147.相死相哀ノ殺シ愛Ⅲ
魔力は常に体の中を巡っている。血管を流れる血液のように産まれた時から存在する、この世界では当たり前の力。
幼い子供でも無意識の内に魔力によって肉体を強化していると言われている。それが遺伝子によるものなのか、あるいは生存本能によるものなのか、答えはまだ判明していない。
「ほら!ほら!ほら!避けてばかりいないで攻撃してきなよ!」
「簡単に言ってくれるな!───っ!」
「いいのがが入ったね!大丈夫でちゅかー?」
「⋯⋯それはお互い様だ!!」
「あっ───くふ!」
肉体の強化はこの無意識下で流れる魔力の量を意図的に増やして行うもので、増やした魔力量に比例して肉体が強化される。専門家ではない為、どういう原理で強化されているのか分からないから、説明は期待しないでくれ。
分かっている事は元々の肉体の強度───筋肉であったり五感、総じて身体能力が高い程魔力の強化の恩恵が大きいとされている。早い話、筋トレなり何なりで体を鍛えれば鍛える程に魔力の強化は意味を成す。
重要なのは基礎となる肉体。どれだけ魔力があっても強化される比率は肉体の強度に依存する。膨大な魔力があれば強靭な肉体を得られる訳ではない。魔力による強化中はずっと魔力を消費し続けるから、あるに越したことはないがそれは今は置いておこう。
「今のは良かったよ!『五指強拳』だったかな? いい技だよ!」
「ぐっ!───殴りながら褒めるな!?」
「カイルの一撃で濡れちゃったからねー!言わないと淑女じゃないでしょ?誇っていいよカイルぅー」
「頼むからもう少し淑女らしくあってくれ!───ぐっ!」
「前も言ったじゃん!淫魔に淑女さを求めないでよ───っ!」
───大前提として魔力は目で見る事は出来ない。
一部の例外を除いて、魔法として発現する以外に目視する術はない。肉体の強化も魔力で外を覆うのではなく、内側から強化するイメージだ。それ故に魔力を扱う際に必須となるのが『感じる力』そして魔力の動きを作る『イメージ』───この二つだ。
魔力はこの世界の誰しもが持つ力だ。普段、無意識の内に使っている魔力を認識する術は幾つかある。魔石の持つ魔力を溜め込む性質を利用して、自身の魔力を魔石に込める事での力の流れをその身で覚えるという方法。
言葉にすると難しそうに聞こえるが、実際は単純なものだ。魔石を握り力を込める、それだけだ。後は魔石が勝手に魔力を吸ってくれる。
魔力が体から抜けていく感覚から魔力の存在を認識出来る訳だ。
物凄い原始的なやり方を上げるなら、利き手に力を込め、意識を集中するというモノもある。感覚が鋭い者は魔力が利き手に集まる事で熱を帯びる感覚から、魔力を認識出来るとされている。俺はこのやり方で魔力を認識した。
一般的になっているのはドワーフが開発した魔道具だな。基本的に魔道具は魔力を込めると効力を発揮する。魔道具のエネルギーの源は魔石だからな。前世で言う電気の代わりのエネルギーが魔石に蓄えた魔力だ。
魔力の込め方も魔道具に触れるだけで良かったりと、簡単なモノが多い。つまるところ魔道具を使うだけで、自然と魔力を認識する訳だ。
魔道具が流通した現代では日常生活を送っていれば魔力を感じる感覚は身につく。俺の場合は前世の記憶を持っている影響で、その感覚を認識するまで時間がかかってしまった。
体の中を巡る魔力を感じる事が出来たなら、後はその力を動かすイメージをするだけだ。肉体の強化だけでなく、魔法を使う為には魔力を体の中を巡らせ動かさなくてはならない。
これは俺の感覚でしかないんだが、魔力を作る器官は心臓の直ぐ近くにありそこから魔力を引き出し、体全体に広げたり体の一部分だけ魔力を流したり、魔法の発動の為に体中を巡らせたりする。胸の奥から込み上げてくる熱い何かを操る感じだ。
「もっとだよ!もっともっともっと!もっともっと!カイルの愛をお姉さんにちょうだい!」
「悪いが俺はお前を愛してなんていない!ただ、お前を倒す為だけに戦ってるだけだ!」
「そんな事を言いながらこんなに痛めつけているじゃないか!お姉さんにこんなに痛みを与えておいて!愛していないなんて寂しい事言うなよ〜」
「お前が言う『愛』は俺が思っているものとは違うだろ!?傷付け合う事が愛し合う事だと言うのなら、そんな愛は俺は御免だ。 その愛とやらを受け止められる者を探すといい!」
「いるじゃない!今私の目の前に!」
───さて、先も言ったが魔力による強化は己自身の肉体に比例する。それは武器や防具も同じだ。
今更な話ではあるが肉体と同じように武器や防具も魔力を流す事で強化する事が可能だ。
ただし、相手の攻撃を防ぐ為に防具に魔力を流して強化する、相手を切り裂く為に武器に魔力を流して強化する、どちらの強化も武器と防具の性能に依存する。
極端な例を言えば同じ量の魔力を流して強化したとしても、名剣は何でも切れる剣になるのに対して、鈍は少し切れ味が上がるだけの結果に終わる。元が良くなければ魔力で強化しても性能は伸びない。
俺がデュランダルを手放せない理由の一つだな。今まで多くの剣を握ってきたが、未だにデュランダルを超える剣にあった事がない。そんな一級品の剣に魔力を流せば、容易く敵を切り裂く事が出来るだろう。能力に依存しているのも大きいがな。
「『加速』!」
「『五指強拳』!」
魔法によって加速したディアボロの拳が先に当たる。威力が少しずつ増してきているな。想定よりも強い痛みを耐えながら、放った拳はディアボロに当たる。
避ける素振りをまるで見せない。プロレスでもしている気分だ。⋯⋯それにしても上手くいかないな。ディアボロに当てた『五指強拳』の手応えにまた失敗したと悟ってしまう。
「⋯⋯あぁん!!今のは意識が飛ぶかと思った!どれだけ私の事を愛しているんだい!カイル!」
「こんなにやりにくい相手はお前が初めてだ」
───先も言ったが魔力による強化は基本的に内側からだ。体や武器、防具の外側を魔力で覆う事は基本的にしない。
出来ないのではなく、しない。理由は単純で、魔力の消費が激しいのと操作が難しいからだ。
体の内側で操る場合は自分の力である為、操作は思い通りにいく。だが、外側に魔力を出す場合は大気に漂う『マナ』が干渉してくる為、思い通りにいかない。
「カイルからの愛に応えてあげないとね!凄いのいくよ!カイル!」
「応えなくてもいいぞ」
「恥ずかしがらないでよ!!さぁ、いくよ!これがお姉さんの愛!『加速』!!」
「───なっ!!」
ディアボロの姿が消えた。
魔法による加速だな。攻撃に備えようとしたが、気付いた時にはディアボロの顔が目の前にあった。防御は間に合わない。
加速した頭突きが直撃し、意識が飛びそうになった。走馬灯のようにジャングル大帝までの道中で、サーシャとトラさんの二人から受けた説明が脳裏に過ぎる。
サーシャ曰く、大気に漂う『マナ』は俺たちが扱う魔力と同じ性質を持っている。魔法として活用すると性質が変わる為『マナ』の干渉を受けないが、魔力の場合は性質が同じ為体の外に出ると『マナ』と溶け合って消えてしまうそうだ。
トラさんも魔力で体を覆って強化を試みたそうだが、体の外に出た瞬間に魔力が散っていくそうだ。サーシャの言葉を借りるなら『マナ』と溶け合っているのだろう。
散っていく魔力を操作するの至難の業⋯⋯出来たとしても短時間だけ。どう考えても実戦向きではない。
使い手は限られるが付与魔法を使った方が早いという結論に至っている。
使える回数に限りはあるが魔法を封じ込めた魔道具を使えば誰でも付与魔法は使えるしな。値段は俺たちでも簡単に手が出ないくらいにバカ高いが。
二人の説明を受けて疑問は解けた。同時にある事に気付いた。
───俺だけが『マナ』に干渉されずに魔力を外側で操作出来ている!
「くっ───今のは効いたぞ」
「お姉さんの愛は効くでしょ!?こんなにもカイルの事を愛してあげているんだよ!」
「勘弁してくれ⋯⋯」
今の一撃は本当に効いた。まだ脳が揺れている感覚がある。くそ!⋯⋯今の一撃も本来なら防げた筈だ。まだ操作が間に合っていない。
「⋯⋯イメージしろ」
「何か言ったカイル?」
俺が使う技に『空牙一閃』というモノがある。剣の外側に魔力を纏わせ、魔力の刃を作る事で剣の攻撃範囲を伸ばしているだけの単純な技だ。
この技を使う際に重要なのはイメージだ。使っている剣の刀身が伸びるようなイメージを浮かべ、魔力を放出しながら剣を振るう。そうすると魔力は形を作り剣の形となり敵を切り裂く。切れ味は使っている武器に依存している気がするな。そういうイメージだからか?
この技の利点は二つ。攻撃範囲が伸びる事。もう一つがデュランダルの能力に依存している『飛燕』と違い、この技は他の剣でも使用出来るという事だ。
剣士はどう足掻いても魔法使い相手に攻撃範囲で負ける。相手の魔法を躱しながら接近するしか戦う術がない。魔法が使えない俺はその事で悩み、どうにかして剣の攻撃範囲を伸ばせないかと相談した。
───この技はミラベルと共に考え、作り上げた技。ミラベル曰く、この世界では俺しか使えない。その理由が分かった気がした。
俺はミラベルが与えた能力のお陰で『マナ』の干渉を受けない。だからこそ体の外側で魔力を操作する事が出来る。
その事実に気付いたのが数日前というのもあるが、俺は『空牙一閃』を使う以外で体や剣の外側で魔力を纏わせた事はない。魔力を纏えば攻撃はより強く、防御は強固なモノになるだろう。なのに今までしなかった理由?
───俺の魔力が少ないからだ、言ってて悲しくなるな。
強力ではあるが外側で魔力を纏うのは消費がかなり激しい。『空牙一閃』も一日に使える回数は限られている。魔力の少ない俺には到底出来ない技術だった。
だが、今はミカから貰った神器『マナの泉』がある。魔力切れの心配はいらない。魔力の消費が激しくてもそれ以上に魔力が回復する、今なら使える筈。
イメージしろ。体の外側に魔力を纏わせるイメージだ。『空牙一閃』は剣に纏わせるイメージ。それを体に変えるだけだ。体を魔力が覆う、魔力を纏う自分をイメージしろ。
「何ソレ?」
───ディアボロが目を見開いて驚いていた。そんな表情もするんだな、意外な一面だ。
彼女の赤い瞳が揺れている。この戦いが始まって初めてじゃないか、ディアボロが動揺するのは?
「ようやく出来たか」
彼女の瞳に映る『赤い光』を全身に纏う俺の姿に、イメージ通りに魔力を纏う事が出来たと確信する。
赤い光か⋯⋯炎の付与魔法に近い気もするが、あれは実際に炎が付与されている。他の付与魔法とも違う。
これが魔力を纏った状態という事か。だが、俺のイメージと違って赤い光だ⋯⋯。もしかして属性の色か?俺の魔法適正は『火』だから赤い色?
だが『空牙一閃』の時の魔力の刃はデュランダルの刀身と同じ白銀。同じ魔力を纏うイメージなら、色が違うのはなんでだ?
疑問が浮かんでくるが、今は答えを探す時ではないか。
「何ソレ、お姉さん⋯⋯そんなの知らない」
「ただ魔力を纏っただけなんだが、それだけだと少し寂しいからな。タケシさんに見習って技名を付ける事にした」
体を纏う魔力は力強い光を宿している。この魔力もただこの身に纏っている訳ではない。『空牙一閃』のように魔力の刃をイメージして纏った。
今、俺が纏う魔力は剣のように鋭く、俺のイメージ通り敵を切り裂くだろう。言ってしまえば俺自身が剣になっている状態。故に───。
「『剣身モード』」
数秒の沈黙の後、この場にいる俺以外の二人が同時に喋った。
「ダサっ!」
「前のマスターと同じくらいネーミングセンスがないですよ、マスター」
───もう二度と貴方に習う事はしないと決めたぞ! タケシ!!!




