144.逢い引き
「これは獣道か?」
「ああ、コレが見えたという事は目的地までもう直ぐだな」
途中から人の手が少し加わった獣道が続いていた。トラさん曰く近くに住む住人が行き来に使っている道だと言う。本格的な手入れをしていないのは侵入者を防ぐ役割が大きいようだ。この道が見えてきたらもう直ぐだと言うトラさんの言葉に仲間の歩速が早くなった気がする。
獣道とはいえ、俺たちが今まで歩んできた悪路よりは歩きやすいのもあるが、気持ちの問題が一番大きいだろう。なかなかにハードな旅路だった。それから数分歩くと開けた場所が見えてきた。
「あれがニビル村だ」
「あれが⋯⋯?」
トラさんが指差す場所を観察してみたが、村らしきモノがない。人工的に切り開かれたかなり広めの空間があるくらいだ。ここで合っているのか?
仲間たちも同じ反応だ。トラさん以外は困惑しているか。本当に此処で合っているのかトラさんに確認しようとした時、俺の背後でダルの声が聞こえた。
振り返ると『あそこなのじゃ!』と、声と共に俺が見ていた位置より更に高い場所をダルが指差す。ダルが指差した場所を見ると家があった。
パッと見て、分からない訳だ。地面から10mほど上の高さで木の上に家が建っている。前世でツリーハウスなんて呼ばれた建物に近い。
ジャングル大帝の領内の木々はどれも巨木であり、木の上に家が建っていようと、建物の重さで木が折れるんじゃないか、倒れるんじゃないかといった心配は浮かばない。
率直な感想を言うなら生活しにくいだろうなと思ってしまった。昇り降りもそうだが、誤って落ちてしまったら高さが高さだけに怪我ではすまないかも知れない。何故、あんな高さに建物を建てるのかトラさんに尋ねれば魔物対策だと応えてくれた。
以前訪れたジャングル大帝の町や王都では木の上に家を建てたり等の魔物対策はしていなかった。他国と同じように町や王都を覆うように外壁を建てて魔物の侵入を防ぎ、その内側では住民たちが魔物に怯える事なく生活していた筈だ。違いがあるとすれば、見張り台のようなモノが複数あったくらいか?
町や王都との違いは非常に単純なモノだった。人の数だ。この村でも町や王都のように壁で覆う事はできる。ただ、見張りの数が不足する。
他国との大きな違いは壁を建ててもソレ容易く乗り越えてくる魔物の存在だろう。壁を建てても生半可な高さでは、巨木を足場に壁を乗り越えてくる。なら巨木より高い壁を作ればいいと思うだろうが、まず不可能だ。
ジャングル大帝の木々は非常に大きい。太さもそうだが、何より高さが違う。50メートルは軽く超えているな。100? もしかしたらそれ以上かも知れない。そんな木々より高い壁を作るとなるとどれだけの時間と費用が必要になるだろう。高くなればなるほどメンテナンスも大変になる。あまりに現実的ではない。
王都や町の場合は壁を超える前に魔物を駆除するという前提で建てられている。接近する魔物をいち早く察知する為に、見張り台が複数建てられているのはその為だ。外壁や見張り台の上には常に魔物の駆除や外壁防衛の任務に付く戦士が控えている。
例え魔物が襲ってきても壁に辿り着く前に倒すのが戦士たちである。戦士なくて王都や町の安全はない。故にジャングル大帝では戦士は英雄として手厚く扱われるのだとか。
小さな村の場合だと、見張りに割ける人員は多くない。その為、越えられる前提の壁を立てるのは不合理として、木々の上に家を建てた。
地面の上に建てた場合と木の上に建てた場合では魔物から被害が大きく違うそうだ。四足獣の魔物が多いからだろうな。
ジャングル大帝に生息する魔物の多くは基本は地面を歩いて移動している。木の上を登る事も出来るが、基本的に獲物を見つけた時か休息を取る時くらいしかしないそうだ。地上ではなく木の上に建てるのは魔物に視認されにくくする為だな。
よくよく観察すれば木の上に建てられた家は風景に溶け込むように造られている。環境に適応した家造りという訳か。
ニビルには確か300人程の村人が住んでいるんだよな? 一つの建物に何十人も生活しているとは思えない。目を凝らして見ると一本の木に二つ三つと家が建っているモノもあれば、一つしか建っていない木もある。
全て地上から10メートル以上高い位置にあり、見える範囲で数えたところ30軒くらいはあるか? 人口が300人ならもっとあるかも知れない。
「なぁトラさん、この木の上の家にはどうやって登るんだ?見たところ梯子のようなモノは見当たらないが」
「クハハハハ!ここに生活しているのは獣人だぞ、カイル。皆が皆、手と足を使って木を登っているさ。見てみろカイル、あそこにいる老婆をも登っているだろう」
トラさんが指差す先を見ると腰の曲がった獣人が慣れた様子で木々を登っていく。歳を感じさせない程に早い。階段を二、三段飛ばして駆け上がっていくような、そんな勢いであっという間に上がってしまった。
な?とドヤ顔をするトラさんに言いたい。俺たちには無理だ。登れなくはないがあそこまでスピーディに登るのは無理だろう。
「ユニコーンについて聞き込みがしたいが、一軒一軒木を登るのは大変だな」
「そうじゃのう」
「⋯⋯⋯⋯」チラ
「なんで一斉にあたしの方を見るのよ」
「『フライ』が使えるサーシャの出番じゃないかって僕たちが思っているからさ」
「道中と違って村の周囲は開けている。『フライ』を使っても誤って木々に衝突する事もないだろうから⋯⋯頼んだぞサーシャ!」
「頼みましたわよ!サーシャ様!」
皆から向けられる視線にサーシャがヤケクソ気味に『分かったわよ!』と吠えた事で、木々を登る手間を省く事が出来たのだった。
「ユニコーンを見た者はいなかったのぅ」
───数時間が経過した現在、村の住人が広場として使っている開けた場所で仲間と話し合いをしている。この場所は主に催事の時に使われているらしく、村人の普段の生活スペースは木の上だそうだ。
他人事ながら大変な生活をしていると思う。
さて、肝心の聞き込みに関してだ。表向きはユニコーンの目撃情報の入手、俺の本命は村人の中に紛れたディアボロを探すこと。
サーシャの魔法で家まで浮遊して登り、一軒一軒尋ねて回った。幸いな事に村の住人の全員がトラさんの事を知っていた為、不審がられる事はなかった。
ジャングル大帝でトラさんを知らない者はいないと皆が口にしていた。『格闘王』の異名が持つ力はそれだけ強大なのだ。
そんな訳で聞き込みは比較的スムーズに行う事ができた。一軒一軒回るのに時間がかかったくらいか? 移動の度にサーシャが魔法を使っていたが、魔力切れを起こさなかったのは流石の一言。お酒を飲んでいたのも大きいだろうな。消費した魔力をお酒で補っていたんだと思う。
こういった活躍をするとお酒を飲むことを咎めにくくなるんだよなー。普段飲む分には問題ないんだ。ただ、旅の道中で飲むのは控えて欲しいのが本音だ。
いつ魔物や、魔族が襲ってくるか分からない状態でお酒を飲まれるのは流石に困る。今のところ問題は起きていないから、俺の気にしすぎなんだろうな。
「ユニコーンを見た者はいるにはいただろ?直近ではいないというだけで」
「⋯⋯⋯⋯」コクコク。
「二ヶ月前に見たというのが最後らしいね。最近は姿を表していないそうだけど、何かあったんじゃないかな?」
ノエルの言葉に皆が口々に意見を言っているが、俺だけが真実を知っている。ユニコーンがディアボロによって捕らえられているという事を。
村人から聞き込みを行ったところ、ユニコーンは二ヶ月前に10歳位の女の子の前に姿を表していたそうだ。女の子を護る為に母親が駆け寄ると、『経産婦が!』と言葉を残して逃げ去ったそうだ。
うん。本当に性格に難があるな。正に性獣。獣人たちの認識でもユニコーンの前に幼い少女を近付けてはならないというものがある。これはユニコーンに少女が攫われるのを防ぐ為だ。
ジャングル大帝以外では『聖獣』として扱われているが現地の者にはしっかり『性獣』として扱われていて安心した。
「明日は今日聞き込みで得た情報を元に、ユニコーンを探してみようと思う。目撃情報の場所を重点的に探せば何かしらの痕跡は見つかるだろう」
「世界樹を救うにはユニコーンの力が必要だからね。こんな原始的なやり方は僕好みではないけど地道に探すしかないね」
「うむ!皆で手分けして探すのじゃ!」
「⋯⋯⋯⋯」コクコク。
「わたくしにお任せくださいませ!」
「今日はもう探さないでいい感じ?なら、あたしお酒飲みたいんだけどー。この村にお酒作ってる人いない?」
「クハハハハ!この村にも酒造りをしている奴がいる。案内してやろうか?」
「流石トラさん!」
───本日の聞き込み、及び探索は終わりである。
日が暮れるまでまだ時間はあるが体を休める事を最優先とした。道中の疲れが残っている状態で、魔族のような脅威と出会す訳にはいかないからな。
有り難い事に寝泊まりする場所を村人が提供してくれた。子供が二人いたそうだが、今は村を出て王都で生活しているらしく、夫婦二人だけだから部屋が余っているので泊まっていきなさい、と。この夫婦が泊めてくれたのは、彼らが善人なのもあるが、熱狂的ファンのごとくトラさんの事を慕っていたのが一番な理由な気がするな。
トラさんって凄い存在なんだな。改めて実感した。
「トラさん、早く案内して!」
「クハハハハ!こっちだ、付いて来るといい」
各自自由行動という事で、お酒を求めてサーシャとトラさんがこの場から離脱していった。
「勇者さま!準備が出来ました」
「⋯⋯⋯⋯」チラ
「うむ!分かっておる。行くぞエクレア!」
「⋯⋯⋯⋯」コクコク
若い獣人───外見は人間に近い二足歩行をしている鷲───の声にエクレアとダルの二人が離れていく。
二人は今からあの獣人の少女と一緒に狩りにいくそうだ。今晩は勇者パーティーの皆さん、と!トラさんを歓迎する為に宴をしようと村の皆で決めたそうだ。トラさんの歓迎がメインじゃないのかと思ったが⋯⋯まぁいいか。
歓迎される側ではあるが、何か手伝える事があればしたいとエクレアとダルの二人が申し出た事で宴で使う肉の調達に向かう事になったらしい。
残ったのはエルフ二人と俺。何か言いたそうなノエルに目配せをするとため息一つ吐いてから頷いた。
「僕はもう少し聞き込みをしてみるよ。今の状態だと無駄な時間が多そうだからね」
「分かった⋯⋯けど、無理はしないように」
「単独で行動するほどバカではないよ。トラさんとサーシャの二人と合流してから行うさ。カイルもやる事があるんだよね?気をつけなよ」
「あぁ、気を付ける」
「ノエルさまも行かれますの?となると、カイル様はお一人になってしまいますわね!大丈夫ですわ!わたくしがお傍にいますので心細くありませんことよ!」
ふふふ、と口元に手を当てて体を仰け反らせて笑うメリアナを冷めた目で一瞥した後トラさんとサーシャの後を追うようにノエルが去っていった。
これでこの場に残されたのは俺と、高笑いしているメリアナの二人だけ。
「さて、どうしたものか」
村人全員と話したがディアボロと思わしき人物はいなかった。違和感がないくらい村人に擬態しているのならもうお手上げなレベルだ。小さい村という事で皆が皆顔見知りらしく、話している様子を見ても不自然さはなかった。
本当にこの村にディアボロが潜んでいるのか?そう疑問に思うくらいだ。
「カイル様、わたくしたちはどうします?」
「そうだな⋯⋯一先ず移動するか」
正直な事を言えば楽観視していた。俺と戦いたいディアボロなら、分かりやすいように何かしらのヒントをくれるんじゃないかと。
残念ながら村人と話してもコイツだ!ってなるほど、怪しい者はいなかった。
「あら、村を離れていますわよ?何処に向かうのかしら?」
「この先に村の戦士が鍛錬に使用している開けた場所があるそうだ。今の時間は誰も使っていないから、自由に使っていいと言っていた」
「なるほど⋯⋯カイル様はわたくしと二人きりになりたいからその場所に向かっているという事ですわね!」
「ま、そんな所だな」
「あ、あら⋯⋯そんな正直に肯定するなんて⋯⋯少し照れますわよ」
頬を赤らめて期待するような視線を向けるメリアナをスルーして、目的地の場所へと向かう。鍛錬の為の場所と言っていたが村から結構離れているな。トラさんが普段鍛錬を行っている場所も比較的静かな場所が多い気がする。
集中しやすい場所がやはり良いのだろうか?
歩くこと数分、村にある広場ほどではないから人工的に切り開かれた空間が見えた。その中心部まで歩いて進み、その場で振り返るとメリアナと目が合った。
途中まで俺と付かず離れず距離を保って付いてきていたメリアナがこの場所に着いてから立ち止まっていたらしく、少しばかり距離が空いている。
「この場でわたくしと逢い引きをなさるのかしら、カイル様?」
「そうなるな」
頬を赤らめて嬉しそうに微笑むメリアナの言葉を肯定する。今からこの場で行われるのは男女二人の密会。間違っても愛し合ってはいないがな。
「さて、やろうかディアボロ」
───俺の正面に立つメリアナの口元が弧を描いた。
実は笑い方が違ったりする




