126.上が黒と言えば白も黒く染まる
エルフが嫉妬深い種族である事は重々承知ではあるが、メリルが行ってきた所業は流石に目に余るな。これがエルフの王族なのだから救えない話だ。
恋敵の赤子を殺めるように命令を出したり、自分のモノにならないタケシさん処刑したり…自分の思い通りに事が進まないのが許せない性格なのだと思う。王女として甘やかされて育ってきたのが原因だろうな。何にせよ胸糞の悪い話だ。
亡くなったのはサーシャの兄か姉に当たる人物だろうか?既にサーシャが産まれていた可能性も捨てきれない。その場合は…いや、考えても仕方ない事だな。
「答えにくい質問をします。サーシャの母親は魔王を討伐した勇者パーティーの一人であり、世界有数の魔法使いとして名が知れ渡っていたはずです。どのような理由で赤子を殺害するような事になったのですか?」
答えにくい質問をした自覚はある。それでも聞いておきたかった。ここら辺の出来事は書物には残されていなかったからな。不自然な点が多いんだよ…タケシさん周りの事は特に。
今回の件もそうだ。いくらメリルがエルフの王女だからといって、魔王を討伐した英雄の一人であるクロナの赤子を殺すなんて命令が出せるか? 金で雇ったゴロツキならともかく、命令を実行したのは騎士であるローウェン卿だ。
メリルの私怨でローウェン卿が動くとは考えたくない。何よりドワーフであるクロナに手を出せば、タングマリンも黙っていないだろう。間違いなく国際問題に発展する。ローウェン卿ならその事に気付く筈だ。
「名が知れ渡っていたからですよ」
「どういう事だ?」
「神に選ばれた種族であるエルフを差し置いてドワーフの小娘が『賢者』の異名を名乗っていた。それが許せなかったのです…」
「そんな理由で…」
「はい。そんな、くだらない理由です。クロナさまを疎んでいたのはメリルさまだけではなかったのです。テルマの王族全員がクロナさまの存在を目障りに思っていたそうです。だから、簡単にメリルさまの提案に乗ってしまった」
ジェイクの口から当時どういう背景があったか説明された。前置きとてしてローウェン卿からの又聞きである為、それが正しいとは言いきれないと言われたが…。
まず第一として何故、クロナを疎んでいるのか。その理由は単純…ただの嫉妬だ。エルフは神に選ばれた種族…あるいは魔法使いの種族としての自負を持っている。魔法使いといえば、エルフという印象は今も強い。人間の国も魔法使いは多くいるがそれでもエルフには敵わない。
魔力量に違いがありすぎるからな。エルフは魔族や竜人を除けば種族全体でトップの魔力量を誇る。魔法を使う際に最も大切な素質を兼ね揃えた種族と言える。それもあってエルフは魔法使いの種族として強い自負を持っていた。
だが、それもドワーフの台頭…そして『大賢者』マクスウェルの登場で揺らいでしまった。長くなるので簡潔に言ってしまうと、超凄い魔法使いであるマクスウェルが建てた『賢者の塔』に世界中から魔道を志す者が訪れるようになり、才能溢れる魔法使いがタングマリンに集った事でエルフとドワーフの立場が逆転したという訳だ。
言ってもドワーフの魔法使いの数はエルフよりも少ないから魔法使いの種族として自負を持っていていいと思うが、国として負けている事が許せないらしい。何ともエルフらしいことで…。
クロナに向けられた嫉妬はそういった背景もあり、個人が向けるような生易しいものでは無かった。
「表向きはクロナさまが魔族と通じているという事になりました」
「そんな馬鹿な話がまかり通るのか」
「通してしまったのが当時のテルマです。クロナさまの赤子は魔族との間に生まれた忌むべき子として殺すように命令が出されました。そしてクロナさまが魔族と通じていると、ありもしない証拠を作り国外へと追い出した」
「クロナを殺さなかったのはタングマリンと事を構えるつもりがなかったからか?」
「はい。あくまでもクロナさまの名を落とすのが目的でした。タングマリンがどれだけ抗議してきても魔族と通じていたと押し切ったと聞いています」
タチが悪いのは対魔族で共闘関係にあった人間の国も巻き込み、クロナが魔族に通じていたと大陸全土に広めた事だな。でっち上げの証拠であるにも関わらず、エルフの主張をドワーフ以外の種族が信じた事でタングマリンもクロナを庇うことが出来なくなった。
弟子であるクロナが魔族と通じているのならその師匠も疑わしいものだなと、マクスウェルにもイチャモンをつけたらしい。『大賢者』の異名が地に落ちれば、『賢者の塔』に集った魔法使いもいずれいなくなる。
目障りな賢者を排除出来る上に目の上のタンコブであった大賢者も排除できると、私怨がふんだんに詰まったメリルの提案を国が実行した。本当に救えない話だ。
「クロナは…その後どうなったんだ?」
「国を追われ姿を消したとされています。私たちもその後どうなったかは…」
「知らないか…」
「はい。…………いえ、一つだけ」
言い難い事なのかジェイクが視線を逸らし閉口した。これまでの話の内容やジェイクの反応から推測するに、おそらくローウェン卿が関わっているな。数秒の沈黙の後、ジェイクが話し始めた。
「クロナさまはタケシさまにお会いになるためにテルマに潜入したそうです。そして、ローウェン卿に見つかった」
「…………」
「ローウェン卿は赤子を殺めた事を後悔しておりました…。もしかすると、ローウェン卿は許されたかったのかも知れません。クロナさまを見つけても捕らえる事はせず、タケシさまの元へ案内したと聞いております」
ローウェン卿の葛藤や想いについても語りだし熱が入ったのか話が長くなった。要約すると、罪悪感からクロナをタケシさんの元へと案内した。この時タケシさんはメリルの心を傷付けたなんてふざけた罪で捕らえられており、王宮の地下牢に幽閉されていた。ローウェン卿の案内でタケシさんとクロナは再会、牢屋の中で何があったかはあえて省くとしよう。サーシャが産まれてくる出来事があったらしい。
その最中も地下牢に騎士が来ないように見張りをしていたローウェン卿はどんな心境だったのだろう?
クロナの姿をローウェン卿が見たのはその場が最後らしい。タケシさんと愛を交わしたクロナはテルマを去り、姿を消した。捕らえられていたタケシさんも一緒に連れていこうとしたそうだが、タケシさん本人の意思で地下牢に残ったそうだ。その数日後にタケシさんは処刑された訳だが…。
クロナがその後どうなったかは誰も知らない。知っている者がいるとすれば、それは彼女の娘であるサーシャだけだろうな。
補足にはなるが、クロナが魔族と通じていたというエルフがでっち上げた証拠はかつての仲間である勇者ロイドと神官シェリルの証言と、タケシさんの死後人が変わったように急変したメリルによって冤罪である事が判明した。
サーシャがファミリーネームを堂々と名乗っているのはクロナの冤罪が証明されているからだな。落ちた名声をどうにかしようとドワーフが精力的に動き、おかしな事にその動きに乗るようにメリルの主導でクロナは冤罪であった事を大陸中に広めた。
当然ではあるが英雄の一人であるクロナに対してでっち上げの証拠でクロナを追いやった事を他国から責められたテルマではあるが、『私たちも魔族の計略に嵌められていたのだ』と主張し強気に対抗したそうだ。
誰もテルマの主張を信じていなかったが、最終的にドワーフ側が折れた事でエルフとドワーフの間にしこりを残す形でこの問題は集結した。形としては残ってはいないが、教会が仲介に入ったとジェイクは言っていた。
現代においてもエルフという種族は嫌われている。選民思想もそうだが、過去のやらかしを考えればその理由は語る必要もないだろう。それでも他国に対して強い影響力を持っているのは世界樹の守護を神に任された事と、この世界の唯一の宗教である教会の存在だな。
世界中の全ての種族の中に根付いた宗教というのはなかなかに厄介なものだ。国のトップが頭を悩ませる問題だな。
───クロナの話はこれにてめでたしめでたしとなるが、ハッピーエンドとは程遠い終わり方だ。クロナは冤罪をかけられてから姿を消し、それ以降は歴史の中で一度も名が上がっていない。誰もクロナの行方を知らぬまま歴史の闇に埋もれていったようだ。いや、その最後だけは判明しているのか?
クロナの娘であるサーシャがマクスウェルの元に訪れた際に彼女の証言によってクロナが既に亡くなっている事が判明している。知っている者は少ないようだがな…。
「少し長く話過ぎましたね」
「そうだな…」
器に注いだお酒を飲み干したジェイクがふぅーっと息を吐いている。酔っているのか顔が赤いな。それはいいが、何故熱っぽい視線を俺に向けるんだ?やめてくれ。
「途中からカイル殿の敬語が抜けておりましたね。私としてはその方が好きですよ。距離が縮まった気がしますので」
「そ、そうか…」
「えぇ…。私はカイル殿と仲良くしたいと考えておりますので、私に遠慮せず話してください」
「……そうさせてもらう。ジェイクと呼んでもいいか?」
「ええ!ジェイクとカイル殿の美しいお声で呼んでください!さぁ!私の名前!今!呼んでみてください!さぁ!」
顔を赤らめたジェイクが迫ってきた。どうしたものかと困っている俺を助けるように今まで壁に控えていた使用人がジェイクを取り押さえ、『ジェイク様ご乱心!!』と叫ぶ事で集まった使用人が数人がかりで部屋から連れ出して行った。
あまりの出来事に固まっている俺に使用人の一人がこの場に残り深く頭を下げてきた。
「カイル様、申し訳ございません。ジェイク様はお酒に強くなく、酔ってしまうと…その」
「それ以上は大丈夫です。少し驚きはしましたが、ジェイク殿の良いところは沢山知っています。お酒の席の失敗の一つや二つ…軽く流して終わりですよ」
「ジェイク様に代わり、謝罪と感謝を」
止めようとしたが先程と同じように使用人が深く頭を下げた。使用人に頭を上げてくださいと言おうとした時に、ドーンっと大きな音を立てて扉が開かれた。現れたのはメリアナだ。
「お兄様はどうやらカイル様を一人残してお酒に呑まれてしまったご様子!スパナー家の長女としてカイル様を一人になどさせません!このわたくしが!お酒のお相手をしてあげてもよろしくてよ!おほほほほほほ!!」
───帰ってくれないか?




