119.ただ一人の味方
ティエラが初代魔王であり、『赤竜』のドレイクもまた初代魔王の時代から唯一生き残った四天王である。部下だった事もありティエラとの関わりがあるのは当然知っていたが、今もその繋がりがあるとは思っていなかった。
『赤竜』のドレイクは常に魔族側に立ち、魔族と共に戦ってきた四天王だ。魔王が代わってもそれは変わっていない。魔王に対する忠誠心ではなく、種族を滅ぼした人間やエルフに対する憎悪こそがドレイクが戦う理由だと思っていた。
違うのか? 今も変わらずティエラの命で動いているという事はそこに主従関係があるという事だ。かつてのティエラならそこに違和感はない。だが今の彼女は自分の意思で動く事も出来ない魔剣だ。
剣に魂を移したあとも変わらぬ忠誠を誓っているというのか?
───胃が痛い。
ディアボロは既に姿を消したから痛みはない筈だ。それなのに胃に負担がかかっている気がする。
俺はどこまでティエラを信じたらいい? 彼女の境遇を聞いて不信感や疑いの目を向けたのは確かだが、ティエラを想いを聞いて彼女を信じる事に決めた。ティエラを信じたいと思った。
またその想いに亀裂が入るような感覚だ。
ティエラは味方だ。ならその部下であるドレイクは味方か?
敵だ。あの男が齎した被害は決して許せるものでは無い。その指示を出していたのがティエラなのだとしたら俺は勇者パーティーの一人として許す訳にはいかない。
俺の立場や思いを知らない訳ではないだろう。テスラもまたティエラとのやり取りを聞いていた筈だ。なら何故こんな爆弾を投下するような真似をする?
テスラの行動は一貫している。俺の為でも世界の為でも魔族の為でもない。テスラは愛する嫁の為だけに動いている。
その所為で余計に混乱する自分がいる。ティエラの事を思うなら言う必要のない情報だ。言ってしまえばメリットがない。ただ、ティエラに対する不信感を俺が持つだけだ。何が目的だ?
「エルフの国の襲撃もティエラの命か?」
「そうだ」
「………………」
「不信感を持ったな小僧」
「当然だろう。分かってて俺に伝えたんじゃないのか?」
表情に余裕がある。後ろめたさも何も感じていない? エルフの国の騒動にも関わっている事もあり、セシルもまた険しい目でテスラを見据えている。テスラが下手な事を言えば言及するつもりだろう。
「誤解がないように言っておこう。ティエラは小僧の味方だ。それは決して変わらない。今も小僧の事を想って動いている」
「俺の為にエルフの国のを襲ったと言いたいのか?」
「それは違う。小僧の為ではない、転生者の為に襲ったんだ」
「何が違う?俺も転生者だ」
「ドレイクに命令を下した時点でティエラはまだ小僧と出会っていない。出会うのが小僧と分かっていたら命令を下していなかっただろう」
俺と出会う前。それがいつになるかだな。俺の考えが間違っていなければシルヴィの封印にデュランダルが使われていた間は命令を下す事は出来ない筈だ。俺が知らない手段があり、ドレイクと会話する事が出来るなら可能ではあるが…。
未知の手段まで考えても仕方ないな。そうなると命令を下したのは封印される前か、封印が破られ俺が魔剣と出会う前。
「何時だ?何時ドレイクに命令を下した」
「シルヴィの封印が解かれて直ぐだな。共に封印されていたシルヴィに伝言という形で命令を下した」
「直接ではないのか?」
「ドレイクはティエラの居場所を知らなかったからな。シルヴィが伝言を伝えた際に居場所を伝えた可能性もある。だが、ドレイクがティエラの前に訪れる前に…」
「俺がデュランダルを抜いたという事だな」
「そうだ」
気持ちを落ち着かせる為に一息つく。タイミングが良かったと言うべきか悪かったというべきか。いや、良かった筈だ。ティエラと出会うのが遅れていたらドレイクの手に渡っていた可能性が高い。最悪はティエラに会いにきたドレイクと鉢合わせる事。
デュランダルを持たない俺ではドレイクに勝つ事は難しいだろう。鉢合わせる事になれば死んでいたか…。
「ティエラにとって予定外だったのは小僧の存在だった」
「俺が?」
「そうだ。ミラベルが送り込んだ転生者の一人として見ていたが、接している内に小僧に惹かれていく自分に気付いたそうだ」
「……………」
「なんだその複雑そうな顔は?」
「察しろ」
ティエラの想いは直接彼女から聞いたので分かっている。ただ、その事をテスラから言われるのは違うだろう。言葉に出来ない後ろめたさがある。何で言ってる張本人が平常運転なんだ。頭が可笑しいのかこいつ?
「まぁいい。ティエラにとって転生者は自分の目的を果たすに必要な存在だ。剣に魂を移した事でこの世界に残る事は出来たが、自由に動く事は出来なくなった。ミラベルに歯向かう為にも転生者の力が必要だった。その為に世界樹を狙った」
「何故、世界樹を選んだ?」
「狙いは二つある。一つは世界樹が枯れる事を恐れた神が下界に降りて来ると考えたからだ。天界にいる間はこちらからは手を出す事が出来ない。下界へと降りてきた神を殺しその権限を奪う事が目的だった」
「神の権限を奪うだと?そんな事が可能なのか?」
「さてな?理論上は可能だが、残念ながら神が下界に降りて来ていないから試す事が出来ていない。だから必ず出来るとも言わんし、出来ないとも言わない。俺とティエラの二人の考えから言わせれば可能だ」
強い口調だ。出来ないとは微塵も思っていない、そんな力強さがある。それがどういう方法か問いただしたい所だが…。隣のセシルに視線を向けるとフルフルと首を横に振った。俺の考えを読んでその答えが俺と同じという事だろう。
恐らくだが、テスラは聞いても答えない。
「神の権限を奪う方法は?」
「それは小僧は知る必要はない」
そういう所が怪しく見える所だと理解しているのだろうか? この男の事だ、理解した上でやっているのだろう。諦めにも近い感情からため息が漏れた。この夢の中で何回ため息をついただろうか? どうでもいいか。
「俺が言わないのは、その事自体が無駄だからだ。俺とティエラの想定と違い神は降りて来なかった。いや、小僧が神と対話した内容が偽り出ないのなら降りる事が出来ないが正しいか。神が下界に降りて来ないのであれば神から権限を奪う術を使う機会はない。だから説明が無駄だという事だ」
「それでおじさんは納得すると思っているのですか?」
「セシルの言う通りだ。神を殺してその権限を奪う? 悪いがその行為を肯定する事は出来ない。神を殺せば世界は混乱する事になる」
「だからどうした? 世界が混乱しようとどうなろうと知った事ではない。言わなかったか?俺にとって世界なんてものはどうでもいい。人間が滅びようとエルフが滅びようと、魔族が滅びようとどうでもいい。ただ一人、ティエラが幸せならこの世界などどうなっても構わない」
───『俺は他の誰でもない嫁だけの味方だ』
テスラが浮かべる冷笑から、背筋が震えるような寒気を感じた。人間の持つ狂気を突き付けられているようだ。
出会った最初からこいつの言動は一貫していた。ティエラの幸せだけを望んでいる。俺の助けになるような助言をしているが、それはティエラの事をを想って事で俺の事などどうでもいいのだろう。いや、正しく表現するのならばティエラ以外のモノに興味がないと言った所か。
「話を戻す。神の権限を奪うのはミラベルが転生者に施しだ加護を打ち破る為だ」
「それは神を殺さなくても可能じゃないのか?世界樹や水の精霊を助力があれば浄化出来ると」
「あぁ、可能さ。確かに加護を解く事は出来る。だがな…解いてどうする? またミラベルに加護を与えられたら同じ事だろう。解いたら全て解決、おしまいですとでも宣う気か?
そんな子供向けのおとぎ話のような話はありえない。お前の知る神はそんな優しい存在ではないだろう。加護を解除されたならまた加護を与えればいい。それが可能なのが神だ。また加護を浄化の力で払うのか?払った所でまた加護を与えられるだけだ。お前は神の力を甘く見すぎている」
「ですか、ルドガーは加護を解いた後、干渉を受ける事はありませんでした!」
「それは神がミラベルからルドガーを護ったからだ。神の干渉を防げるのは同じ神だけだ。だから神の権限が必要なんだ。転生者が駒に成り果てないように、その権限を奪う必要があった。
だがな、小僧に関して言えばそれも必要がない」
「どういう事だ?」
「神から権限を奪う一番の理由は、神が俺たちに協力する事がないと考えたからだ。神にとってミラベルが送り込んだ転生者は異物だ。そして多くがミラベルを狂信している。とてもではないが協力を仰ぐ事は出来ない」
言ってこそいないがティエラが魔族である事も理由の一つだろう。ミラベルが生み出した種族である魔族をミカは恐れ、そして排除しようとしている。ミラベルに対する想いは同じでも、魔族と共闘するような事はしないだろう。
「だから無理やりにでも神の権限を奪う必要があった。俺とティエラにとって想定外だったのは小僧が神の声を聞く事が出来た事、そしてその神から好意を寄せられている事」
そこまで言われれば流石の俺でも分かる。俺と似たような共通点を持つルドガーはミカの声を聞く事ができ、浄化の力で加護を解いた。その後はミカ守護する形でミラベルからの干渉を防いだのだろう。ルドガーに干渉出来なかったから、ミラベルは大司教の女を使った訳か…。
ミカから向けられる想いが好意と断定出来るか定かではないが、俺に対して期待しているのは確かだろう。現状だけで言えば助けて貰う所か、助けてくれと言われている有様ではあるが…。
それでも神が協力的なのは間違いない。それは同時にテスラやティエラが求めていた事。
「俺たちがどれだけ望んでも手に入れる事が出来ないものを容易く手に入れる。心底、腹が立つ」
「俺に言われても困る」
「まぁ、それも小僧が持つ力の一つか…。良くもまぁ面倒な神にばかり好かれるな小僧は」
その同情の眼差しを俺に向けるのをやめろ。セシルの複雑そうな表情も心にくる。言いたい事はあるならもう言ってくれ。その方が楽だ。
何度目かになるため息をつけばテスラが楽しそうに笑っている。本当に嫌な奴だな。
「神に好かれた者の末路はろくなものではない。小僧も気を付ける事だ」
「言われなくても分かっているさ」




