129.占い師
義手の費用に関してはクレマトラスから謝礼金として貰った分で払ってあるから、パーティーとして懐が痛い話ではないが、完全に無駄になった事をクレマトラスの王様に謝りたい気分だ。
大賢者であるマクスウェルが制作するという事でそれなりの値段だったからな。サーシャが交渉してくれたお陰で多少安くはなったが、それでも豪邸が1軒か2軒建つくらいのお金は飛んだ。それが無駄になった訳だ。謝りたくもなる。とはいえ、トラさんの右腕があるのが何よりだ。ノエルもホッとしたような表情をしていた。
「おお、そうだった!カイル!肝心の話を忘れていた」
「何かあるのか?」
「クハハハ!そう身構えるな。大した用件ではない。俺たちは色々と話す事があるだろ?マクスウェルが話し合いの場として『賢者の塔』の一室を貸してくれるそうだ。サーシャも『賢者の塔』で待っている」
真剣な表情をするものだから、つい身構えてしまったが内容はトラさんが言うように大事ではない。マクスウェルが部屋を準備してくれているのなら有難く使わせて貰おう。
俺達もタングマリンに着いたばかりだから、そこまで気は回っていなかった。先に宿屋で部屋を取って、ノエルに頼んで教会の一室を使わせて貰う予定だったが、その必要もなくなったか。
「ノエルもそれでいいか?」
「別に構わないさ。それと宿屋で僕の部屋は取らなくていいよ。理由は言わなくても分かってるよね?」
「教会で泊まるんだな? 分かっているさ」
ノエルが教会に泊まるのはいつもの事だ。あらかじめ言ってくれているから部屋を借りずには済むな。トラさんの方を見るとエクレアとダルの二人に群がられている。二人揃ってトラさんの体にくっ付いて腕を触ったり、無事を確かめている感じだな。
一度は死んだという連絡がきた。ダルもエクレアもパーティーの皆が悲しんだ。サーシャの手紙で生きている事が分かっても、トラさんが無事か確認したいのは分かる。
見たところ元気そうだな。いつものトラさんだ。蘇った理由なんかも聞きたいところだが、それは『賢者の塔』で纏めて聞けばいいだろう。
「俺は一先ず、宿で部屋を取ってこようと思う。皆はどうする?」
「僕は先に『賢者の塔』で待っているよ。宿屋に用はないしね」
「我はカイルと一緒に行くのじゃ!一人では心細かろう?」
「…………」コクコク。
「クハハハハ。なら俺はノエルと共に『賢者の塔』で待っていよう。受付の者に言えば部屋まで通してくれる筈だ」
「分かった。ありがとうトラさん。それと、先に行って待っててくれノエル」
フンッといつものように鼻を鳴らしたノエルが去り際にこちらに向かって手を振ってから、去っていく。早足で『賢者の塔』へ向かうノエルの後を笑いながらトラさんが追いかけていったのを確認してから、エクレアとダルの二人に声をかけて宿屋に向かう事にした。
「わたくしの事をお忘れじゃなくって!?」
一歩を足を踏み出した時にメリアナが吠えた。いや、本当に申し訳ないが…完全に忘れていた。やけに静かだったな。もしかしてトラさんとの再会を喜ぶ俺たちを見て空気を読んでくれたのか? それなら悪いことをしたな。
「すまない。メリアナはどうする?宿屋はメリアナの分も一緒に取るつもりだが」
「そこはカイル様にお任せしますわ!わたくしと同衾したいのでしたら、わたくしの分は取らなくてもよくってよ」
「部屋は取るからメリアナはそこで寝てくれ。それと俺たちは今から勇者パーティーの今後の方針を話し合うつもりだ。その間メリアナは好きにしてくれても構わないが」
「わたくしも話し合いの場に立ち会いますわ!勇者パーティーの皆様の話も気になりますし、わたくしも関係しているでしょう?除け者扱いはよろしくなくてよ」
「それもそうだな。話の内容次第ではメリアナに聞かせられない事もある。その場合は退席願うと思う…」
「安心してくださいませ!カイル様のお願いでしたら、わたくしちゃんと聞いてあげましてよ!!!おほほほほほほほ!」
どこから取り出したのか扇子で口元を隠して上品に笑うメリアナ。聞き分けがいいのか悪いのか判断に困るな。思わずため息が漏れたがメリアナが気にした様子はない。
ダルとエクレアの二人から鋭い視線を向けられても気にしていないところを見ると、貴族の令嬢らしからぬ図太さがあるらしい。これからの旅の事を考えればその方が頼もしい限りだが、対応がめんどくさいと心の中でだけ漏らしておこう。
その後、三人と共に宿屋に向かい部屋を借りた。特にこれといった問題は起きなかった。少し前に魔族の襲撃があったのもあって、商人や旅人が王都を離れたらしく部屋は空いていた。泊まる場所を確保出来て一安心ってところか。
それと、宿屋の店主と話して少しばかり情報が手に入った。王都を攻めてきたのは四天王の一人『冥闇』のエルドラドとその部下の魔族、そして『洗脳』の魔法で操ったと思われるダイアウルフの群れを率いていたようだ。
ダイアウルフ自体は大した魔物ではない。その上、数もそこまで多くはなかったようだ。騎士が対応できた事でダイアウルフによる被害は殆どなかった。メインの戦力はダイアウルフではなく、エルドラドとその部下だ。実際に多くの騎士が魔族によって殺害された。民や騎士たちが殺されるのを黙って見ていられないとドワーフの王である首長と動いたようだな。
民を護る為に首長が戦闘に加わった事で戦況は大きく変わったと店主は興奮気味に話していた。なんでも首長一人で魔族を三人倒したとか、エルドラドが退いていったのは首長の強さに恐れたからとか、早口で興奮気味に喋るものだからこちらがついていけなくなった。
首長は本当に民に慕われているなと実感させられる会話だったと思う。首長の武勇伝まで語り出したので、流石に長くなるなと話を切り上げさせて貰った。気持ち良さそうに話しているところ申し訳ないという思いもあったが、あれは絶対に長くなる。
晩酌の時のメリアナくらい鬱陶しい雰囲気を感じた。話の中で気になる所あったとすれば、首長を見てエルドラドが『これは取れないな』と言葉にしていた事か。店主は『首長の命を取れる訳ないだろ!』なんて豪快に笑っていたが、多分エルドラドが取ろうとしたのは別のものだな。
戦場に出た首長は鎧を着ていたと聞いている。神器の一つである『イフリートの鎧』。首長を見て、あるいは『イフリートの鎧』を見て盗れないと判断して退いたんじゃないか?だとすれば狙いは神器か?
可能なら首長に話を聞きたいところだが、襲撃の後始末もあるから難しいだろうな。マクスウェルやサーシャなら何か知ってるだろうか?疑問も残ることだし『賢者の塔』に向かうのが最優先だな。
店主との会話で思ったより時間を食ったと思う。ノエルを待たせた事で小言を言われないかが、心配だな。
憂鬱な気持ちを晴らすようにダルやメリアナと会話を交えながら『賢者の塔』へと歩いていると不意に声をかけられた。酒に喉をやられたようなかすれた声だった。かろうじて女性だと判断出来たが、声の方へ視線を向けると自信がなくなってしまった。
「お兄さん、変わった魂の形をしてるね!あちしがお兄さんの事、占ってあげようか!?」
女性? いや、あまりに小柄な姿を見ると子供にしか見えない。視線の先にいたのは俺の半分程の身長しかない小さな女の子。近くに転がっている酒瓶を見るに成人はしているのか? だとすれば女の子と表現するのは違うか?
いや、そんな事はどうでもいいか。一つ分かった事があるとすれば、目の前の女性がドワーフであるという事だ。種族がドワーフだというのなら小柄な体格も納得がいく。
サーシャよりも更に小さいな。青いショートヘアの髪型と琥珀色の瞳。左目の下にトランプのスペードのような模様が入っている。こちらを見て笑った時に犬歯が見えた。小柄な見た目もあってイタズラ好きの子供のような印象も受けるが…多分大人だよな?
「すまない、占いには興味がなくてな。それに急いでいるんだ」
見たところ占い師といったところだろう。黒いローブに身を包み、砕けた水晶玉が酒瓶の横に転がっていた。……商売道具が壊れてるぞとツッコむべきか? いや、その時間も惜しいな。断りを入れたしさっさと離れよう。
「待った待った!あちしに占って貰った方がいいよ、お兄さん!」
離れようとしたら腕にまとわりつかれた。小柄な見た目通り重くはない…というより異様な程に軽い。力任せに引き離す事は出来るが、勇者パーティーの一人としてするべきかどうか。ただでさえ悪名の方が広がってきているんだ。噂が広がるような事は避けるべきか。助けてくれとダルたちに視線を向けるとそこには誰もいなかった。は?
さっきまでそこにいたよな。なんで急にいなくなってるんだ?唐突な出来事に困惑が隠せない。
「ほら、お連れさんも今はいない事だしあちしとお話しよ?お兄さんの未来を占ってあげるからさ」
「お前…何者だ?」
俺の腕にしがみつく女性の発言で、こいつが元凶だなと当たりをつける。犬歯を見せつけるように笑う姿が答えのようだった。
「あちしはテルパドーラ。見ての通り幽霊の占い師だよ!」
───頼むから考える時間をくれ。




