131.抽象的
砕けているとはいえ、せめて水晶玉が良かったと思うのは我儘か? 酒瓶に俺の未来が映ったというのは複雑な気分だ。テルパドーラがドワーフである事を考えれば…まぁ、仕方ないと割り切れるか。俺の気分はともかく、しっかりと俺の未来は視えたならそれでいい。
重要なのは過程じゃない、結果だ。酒瓶越しでも未来が視えたならそれでいいだろう。
「それで、どうだった?」
「やっぱりお兄さんが全てきっかけだよ!ターニングポイントを担っているよ。やっぱりそうだ!お兄さんが死ななければ未来は変わる!」
興奮したように叫んでいるが、俺がついていけてない事に気付いているのだろうか?頼むからテルパドーラが視た未来とやらを教えてくれ。それだけじゃ何も分からない。
俺の視線に気付いたのか顔を上げた。嬉しそうに笑うテルパドーラと目が合った。
「何が視えたか、教えてくれないか?俺には酒瓶にしか見えなくてな」
「ほんの少しだけ、未来が変わってたの!あちしが未来の事をお兄さんに伝えた事で僅かだけど変化していた!」
「滅亡の未来ではなくなったのか?」
「ううん!世界はちゃんと滅んでる。変わったのはお兄さんの死に方。不意打ちで殺される未来から、正面から戦って負けて…殺される未来に変わってたの」
世界が滅ぶ条件は俺の死で間違いないだろうな。俺が死ぬ事でエクレアが暴走し、世界を滅ぼすのであれば俺が死ななければいい。実に単純な対策ではあるが、テルパドーラの言葉通りなら難易度は高めかもしれないな。
不意打ちならともかく、正面から戦って俺が勝てない相手か。魔族の中でも上澄みの実力者になるな。四天王か…あるいは魔王だな。可能性としては高いのは魔王か。
今はまだ誰が魔王か分かっていない。油断している時なら不意打ちで俺を殺す事は容易いだろう。その未来がテルパドーラと会った事で変わったのか?
変わったとしても結果は同じか。未来の事を聞いて警戒した俺が不意打ちを対処出来ても一体一では魔王には勝てない。どういう状況で戦う事になったかは知らないが、俺は魔王を見つけ出せたのか?
「誰と戦っていた?」
「言い難い事だけど…お兄さんのお仲間だよ」
答え合わせだな。同時に俺だけをこの場に残した理由が分かった気がした。
世界の滅亡を救いたい、未来を変えたいのであれば俺だけじゃない…エクレアやダルにも未来の事を伝えるべきだ。数は力だ。一人で未来を変えようと足掻くよりも三人…もっと言えば勇者パーティー全員で足掻いた方が可能性は上がるだろう。それが出来ないという事は…。
「魔王に殺されたんだな」
「うん。あちしはね、未来が視えたからお兄さんの事情を少しは知ってるの。仲間に知られたらダメなんでしょ? 魔王に心を読まれるから」
「そうだ」
「だから一人で足掻いていた。悩んで苦しんで…仲間を疑う罪悪感に苛まれながら…魔王を探していた。けど、間に合わなかった」
「証拠を見つけられなかったのか?」
「ううん、お兄さんはちゃんと見つける事が出来てたの。ただ、遅すぎたの。証拠を見つけても魔王を倒す戦力が残っていなかった…」
ずしりと言葉が重荷となってのしかかってくるようだ。つまり、俺が失敗したって事だな。証拠を見つけるより先に魔王が動いて、仲間が死んだ。誰が死んだかは分からないが…少なくとも一人ではないだろう。戦力が足りていないというくらいだ。最悪を想定するなら俺とエクレア以外が死んだと思っていい。
「誰が生き残っていたんだ?」
「お兄さんと黒髪のお姉さん。それと魔王である───だよ」
遠回しに誰が魔王か聞いてみたつもりだったが、望む回答は得られなかった。ミカの時と同じだな、不自然にその部分だけ聞き取れなかった。
「聞こえなった?」
「ダメだな」
「ならこれは伝わる?お兄さんは今から───後に亡くなるの!」
「ダメだ、同じように重要な部分だけ聞き取れない」
「…………未来が分岐する事を伝えられないって事?つまり…未来を…運命を変える事を許さないってそう言ってるの?」
テルパドーラの肩が震えている。目が据わっているところから察するに恐怖や怯えからじゃない。怒りだな。
彼女の感情に呼応するように青い髪がユラユラと揺れている。意志を持つように、怒りを表すように青い髪は逆立ち、こめかみに青筋を浮かべたテルパドーラが突如として吠えた。
「なら意地でも変えてやるっての!!お兄さん!」
「あ、はい」
「今から未来の事を片っ端から話していくからちゃんときいて!全部お兄さんに関わる重要な事だよ!それこそ魔王の証拠の事とか話すからちゃんと聞いてね!」
「分かった」
テルパドーラの圧に負けて頷く。ブチギレているテルパドーラを怖いとは思ってはいない。本当だ。
それに俺からすればデメリットがないから受けた方がいいのは確かだ。重要な部分が聞き取れない事から期待は出来ないが、少しでもヒントを得る事が出来ればと思っている。
「ふぅーー!」
占い道具として使っていた酒瓶の蓋をあけてテルパドーラが豪快にお酒を飲み始めた。アレか?飲まないとやっていけないとかそんな感じか? 彼女に尋ねれば済む話だが、目が据わっているテルパドーラに思わず閉口した。
何も言えずお酒を飲むテルパドーラを眺める事、10秒と少し。あっという間に飲み干した酒瓶を投げ捨てた可能は次々と言葉を並べていった。
「一つめ!お兄さんが亡くなるのは───の───ってところ!今から───後だよ」
「さっきと同じだ」
「じゃあ!次!ジェイクの持つ───を───して!取り返しのつかない事態になるから」
「ジェイクの持つ何かをなんとかしないといけないのは分かった。肝心な部分は聞き取れなかったが」
「んーー!じゃあ次!お兄さんの仲間の中で最初に犠牲者になるのは───だよ。───に入国したら気を配ってあげて!」
「知りたい情報だが…聞き取れなかった」
「───に魔王の───があるって情報は?」
「ダメだな」
「ディアボロを───てはダメ。お兄さんを───から」
「あいつも関わってくるのか…。それも聞き取れていない」
予想していた通りというべきか。大事な部分はまるで聞き取れない。それは最初から予想していた事だ、割り切ろう。
ところどころに気になるワードがあったな。特に気にするべきは仲間が亡くなるタイミング。どこの国だ?最悪なのはこの国…次点で次の目的地である『ジャングル大帝』。その次は…ダメだな、これに関してはキリがない。勇者パーティーとして入国する機会が多すぎる。
常に仲間の身を気にするのは俺の負担もデカイ。この情報こそ聞きたかったものだ。魔王の証拠なんかは最悪どうにかなる。けど、仲間の命は替えのきかない大切なものだ。
護りたいという思いは強いが対処の仕様がないのがもどかしい。切り替えろ。ジェイクの持つ物で取り返しのつかないモノがあるのか?彼とテルマでいる時に何度も言葉を交わしたがそんな物は…。
一瞬、脳裏に浮かんだのはジェイクが大切にしていた錆びた槍だ。デュランダルともまともに打ち合える業物。可能性はあるか? メリアナにもあの槍について聞いてみよう。
ディアボロは…穴埋めのようになるが、ディアボロを信じてはダメとか、逆を言うならディアボロを疑ったらダメとか、そんな感じじゃないか? ただの予想だがな。
元々は魔族の四天王だ。これから戦う事も含めて細心の注意を払っておこう。
「お兄さんの持つ───に───がある。これは?」
「ダメだな」
それから諦める事なくテルパドーラが次々と未来について語っていた。同じ内容のものもあり、言葉やフレーズを変える事で伝わらないかと試してくれたが…どれも結果は同じだ。
やはり大事な部分が聞き取れない。文字に書き起こすのはどうだと提案もしてみたが、書く事すら出来ない結果に終わった。何かしらの干渉が起きているんだろうな。
「ダメだねー。大切な事を何一つ言えてないや。特に人名や場所はダメみたい。それが未来の分岐点になってるのかも」
「未来は変えてはいけない、そういうものなのかもしれないな」
「諦めるの?」
「いや、諦めないさ。俺は滅亡する未来を許すほど心は疲れていない。仲間が死ぬ未来も世界が滅ぶ未来も俺は受け入れられない。だから未来を変える為に精一杯抗うつもりだ」
テルパドーラが満足そうに笑みを浮かべた。未来を変えたいという想いは彼女の方が強いのかも知れないな。それだけテルパドーラが視た未来は酷いという事になる。
「お兄さんを呼び止めて良かった。あちしだけじゃ、どうにもならなかったから」
「未来が視えると言ってもいい事ばかりじゃないな」
「そうだねー、現実に直面して今打ちのめされているよ」
「…………」
「あちしはさ、この世界が大好きだからあんな未来になるのは嫌なんだ。変えたいんだ。けど、誰もあちしの姿を見る事も声も聞こえなかった…お兄さん以外は」
「俺だけだったのか…」
「うん」
あまりにハッキリと見えているから勘違いしていた。いや、勝手に思い込んでいたというのが正しいか。忘れてはいけない。テルパドーラが幽霊であるという事を。
「お兄さんに声をかけた時、反応が返ってくると思ってなかった。目が合うと思ってなかった!だからびっくりしたんだよ!そして、それ以上に嬉しかったの!」
「孤独だったからか?」
「違う。あちしはもう死んでるから、誰にも見えなくても声が届かなくても構わないの。ただ、未来を変えたかった。その為に必死に足掻いていたの。この道を通る人に沢山声をかけた…少しでも未来が変わるように。お兄さんのお仲間さんにも、大賢者様にも声をかけた…けど、誰にも届かなかった」
「幽霊だからか」
「死人に口なし…なんて良く言ったよね。本当にあたしの声は届かないもん。……正直言うと絶望したよ。世界の滅亡を待つしかないって。けど、希望を見つける事が出来たんだ。それが嬉しくて仕方ない!」
───俺とテルパドーラは似ていると思った。
『読心』のせいで誰にも魔王の事を打ち明けられず護る為に仲間を疑い魔王を探す俺と、未来を視る事は出来るが詳細な内容を他人に伝える事が出来ず、たった一人で滅亡の未来に立ち向かうしかないテルパドーラ。
俺の場合はセシルとテスラという二人の相談相手を見つける事が出来た。俺が何より欲した存在だった。それはテルパドーラも同じ。
印象が少し変わるな。酒焼けしたかすれた声だと判断して俺をぶん殴りたいくらいだ。彼女の声がかすれているのは必死に足掻いていたからだ。未来を変えようと、自身の声を届けようと叫んでいたからだ。
力になりたいと思った。想いは同じだ。なら協力することは出来る。滅亡の未来なんて俺も望んでいない。未来を変えよう。
「これでやけ酒しなくて済むよ!!!」
かすれた声は酒焼けで間違いないらしい。数秒前の自分に謝りたい。俺の判断は間違っていなかったと。
ため息が出たのは仕方ないと思ってくれ。なんとも気が抜ける。
「あっ!」
「どうした?」
「もしかしたら、もしかしたらだよ。コレはお兄さんに伝えられるかも知れない。未来の分岐で、一番大切なところだけど…抽象的な表現ならもしかして!」
「可能性はあるか…。試してみるか?」
「うん!」
抽象的な表現なら可能だとすれば…色々と抜け道が出来ないか? だが、色々と試してダメだったからな。試してはみるが期待しすぎない程度に留めておこう。
「いくよ!」
「あぁ」
そんなに溜める事か? なんかいけそうな気がしてきたから、期待しちゃうぞ? いいのか?また同じような結果だったらショックはそれだけ大きいぞ。
テルパドーラが口を開く。何故だが知らないが今回は大丈夫な気がした。
「『かみの事を信じてあげて』お兄さん」
───聞こえはした。尚、肝心の意味は分からない。……。助けてくれテスラ、セシル!




