141.真っ黒
なんて答えるべきだ? ⋯⋯ダメだな、考えが纏まっていない。可能ならほんの数秒でいい、考える時間が欲しい。俺自身、この手紙の内容を受け入れられずにいるんだ、畳み掛けるように俺に問いかけないでくれ。そんな俺の思い等知らないとばかりに首長から声がかかった。
「それで、どうするカイル?」
「可能であればこの手紙、一度持ち帰らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「別に構わんが⋯⋯裏切り者はどうする気だ」
首長とその後ろに控える近衛兵の目が俺を咎めるように鋭くなるのが分かった。
裏切り者か⋯⋯。
この手紙の差出人は俺たちの仲間であるダル。何度も確認したが、残念ながらこの見覚えある字は彼女のものだ。
内容を要約すれば勇者パーティーが間もなくタングマリンを離れる事と宝物庫の在り処や神器がどこにあるかまで事細かく記載されている。
手紙の送り先は魔族の四天王『冥闇』のエルドラド。この手紙から分かる事は今回の騒動にダルが関与しているという事だろうか?
ダルは一度、タングマリンの国宝───神器を盗もうとした前科もある。言い逃れが出来ない証拠が揃っている。信じたくないという思いが強い。手紙に目を落とす。内容は決して変わる事はない。やはりこの手紙の内容は⋯⋯。
いや、まて。よく見ろ。この字はダルのものではない。
確かに一見、ダルが書いた手紙のようにみえる。勇者パーティーとして共に過ごしてきた俺ですらダルが書いたと錯覚するほどだ。けど、ダルが書いたなら、本来ある筈の癖字がない!
何度か気になって指摘したが結局直らず、ダルの個性だなと諦めた癖字。他は上手く真似てある。けど、癖字だけが上手く真似られていない。似せようとした努力は見えるが、違和感が微かに残っている。
───仲間をハメようとしている?
あるいは勇者パーティーを、か。何の狙いで?何が目的で? ダメだな、直ぐに思いつかない。ただ一つ言える事はこの場で言質を与えてはいけないということ。
「さて、裏切り者かどうかは私一人では判断出来ませんので、手紙と共に持ち帰ろうかと」
「その手紙を読んで尚、裏切り者ではないと申すかカイル」
鋭く冷たい目だ。脅しとも言える鋭い眼光。それくらいで臆するなら勇者パーティーに選ばれてはいない。
「そうは申しません。ただ、魔族の策略である可能性も否めませんので。私以外の仲間───神官のノエルに相談しようかと」
「ほぅ⋯⋯それで、真に裏切り者であったなら?」
「私の手で処分します」
ここは強気に言い切る。睨み付けてくる首長に真っ向から対抗するように力強く見つめ、覚悟を示す。
「逃げられたらどうする? 我が国に被害を齎した裏切り者の可能性が高いのだぞ。どう責任を取るつもりだ?」
「逃がしはしません。ダルの傍には常にエクレアを配置します。勇者である彼女からは魔族と言えど逃れるのは容易ではありません。
それに⋯⋯逃げる必要もないでしょうから」
「なに?」
暗にダルは裏切り者ではないと伝えると不愉快そうに首長が顔を顰めた。それと同時に後ろに控える近衛兵が吠えた。
「貴様!その手紙が偽物だと言うつもりか!」
「先も申した通り魔族が私たちを陥れる為に準備した策略の可能性もございます。慎重に判断すべきかと」
「その手紙はアルカディアの兵が持っていた物だ!この手紙の内容!過去に行った犯行!我が国を狙い魔族と共謀したアルカディアの策略であろう!!」
「マルコス!!!」
「申し訳ございません」
近衛兵の明らかな失言を首長が一喝して黙らせた。彼には感謝しかないな。お陰で何を狙っているか少しだけ分かった。
ハメるつもりだな勇者パーティーを、そしてアルカディアを。
───魔の巣窟とはよく言ったな、デュランダル。よく分かったよ。ドワーフは世界が救われる事を望んでいない。
当然だ。ドワーフと魔族は親密な関係にある。人間やエルフが魔族によって大きな被害を齎されてもドワーフからすれば対岸の火事だ。
むしろ魔族と争い人間やエルフが消耗するのを待っている。そう考えれば俺たちの存在は邪魔だ。勇者パーティーを瓦解させ機能停止に陥らせるのに丁度いい相手としてダルが狙われた訳か。ついでにアルカディアにダルの手紙を理由に因縁でもつけて宣戦布告するつもりか?
今なら邪魔をしてきそうなエルフは動けない。加えてアルカディアの上層部は魔族の手に落ちている。簡単に終わるな⋯⋯。
「カイルよ」
「はっ!」
「ワシはな、お前の事を気に入っておる。『剣聖』としてのお前も勇者パーティーの一人としてのお前もどちらもだ。だから言ってくれれば何時でも力になろう」
「身に余るお言葉、恐悦至極にございます」
「うむ。お前の仲間が裏切り者と判明したらワシに言うが良い。我が国で対処しよう。
さて、この場はカイルに免じて預ける!手紙を持ち帰り仲間と真偽を確かめると良い。ただ、大事の際は責めを負う覚悟もしておくように」
「はっ!心に留めておきます!」
話は終わりだな。言葉には出していないが、さっさと出て行けと雰囲気から伝わってくる。近衛兵からもう一通の手紙を受け取った後、首長に改めて謝辞を述べてからその場を後にする。
謁見の間を出るその瞬間までチクチクと突き刺さるような視線を感じた。何とも居心地の悪い空間だった。
「デュランダルの言葉通りだったな」
「最後まで油断してはいけませんよ」
行きと違い、帰りは先導の兵は付かないらしく来た道と逆に異様な静寂に包まれた廊下を進んでいく。人気がない事を確認してデュランダルに話しかければ、忠告された。
そうだな。ここは正直に言って敵地と変わりにない。王宮を出る最後まで気を緩めない方がいいだろう。
「⋯⋯⋯⋯」
俺の足音だけが響く廊下を無言を歩く。その最中も思考は回る。
予想はしていたがドワーフは真っ黒だな。野心を隠す様子はなかった。首長は既に齢は1000を超える。だと言うのに衰える気配はまるで感じない。化け物だな。
本来なら王へと謁見の際に武器は没収されるものだが、そのまま通されたな。近衛兵の怠慢という訳ではないだろう。俺に襲われても問題ないという自負か。けど、用心深くはあった。
ただの謁見であるにも関わらず神器である『イフリートの鎧』を纏っていた。万が一を考えたか?
「マスター」
「分かってる」
しばらく廊下を歩いているとデュランダルから小さな声で警告が飛ぶ。背後から迫ってくる小さな足音。音を殺して迫って来ている事からそれが友好的な者ではないのは明らかだ。
ギリギリまで殺気を隠している。けど、武器を振るった時に隠しきれない殺意を感じた。
「なっ!」
相手が武器を振るうのに合わせて前へ跳ぶ。同時にデュランダルを鞘から抜き、素早く体勢を変え、襲撃者と対面する。
「チッ!」
コイツは謁見の間にいた近衛兵だな。余計な事を言って首長に一喝されていた、名前は確か⋯⋯マルコス。
俺が襲撃者を再認識するのと、マルコスが剣が振るったのはほぼ同じタイミングだった。デュランダルで横振りの一撃を受け止めれば苦虫を噛み潰したような表情でマルコスが吠えた。
「余計な真似をするな、傭兵風情が!!」
「何?」
「お前たち勇者パーティーはな、何も考えず魔族とだけ戦っていればいいんだよ!歴代の者たちがそうしてきたように、魔王を死にものぐるいで探してくだらない救世の旅を続けていればいい!間違っても!我が国を探るような真似をするな!」
何度も振るわれる剣をデュランダルで受け止める。剣の振りは鋭い。近衛兵に選ばれるだけの実力はあるだろう。ただ、少しばかり口が軽いように見受けられる。
こうして剣を交えている間も、言わなくてもいい事をペラペラと喋っている。こちらとしても余計な問いかけが減って助かるんだが⋯⋯。
「チッ!」
脅しで痛めつけようとしているのかと思えば、狙いが首や心臓だったりしっかりとした殺意を感じ取れた。受けに回るのが面倒になったタイミングで、マルコスの剣の振りに合わせてデュランダルを振り、力任せに吹き飛ばす。
魔力操作や剣の振りは悪くないが、肝心の筋肉が足りていない。だから力で強引に吹っ飛ばす事が出来た。
腐っても近衛兵に選ばれるエリートか。受身を取って着地したと思うとこちらを睨んでいる。また襲いかかってくるかと思ったが、不愉快そうなの表情で剣を鞘に納めると何も言わず踵を返して去っていく。
かと思えばこちらに振り返り。
「いいな!二度と我が国を探るような真似をするな!お前の行動次第で⋯⋯仲間を危険に晒すと心得ておけ!」
とまぁ、見事な捨て台詞を吐いて去っていった。
後ろ姿が少しづつ小さくなっていき、その姿が完全に見えなくなった頃に俺もデュランダルを鞘にしまう。
「不味い状況だな、これは」
「そうですね⋯⋯早めに片付けた方が良いかと」
今回の件でハッキリと分かった。ドワーフは完全に魔族側だ。それも、かなりどっぷり浸かっている。
昔から協力関係にあったのは知っていたが、今は昔と状況が違う。ドワーフが魔族の動きに合わせて表立って動く可能性が出てきた。
今の現状はハッキリ言ってかなりマズイ。
ドレイク及びバージェスJrの襲撃によってエルフの国は大きな被害を受け、アルカディアはダルの母親によって上層部は機能停止している。
法皇が殺された事で教会が揺れている最中に再度ドレイクの襲撃があり、こちらも事態の収拾がついていない。
───ジャングル大帝とクレマトラスの対応次第で世界の情勢が変わる。
ゲームのように勧善懲悪といかないのが現実の辛いところだな。魔族を倒し魔王を倒してハイ終わりとはいかない。
魔族の問題が解決する前に国同士の争いに巻き込まれそうだ。それまでに魔王を見つけないといけないな。頼りの綱は、首長から受け取った『魔王の手紙』か。
「一先ず戻るか」
「そうですね。言わなくても分かってると思いますが」
「最後まで油断するな、だろ?」
家に帰るまでが遠足です!なんてニュアンスを感じた。
その後はマルコスのように襲撃を仕掛けてくる者はおらず、静かな廊下を一人歩いた。
しばらく歩いていると、人集りが目に映った。王宮の出口?入口付近に出来た人集り⋯⋯見たところその殆どは衛兵だな。
何か騒ぎでもあったのかと近付いていくにつれ、聞こえてくるメリアナの声に足が止まる。
「わたくしは!カイル様の元に向かうのでしてよ!邪魔をしないでくださいまし!」
「取り抑えろぉぉぉ!」
どこにそんな力があるんだと思わず思ってしまう光景だった。華奢な見た目のメリアナが取り抑えようとしている衛兵を投げ飛ばしながら正面から王宮へと入ろうとしている。その光景に胃が傷んだ。
メリアナの責任を取るのは俺か?それともジェイクか?
宙に舞う衛兵を見て現実から目を逸らすように天を仰いだ。
───あ、綺麗な装飾だ




