117.大ヒント
予定外の事ではあったが、冷静に考えれば状況としては悪くないんじゃないか? ディアボロとの闘いが早まる事にはなったが、遅かれ早かれ彼女とは一騎打ちをするつもりだった。
それが俺の予想よりも早くなっただけで、彼女の言葉に偽りがないのであれば潜んでいる場所のヒントも聞ける筈だ。明確な場所を教えてくれるとは思わない。ただ、ある程度場所が絞れるなら探すのは苦ではない。
不幸中の幸いと言うべきか、存在しているかどうかも不明だったユニコーンもディアボロが捕らえている。彼女との闘い勝つ事が出来れば俺が抱えている厄介事を同時に解決出来るだろう。魔王の事も先生の事も、世界樹の事も全てが前へと進む。いい事づくめ…だと思うが。
───この世界の存続が俺にかかっている。
大きく吸って息を吐く。いつもなら少なからず気持ちが楽になるのだが、今回ばかりはのしかかってくる重圧が重たすぎて気持ちが沈む一方だ、それでもやるしかない訳だがな…。
大前提としてまず俺は潜んでいるディアボロを見つけなければならない。それもまた時間制限があるものだ。世界樹は現在も『呪詛』によってその身を蝕まれている。神官の魔法によって進行を遅らせる事は出来ているようだが、根本的な解決にはなっていない。『呪詛』が世界樹全体に広がる前にディアボロを見つけ決着を付けなくてはいけなくなった訳だ。
世界樹が枯れれば人もエルフも───全ての種族が生きる事が出来ない。それは魔族も同じ筈。何の狙いで世界樹を襲ったのかが今も分からない。世界全てを道連れにするつもりか?そこまで破滅願望があるとは思えないが…。
ディアボロを見つけ、そして彼女との闘いに勝たなければならない。負ければユニコーンは解放されず、『水の精霊』に会う為の手段を無くす事になる。世界樹を救う事は出来ず世界は滅びる。
いや、それ以前だな。闘いに負ければ待っているのは死だ。ワンチャン生きていたとしてもその先に俺の尊厳は存在しないだろう。
勝たなければならない。負ければ全てを失う。責任重大だな。
「負ければ死か…」
今更だな。魔族との闘いは常に命懸けだ。負ければ死ぬ。それは何も変わらない。勝てばいい。潜んでいるディアボロを見つけ、一騎打ちに勝って全てを手に入れればいい。簡単な話だ。俺なら出来る。力強く鼓舞しろ俺。
───残念ながら胃の痛みが取れない。ディアボロが現れた所為だろうか? 先程まで感じなかった胃の痛みがある。本当に勘弁してくれ。
「ヒントをやると言っていたな、それはお前が潜伏している場所についてか」
「そうだよ。今のままだとお姉さんの事見つけ出せないでしょ?」
「肯定するしか出来ない自分自身が腹立たしいな。『擬態』の魔法を使うのをやめてくれないか?」
「それは出来ないよ。そんな事をしたらイージーゲームじゃん?そんなの楽しくないでしょ?何とかを探せみたいに民衆に紛れ込んだお姉さんを探そ!」
親が子供をあやす様な優しい声が腹立つな。本当に『擬態』の魔法が厄介すぎる。それに対する有効札になる筈のユニコーンの首根っこをディアボロに掴まれているから余計に困っている。
分かっている情報だけ並べるのならディアボロが今、エルフの国の領内の何処かにいると言う事くらいだ。ディアボロの能力の有効範囲から潜伏している国を見つけ出す事が出来ても、流石に一国となると広すぎる。何人エルフがいると思っている?無理だな。時間を気にしないでいいなら、しらみつぶしでやるという選択肢もあったが残念ながら時間制限がある。
「『擬態』はこの際いい。今お前が潜んでいるのはテルマの領内か?」
「そうだね。私の能力を調べたなら有効範囲は分かっているよね。今私が潜んでいるのは確かにテルマの領内だけど、教えてあげるヒントは全く別の場所かな?」
「どういう事だ?」
「お姉さん優しいからね、余計な手間を省いてあげるよ。『ジャングル大帝』の南西に『ニビル』っていう小さな村がある」
「聞いた事がないな」
「人口300人程の小さな村だからねー。王都から西に進んだ所にあるんだけど、詳しい場所はカイルの仲間の獣人に聞くといいよ」
「そうさせて貰う」
「うんうん。口で説明しても多分分からないからね!道案内して貰うといいよ。さてお姉さんがカイルの為に教えてあげる大ヒント!」
チュっとこちらに向かって投げキッスの仕草をしてから、楽しそうに一回転回った。何となくではあるがディアボロを言おうとしている事が分かった。
ディアボロはその村に潜むつもりだ。その村に潜むから見つけてみろと俺に挑戦状を叩き付けてきている。
「今教えてあげた村にお姉さんは潜みます!ここまで言えば分かるよね。探す場所も絞れた。人口もたったの300人!これで探せないなんて言わないよね?」
こちらを挑発するように頬に指を当てて首を傾げている。何とも言えない気分だ。嗚呼…そうだな、これで探せないなんて言う訳には行かない。ここまでのヒントを貰ったのならディアボロを見つけないのは相手に失礼だろう。
よく分かる。ディアボロはもう潜む事に飽きている。当初はゲームのように楽しんでいたのだろうが、ディアボロの本質は戦闘狂だ。かくれんぼをするよりも俺と闘いたい欲求の方が上なんだろう。
「そこまでのヒントを貰ったからには見つけるさ。ただ一つ聞きたい。俺と闘いのであれば何故そんな回りくどい事をする?」
こいつが夢の中に出てきたのは闘いたいという欲求を我慢出来なくなったからだ。わざわざ回りくどいやり方を取る必要がないように思えた。
その疑問がディアボロにとって可笑しかったのだろう、クスクスと笑い出した。
「私はね、そこのオスガキと違ってさきっちり男を立てる事が出来るいい女な訳だよ。
カイルが『私を見つけて殺す』ってあの時と交わした約束を破る事にならないように潜んであげているの!」
「自分で言っておきながら物騒な約束を交わしたな」
「私は最高に嬉しかったよ!あの時の事を思い出すと直ぐに濡れちゃう!本当に最高だった!だからね、ちょんと探せよカイル。私を見つけて殺し愛をしよう」
「分かった約束しよう」
ディアボロと交わした約束はこれで二度目か。どちらも物騒極まりない約束だ。それでいい。こいつとの関係はそれくらいが分かりやすくて良い。
ディアボロの笑みに釣られるように笑ってしまう自分がいた。今度は部外者抜きで正真正銘の一騎打ち。ディアボロが望むのは殺し合いか。残念ながら俺は彼女を殺す気はない。それを知った時ディアボロはどんな反応をするだろうか?
怒るだろうな。やはり勝敗が決した時に俺の伝えるべきだな。生殺与奪の権利は勝者にこそある。それはディアボロも良く分かっているだろう。
「ぐはっ!」
不意にテスラの声が聞こえたと思えば、俺のすぐ近くに転がるようにテスラが飛んできた。テスラの意思で飛んだ訳ではないな。腹を抑えて蹲っている姿を見ると誰がやったか直ぐに分かった。
視線を向ければ殴った張本人であるセシルが鋭い視線をディアボロに向けていた。
「お前、セシルに力で負けたのか」
投げ付けた言葉に反応がない。痛みに悶えているらしい。セシルは見た目の通り華奢ではあるが、魔力の強化によってテスラを上回ったようだ。
俺もディアボロとの会話に意識を集中していた為、気を向けていなかったがどうやらずっとセシルの事を抑えていたらしい。
邪魔だから殴り飛ばされたんだろうな。頼んだ俺が言うのもアレだが、どんまい。
「なんだいオスガキ?そんなに睨みつけてさ」
「義兄さん、わざわざこんな狂人の望みに応える必要はありません!場所が分かったのなら姉さん達と一緒に探し出して袋叩きにしちゃいましょう!」
「物騒だね、エルフは。もしそんな事をするならお姉さんは逃げるよー。私が闘いのはカイルだけだからね。分かってるよね、カイル?」
「そんな気はしてたな。安心しろ、俺はディアボロとの約束を破るつもりはない。闘う時はお前と俺の二人だけの一騎打ちだ」
「義兄さん!!」
嬉しそうに口角を吊り上げて笑うディアボロと怒るセシル。対称的な二人だな。
「オスガキはさ、黙って見てなよ。どうせ何も出来ないんだから」
「煩いですね。魔族の四天王と一人で闘おうとする義兄さんを心配するのは当たり前です!そんな危ない事を許容する訳には…」
ディアボロは俺との約束を邪魔されたくないから強く当たっているんだろうな。対してセシルは単純に俺の身を案じてくれているのだろう。セシルの優しさ心の重しが無くなっていくようだ。ありがとう。だが、約束を破るという選択をするつもりはない。
「セシルが心配してくれるのは嬉しいが、今回の件は我慢してくれ。いや、言い方が違うな。俺の事を信じてくれ。必ず勝つから」
「義兄さん…」
不安そうに眉が八の字になっているがすそれ以上何か言う事はなかった。言おうとはしたのだろう。ただ、それを飲み込んだのだとセシルの表情から分かった。
「私の目の前でイチャイチャしないでよ、妬けるじゃないか?」
「それなら僕たちの前から消えたらどうですか?そうしたら見なくても済みますよ」
「私のお陰で愛しの愛しのカイルに会えているのに酷い言い草だね」
「どういう事ですか?」
ディアボロのお陰でセシルとテスラに会えた? 逆を言えばディアボロの干渉がなければ会えなかった訳だ。何故会えない? 答えは単純だ。
「俺の能力の影響だな」
「せいかーい」
俺がミラベルから与えられた能力は毒や呪いといったものを始め、俺自身に干渉し悪影響を及ぼすものを拒絶するものだ。夢に出てくる行為が悪影響になるのかどうか判断に困る所だが…。
「そこの淫魔の言う通りだ。小僧の能力によって俺は夢に出てくる事が出来なかった。何度か小僧の夢に出て殴ってやろうと思ったが干渉すら出来ない。今回小僧の夢の中に入れたのはそこの淫魔が空けた穴があったからだ」
まだ痛みがあるのかテスラは床に蹲ったままだが、言葉はハッキリとしていた。こいつ俺を殴る為に夢に出てこようとしていたのか…。
「分かったかな?私のお陰って訳。オスガキがどんなに望んでも私がいなければ愛しの人に会えない。道具に魂を宿して必死に現世に残った行為も全部全部無駄だったの!
だからさ感謝するべきなんだよねオスガキは。ありがとうございますディアボロ様って」
「そんな…」
初めてだな俺自身の能力が憎いと思ったのは。こんな能力でなければセシルにこんな辛い思いをさせる事もなかっただろう。ディアボロの干渉があったから今回会う事が出来た。なければ二度と会う事なかったのだろう。
「小僧の夢の中に出てこれないのは腐れ外道のかけた保険だ」
多分、ミラベルの事だろうな。酷い言い方だが、否定も出来ない。
「死んだ者の魂が道具に宿り、親しい者の夢の中に現れる現象を『夢現』と呼ぶ。腐っても神だ。あのミラベルもその現象を理解している。夢の中の会話が聞けない事もな。だからこそ保険をかけたんだろう。本来なら悪影響を及ぼさない親しい者との再会すら出来ないようにな」
漸く痛みが引いてきたのか深く息を吐いたテスラがゆっくりとした動作で立ち上がる。すまし顔でフンッと鼻を鳴らしているが、右手は未だにお腹に置かれており額に少し汗をかいている。どれだけの力で殴ったんだセシル?
そんなに力が強いのか?
それはともかくとして、夢の中でセシルに会えない現象はミラベルの所為か。何が目的だ? 夢の中で二人に会わなければどうなった?
一人で抱え込んで空回りした可能性もある。上手く進んだとしてもストレスは計り知れない。誰にも相談出来ず一人で悩み決断するのは言葉にするほど簡単ではない。
俺の味方を減らすのが目的か…。本性を知らなければ俺は唯一の相談相手であるミラベルに依存したかも知れない。与えられた能力から全てミラベルに仕込まれた事という事か…。
「だがミラベルも見落としていた事があった」
「それがディアボロの能力だな」
「そうだ。小僧の能力すら貫通する淫魔の能力はあのミラベルにとっても想定外だったのだろう。いや、想定すらしてなかったか。用心深い所はあるが肝心な所は抜けている愚者だからな。そんな存在でもどうにかなる権力を持つのだから腹立たしい」
ディアボロが転生者から奪った能力は俺の能力すら上回る。盾が矛に負けてるんだよな。前世の記憶までは読み取れないようだから抵抗はしているようだが…。
だが、そのお陰で俺はセシルとテスラの二人と会う事が出来た訳か。視線をディアボロに向ければ落ち込むセシルに満足したのか満面の笑みを浮かべる彼女と目が合った。
「歯向かってくるオスガキも十分にからかったし、それじゃあお姉さんはここら辺でオサラバするよ。『ニビル』で待ってるからちゃんと探しにきてね。愛してるよカ・イ・ル!」
ここまで嬉しくない愛してるは初めてだ。こちらに手を振りながら別れの言葉を告げたディアボロの姿が消えた。最初から何もいなかったような綺麗さっぱりと。
「服装は良かったが胸が小さいのが残念だったな小僧」
お前はもう黙れ。




