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勇者パーティーの仲間に魔王が混ざってるらしい。  作者: かませ犬
第三章 相死相哀ノ殺シ愛

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Episode5.デュランダルの憂鬱 後編

「コバヤシはともかく、おれを選んだのは間違ってない」


 不服なのだろうな。ムスッとした表情をしているが、もし本気でそう思っているなら弁えろと言いたい。コバヤシの痴態を見て楽しそうにしているが、ズボンを破ったのは間違いなくレオパルドだろう。

 コバヤシは常日頃から身だしなみに気を使っている。ドワーフの使者と会うなれば破けたズボンを履くような真似はする事ない。破けている事に気付かずに此処に来るほどコバヤシは愚かではない。


「こ、コバヤシは破けたズボンも平気で履くしぃ⋯おれがやったっていう証拠もないし」


 私と目を合わさず、唇を尖らせて抗議する姿が答え合わせに等しかった。レオパルドが『悪童』と呼ばれる所以が分かった気がした。人間やエルフに対してレオパルドが行っている事はイタズラの範疇で収まるレベルではないがな。


「エトナは魔法についての研究を?」

「ええ、父と同じ魔導の道を進んでおります」


 ズボンが破けているとは知らないコバヤシはエトナと楽しげに会話を交わしている。その胸の内で何を考えているは知らないが、楽しい内容ではないのは確かだろう。

 

 ───それから数分歩いた後、元々近かった事もあり『クロ遺跡』に到着した。遠目でも分かっていたがそれなりに大きな遺跡だ。ただ、古ぼけているな。何十⋯何百年と人が立ち寄らなかったのだろう。当然、遺跡を管理する者もいなければ手入れをする者もいない。人の形で変色した石壁が此処で何が起きたか訴えている。 あまり気分の良いものではないな。

 魔法の知識が広がる前は魔族も栄えていただろう。その証がこの遺跡だが、何もかも奪われた訳か。


「こちらが『クロ遺跡』でございます。どうでしょうか、魔王陛下なら何か感じるものがあるのではないかと思ったのですが⋯」


 コバヤシとの会話に区切りをつけたエトナがこちらを振り返り大袈裟な動作で一礼した。

 何か感じるものか。魔力で肉体を強化しても何も感じるものはない。かつて魔族が栄光を手にした地だとしても、私には何も響かない。

 他の二人はどうだと視線を向けると揃って眉間にシワを寄せている。気分は良くないらしい。


『レオパルドも同じようだけど、此処は長居したくないね。執着、あるいは怨念かな? どす黒い感情のようなものを叩き付けられている感覚だよ。未練タラタラなのかも知れないね、この地を治めた王族は』


 だとすれば器は知れたな。やはりこの地に来ても私が得る物など何もないだろう。


「何も感じないな」

「何も、ですか」

「期待が外れたな」

「そのような事は。ただ、少し⋯驚きました。かつての栄光の跡地ですから、魔族の方なら感じるものが多いとわたくしも聞いておりましたので。魔王陛下が魔王たる所以ですね⋯」


 エトナが口元に手を添えてクスクスと楽しそうに笑っている。不思議と嫌な感じはしなかった。


「この地に来て頂いて良かったと心から思いました。魔王陛下ならあの剣が抜けるかと」

「コバヤシも言っていたな。私に剣を抜かせる為にこの地に呼んだのか?」

「魔王陛下ならもしかしたらと思いまして。ですが、今わたくしの中で確信に変わりました。魔王陛下なら必ず抜けるでしょう。今、案内致します。宜しければ私の後に着いてきてください」


 再び先導するようにエトナが歩き出す。何処に向かおうとしているかは嫌でも分かる。二人が言う剣の刺さった場所へ案内するのだろう。

 私がエトナの後に続けば二人も着いてきた。表情は対照的だな。どこか楽しげなコバヤシと、苦虫を噛み潰したよう顔のレオパルド。『読心』の影響か?


 言葉ではなかったがレオパルドが小さく頷いた。心が読めると言っても良いことばかりではないな。有用ではあるが、同時に自身を傷付ける刃にもなりえる。


「あいつ⋯めっちゃ興奮しててキモイ」

「小声でもそんな事を言ってはいけないよ、レオパルド」

「言っても聞こえてないよ。あいつは真の魔王の誕生の瞬間に立ち会えると思ってウザイくらいにはしゃいでいる。人がいなかったら小躍りしてるレベルだ」


 スイスイと遺跡を進んでいくエトナからそのようなものは感じないが⋯、いやよく見れば足取りが先程より軽いな。『読心』を使ったなら嘘ではないだろう。


「あれです、魔王陛下!」


 まるで演劇を見ているような大袈裟な動作で、エトナがある一点を指さした。そこは『クロ遺跡』の最深部。道中で見かけた場所よりも明らかに広い空間。私から見た正面にそれはあった。かつてこの地に王が滞在していたであろう石の玉座に、黒い一本の剣が突き刺さっていた。

 あれが二人が言っていた剣か。


「あれが目的の剣か?」

「その通りでございます。あれこそがかつて魔族の王が使ったとされる剣。『デュランダル』でございます」

「同胞達に聞いた話だけど王が捕らわれた後、人間やエルフの手に渡らないようにデュランダルを持ち出そうとしたそうだよ」

「此処に今も刺さっている。それが答えだろう」

「そうだね。誰も抜けなかったんだ。同胞もエルフも人間も、誰一人ね」


 唯一抜けたのが魔族の王か。


 エトナとコバヤシ、二人の期待するような視線が鬱陶しいな。


「なら、アレを抜いたらおれが王か!」


 空気を読まない悪カギが一人いた。コバヤシの制止の言葉を完全に無視したレオパルドが一直線に玉座に刺さった剣へと駆け寄った。


「剣といえば魔族最強の剣士のおれ!おれなら抜ける!即ちおれが王!」


 意気揚々の玉座に刺さった剣をレオパルドが掴む。そのままの勢いで剣を抜くかと思ったが、剣に触れた瞬間に手を払い、飛び跳ねるように玉座から距離を取った。

 毛が逆立ちまるで獣のように剣を威嚇した後、素早い動きでこちらまで移動してきた。


「あの剣、気持ち悪い!無理!おれもう触りたくない!キモイ!」


 レオパルドが首をブンブンと激しく横に振って気持ちを伝えようとしている。


「君なら抜けるよティエラ」


 レオパルドがつい先程、気持ち悪いと言った剣を私に抜かそうとしているのか? 冗談は尻だけにしろ。


「魔王陛下ならきっとあの剣が抜けるでしょう。見てください、魔王陛下を『デュランダル』がお待ちのようです」


 ───連れてくる人選を間違えた。少なくともコバヤシではなかった。テスラか、ベリエルのどちらかだ。二人のいずれかなら私を止めただろう。

 少なくとも期待の眼差しを向けるエトナをどうにかしてくれた。残念ながらコバヤシには期待出来ない。こいつもエトナと一緒に同様の視線を送ってきている。心底鬱陶しい。


 ここまで憂鬱な思いをするの久しぶりだな。ため息を一つついて、顔を顰めるレオパルドの頭を撫でてから剣へと向かう。少なくとも剣に触れるまで二人の眼差しが止む事はないだろう。

 二人が使い物にならない存在ならこの場で殺していたな。


「なるほど⋯」


 玉座に刺さった剣を間近で見て、何故この剣を誰も抜けなかったか理解した。この剣は負の感情の塊だ。憎しみや悲しみ、妬みや怒り⋯強い執着が怨念のように絡みついている。剣そのものが呪いのように成り果てている。

 近くで見ているだけでこれだ。触れたらどうなるかはバカでも分かる。だと言うのに背中に刺さる視線は何も変わらない。私に抜けと言うんだな? 後で覚えておけ。


「⋯⋯⋯⋯」


 ───憂鬱だ。


 嫌々ながら玉座に刺さった剣のグリップに触れる。その瞬間、堰き止めていたものが解き放たれたかのように体の中に負の感情が押し寄せてきた。


『人間とエルフが憎い』

『何故私がこんな目に』

『魔法が使える奴らが妬ましい』

『魔法が使えさえすれば』

『人間など⋯エルフなど!』

『魔族こそがこの世界の頂点に立つべき種族!』

王族(わたし)を虐げるなど許される訳がない!!』

『奪え!滅ぼせ!この世を魔族のものに!』

『その為に、その肉体を(わたし)に寄越せ!!!!』


 ───実にくだらない感情だ。未練と呼ぶのもおこがましい、子供の我儘のような怨霊の叫び声。それら全てが私には響かない。ただ、鬱陶しいだけだ。


「不愉快だな」


 私の肉体を奪おうと、中へと入り込もうとする愚かな意思が伝わってくる。それが不愉快で仕方ない。私の体は私のものだ。これから先の未来も、魔族の為の戦いも⋯全ては私が決め私が進む。誰にも邪魔などさせない。

 人間もエルフも、過去にしがみつく怨霊も───ミラベル(あの女)も。


「消え失せろ」


 私の中へと入ろうとする負の感情を押し流すように、これまで『蓄積』で貯めた魔力を剣に流し込む。少し声が弱まった。なら、もっと流し込め。声がまた弱まった。まだ耳障りだ、その声が聞こえなくなるまで魔力を流し込め。


「⋯⋯⋯⋯」


 気付けば剣が刺さっていた玉座が壊れていた。原型も留めない程、粉々に。鬱陶しい声は玉座が砕け散るのと共に消えた。これでは剣に込められたものか、玉座に込められたものなのか判断に困るな。





「やはり、君が王だよティエラ」





 声に反応して振り返れば跪く戦友(コバヤシ)の姿がある。その直ぐ傍には怯えるようにひれ伏すレオパルドと地面に倒れたまま動かないエトナの姿があった。


「名を聞かせてくれないかな、魔王陛下」

「聞くまでもないだろう」

「聞きたいのさ。今の君に。魔族を統べる王たる君の、その名前を」


 ───名前か。コバヤシが言う名前は前世の名前などではない。ティエラ(わたし)の名前。ファミリーネームはない。奴隷の間に産まれた私にそんなモノ存在しない。名前を与えられた事すら奇跡に等しいだろう。


 私はティエラだ。ただのティエラ。


「⋯⋯⋯⋯」


 ふと落とした視線の先に禍々しい光を纏う黒い剣が見えた。闇を具現化したような底知れない闇の剣。私はもう光の道を進む事はないだろう。魔王として闇の道を進む。

 全ては魔族の為。私の信念の為。


「私の名は」


 ───ティエラ・デュランダル。魔族の王だ。
















 ───目が覚めた。どうやら夢を見ていたらしい。懐かしい夢⋯私が真に魔王となった時の夢。

 なぜ、今更こんな夢を見る。理由は分かっている。今日、カイルに告げるからだ。私が初代魔王ティエラ・デュランダルだと。その一緒に伝えるつもりだ、私の想いも全て愛する者(カイル)に。


「⋯⋯ん、もう朝か?」

「はい。朝ですよマスター」


 目覚めの良いカイルはタケシのように二度寝、三度寝をする事なくベッドから起き上がると、身支度をし始めた。

 しばらくその様子を眺めていると、カイルの視線が机の上に向かっている事に気付いた。あれはサーシャ・ルシルフェルの手紙だな。


「手紙も忘れたらいけませんよ、マスター」

「気を付けるよ」


 タケシの家の用事が終わった後はトラの事を仲間に伝えると言っていた。あの手紙もトラについての事だろう。


 昔の夢を見たお陰で懐かしい男を思い出した。王族の産まれであったが父親であるマクスウェルが魔法の探求の為に一族を抜けた事で、王になる道を絶たれた。それでも種族(ドワーフ)を統べる事を諦めきれず、足掻き続けた。

 国を興しドワーフの国が大きくなるにつれその思いは強くなり、妻の実家を始めとする支援者とともに王位を奪おうとして失敗。

 首長自らの手によって命を絶たれた。加担していた者は妻も娘も殺されたが、孫だけが生き延びた。


 エトナ、お前の孫は王位などに興味を示さずタケシ(愛する男)を手に入れようと手段を選ばなかった。その執着はある意味でお前に似ていたな。曽孫にあたるサーシャ(あの娘)が似ていない事を祈るよ。


「さて、行くか」

「はい、マスター!」

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