135. 壊された石像
どうやら俺は一つ勘違いをしていたらしい。俺が今見ている書類はマクスウェルが今回の話し合いの為に纏めたものと考えていたが、隅から隅まで読み進めるとそうではない事が分かる。
この書類は今回の被害状況を首長を始めとする国の上層部に報告する為のものだ。被害の大きさや復興にかかるまでの期間や必要な予算、細かい計画までしっかり書かれている。極めつけは書類の右下に書かれた書類のの作成者の名前だな。この名前は俺の記憶が確かならこの国の大臣の名前の筈だ。
ハッキリと言おう。俺たちが勇者パーティーだからと言って見ていい書類ではないと思う。国家機密の書類だろこれ。
「これは僕たちが見ていい書類なのかい?」
「見た後に言うのはアレだがな」
国の機密を知ったな、捕らえさせてもらう。なんて展開も国によっては有り得そうだ。首長の性格を知っていればそれがないの事は考えなくても分かる。ノエルもこの国の首長がどういう人物なのかは知っている筈だ。マクスウェルに確認はしているが、問題はないとノエルは判断しているだろう。
マクスウェルの返答はどうだろうかと視線を向ければ、サーシャによってカクンカクンと激しく揺さぶられ少し苦しそうな大賢者の姿が見える。
やりすぎだ、やりすぎ。師匠が相手とはいえ流石に激しくしすぎだろう。で、この光景を見ている全員が止めようとしないのは何でだ?何で俺の顔を見る? 俺に止めろと言うのか。
やられている本人が抵抗する気配もなく『見ても問題ない書類じゃよ。首長にも許可を貰っておる』と、返答してきている所為で対応に困るのが本音だ。
止めた方がいいのは確かだな
「サーシャ」
「なによ!カイルもこのジジイの肩を持つ気!」
「俺はどちらかと言えばサーシャの味方だ。ただ、話が進まないから手を離してくれないか?」
頼むよとお願いすれば仕方ないわねーとパッと手を離した。急に手を離された為マクスウェルが椅子に体をぶつけているが、気に掛ける気はないのか? ないんだろうな。
マクスウェルの老体を労わってかノエルが回復魔法をかけている。残念ながら優しさ⋯ではないな。進行がスムーズに進むように治しているだけだ。少なくとも慈愛に満ちた表情はしていない。
「幾つか気になる事があるのですが、いいでしょうかマクスウェルさん」
「……そうじゃな、構わんよ。好きに聞きなされ」
サーシャに対してマクスウェルが文句を言う前にこちらの要件を告げる。気になる事があるのは確かだが、また一悶着起きそうな予感がしたので先手を打った感じになるか。
余計な事を言うなよとサーシャにも目配せをしたが、本当に分かっているのだろうか?楽しそうに…どこか満足そうに笑うサーシャに呆れながらマクスウェルに質問した。
───さて、改めて今回のタングマリン襲撃について纏めよう。
主犯格は四天王の一人『冥闇』のエルドラド。襲撃を行った魔族はエルドラドを含めて8人。この数はあくまでも戦場で確認出来た数であり、宝物庫の物資を盗んだ魔族は含めていない。手引きした者がいると首長たちは見ているらしく、当日の宝物庫の見張り番をしていた兵を始め、怪しい動きをしていた者の身元を洗っていったそうだ。
容疑者として浮上したのが元衛兵隊長であるモウデ・バンナイヨ。聞き覚えのある名前だと思えぱ、俺が武術大会で戦った相手だった。首長の機嫌を損ねたとか、隊長に相応しくないとか様々な理由で降格処分を受けたそうだ。動機は降格処分に対する不満か?手引きした理由としてはありきたりだが…、なくはないか。
現在進行形で取り調べ中らしく、詳細が分かったらサーシャを通して情報を共有するとマクスウェルは言っていた。サーシャは面倒くさそうにしていたがな。
マクスウェルの見解では尋問や拷問をしても大した情報は手に入らないだろうとのこと。下っ端よりも更に下からまともな情報が得られるかと聞かれて返答に困ったな。
国の上層部も情報は元々期待していないらしく、手引きした裏付けが取れたら厳しい処罰を与えるそうだ。
メリアナが『厳しい処罰とはどのような?わたくし気になりますわ!』と興味津々に聞いていたが、マクスウェルとサーシャは薄ら笑いを浮かべるだけだった。
それだけで察する事が出来るな。宝物庫まで手引きして物資を魔族に渡した。その末路がどのようなものになるか…。少なくとも俺がモウデ・バンナイヨとこの先会うことはないだろう。
話は変わるが、エルドラドについてだ。戦闘能力についてはサーシャ曰くクロヴィカスと大差はないだろうとの事。『ブラックアウト』だけを注意すれば倒せない敵ではないとトラさんとサーシャの二人は判断している。
クロヴィカスと大差はないと言ってはいるが、あいつも魔族の中で上澄みの部類だ。強敵である事に変わりはないだろう。
戦闘スタイルは『ブラックアウト』を連発して、とにかく相手の視界を奪って魔法や接近戦で相手を倒すというシンプルなもの。今回の場合だと視界を奪っても問題なく動けるトラさんがエルドラドの相手をしていた為、戦闘スタイルは上手くは機能しなかった。ハマれば強いのは確かだな。
片腕のトラさんに終始押されていたとサーシャが語っていた。『あたしが狙われなければトラさんが勝っていたかも知れないわね』と悲しそうに顔を伏せていたのが印象的だった。
───トラさんとエルドラドの戦い…ひいては今回のタングマリン襲撃の終局はトラさんの死で終わっている。サーシャと首長から届いた手紙にも書かれていたようにトラさんはサーシャを庇って亡くなった。『ブラックアウト』によって視界を奪われていなければサーシャもエルドラドの攻撃を躱す事が出来ただろうと、トラさんが語っていた。
サーシャにとって自身を庇ってトラさんが亡くなる光景は彼女にとってトラウマらしく、珍しくトラさんに怒っていたな。『もう二度とあんな馬鹿な真似はしないで!』って。
サーシャの怒りの声に、流石のトラさんも『次は本当に死ぬから無茶はしないつもりだ』と返していた。トラさんの発言にダルが『どうやって生き返ったのじゃ?』と質問したのは個人的にナイスだと言いたい。
お陰でトラさんが生き返った理由が分かったのだが、特別驚く事もない。夢の中でテスラとセシルと話していたようにトラさんは『フェニックスの肉』を食べていた。
不死鳥フェニックスの肉を食べた物は生涯において一度だけ生き返る事が出来るとされている。トラさんは勇者パーティーに加入前に食べていたらしく、そのお陰で死を免れた。
ただし、フェニックスの肉が効力を発揮するのは一度だけ。次はない。
それもあってトラさんに庇われた経験のあるサーシャ、ノエル、エクレアの三人がトラさんに怒っていた。仲間の事が大事でも自分の身を大事にしてと!
トラさんは『善処する』と言っていたが何故だろうな、自分の身を犠牲にしてでも仲間を護るトラさんの姿が容易に想像出来た。そのような状況にならないように俺も最大限努力しよう。
話が逸れたので戻すとしよう。タングマリン襲撃はトラさんの死と共に終わった。目的を達成したからか、あるいは勇者パーティーの人員を削る事が出来たからか、理由は不明だがトラさんを殺した後エルドラドは生きている魔族を引き連れて撤退した。
逃がすまいと首長やマクスウェルが動いたそうだが、足止めとして残った魔族に上手くやられたらしい。こればかりは仕方ないだろう。
今回のタングマリン襲撃における最終的な死者の数は15人とテルマに比べると明らかに少ない。負傷者の数はその何十倍といるが、後遺症が残るような重傷者はいなかったようだ。
犠牲者の数で比べるのもアレだが、ドワーフと魔族の関係性とエルフに対する敵対心が透けて見えてくるな。
倒壊した建物の数こそ多いがそこ職人の国。復興スピードは段違いだな。特に大通りといった多くの人が行き来する道は既に直されている。
ドワーフの気質もあるだろうが多くの者が住む家を失ったが、壊れて失くなったならまた建ればいいと、自ら家を建て直す者が多いらしい。あちこちで聞こえる建築音はそれが理由だな。
建物以外の被害で言うと石像が一つ壊されていたそうだ。王宮に向かう途中に大きな広場があり、そこに職人たちが彫った歴代勇者パーティーの石像が置かれているそうだ。
歴代勇者パーティーとなるとかなりの数になるのだが、壊されたのはたった一つだけ。明らかにその石像だけを狙って壊している。
壊された石像は四代目勇者パーティーの魔法剣士、『動けるデブ』の異名で有名を馳せた男。そう、タケシさんの石像だ。
壊した人物に個人的な恨みがあった可能性が高い。特に下半身の部分を執拗に狙ったらしく粉?というレベルに砕かれたいた。造った職人が嘆いていたそうだ。
何の意味があるかは定かではないが、タケシさんに強い思いを持つ者がいるのは確かだ。それが俺たちに関係してくるかは不明だな。
以上がタングマリン襲撃についてだな。俺が思っていたよりも被害は少なかったが、魔族の戦力増強という形に終わったのは望ましくないな。
俺にとって唯一の前進と呼べるものが魔王の手紙だろう。これに関しては後日、首長に中身を確認できないかお願いするつもりだ。手掛かりになってくれたらいいんだがな。
さて、随分と長くなったが本題について話すとしよう。




