122.純潔の乙女(笑)
「いやー、それにしてもジェイクさんは強敵でしたね」
「強かったな。俺の対応が間違えていれば負けていた瞬間が何度かあった」
「洗練された武を感じる槍さばきでしたね。流石はエルフの国でも一、二を争う強者」
「勝負の場では槍だけだったからな。ジェイクは魔法も得意と聞いている。魔法まで使われたら負けていたな」
「距離が離れているならまだしも、あの距離でマスターと闘えば魔法を使う余裕なんてありませんよ。魔法発動の為にも意識を向ければ、その間にマスターの剣がジェイクさんに届きます。それが分かっているから槍だけで戦ったんだと思います。マスターの勝ちで良いと思いますよ」
「どうだろうな?言ってもただの手合わせだし、お互い全てを出し切った訳ではないさ」
ジェイクとの手合わせを思い出しながら、屋敷の使用人が出してくれたハーブティーを一口飲む。身体の疲れが取れるようだ⋯心が落ち着く。まぁ、そんな気分がするだけでこの飲み物自体に特別優れた効能はない。リラックス効果があるくらいだろう。
───それにしても、本人は謙遜していたがやはり強かったな⋯。ジェイクと槍を交えたのは30分程前だが、まだ余韻が残っている。手が熱を帯びているように熱い。
重い一撃だった。デュランダルで受け止めてなお、体に衝撃が走るような強く重たい一撃を軽快な身のこなしで何度も放ってきた。槍の軌道と距離感を把握するまでは完全に防戦一方だったな。使う武器がデュランダルでなければへし折られていたかもしれない。
「ジェイクの力量もあると思うが⋯あの槍は何なんだ?」
「奇妙な槍ですね。錆びていますし、誰が見てもボロボロの槍でした。なのに折れなかった」
魔力を込めたデュランダルの一撃すら簡単に弾いていた。威力を流す技術もあるだろうが、槍自体の強度が高いのか? 切れ味も見た目に反して鋭かった。見た目に騙されて、錆びた槍だと油断すれば一振であの世行きだな。
「魔道具か?」
「いえ、槍からは魔力を感じませんでした。ただ⋯妙な感じでした」
「妙?」
「刃を合わせたから分かる感覚と言いましょうか?まだ隠された力があるように感じました」
「デュランダルがそうであるようにか?」
「そうですね。手合わせではマスターは私の能力は使いませんでしたし、ジェイクさんも同じでしょうか?」
「可能性は高いな」
奇妙な槍ではあるが⋯今は考えても仕方ない事か。ジェイクと実際に手合わせしてその実力は分かった。強かったな、本当に。
勇者パーティーに選ばれていてもおかしくない技量だった。そういえば実際に声はかかっていたそうだな。ただ、ローウェン卿の傍を離れたくないから断ったとか⋯。その話を一緒に聞いていたダルが漏らした『愛じゃな』という言葉が嫌に記憶に残っている。
「マスター、足音が近付いてきています。軽やかな足音からジェイクさんかと?」
「もう一人いるな」
「はい」
デュランダルが黙って直ぐに足音が止まり、部屋をノックする音が響いた。『カイル殿、中に入っても構わないでしょうか?』と声をかけられたので入室してもらう。
入口の扉を開けて入ってきたのは俺とデュランダルの想定通り、ジェイクであり顔を合わせると爽やかな笑みを浮かべていた。そのすぐ側に見慣れない女性の姿があった。いや、何処かで見たな。昨日の夜、ジェイクに話をしに行った際に部屋にいた女性だな。
ジェイクは結婚していないから配偶者ではないな。ローウェン卿を愛していると断言していた事から、他の相手に手を出していたとは考えにくい。外見がジェイクに近い事を考えれば親族だな。姉か妹⋯外見が若いからと判断するのは愚か過ぎるか。エルフの寿命が長いこともあって外見は殆ど変化しない。この女性がジェイクの母親である可能性や祖母である可能性すらある。
「カイル殿、先程は急なお手合わせを受けていただきありがとうございます」
「いえいえ、俺もジェイク殿と手合わせ出来て良かったです」
「私もです」
これに関しては本心でありお互いの技量を称え合うように笑いあった。その間こちらをジーッと見てくる女性が気になって仕方ない。
「ところで、そちらの女性は?」
「彼女は例の件の」
「彼女が『審判』の魔法の使い手で?」
「はい。私の妹でメリアナといいます」
ジェイクの紹介と共に彼の妹───メリアナが淡い水色のドレスの裾を両手で軽く持ち上げ、それはもう上品なお辞儀をした。
客観的に見ても美女と呼ばれる外見をしていた。宝石のように澄み切った翡翠の瞳。後頭部で団子のように束ねた金色の髪。シニヨンだったか? ジェイクより髪色は薄い気もする。
彼女が着ているのは露出の少ないドレスではあるが、スタイルの良さが一目で分かる。
エルフの特徴的な尖った耳の先端に変わった形のイヤリングをつけているのが見えた。アレはなんだ⋯?コウモリ?に近い謎の生物。明らかにイヤリングだけが浮いていた。一先ず挨拶しておくべきか。
「初めまして、カイル・グラフェムと申します」
「お兄様よりカイル様の事は沢山聞かされておりますので存じておりますわ!わたくしは!メリアナ・スパナー!スパナー家の長女ですの!」
インパクトが強い。上品な挨拶の後にこんなハイテンションで自己紹介されるとは思っていなかった。胸元から取り出した桃色の扇子を広げて口元を隠しておほほほほと高笑いしている。
「愚妹で申し訳ありません。このような性格ですので嫁の貰い手もおらず⋯未だに理想を追い求めておりまして」
「お兄様!カイル様に間違った事を吹き込んではいけませんわ!わたくしに見合う⋯高貴で!強くて!美しくて!お金持ちの相手がいなかっただけですわよ!」
おほほほほと再び高笑い。額に手を当てて力なくフルフルと頭を振るジェイクから日頃の苦労が伝わってくる。ジェイク殿と、声をかけると彼は申し訳なさそうな表情で頭を下げてきた。
「申し訳ありません。カイル殿のお力になりたいのですが今は国の一大事でして、『審判』の魔法を使える女性の神官の助力を請うのは難しいと判断致しました」
「そこで!選ばれたのがわたくしですわ!!穢れなき純血の乙女にして!高貴なるスパナー家の令嬢!『審判』の魔法も使える⋯正にうってつけの人材でしてよ!」
おほほほほとまた高笑い。
「本当に申し訳ありません。嘘偽、事を話すのならば使用人に命じている所をメリアナに聞かれまして⋯」
「立候補してきたって事ですか?」
「はい、その通りです。あまりに煩く⋯いえ、カイル殿の力になりたいと言うものですから。私の口から言っても納得しないのは長年の経験から分かっておりまして⋯、カイル殿に判断して頂けたらと」
メリアナに聞こえないように顔を近付けて会話をする。つまりアレか? ジェイクでは言いくるめる事が出来ないから俺に対処しろって事か?
「大事な事を聞いてもいいですか?」
「はい」
「教会の神官に助力を請うのは難しいですか?」
「難しいかと。襲撃があったばかりなので神官が国を離れるのは許されないかと。それに世界樹の解呪に人員をさいておりますので」
メリアナに視線を向ければ機嫌良さそうに高笑いをしている。神官の代わりがアレか⋯。
「メリアナで良ければ連れて行って貰って結構です。メリアナ以外⋯ユニコーンの御目に適う乙女を探すとなると少しお時間を頂く必要があるかと」
『審判』の魔法が使える神官というのが一番分かりやすい純潔の証拠だ。教会の神官から助力を得る事が出来ないとなると他から探すしかない。だが、女性に直接聞く訳にはいかない。貴女は処女ですかと、聞くのは変態の所業だ。それに民間人だと国を出る事を嫌がるかも知れない。
仕事柄地方に出向く事の多い神官なら!と完璧に思えて提案したんだがな⋯上手くいかないものだ。
今、俺には選択肢がある。ジェイクに頼んで時間がかかってもいいから見つけて貰うか、メリアナを連れて行くか⋯。
世界樹の事を考えると悠長にしている訳にはいかないからな。仲間に事情を話して、同行してくれる神官が見つかり次第出発する考えでいた。その点で言えばメリアナを連れていけば比較的直ぐに出発できる。
「あら、どうしまして!わたくしの美貌に見惚れてしまったのかしら!? かの『剣聖』まで魅力してしまうなんて!なんて美しいのかしら、わたくし!」
高笑いするメリアナを見てジェイクと揃ってため息をついた。気分は乗らないが世界樹を救う為に連れていこう。ただ、何となくなんだが⋯メリアナが相手だとユニコーンも逃げ出す気がするんだが?
「おほほほほほほほ!」
───後で聞いた話だが、彼女の年齢は358歳だそうだ。
ユニコーンが大好きな処女だよ!




