136.カミングアウト
「それで、こっちも色々あったけどカイルの方でも一騒動あったのよね?」
「そうだな。テルマもタングマリンと同じように四天王が襲撃をしかけてきた」
バージェスJrやドレイク、その二人との戦いについて話ながら最も重要な事柄である『世界樹』について話すと、二人とも事の大きさを直ぐに理解したらしく世界樹を蝕む『呪詛』について議論を始めた。
「呪詛か…、あれは魔族にも扱えぬ筈。いや、ドレイクは竜人であったか。人よりも魔物に近いのであれば、使えるか。じゃが呪詛となると払える手段が限られてくるのぅ」
「神官が解呪出来ないって事は普通の呪いとは違うんでしょ?術者を殺しても消えないでしょうし…解呪が無理なら呪詛の対象を移し替えるとかはどう?」
「小さな規模なら可能かも知れんが今回は対象が悪かったのぅ」
「人とか生物なら移し替えは可能だけど、世界樹だと難しいか」
「世界樹と同等の物質があれば出来るかも知れんがな」
「ないわよ。仮に合ったとしても世界樹と同等の物だと、呪詛を移し替えるのは不味いわよね」
「世界が滅びる事に変わりはないじゃろうからのぅ。世界樹と同等のもの…思いつくものはあるが」
「それこそ神くらいじゃない? 」
「神が代わりに死ぬような事があればそれこそ終わりじゃろ。神の存在を甘くみてはいかんぞサーシャ」
「甘く見ているつもりはないわ。ただ、生憎とあたしは信仰心がないのよねー。神はどれだけ信仰を捧げても誰も救ってくれないわ」
「クロナの事か…」
「どうかしらねー。対象を移し替える事が出来ないのなら…やっぱりカイルが言うように『浄化』出来る存在を探すしかないわね」
「問題は世界樹がどれだけ保ってくれるかじゃな」
あ、これ長くなるやつだと二人の話し合いを眺めていたが、ようやく区切りがついたようだ。二人の知識を持ってしても、『浄化』以外に世界樹を救う術は思い付かないらしい。ない訳ではないが、かなりリスクがあるようだな。
「世界樹については君たちが心配する必要はないよ」
「そうですわ!わたくしたちエルフに任せてくださいまし!」
───世界樹の現状についてだが、結界によって呪いの侵食を防ぐと共に、国中の使い手を集めて世界樹に回復魔法をかけているそうだ。
呪詛の性質によるものなのか解呪は一切効かないが回復魔法が有効である事が判明した。呪いを完全に止める事は出来ないが侵食を遅らせる事は出来ているらしい。
マクスウェル曰く『世界樹を治療する事でその身を蝕む痛みが和らぎ、世界樹本来の生命力で呪いを跳ね返そうとしているから』だそうだ。
とはいえ呪詛と世界樹の相性は非常によろしくないらしく、侵食を遅らせる事は出来ても完全に払う事は出来ないとのこと。あくまでも回復魔法は延命治療に過ぎず、世界樹を救うには『浄化』の力が必要という結論に至る。
「それで水の精霊って訳ね。二代目勇者を救った力が本物なら世界樹も救えるものね」
「だが、人の目に精霊は見えないらしい。水の精霊を探す唯一の手掛かりが…」
「ユニコーンなのじゃ!!」
「つまり!わたくしの出番って事ですわー!!」
───ドヤ顔やめろ。
ユニコーンが好む純潔の乙女はわたくしたちですわーっとダルとメリアナの二人が得意気に語っているが、ダルの場合は魔族のハーフである為ユニコーンの判定がどうなるか分からない。
メリアナに関しては純潔という意味で条件を満たしているが、乙女という年齢では…っ!鋭い視線をどこからともなく感じたのでこの話はなしだ。
「本当に実在するのかい? カイルはジャングル大帝にいるって言っていたけど」
「ワシも長らく見ていないが」
今の発言から察するにマクスウェルはユニコーンを見た事があるのか?気になって問いかけてみるとシャーリーがユニコーンに首輪をつけて引きずり回していたのを目撃した事があるそうだ。聖獣の扱いじゃないな…。
それに二代目勇者の時代か、1000年以上前だな。そんな情報では当てにならないとノエルの視線がトラさんに向かった。ジャングル大帝出身のトラさんならもしかして、そんな思いだろう。
「トラさんは見た事はあるかい?」
「うむ!俺も見た事があるぞ!ジャングル大帝にいるのは確かだ!」
「それじゃあカイルの情報は正しかった訳だね。まったく…情報源が誰か話してくれたら話は早いのに」
そんな責めるような視線を向けないくれないか?ノエルの言いたいことはしっかり分かっているつもりだが、ディアボロの件は仲間に話さない方がいいだろう。
彼女との一騎打ちには世界の命運がかかっている。ユニコーンの首根っこを掴まれているから他に選択肢がないとも言える。同時に世界樹を救う為の最短ルートでもある。ディアボロに勝つ事が出来れば全てが好転する。
その為にもディアボロに関しては仲間に共有するのはなしだ。
「それじゃあ、パーティーとしての方針はジャングル大帝でユニコーンを探すって事でいいんだね」
「そういう事になるな」
「トラさんは見た事があるのじゃろ? どこで見たのじゃ?」
「俺が見たのは『二ビル』という村だ」
「聞いた事ないわねー」
「王都から離れているし、険しい道を超えなければならないから国民以外が向かう事はないな」
見事に一致しているな。俺としてはディアボロの潜伏地である二ビルに向かおう!と提案しやすくなって助かってはいるが…妙に俺に都合が良い展開になっている気もする。
テスラの言葉のせいでトラさんが怪しく見えるからか?
「…………」
やはり一度しっかりと話す必要があるかも知れないな。俺はトラさんの事をあまりに知らなさすぎる。
「ところで」
「どうした?」
「あれ」
サーシャが指さす先に皆が視線を向けると座った状態で瞼を閉じてピクリとも動かないエクレアの姿がある。寝ているな、これは。
途中からやけに静かだなとは思ってはいた。喋れないから元々静かではあるんだが…。タングマリン襲撃の話をしていた時はまだ起きていたな。首を傾げたり、ブンブンと首を振ったり言葉を話せない分行動で意志を示していた。
ちなみにエクレアが寝ている事について責める気は全くない。サーシャとトラさんと違いエクレアたちにはテルマを出立する前にユニコーン事や世界樹の事は話してあるからな。その時の内容をしっかり覚えてくれているなら寝てても特に影響はない。
「エクレアも寝ている事だし、出立の日程を決めたら今日は解散でいいか」
「さんせーーい!!」
解散したらサーシャは直ぐに酒場に向かうだろうな。早く日程決めましょう!っと机を叩いてるサーシャを見ると、何処に行きたいのかが手に取るように分かった。
数分後。
「それじゃあ!解散!」
出立の日程が決まり、軽い足取りでサーシャが部屋を後にして行った。お酒を飲みたいからか、率先して日程を決めていたな。普段からそれくらい真面目にやってくれと、マクスウェルと一緒に思ったものだ。
出立は10日後となった。
世界樹のことを考えれば早い方がいいと思うが、俺たちがこれから向かうのはジャングル大帝だ。タングマリンやテルマと違い、道の整備が行き届いておらず険しい道が続く。
道中の魔物も凶暴な物も多い。念入りに準備をしておく必要があると判断した。準備するのは主に俺だがな。
「僕も先に行くよ」
サーシャが出ていって直ぐにノエルも考えたい事があると、部屋を出ていった。教会の使者が五日後に来るらしく、情報を整理するつもりだと言っていた。一人で背負い込まないようにと、声をかけたら『君も人の事を言えないよ』の返された。確かにその通りだな。
「さて、宿屋に帰るか」
「うむ!我が近道を案内するのじゃ!」
ダルが道案内の為に先を行き、その後をメリアナが追いかけていった。短い期間で随分と仲良くなったなあの二人。エクレアを含めて三人行動をしている事も多かったしな。おっと、ボーッと二人が出ていった扉を眺めている場合じゃないな。
眠っているエクレアに近付き、彼女を背負おうとした時肩をポンポンと叩かれた。振り向くと笑顔のトラさん。
「エクレアは俺が背負おう」
「任せていいのか?」
「俺の筋肉は見せかけではないからな」
説得力のある言葉だな。エクレアを背負ったトラさんは何時もと変わらぬ足取りで部屋を出ていく。話し合いの場を用意してくれたマクスウェルにお礼を言ってから俺も仲間の後を追いかけた。
去り際に聞こえたマクスウェルの言葉。どういう意味だ? 『むげん』がどうこう言っていたが。
その日の夜の出来事だ。
「さて、何から話そうか」
場所は宿屋の1階にある飲食用のスペース。店主が用意してくれたお酒を口に含みながら、向かいの席に座ったトラさんに『何でもいいよ』と告げるといつものように高笑いした。
「そうだな…。ジャングル大帝の事を話してもいいが、カイルが興味のありそうな話の方がいいか」
「話題としてはその方が助かるな」
「なら、飲む前に言っていた俺の事について話そうか」
お酒に酔っているのかやや頬が赤い。それに普段より気持ち声が大きい気がするな。口調や表情から楽しんでいるのが伝わってくる。
豪快に酒器に注がれたお酒を飲み干すと、俺に対しては驚くなよと一言前置きしてから口を開いた。
「俺は元王族だ」
「元?」
「元だ!堅苦しい生活が嫌になって継承権を破棄した。家族として接する事はあっても王族として扱われる事はない。」
「理由がトラさんらしいと言えばそうだが、それで良かったのか?」
「俺は最適な選択をしたと思っているぞ。魔族の血を引く俺が王族としている方が問題も大きいだろう」
───今、なんて言った?




