよ。君もあの女も僕が駆け付けなかったら死んでいたんだよ!あの女と心中でもするつもりだったのかい!?」
「ノエルを残して死ぬつもりはないさ。もうノエルの事を悲しませるつもりはないからな」
「そんな安っぽいセリフで僕が騙されると本当に思ってるのかい? これだから凡人は」
フンッと鼻を鳴らして顔を背けたノエルの耳が少し赤くなっていた。言動とは裏腹に表情には出やすいな。ノエルの様子に思わず笑ってしまったが、彼女から鋭い視線が下りてきたので閉口する。
またため息を吐かれた。
今の流れで聞にくい事ではあるが、ディアボロがどうなったか確認したい。膝枕の状態で軽く辺りを見渡したがディアボロの姿は確認出来なかった。生きてはいる事は分かったが、何処にいる?
「それでディアボロは?」
「逃げたよ」
「逃げた?」
「回復魔法をかけると直ぐに逃げていったよ。襲ってくる可能性も考えて最低限の治療しかしなかったんだけど、僕とした事が油断したね。本当に逃げ足の早い種族だ」
呆れたように首を振るノエル。
そうか、ディアボロは逃げたか。この場に姿が見えなかったから何となくそんな気はしていた。ディアボロの性格を考えれば治療を行ったノエルを襲うとは思えなかった。それに決着の着いた戦いに水を差すタイプではないだろう。
一人納得しているとジト目のノエルと目が合う。なんと言うか圧力を感じる。
「それで、どうするつもりなんだい?」
「どう、とは?」
「ユニコーンの事だよ。僕のミスもあるけど、聞き出す前に逃げてしまったからね。このままだとユニコーンの居場所は分からないままだよ」
「そうだな⋯⋯けど、その件は大丈夫だと思う」
「根拠は?」
「言えない。ただ、そんな気がするだけだ」
直感に近いな。ただ、何となくディアボロが今晩夢の中出てくるような気がした。ノエルにその事を伝えても『ふざけているのかい?』と一蹴されるのが目に見えているので、言葉はぼかした。
納得していない様子のノエルに『俺に任せてくれ』と彼女の目を見て、しっかりと伝えるとそれ以上の追求はなかった。ため息を吐いていたがな。
「カイル一つだけ約束をして」
「約束?」
「うん。無茶をしないでとは言わないさ。けど、僕の知らない所で死なないで欲しい。死ぬのなら僕の傍で死んで欲しい」
「ははは!傍で死んで欲しいより、生きてくれの方が俺は嬉しいんだけどな。そんなに死にたがりに見えるか俺は?」
「凡人の君には背負いきれない重荷を、無理に背負おうとしているようには見える。死にたい訳ではないと思うけど、弁えないと本当に死ぬよカイル」
背負いきれない重荷か⋯⋯。反論できないのが辛いところだ。俺がもっと強ければ、もっと賢ければ俺が抱える問題もスマートに解決できただろう。
残念ながら俺の才能ではコレが限界だ。だから精一杯足掻いている。ノエルから見れば無理しているように見えるんだろうな。
「そうだな⋯⋯俺も死にたい訳じゃない。だから無理をしているようだったら、ノエルが止めてくれ。他の誰でもないノエルの言葉なら俺も納得出来る」
「納得しないよ、君は」
即、否定された。
「だからカイルが無茶しないように僕が傍で支えてあげるさ。天才である僕が支えれば凡人でも重荷は背負えるよ」
「そうだな⋯⋯、悪いけどお願いするよ。これからも頼むよノエル」
それから小一時間ほど、ノエルと二人きりで会話をした。心配したとか、隠し事が多いとか、苦言が多かったな。だいたい悪いのは俺の方だから、ひたすら謝っていたよ。
他にも、もっと僕の事を愛してよと、とろんとした目で迫って来た時は困った。タイミング良く───ノエルからすればタイミング悪く───俺たちを探してトラさんがやって来て共に村に帰る形となった。
その日の晩は勇者パーティーの歓迎会という名の宴が開かれた。勇者パーティーと言うよりトラさんを歓迎していた感じだったな、うん。
エクレアとダルが村人と共に取ってきた肉だったり、彼らが育てた野菜、サーシャがご満悦だったお酒など、歓迎会の為に用意された料理の数々に舌鼓を打ちながら皆が宴を楽しんだ。
散々お腹を殴られたディアボロとの一騎打ちの後だったのもあって、食欲は落ちていたがその場の雰囲気は十分に楽しめたな。良い宴だったと思う。
夜が更ける前に宴はお開きとなり、村人たちが用意してくれた寝床でその夜は眠りについた。そして、やはりというべき⋯⋯夢の中にディアボロは現れた。
「やっほー、元気そうだね⋯⋯カイル」
「言葉を返そう。元気そうだな、ディアボロ」
「元気じゃないよ!カイルの愛が重すぎて、お姉さんの体はボロボロだよ」
ほら、コレを見てよと青痣の残る肌を見せてくる。ノエルの魔法によって傷の癒えた俺と違い、まだ傷の残るディアボロの姿を見ると心が痛むな。
もっとも、ディアボロが逃げなければこの傷も完治していた事だろう。
「それで、用件があって夢の中に出てきたんだろ?」
「そうだねー、カイルには色々と言いたい事はあるんだけど⋯⋯一先ず約束を果たそうかな」
「ユニコーンの居場所だな」
「カイルの戦いの目的だしね。ちゃんと約束は護るよ。こう見えてお姉さんは律儀だからね」
パチンっと俺に向かってウインクをしてきた。様になっているのが腹立たしい。
「⋯⋯ユニコーンは何処にいる?」
「場所は言っても分からないと思うよ。だから、カイルと戦った場所に地図とユニコーンを閉じ込めている檻の鍵を置いておくよ。地図を見ればカイルの仲間の獣人なら案内が出来るんじゃないかな」
「お礼を言うのはおかしいか」
「そうだねー。お姉さんがユニコーンを捕えなかったらそもそも必要がなかった事だし⋯⋯それに一騎打ちの勝者はカイルだ。勝者への報酬にお礼は不要だよ」
「そうか」
満足気に微笑むディアボロを見ると、一騎打ちの結果に不満はないようだな。死んでもいい気分と言っていたディアボロを俺の都合で生かした事に苦言の一つくらい出るかと思っていたんだがな。
「満足したか?」
「んー、満足したと言えばしたかな。最高の殴り愛だったし。最後の最後で部外者が来たけど、カイルの愛の言葉を聞けたから、生きようって思えたしね」
「愛の言葉⋯⋯?」
「言ったじゃないか。お前が必要だって。お姉さんの事が欲しいんだろ? 」
───思考が止まる。
確かにディアボロにお前が必要だと言った。けど、それに深い意味はない。少なくともディアボロが言うような愛の言葉では決してない。
勘違いが助長しないように、訂正したら『そんなの分かってるよ』と笑い飛ばされた。は?
「お姉さんはこう見えて経験豊富だからね。言葉の意味は分かっているつもりだよ」
「なら、なんでそんな風に言った?」
「愛した人に必要だって言われて、喜ばない女はいないよカイル。分かってて言ったろ⋯⋯罪な男だよ全く」
やれやれと首を振る姿にイラッとくる。絶妙にムカつく顔をしているんだが⋯⋯煽ってるのか?
思わずため息を吐く。そんな俺の様子に笑い声を上げるディアボロを見て、深いため息を一つ吐いた。
「そんな罪な男のポイントを稼ぎたいからさ、お姉さんからとびっきりの情報をあげる」
「その不名誉な呼び方はやめてくれ」
「とびっきりの情報の方に食いつこうよカイル。カイルが欲しているモノだよ」
ディアボロがニヤッと笑う。俺が欲している情報だと?ユニコーンの事ではない。そうなるとディアボロが指す情報は一つだ。
───仲間に紛れた魔王の情報。まさか、知っているのか?
「カイルはさ、魔王様を探しているんだよね?」
「そうだ。俺の記憶を読んだのなら事情は知っているな?」
「だからこうして夢の中に出てきた訳さ!教えてあげるよ、カイルが求めている魔王様の情報を!」
───ざわつく心を沈める為に深く息を吐く。
手掛かり一つ見つからない魔王探しに光明が差したように思えた。それでも浮き足立ってはいけない。ディアボロの言葉に隠された嘘がないか、見極めなければならないからな。
「その言い方から察するにお前は魔王を知っているのか?」
「知っているけど知らないって答えておこうかな」
どっちだよ!
いや、ディアボロの表情から察するに冗談を言っている訳では無いな。知っているけど、知らない?どういう意味だ。
「お姉さんはこう見ても四天王だからね、それなりに魔王様の信頼を得ていたんだよ」
「過去形だな」
「うん。得ていたんだ。四天王の裏切りが起こるまではね」
「『不死の女王』シルヴィ・エンパイアか」
「正解!」
四天王の裏切りと聞いて頭に思い浮かんだのはシルヴィの事だ。俺の知る限りで魔族の四天王で裏切ったのシルヴィだけ。愛するタケシさんの為に彼女は裏切り、勇者パーティーと共に魔王と戦った。
「信頼する四天王に裏切られてから魔王様は疑心暗鬼になっちゃってね、四天王の前にすら姿を現さなくなったんだ」
「待て、何を言っている? 」
シルヴィに裏切られた魔王は、タケシさんが加入していた四代目勇者パーティーによって倒されている筈だ。疑心暗鬼になって姿を現さなくなった? まるで倒された魔王が生きているような言い様だ。
「知っているけど、知らないって言うのは今の姿と名前は知らないけど、かつての姿と名前は知っているって意味」
「まさか⋯⋯」
有り得ない可能性が能力に浮かぶ。思案している俺に、ディアボロが問いを投げてきた。
「カイルはさ、疑問に思わなかった?」
「何をだ?」
「今代の魔王様は同族である魔族の前にすら姿を現さないって広まってるでしょ? 疑問に思わない? 姿を見せない魔王様になんで魔族が従うかって」
「それは⋯⋯」
───見落としていた。
今の基準で考えるからこそ大事な事を見落としていた。今でこそ今代の魔王の強さ周知されている。ミラベルの評価もそうだが、五代目勇者パーティーをハロルドを除いて壊滅された実力は確かだ。
その強さを認め、魔族は魔王に従っていたと思っていた。けど、姿を見せない魔王の強さをどうやって知る? 魔王が表舞台に出て戦った相手は勇者パーティーだけだ。魔王の強さを知る機会などない。
「魔族が従うのは、魔王様が誰か知っているから。姿を見せないから今の姿も名前は知らないけど、かつての魔王様を知っている。その強さも残酷さも」
───点と点が繋がっていく。だが、疑問は残る。
「お前が言う魔王は四代目勇者パーティーに倒された筈だ」
「カイルが言うように倒す事は出来たよ⋯⋯けど、殺し切る事が出来なかった。魔王様の能力を知らなかったから」
「能力だと?」
「そう。魔王様はね⋯⋯『対象とした相手に憑依し体を奪う』能力を持っていた。察しの良いカイルなら分かるよね?魔王様は」
「転生者という事か」
俺の答えが正解だと言わんばかりに満面の笑みをディアボロが浮かべる。
───俺が能力を持つように魔王も持っていた訳だ。魔法とは違う不可能を可能にする能力を。
「カイルも調べていて違和感はなかった? 魔王様を討伐した後で可笑しな動きをする勇者パーティーの一員がいたと思うけど」
───点と点が、また一つ繋がる。
道理でシルヴィが四天王だと気付けた訳だ。肉体関係を持つほど親密な関係にあったタケシさんですらシルヴィの『擬態』に気付けなかった。
どうやって彼女がシルヴィに気付いたのか疑問に思うべきだった。ディアボロが言うように魔王が彼女の体を奪ったのだとすれば、シルヴィを真っ先に狙った理由も納得がいく。
自身を裏切ったシルヴィを許せなかった訳だ。
「今は誰の体を乗っ取っているかクロヴィカス以外誰も知らなかった。今がどんな姿でどんな名前なのか分からない。けど、魔族は魔王様の事を知っているからかつての名前でこう読んでいる」
───ロンダルギア様って。




