118.間は大事
「ティエラに着て欲しいものだ。スタイル抜群のティエラが着ればそれはもう眼福だろう」
「頼むから黙ってくれないか?」
「そうか、小僧はティエラの姿を見た事がなかったな。絶世の美女だぞ。世界一の美女と言っていい。いずれお目にかかれると思うから期待しておくといい。胸もデカイぞ」
「本当に黙れ」
気になる部分も幾つかあるが、今はこいつの相手をしている場合ではない。ディアボロとの会話の後のセシルの様子が気掛かりだった。
「セシル!」
「義兄さん」
後ろから聞こえたテスラの『冗談も通じないのか』等という戯言を聞き流し、セシルに近寄って声をかける。俺の事を呼ぶセシルの声が震えていた。ディアボロから語られた事実はセシルからすれば受け入れ難いものだったのだろう。
「僕がした事は無駄だったんでしょうか?」
「そんな事はない」
「義兄さんの力になりたかった…。義兄さんの役に立ちたかった…。何も出来ずに死ぬのが嫌で、せめて死んだ後ででも義兄さんの助けになれたらって思ってました」
「セシル…」
「けど!僕がやろうとした事は全部全部失敗して!結局何も出来ていない!」
両の眼から涙を流し、感情のままに泣き叫ぶ姿は幼い少女のように見えた。普段の自信に溢れた立ち振る舞いとは真逆とも言える。何と声をかけたらいい? 慰めの言葉か? 言葉を間違えればかえってセシルを傷付ける事になる。
「そうだな、小娘は小僧の役に立っていない。死ぬ前も死んだ後もな」
「テスラ!」
今のセシルに投げかける言葉としてはあまりに鋭過ぎる。自責の念に駆られるセシルに刃物ように鋭く突き刺さるだろう。
ふつふつと湧き上がってきた怒りに任せ、テスラの胸ぐら掴めば文句があるのかと言わんばかりに俺の腕を掴んできた。
「…………………手を離せ。俺の筋力では解けん」
「ふざけろ。なんでセシルにあんな事を言った!」
「まずは手を離せ。勇者パーティーの纏め役を担っているのなら感情のままに行動するな」
込み上げてきた怒りに蓋をするように一度大きく息を吐いてから手を離す。腹が立つのは今も変わらない。だが相手は対話を望んでいる。力で抑え付ける事は簡単だが、それでは根本的な解決にはならない。
手を離した拍子で床に尻もちを着いたテスラが、舌打ちをしながら立ち上がり俺を一瞥してからセシルの方へと歩き出す。すれ違いざまに『野蛮人め』と小さく吐き捨ててきたので本気で殴ってやろうかと思ったが止めた。
「小娘はどうして泣いている?優しい優しい剣士様に慰めて欲しいからか?」
「……違います……」
「何も出来ない自分が悔しくて泣いているんだろう?よく分かるさ。俺も同じ想いを何度も味わった」
「……………」
「自分を責めたい気持ちは良く分かる。だがな、それは今やる事ではない。小僧の力になりたいんだろう?なら、限られた時間を有効に使え。小僧の役に立ってみろ!」
「…………っ!」
発破をかける言葉にセシルが袖で涙を拭きながら立ち上がった。まだ目元に涙が浮かんでいる。無理しているようにも見えたが、力強い眼差しが返ってきた。
「小僧は淫魔を倒し味方に付けるつもりだろう?」
「そうだ」
「なら、今回だけではない。淫魔を力を利用してこれから先も小僧に会う事が出来る。小僧の為にその知恵を振るう事が出来る訳だ。自分を責めて立ち止まる事はせずに先の事考えて前へと進め」
「……変態なおじさんに言われるのはやっぱり腹が立ちます」
何時ものように毒を吐くセシルを見て安心する自分がいるのと一緒に、俺の所為で落ち込む彼女に何もしてやれなかった自分を責める俺がいる。だが、それこそ今するべきではないか。
セシルが立ち上がったように今は自分自身を責めている場合ではない。彼女と共に世界の為に頑張ろう。
そう意気込んでいる俺とは裏腹に、二人の間に何かあったらしくセシルが強く拳を握り締めるのが視認出来た。制止する間もない一瞬の出来事だったと証言しよう。身長差がある為、その拳を顔に当てようと助走と共に軽く跳躍したセシルが勢いのままにその拳を振り抜いた。
綺麗なフォームだなと場違いな感想も浮かんだが、ドゴッという華奢なセシルの拳が放ったとは思えない音と共にテスラが弧を描いて吹っ飛んでいく姿を見て思わず心中で叫んだ。
───何してんだセシル!!
気持ちが分からないでもないが今ではない。間違いなく今ではない。ディアボロが姿を消した事からもう直ぐ夜明けである事が推測出来る。次に二人と会話する事が出来るのはディアボロとの決着が着いた後だ。
残り短い時間を有意義に使うべきだろう。その為には『暗愚の暴君』とまで恐れられたテスラの知恵が必要なんだが。床に倒れたままピクリとも動かないテスラを見ると、奴に期待出来そうにない。だから改めて言いたい。
「セシル、何をしているんだ?」
「ムカついたので」
サラリと返ってきた返事から彼女の鬱憤が伝わってきた。ずっとテスラに煽られてきた訳だからな。良く我慢したとも言えるが…。
完全に伸びているテスラを見てため息が漏れた。
「義兄さん」
「なんだ?」
「僕は義兄さんの力になれますか?そこで横たわっているおじさんよりも知識も経験も不足しています」
横たわっていると言うよりセシルが倒したというのが正しいと思うが。見た目に反して力が強い事に驚いた。ディアボロと言い、セシルといいこの見た目からどうしてあんなパワーが生み出されるんだ? この世界不思議のひとつだな。
改めてセシルを見ると形の良い眉が下がり八の字になっている。テスラと自分を比べて自信を無くしているのか?
今までの事を振り返れば不安に思う事等ないと思えるが?彼女の助言がなければ加護の事を詳しく知る事はなかった。ドレイクとの闘いもそうだな、セシルの回復魔法がなければ俺も死んでいた可能性が高い。
そして何よりも、夢の中でテスラと二人きりの状況になる事がない。確かにテスラは知識と経験は豊富だが、態度や言動はあまりに棘がありすぎる。後、俺のキャパを超える変態性は胃にくる。
言ってはなんだが、テスラと一緒の空間に長くいるのは嫌だ。この場にセシルがいてくれる事が何よりの助けだと言える。
「先も言ったがもう力になっているさ。セシルが自分で思っているよりも俺は助けられている。ドレイクとの闘いもセシルがいなければ俺は死んでいたかも知れない。セシルの助言がなければ加護を深く知る事もなかった。セシルの助けがあるからこそ、俺は先に進めている」
「本当ですか?」
「本当だから、そんな不安そうな顔をしないでくれ」
「分かりました。義兄さんの言葉を信じます」
「そうしてくれ。それと情けない事を言うようたが、俺にまた力を貸してくれないかセシル?俺一人では抱えている問題は荷が重くてな」
「はい!こんな僕で良ければ喜んで!」
えへへと何時も通りの笑みを浮かべるセシルを見てホッと胸を撫で下ろす。
「話は終わったか?」
「なんだ、元気そうだな」
「既にあの淫魔の能力から外れている。痛みがなければ気絶する事もない」
視界の端で起き上がるのが見えていたので、急に声をかけられても驚く事はなかった。テスラの発言が正しいとばかりにあれ程派手に飛んだのに傷一つない。
「元気そうで何よりです」
「お陰様で楽しい浮遊感を味わった。感謝するぞ、俺より役立たずの小娘」
「もっと感謝してくれて構いませんよ貧弱なおじさん」
互いにフンッと鼻で笑った後に一斉にこちらに視線を向けてきた。急に標的が変わったみたいで、ビクッとするからやめて欲しい。
「小僧、優先順位を変更する。淫魔の娘が最優先だ。分かっているな?」
「世界樹の事やユニコーンの事もある。どの道、後回しには出来ない。まずはディアボロと決着を付ける」
「必ず勝ってくださいね、義兄さん。一騎打ちで決着を付けると豪語したのなら、ちゃんとカッコイイ所を見せてくださいね」
「期待に応えられるように頑張るさ。しっかり見ていてくれ」
客観的に見てディアボロとの闘いは現状なら五分五分と見ている。デュランダルを使えるならもう少し勝率は上がるか? いや、俺が剣を使えばディアボロも魔法を使う筈だ。そうなると俺の方が不利になりそうだな。
やはり予定通り肉弾戦か。前回と違い今の俺には『マナの泉』がある。魔力切れの心配をしないでいいのなら攻撃や防御に十分魔力を回せる。反則をしているようで後ろめたさもあるが、こちらも世界の命運を背負っているんだ。使える物は使わせて貰おう。外そうにも外せないしな。
「あぁ、そうだ」
まるで今思い出したと言わんばかり顎に手を当てたテスラが神妙な面持ちでこちらを見た。
「言うのを完全に忘れていた。夢が醒める前にこれだけは言っておかなければならなかった」
「なんだ?」
もしかして言い難い事なのか? どうしてそんなに間を置くような真似をする。横にいるセシルを見てみろ、早く言えと言わんばかりに睨んでいるぞ。
5秒…10秒…何秒黙る気だ?早く言え。
20秒…30秒…1分経過しようとして漸くテスラが口を開いた。これだけ待たせて何を言うつもりだ?くだらないならぶん殴るぞ。
「『赤竜』のドレイクはティエラの命令で動いている」
殴らないから冗談だと言ってくれ。
───今日一番、胃が傷んだ。




