137.罪
「魔族の血を引く?トラさんがか?」
「クハハハハ!流石のカイルも驚いたようだな!」
この反応だと冗談や嘘ではないようだ。
───傭兵として長く活動していた弊害か、勇者パーティーの仲間であるにも関わらず俺は仲間の事を詳しく知らない。踏み込んで相手から話を聞くという行為を極力避けてきたのが原因だろう。
傭兵に仕事を頼む依頼人は後暗い事に手を染めている者も多い。グレーより真っ黒な人間も多くいた。それでもお金を払う以上は大切なお客さんだ。金ばらいの良い太客なら尚更だ。
そんな訳で基本的に自由な傭兵団の唯一と言えるルールが『相手の詮索をするな』というものだ。依頼人に対してもそうだが、傭兵団の面子は脛に傷持つ者も多い。そういった意味合いが強いのだろうな。
幼くして傭兵団に加入してからリゼットさんや団長からキツく言い付けられたな。それが今に至るまで尾を引いているんだろう。
ミラベルから仲間に魔王が混ざっていると告げられてからは、精力的に動くようになったが、それ以前は傭兵時代と同じだ。
仲間と踏み込んだ話をしていればこんなに苦しまずに済んだかも知れないな。完全にタラレバでなあるが、エクレアが喋れない事やトラさんの性別なんかも早く気付けた気がする。
エクレアに関してはダルも悪いと個人的に思うんだが。良くエクレアと何処に向かったとか、何を食べたとか感想を聞かせてくれるんだがその時に『エクレアも美味しいと言っておった』とかあたかもエクレアが喋ったように語るものだから、俺相手に喋ってないだけでダルたちとは話すんだなと勝手に落ち込んだものだ。
人間嫌い⋯特に人間の男が嫌いというノエルの存在も大きく影響したな。エクレアもそういうパターンかと勝手に思ってたものだ。喋れないというのもあって仲間の中で最も知らない事が多いのはエクレアだ。次点でトラさん。
魔王を探すってなって仲間についての情報を知らなさすぎて困っている訳だからな。今更後悔しても遅いが、それでもまだ挽回は効くという事でトラさんをお酒の席に誘った。
俺がトラさんについて知ってる情報は少ない。ジャングル大帝の名家出身である事。『格闘王』の異名を持つ武道家である事。ドラゴンの肉が好物である事。弟がいる事。仲間の中で捕まった回数が最多である事。達筆。普段の言動に反して攻めるより攻められる方が好きという事。最後はどうでもいい事だな。ナニとは言うまい。女性である事を知ったのもつい最近ではある。
そして今新しく追加された情報がある。彼女が元王族である事。もう一つが。
───魔族の血を引くということ。
こうなるとテスラが言っていた事は的外れではない⋯か。
新しく得た情報でトラさんが容疑者たちの中で一歩躍り出た形になる。同じように魔族の血を引く者はいるが、それでもダルは魔王ではないと俺は思っている。トラさんとの違いは出生が明らかになっている事だ。ダルの場合は彼女の口から語られる言葉だけではなく、王様の存在や、エクレアの手紙がダルの出自を確固たるものにしている。
トラさんの場合は現状、彼女の口から語られた言葉しかない。ジャングル大帝に向かった際は可能ならトラさんについて聞き込みをしたいところだな。
「冗談では、ないのか」
「うむ。冗談ではないな。俺は魔族の血を引いている。少しばかり薄いがな」
正直予想外だったというのが俺の感想だ。少しでもトラさんの事が分かればいいと軽い気持ちで始めた会話だったが、初っ端から重たい一撃をぶちかまされた。疑っていたのは確かだが、まさかトラさんの口から聞かされるとはな⋯。彼女が魔王であるのならわざわざ疑われるようなリスクを犯す必要はない。という事はやはりトラさんは魔王ではない? だが、揃ってきた証拠はトラさんを黒く染めていく。
ダメだな。先入観が入ってしまっている。テスラとの会話がどうしてもトラさんを黒く見せる。
『変態には気を付けて。彼はあくまでも愛する者の味方。お兄さんの味方じゃないよ』
その時、脳裏に浮かんだのテルパドーラとのやり取りだ。未来を視る事が出来る彼女が、テスラには気を付けてと言っている。テスラ自身も言っていた。あいつはティエラの味方であって、俺の味方ではない。テスラの言葉を信じ過ぎるのも不味いか。
一度冷静に考えるべきだな。
魔王の容疑者は既に二人にまでは絞っている。そのうちの一人であるサーシャの出自は明らかになってはいるが、ドワーフが魔族寄りであること、何より彼女の出自を証明しているマクスウェルが初代魔王であるティエラや四天王の一人であるコバヤシと関係を持っていたことなど、鵜呑みにしてはいけない要素が揃っているので、トラさんと一緒に容疑者の一人に挙げられていた。
トラさんに関しては消去法で絞られ、名前の長さから王族である可能性と、『ジャッチメント』を避けていた事で魔族である可能性が浮上し容疑者の一人となった。
その二つが本人により肯定された。魔王が使う『読心』の条件も王族と魔族のハーフである事で満たしている。疑うなと言う方が難しいか。
「どうした、そんなに意外か?」
「そうだな。獣人のハーフは人に近い見た目をしている者が多かったからな。けど、トラさんは純血の獣人と見た目は同じだ」
「クハハハハ!それに関しては父親の血が濃かったのだろうな!あるいは母親の血が薄かったかだな」
「さっきも言っていたな。魔族の血は薄かったと。どういう意味だ?」
「なに、難しい話ではない。俺の母親は魔族と獣人のハーフだった。それだけだ」
母親が魔族とのハーフ。トラさんはクオーターハーフという扱いになるのか? 魔族の血は四分の一で父親の遺伝子が強かった事でトラさんは、純血と同じ見た目な訳か。
「そうか。一つ気になる事があるんだが、聞いてもいいか?」
「俺の事が気になるのか?クハハハハ!カイルの聞きたい事なら何でも答えてやるぞ」
「ありがとう。言いにくかったら答えなくて構わない。トラさんは継承権を破棄したと言っていたな。王位継承順位は何位だったんだ?」
ファミリーネームが違うという理由で勝手に庶子だろうと思っていた。けど、継承権をわざわざ破棄するという事は俺が思っていた以上に王に近い位置にトラはいるんじゃないのか?
記憶が確かならトラさんには下に3人の弟がいると聞いている。兄や姉がいるとは言っていなかった。⋯⋯うん、予報はついたな。
「カイルも知っていると思うがジャングル大帝の王は男も女も関係ない。強き者が王となる。それが俺の国の定めだ」
「そこまで言えばわかるよ。トラさんは次期国王だった訳だな」
「クハハハハ!俺には似合わんがな!父親は俺を後継者にしたがっていたが魔族の血を引く俺は王にならない方がいい。何より王の仕事は俺の柄ではない!」
トラさんの事をよく思わない存在がいれば魔族の血を引く事を引き出しとして持っていくだろう。魔族と近い関係にある獣人やドワーフとは大きな問題にならないだろうが、エルフと人間はダメだな。国際問題待ったナシだ。
ここら辺はダルと同じだ。トラさんはその事を誰よりも理解しているからこそ、継承権を破棄した。言動から脳筋と思いがちだが、しっかりとした見識を持っている。
トラさんから改めて家族構成を話された。父親は現国王。王妃はトラさんの母親かと思えば違う。どうやら魔族のハーフとバレて直ぐに国を出たそうだ。現王妃は後妻であり、トラさんの下の弟たちとは腹違いの兄弟になる。
つまり、魔族の血を引くのはトラさん一人という事だな。
「それで継承権を破棄した訳か」
「そういう事だ。俺が後ろ盾になっているのもあるが順当にいけば長男のクフォンが王となる。だがな、俺の予想では一悶着あると考えている」
「何か問題があるのか?」
「あぁ、クフォンは聡明であり、民を思う優しさを持っている。部下からの信頼も厚い。ただ、強くないんだ」
「強くない⋯⋯、あぁ、そうか。ジャングル大帝は強さこそが全てか」
「そうだ。俺の父親は次男のゲイルこそが次期国王に相応しいと思っているがアイツは強さこそ俺に匹敵するが、頭が悪い。アイツが王になれば国は乱れる。それを俺は許す事は出来ない」
真面目な話だ。トラさんの顔もいつになく真剣な表情だ。だから、頼むから今は肉を食べるのは抑えてくれないか? ドラゴンの肉のステーキが好物なのは知っているが、店員が机に置いた途端にそっちに集中するのはどうなんだ?
美味しいそうにドラゴンの肉を頬張るトラさんを見ると文句を言う気も失せ、酒器に入ったお酒を口に含む。美味いな。サーシャがオススメするだけの事はある。
アルコール度数がキツイから飲みすぎ注意と言われたが、俺の場合は酔う事はないからな。一緒に同じ酒を飲んでいるトラさんにだけ注意を払っておこう。
「トラさんはどうする気なんだ?」
「ゲイルを王として立てる気ならば、クフォンと共にクーデターを起こす」
「ぶっ!」
口に含んでいたお酒を少し吹き出してしまった。手で口を抑えたおかげで被害は最小限だ。いや、それよりだ!クーデター!?
俺が思っていた以上に過激だな。そこまでなのか?トラさんがクーデターを起こすほど、次男は⋯。
「トラさんがクーデターを起こすほどなのか?」
「あぁ。バカな男なんだ。獣人こそが世界の王に相応しいと考えている。王になれば損得やこれまでの関係性など全て無視して他国に攻め込むだろう。父親も愚かな男でな、咎める事をせずお前なら出来ると持ち上げる始末だ」
「それは⋯」
「力だけで世界の統一は出来ん。それが出来るならとうの昔に魔族が世界を総ているだろう。今の世の中で必要なのは力ではなく知識だ。クフォンにはそれが備わっている。力が足りないのであれば俺や弟が手を貸せばいい、そうだろ?」
「そういう意味で言うならトラさんこそが、王として相応しいと俺は思う。トラさんは力もあれば知識もある。柄ではないと笑っていたが、トラさんには人を導く人望がある」
そこまで語った後でトラさんが起こしてきた犯罪の数々を思い出し、やっぱり今の発言はナシにならないかなと思い直した。ダメだ。確かに王として相応しい要素は備えているが、ダメな部分も多すぎる。トラさんが王になれば上手く纏まるだろうが、同時にトラさんに国が振り回される形になりそうだ。長男のクフォン君に期待しよう。
「クハハハハ!おだててくれるな。その気になったらどうする?」
「その時はその時だ。仲間として助けるさ」
「カイルが力となってくれるならそれもまた良い気もするが、やはり魔族の血を引く者は王になるべきではない」
「そうなのか」
「あぁ⋯」
思い詰めたような表情。珍しいと思った。空になった酒器をジッと見詰めるトラさんになんて声をかけようかと思考を巡らせ、一つの答えにたどり着く。ここはあえて、何も言わない。
代わりに空になった酒器にお酒を注ぐとトラさんが、いつもの様に笑った後一息に飲み干した。
「一つ俺の話を聞いてくれるか?」
「俺で良ければ」
トラさんと自分の酒器にお酒を注ぎ、お互いに一息で飲み干す。音を立てずに酒器を机を置けばそれが合図となったようにトラさんが口を開いた。
「俺は勇者パーティーの一人に選ばれる前に一つの罪を犯した」
「罪?」
これまでトラさんが重ねてきた罪の数々が再び脳裏に浮かび、トラさんは仲間になる前からやらかしていたんだなと、少し笑いそうになったが続けられた言葉に閉口した。
「罪だ。親殺しの罪⋯。俺は実の母親をこの手で殺したんだ」




