127.埋まる外堀
インフルにかかったのもあって少し遅れました
娘にうつしたのは不覚…
───テルマを出立してから約二週間が経過した。来た道を辿る形で再び『デケー山脈』を超える事になったのだが、同行する事になったメリアナが思いの外旅慣れしているのもあり、想定よりも早くタングマリン領内に到着する事が出来た。想像より煩かったのには目をつぶろう。
現在俺たちがいる場所は『バッカス』と呼ばれる町だ。タングマリンの最北端の町、テルマとの国境に最も近い町と言えば分かるだろうか?
仮想敵国としてテルマを意識しているからかこの町は他の町に比べると外壁が高く、騎士の数も多い。聞いた話によると、町民の半分は現役の騎士であり有事の際に素早く応援の兵を送れるようにと派遣されて来たらしい。
この町に訪れた理由に関してだが、単純に食料が尽きたからだ。俺の計算では王都に着くまで食料が持つ算段でいたが…、またしてもメリアナが俺の予想を飛び越えてきた訳だ。
本当に面白い女性だな彼女は…。
「さて、メリアナは追い払ったし本題といこうか」
正確には追い払ったのではなく、食事を取りに出掛けただけだ。俺も一緒にどうかと誘われたが、返事をする前にノエルの鋭い視線に臆してメリアナが逃げて行った。俺も一緒に着いていけば良かったと心のどこかで後悔している事は表に出してはいけない。
これから行われる会議の当事者であり、同時に容疑者でもあるのだから。
「うむ、ノエルが言い出してきたという事は我が考えている通りでよいのか?」
「合っているけど、君の思い通りではないね。あくまでも決めるのは僕たちだからね」
ノエルとダルが睨み合っている。その横でポケーっと座っているエクレアは現状を把握しているのだろうか? 把握している俺は胃が痛くて仕方ない。
俺たちの為にと教会の一室を空けてくれただけでなく、お茶まで準備して持ってきてくれた神官さんが二人の様子に狼狽えているのが見える。
「いつもの事なので、どうかお気になさらず」
「あ、はい」
何か言いたげな表情の神官が部屋を後にして行った。珍しくドワーフの神官だったな。どうしても教会の神官になるとエルフの印象が強いが、ドワーフの神官もいるんだなと当たり前の事を実感した。
「まずは僕の気持ちを表明しておこうか。僕はこの旅が終わったらカイルと結婚する。神の祝福の元に永遠の愛を誓うつもりだよ」
「それは無効なのじゃ!カイルの意思を無視したものじゃとセシルも言っておったぞ!」
机をバンバンと叩き抗議するダルと勝ち誇った顔でいつものようにドヤ顔を浮かべるノエル。エクレアが何の反応も示さないのが不気味なんだよな。テルマの時はダルと一緒にノエルに抗議していたと思うが…。まさか?
「だからこそ僕はカイルの意思を尊重したさ。その上でカイルは僕と結婚すると言ってくれた」
「カイル!?」
「それは事実だ」
今すぐにという訳ではないがな。あくまでも魔王や魔族の問題を解決した後だ。世界が平和になった時には俺もこれからの事を考える余裕が生まれると思う。今は問題が山積み過ぎて自分の将来の事までは考える余裕がない。という事で問題を後回しにしているに過ぎないがな。
「分かっただろ?カイルは僕を愛しているし、僕もカイルを一番に愛している!これは揺るぎのない事実なのさ」
「むむむ」
「その上で僕は提案してあげているのさ。二番目なら許すよって。僕は自分が一番に愛されてさえいれば他に女がいても構わないからね」
「我は!我がカイルの一番がいいのじゃ!エクレアもそう思うじゃろ!」
「…………」
「エクレア!?」
同じ意見だろ?とダルが同意を求めたがエクレアは全くの無反応。勝ち誇るノエルの顔を見ると全てを察してしまう。エクレアはノエルに丸め込まれたらしい…。
信頼していた仲間に裏切られたダルが狼狽えているのがよく分かる。そうだな、セシルと一緒にノエルにガツンっと言ってやろうって三人で団結してたもんな。気付いたら自分一人孤立してるとか…考えたくないな。
「エクレアとはゆっくり話す機会があったからね…しっかりと話したよ。エクレアは二番目でも構わないってさ。カイルに愛され…そして傍に居られたらね」
「なんと…。ノエルも…エクレアも本当にそれでよいのか!?」
「本当は嫌さ」
「…………」コクコク
「けどね…カイルの事を考えれば手段は選んでる場合じゃないのさ。彼を取り巻く環境は…僕の我儘だけで護り切れるものじゃないからね」
どういう事だ? 全員から視線を向けられるがまるで意味が分からないぞ。ダルも同じらしく首を傾げている。仲間がいて良かったと少し安堵したが、当事者であるのに事情を知らないのはモヤモヤするな。
「どういう事なのじゃ?」
「カイルの存在がこれから世界に波紋を起こすって事さ」
「なぜ?カイルは何も悪い事をしていないぞ」
俺の存在が世界に波紋を起こす…。思い当たる点が一つあるな。
「ミカの声を聞いたって言ったのは不味かったか?」
「不味かったね。ダルやエクレアだけなら良かったけど、他に聞いているエルフもいたんだ。ジェイクが箝口令をしいたから今は広まってはいないけど時間の問題だよ」
「それが何か問題になるのか?カイルは神の声を聞いただけなのじゃ」
「利権の問題だからね…。教会や国の上層部にとって神の声を聞ける存在は煩わしいんだ。僕の御先祖さまのようにエルフだったなら大事にはならない。けど、カイルは人間だからね」
首筋がヒヤッとしたな。これが命を狙われる感覚か? 戦闘とは違う薄ら寒いものがあるな。
教会の権威やエルフの立場を考えると俺の存在は確かに邪魔だ。教会がここまで大きく、そして世界に大きな影響を持つようになったのは創設者の存在が大きい。
俺と同じ転生者であり、神の声を聞く事が出来た初代法皇───ルドガー・キリストフ。ミカに救われたのがきっかけで信仰に目覚め、教会を設立したとされている。
ルドガーはミカにとってお気に入りの存在だったらしく、加護の解除や祝福、オマケに神器を与えたりとかなり優遇したらしい。ルドガーが教会を作れば神託を与え、神として信徒たちに干渉し教会という組織をより強固なものにした。
信仰対象の神が積極的に協力してくれたら、そら世界に大きな影響力を持つ宗教組織が出来上がるよなと納得してしまった。神の声が聞こえるルドガーと信仰対象であるミカの二人の二人三脚で世界に広めたのが教会だ。ルドガーの死後、後を引き継いでいったのは全てエルフ。エルフ以外の種族が法皇になった事はこれまでの長い歴史の中で一人もいない。
「カイルを御旗にして立場の向上を狙う信徒が出ててくるよ。上役はエルフばかりだからね、不満を持つ信徒たちはこれを機に立ち上がるだろうね」
「法皇や上役にとって俺は邪魔な存在か。いや、国にとってもだな。教会のトップが人間になるような展開を望んではいないか…」
エルフは色んな種族に喧嘩を売っているのもあって孤立している。それでも大きな影響力を持つのはこの世界唯一の宗教をエルフが勢力下に置いているからだ。
「教会や国と渡り合うとなると僕一人では不可能…カイルを護りきるにはエクレアの存在は必要不可欠だった訳さ。エクレアもカイルには傷付いて欲しくないから僕側に付いてくれたよ。共にカイルを護ってカイルに愛して貰おうって。ね?」
「…………」コクコク。
「だからさ、ダルも協力してくれないかな?カイルを護る為に。僕が一番だけど…変わらないくらいカイルに愛して貰っても構わないからさ」
「我は一番がいいのじゃ…」
「でもダルだけじゃカイルは護りきれないよ。敵はとても大きい。でも、協力すれば護りきれる。そしてカイルに愛して貰える」
「むむむむむむ!」
俺はどういう立ち位置でこの会話を聞いていたらいいんだ?自分の事なのに何故か他人事のようにも感じてしまう。まて、俺の意見も聞いてくれと言って片がつく段階は既に超えてしまっている気もする。悪いのは不用意に発言した俺か…。
「分かったのじゃ!我もカイルに死んで欲しくないから協力するのじゃ!」
「分かって貰えて良かったよ」
「でも、一番は譲れないのじゃ!我はカイルの一番になりたいからのぅ」
「僕が一番だよ。それだけは譲れない」
ノエルとダルがバチバチと火花を散らしている様子を眺めていると、不意にツンツンと肩をつつかれた。いつの間にか近寄ってきていたエクレアが傍にいた。
「どうかしたか?」
問いかける一通の手紙を俺に差し出してきた。エクレアは確か加護の影響で手紙も書けないはず…この手紙は彼女が書いたものではないな。となるとエクレア宛か、勇者パーティー宛の手紙か? 読んでいいかと尋ねると首を縦に振られたので、開いて中身を確認する。
手紙の差出人はエクレアの父親だな。アルカディア王都の元騎士団長だったか? 会った事はないが娘に手紙で嘘を書くとは思えない。事実なのか?
「エクレアもこの手紙は読んだのか?」
「…………」コクコク
「そうか…、本当なんだな?」
コクリとエクレアが頷いたのを見て、ため息を一つ吐いた。出来れば嘘であった欲しかった。そう思わせる手紙の内容だった。
信じ難い話ではあるが、どうやら俺が所属する国───『アルカディア王国』が魔族の手に落ちたようだ。
主犯格の魔族の名はリリス。
ダルの母親だ。
書籍化に関してですが、情報解禁してもOKと許可を貰ったので改めて告知します。
発売日は来月の2月
KADOKAWAエンターブレインから発売となります。
予約も既に開始してるそうです。買って頂けたらただただ作者が喜びます。
下記予約ページリンク!
https://www.kadokawa.co.jp/product/322410000472/




