140.二通の手紙
翌日、俺は首長と謁見する為に王宮に向かっていた。その道中でメリアナに見つかり『わたくしも付いていきますわ』と煩いので仕方なく彼女の同行を許した訳なんだが⋯⋯。
「規則ですのでお通しする事出来ません」
「何でですの!わたくしもカイル様とご一緒がいいですわ!」
「首長がお会いするのはカイル様だけです。カイル様以外の者をお通しする事出来ません」
「何もしません事よ!隣で静かに話を聞いているだけですわ!わたくしも通してください!」
「規則ですのでお通しする事はできません」
「むきーっですわ!!」
今のやり取りを聞いていれば分かる通り、同行者となっていたメリアナは王宮に入る事は出来ないそうだ。入口で立ち番をしている衛兵曰く、俺以外は誰であろうと通すなと命令を受けているそうだ。デュランダルの忠告が脳裏に過ぎり、嫌な考えばかりが浮かんでくる。
流石に殺されるような事はないだろうが、警戒はしておいた方がいいな。
それにしたって王宮の出入りまで制限しているのは何故だ?普段なら俺だけではなくパーティーの仲間全員と会っていたと思うが。
何より何故、俺個人を指名して呼び出した? サーシャはそこら辺の事は何も言っていなかったな⋯⋯。
サーシャもサーシャだ。伝言を伝えるだけ伝えて直ぐに『お酒を飲むから帰るわね』と帰っていったせいで今回の呼び出しの理由が分からずじまいだ。
せめて要件だけでも首長から聞いておいてくれ。それと大事な話を忘れるくらいならメモしておいてくれ。思い出したように宿屋に訪れて言うだけ言ったら帰るのは、伝言役としてどうなんだ? 昨日のやり取りを思い出すと不満が込み上げてくるな。過ぎた事だ、考えても仕方ないか。
「カイル様はお通りください。首長がお待ちです」
「メリアナは⋯⋯」
メリアナを対応している衛兵とは別の衛兵に王宮に入るように促されたが、メリアナの事が気になり視線を向けると、幼児のごとく駄々をこねていた。『嫌ですわ!嫌ですわ!わたくしもカイル様と一緒に入りますわ!』と。抗議の仕方が幼児みたいで、他人でありたいとここまで思ったのは初めてだ。
対応している衛兵が少しばかり可哀想になってきたな。
「あちらの対応は私共でしておきますので、どうぞ中へ」
「あ、はい」
衛兵の横を通り過ぎ王宮のへと足を踏み入れる。その際に背後で騒いでいるメリアナの声と、応援を呼ぶ衛兵の声は聞かなかった事にしておこう。戻ってきたらもしかしたら捕まっているかもしれないな⋯⋯。いつもの事だ。
少し進むと衛兵が俺の元でやって来て、謁見の間まで案内しますと先導してくれた。場所は何度か訪れているから分かっているつもりだが⋯⋯これは案内というよりも、俺が不審な行動を取らないか警戒している感じか? 少し前に魔族によって宝物庫の物が盗まれたから、当然と言えば当然か。
王宮の中へと入る者を制限している為か、警備の衛兵以外とすれ違う事はなかった。深い静寂に包まれたような王宮の雰囲気に神経が張り詰めていくのを感じる。
「この先で首長がお待ちです」
先導を終えた衛兵がこちらに一礼してから去っていく。その後ろ姿を見届けた後、緊張を解すように深呼吸をしてから謁見の間に足を進める。
ドワーフの職人が拘りに拘り抜いた謁見の間の作りは一つ一つが芸術品のように美しい。柱一つ一つ、それこそ細部にまで職人の技術が込められている。入口から真っ直ぐに伸びたレッドカーペットの先には、権威を象徴するような絢爛豪華な玉座があり、この国の王が座っていた。
体格はドワーフらしく小柄ではあるが、筋肉の鎧と表現したくなるほど鍛え抜かれた肉体を見て侮る者はいないだろう。小麦色のよく焼けた肌には古傷が幾つも見受けられた。1000年以上も戦い続けた戦士の肉体だ。
夕焼け色の髪は短く切り揃えられており、側面を刈り上げた髪型から首長の拘りが見えた。髪と同色の夕焼け色の瞳は睨んでいると錯覚する程に鋭く、左目に刻まれた縦に伸びた傷跡は痛々しくも勇猛さを感じさせるものだった。
長く伸びた髭を三つ編みにしており、先を赤い紐で結んでいる。威厳溢れる顔に反して髭は少し可愛らしい。
───玉座に座る首長と目が合う。言葉にはしていないが、鋭い瞳が早く来いと訴えているようだ。
質のいいレッドカーペットの上を歩くのは前世からの価値観から、躊躇いが生まれるが待たせて機嫌を損ねる方が面倒だ。首長に催促される前に歩みを進める。
玉座との距離がある程度詰まったところで、首長の後方で控える近衛兵の視線が鋭くなった。これ以上進むなと警告しているようだ。俺自身も無礼を働くつもりはない。足を止め、その場で片膝をついて首長に頭を下げた。
「表を上げよカイル、それでは話が出来ないではないか」
楽しげな首長の声に『はっ!』っと小さく返事を返し、数秒の間を置いてから頭を上げる。満足そうに笑う首長とは対照的に後方に控える近衛兵の視線は鋭く冷たい。こちらを見下しているようにも見える。苦手だな、あの目線。嫌な感じだ。
「御尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります」
「ははは!そんな堅苦しい言葉遣いはしなくて良い!この場には口煩い大臣共もいない。この場にはカイルと、見ての通り近衛兵しかおらん。普段通り話すといい」
その近衛兵が俺の事を疎ましく思っているように見えるが⋯⋯、この場は首長の言葉に甘えるとしよう。その方が楽というのもあるが、首長は堅苦しい話を嫌う。
「それではお言葉に甘えて」
「ははは!それでいい。気付いていると思うがワシはお前の事を気に入っている。こうして話をする機会が出来たのだ、本題に入る前に少し話をしないか?」
「私で良ければお相手いたしましょう」
───互いに相手の事を尊重しているのが分かる当たり障りないのない会話だったと、先に言っておこう。
話の内容についてだが、首長の武勇伝から始まり俺以外の勇者パーティーの仲間の話や、魔族との戦いの状況についてだったり、様々だ。今代の勇者は歴代の中でも特に強いなとエクレアの事を褒めていた。可能なら手合わせがしたいと笑っていたのが印象的だ。
その会話の最中にさりげなくサーシャの事を聞いてみた。俺の予想通り首長もサーシャの出生について詳しくは知らなかったが、収穫はあった。
サーシャがマクスウェルの元へと訪れたのは彼女が九歳の時。亡くなったクロナの遺体と共にタングマリンに入国しようとした所を衛兵に止められ、ちょっとした騒ぎになっていたそうだ。その場を治めたのがたまたま近くを通っていた首長。散歩していたら衛兵たちが騒いでいて煩いから近寄ったらサーシャがいたそうだ。
その場にはサーシャ以外にもクロヴィスと名乗る胡散臭そうな男がいたらしい。衛兵が止めていたのもこの男が原因で、クロナの遺体を抱き抱え、背中にサーシャを背負った男が正門から入ろうとするものだから、衛兵は職務をまっとうして止めた。男の行動理由は、クロナの遺言らしく⋯⋯、マクスウェルにサーシャを送り届けないといけないんだ!と男が熱くなったせいで騒ぎになっていたそうだ。
結果から話せばサーシャが持っていたクロナの遺言が証拠となり、首長が場を治めてマクスウェルの元へと案内する形となった。
マクスウェルはどうやらサーシャが産まれて間もない頃に一度だけ会った事があり、クロナからサーシャの事を託されていたそうだ。私が亡くなった後は娘をお願い、と。
その時点でクロナは己の死期を悟っていたらしい。タケシさんの死で心労がたまっていたクロナに追い討ちをかけるように不治の病を発症。薬師であったクロヴィスから治療を受けながらサーシャを育てていたそうだが、次第に症状が悪化しサーシャが九歳の時にクロナが亡くなった。
クロヴィスは最後のお願いとして師匠であるマクスウェルの元までサーシャを送り届けて欲しいと頼まれたそうだ。
その後は俺も知っての通りか⋯⋯。サーシャはマクスウェルに弟子入りし、マクスウェルは孫のようサーシャを可愛がった。可愛い弟子の娘という事で甘やかし、その結果あのアルコール中毒者が生まれた。もっと厳しく育てておけば良かったと以前マクスウェルが愚痴っていたな。
クロナの遺体は他ならぬクロナ本人の願いで公にせず、秘密裏に埋葬された。遺言状に従った結果なのだが、汚名を晴らす意味を込めて盛大に送ってやりたかったと首長は嘆いていた。
───この話を聞いた事で余計に混乱したのは言うまでもない。サーシャがタケシさんとクロナの子供であると素直に認めた方が楽かも知れない。だからといってトラさんが黒く見えるかというと⋯⋯。
テスラは血筋を探れと言っていたが余計にややこしくなった気がする。こうなると手紙だけが頼りだな。執筆の癖なんかが残っているという助かるんだが⋯⋯それは望みすぎか。
「それで、テルマも四天王の襲撃があったのはだろう?被害はどうだった?」
話題は変わり今回のタングマリン襲撃の事で首長から話を聞いていたが、不意に同様に四天王の襲撃を受けたテルマについて聞かれた。
なんて答えるべきだ? ⋯⋯言葉を間違えたらいけない。表情は変わらないが視線が鋭さを増している。俺が探ろうとしているように相手も探っている訳か。慎重に言葉を選べ。
「四天王の襲撃という事もあり、被害は大きかったですが優秀な騎士や神官が揃っております。この国と同様に復興まで時間はかからないかと」
嘘を多分に含んでいる。タングマリンと違い、テルマは人的被害と物的被害が多大に出ている。復興まで数年から十数年単位でかかるとだろうとジェイクは言っていた。それをバカ正直に言うのは、彼を裏切るのと同じだ。ジェイクには世話になっているからな、そんな真似は出来ない。
「そうか⋯⋯」
本当に小さな声で『面白くないな』と首長が呟いたのが聞こえた。聞きたくなかった言葉だ。脳が正常に処理すると共に胃が痛くなってきた。
「さて、ここらで本題に入るとしよう」
場の空気を変えるように首長がパンパンと手を叩くと後方に控えていた近衛兵が俺の元へと歩み寄ってきた。
お盆のような物を持っておりその上に乗っているのは手紙か?
「見ての通り手紙だ。一通は魔王が部下へと送った手紙、これを見たいと言っていたそうだな」
「はい。可能であれば」
「構わんぞ。学者も既に研究した後だ。用済みとなって宝物庫に眠っていただけだ⋯⋯好きに使え」
「ありがとうございます。それで見たところもう一通あるようにお見受けしますが⋯⋯」
お盆の上には二通の手紙がある。一通は俺が探し求めていた魔王が書いた手紙。魔王探しの証拠になり得る物。
「もう一通はアルカディアの兵が持っていた物だ」
「アルカディアの?」
「ああ、不審な動きをしていたので捕らえてみたところ、そこの手紙を持っていた」
楽しそうに笑う首長の姿に背筋が凍るような寒気を感じた。とてつもなく嫌な予感がしている。
「読んでみるといい」
「拝読させて頂きます」
近衛兵から手紙を受け取って中身を確認する。見覚えのある字。だが、書かれた内容を受け入れるには少しばかり時間がかかりそうだ。
間違いであって欲しいともう一度上から下へと読み直しても結果は変わらない。見間違えではないのか⋯⋯。
「ダル⋯⋯」
手紙を書いた人物の名前が口から漏れた。
はははと、楽しそうに笑う声に反応して顔を上げれば口角を釣り上げて笑う首長と目が合う。声は笑っているのに目はまるで笑っていない。咎めるような鋭い視線だ。
「勇者パーティーに裏切り者がいるようだが、どうするカイル?」




