115.来ちゃった(はーと)
手品のタネ明かしのような、分かると腑に落ちる感覚。道理で複合魔法について知る機会がなかった訳だ。王族だけが使える魔法という事は情報に規制が入っていた可能性がある。
魔法について俺が浅学である事は紛れもない事実ではあるが、相手が使う魔法の対策として最低限の知識は必要だった。多くは本で得た知識ではあるが、足りない部分はティエラに聞いて補った。それでも複合魔法について知る機会はなかった。限られた者だけに情報を共有していたんじゃないか? 王族とそれに親しい者、あるいはマクスウェルのような王家直属の魔法使いとか。
「……なるほどな」
零れ落ちた声に二人が反応する様子はない。それ程小さな呟きだったのだろうか。そんな事も今はどうでもいいか。
「複合魔法が世にあまり知れ渡っていないのは、王族だけが使える一子相伝の魔法だからか?」
「そうであるとも言いますし、ないとも言えます。情報が世に広がったとして使える者は限られますからね。王族しか使えない魔法を学ぼうとする魔法使いはいません」
「小娘が言葉を濁しているが、隠蔽しているのは他国対策だ。複合魔法はそれだけで戦況を変えるだけの力がある。対策をされない為に情報の共有を最小限に抑えた」
思わずため息が漏れたがこれは仕方ないと思う。分かっていた事ではあるがこの世界は一枚岩ではない。魔族という分かりやすい脅威がいるにも関わらず国と国が牽制をしている。
魔族を敵として見ながら同時に他種族の国を仮想敵として見ている。このような状態では魔族に対する協力関係を築くのは難しいだろう。
最低限の協力をしながら各国から選ばれた者が勇者パーティーとして魔族に立ち向かっている状態だ。国の成り立ちを考えれば容易に心を許す事が出来ないのは分かっているが…。
魔族との戦いが1000年もの長い期間続いているのはそれも原因じゃないか? 魔族が強く、そして賢い事もあって戦況を見て潜伏を選んだりしてはいる為、長引いている所もあるが各国が協力すれば対応が出来た筈だ。
国の利権の為に牽制し合っている状況がこの状況を招いたとも言えないか? 所詮政治に関わりのない剣士の戯言だな。国事に考えや方針、宗教や文化で違いが出てくる。必ずどこかで対立生まれる。前世の事を思い出せば嫌でも分かる。様々な理由で争いが起きていたからな。
魔族という敵がいるからこそ大きな争いになっていないだけ…魔王を倒して魔族を滅ぼしたとしても世界に平和が訪れるとは限らないなこれは…。
「なぁ、テスラ」
「なんだ?」
「複合魔法は王族しか使えない。という事はレオパルドも王族との繋がりがあるのか?」
「アルカディアの庶子の血を引いていた筈だ。魔族は見目が良い者が多かったからな。奴隷の女に手を出したバカも少なからずいた」
「その結果レオパルドが産まれ、王族の血筋だったからこそ複合魔法を使えた。疑問としてあるのが何故、複合魔法は王族しか使えないんだ?」
「それはですね…」
「待て小娘。その話をすると長くなる。複合魔法についてはティエラに聞けと言っただろう」
「そうだったな」
セシルが俺の疑問に答えようとしてくれたがテスラのストップが入った。時間は限られているからな、省けるモノは省きたいようだ。
各国に王族がいたように魔族にもいたのか気になる所ではあるが、それはティエラに聞けば分かる事か。
「話を戻すぞ。俺が獣人の娘を魔王だと考察したのは二つの理由からだ。一つ目は先程説明した複合魔法の性質」
「トラさんの血筋だな」
「そうだ。二つ目がクロヴィカスとの戦いで見せた行動」
クロヴィカスとの戦い? 可笑しな行動はあったか? いや、思い浮かばないな。前半は共にゴブリンの相手をしていた。俺がクロヴィカスと戦っている間もゴブリンの相手をしてくれていた筈だ。そしてクロヴィカスの魔法でノエルが狙われた時、トラさんは右腕を犠牲にしてまでノエルを護った。
───トラさんを疑い難いのはこの所為だな。彼女が魔王だとしてだ、右腕を犠牲にしてまで敵である勇者パーティーを庇うか?
魔法使いならともかく、獣人であるトラさんの主な攻撃手段は格闘戦だ。右腕を失えば戦闘能力は大きく落ちてしまうだろう。そこまでして得る事が出来るモノはなんだ?
ノエルを始めとする勇者パーティーからの信頼か? それが右腕の対価に見合うとも思えないが…。それにサーシャの手紙の事もある。トラさんはサーシャを庇って亡くなった。その後生き返っていたが…。
トラさんが死ななかった事が関係しているのか?
俺が思案していると『おい』と不機嫌そうな声が飛んできた。テスラの声だ。
「考えるのは構わないが今は俺の話を聞け」
「あぁ、すまない。続きを頼む。クロヴィカスとの戦いの際に何かあったか?トラさんはノエルを庇って右腕まで失ったぞ」
「右腕を犠牲にして信頼を得るつもりとは考えられないか? その証明としてそこの小娘の姉は獣人の娘に対する対応が変わった」
「右腕の対価に見合うものかそれは?」
「見合うな。信頼させる事が出来れば一番効果的なタイミングで裏切る事が出来る。それに右腕に関しても元に戻す目処があった筈だ」
「可能なのか、そんな事が?」
今の魔法では失った肉体を治す事は出来ない。右腕が切断された場合ではあるが、切断された右腕がある場合は魔法を繋ぎ直す事は可能だ。だが、完全に右腕を消失した場合は魔法で治す事は出来ない。
失った肉体の代わりとして義手という手段はあるが…。
「おそらく『ジャングル大帝』の領地にのみ生息する魔物、フェニックスですね」
「 不死鳥フェニックスか?」
「はい。義兄さんもご存知かと思いますが『ジャングル大帝』の領地は未開の地が多いです。他国に比べると険しい土地ですからね。開拓も簡単ではありません」
試される大地なんて呼ばれ方もする。他国に比べれば生息する魔物は強く、自然も険しいとされている。言い方は悪いが他国と比べると貧乏クジを引いた感は否めないだろう。
「険しい土地ではありますが特殊な環境にのみ生息する生物や魔物も存在します。その一体がフェニックス」
「不死鳥という異名で知られるように殺す事が出来ない事で有名な魔物だ。どれだけ傷を負おうと炎と共に再生する。その生命力が持つ力は強大でフェニックスが流す涙を飲めば傷は癒え、その肉を食えば一度だけ生き返る事が出来ると言われている」
「生き返る事が出来る…」
「これは伝承ではなく事実だ。フェニックスの肉を喰らった者が生き返った光景をこの目で見た事がある。簡単に捕らえる事が出来ない魔物ではあるが、その肉を喰らえばどうだ?
一度だけだが死んでも生き返る事が出来る上、失った肉体も取り戻す事が出来る。失った右腕を取り戻す算段としては十分じゃないか?」
「全て計算づくの行動という訳か」
有り得ないとは否定できない。実際に起こり得ているからな…。
亡くなった筈のトラさんが生き返った。サーシャから届いた手紙を見た時は意味が分からず困惑したものだ。だが今はどうだ? フェニックスの存在を知った事で、トラさんが生き返った理由が分かった気がした。有り得るのか?そんな事が…。
「疑問は解消したか? 小僧の所為で逸れた話を戻すぞ。あの時の貴様はクロヴィカスとの戦いに集中していた所為で気付かなっただろう」
「何にだ?」
「獣人の娘はわざわざ『ジャッチメント』を避けていたぞ」
声こそ出なかったが驚いた。『なん…だと!?』と心中で言ってしまう程度には驚いた。
テスラの言う通りクロヴィカスとの戦いではトラさんの方を気にする余裕はなかった。ノエルがトラの援護の為に『ジャッチメント』を連発していたのは知っていたが、それを避けていた?
あの魔法は悪しき魂を持つ者にしか効かない。本来ならば俺たちは避ける必要のない魔法だ。ノエルが『ジャッチメント』を使ったのはあの日が初めてではない。旅に出て何度か使っているしどういう魔法かもトラさんは知っている筈だ。
それなのに避けたのは何故か? 『ジャッチメント』によってダメージを受けるからじゃないか? そこから導き出される答えこそがテスラがトラさんを魔王だと疑う根拠じゃないか?
───トラさんは魔族とのハーフだ。
複合魔法の使用条件も満たしている可能性がある。ダルと違い彼女の出生は明らかになってはいない。トラさんはあまり自分の過去の事を話したがらないからな。
「テスラの言いたい事は分かった」
「どちらが魔王か天秤にかけた際に大きく傾くのは獣人の娘の方だろう。だが、それでも確証と言えるものでは無い。だからこそ小僧が取るべき択を示してやる」
仮にトラさんを魔王と疑ったとして、それを証明するものがないのが現状だ。仲間の中の誰が魔王か見つけるのも重要ではあるが、それを仲間に打ち明け納得させなければいけない。相応の証拠がいる。
「一つ、血筋を探れ」
「それはトラさんのか?」
「いや、二人だ。魔法使いの娘の可能性がない訳ではない。両方とも調べるのが確実だ。ただし、必ず自分の手で探れ。本人から語られる言葉には決して納得するな」
「分かった」
「二つ、手紙を手に入れろ」
手紙? 一瞬何の事かと疑問に思ったが、今代の魔王が配下の魔族に出す手紙の事だと分かった。
シルヴィの裏切りによって先代魔王が討ち取られた事もあり、今代の魔王はかなり慎重だ。同法たちの前にも基本姿を現さず、現したとしても『擬態』によって姿を変えている。部下に対する指示は手紙によって行われていたと言われている。
「警戒心の強い魔王の事だ。当然ではあるが字の書き方を変えているだろうが、どれだけ意識をしてもどこかに必ず癖が出る。幾つかの手紙を手に入れてその癖を見つけろ」
「簡単そうに言ってくれるが、まず手に入れる事が難しいぞ。殆どの魔族は魔王からの指示を理解したらその手紙を焼却処分していると聞く。現存して残っているものは極わずかだ」
「それに関してですが、教会の力を使えば手紙を借りる事は出来ると思います。研究をしている学習さんたちにも教会の影響力はありますので」
ニコッと笑うセシルにどこか薄ら暗いものを感じた。これが権力ってやつか。
───手紙か。テスラが言うように字を変えている可能性が高い。癖があればいいのだが、もし見つける事が出来ればそれは仲間を説得する際にも力を発揮する証拠となる。
「三つ、ディアボロを見つけろ」
「見つけて口説き落とせって事だろ?」
確認するとテスラが腹の立つ笑みを浮かべた。出来ればセシルの方へ視線を向けたくない。既にチクチクとした居心地の悪い視線が突き刺さっている。セシルがどういう表情を浮かべているか容易に想像出来る。
ディアボロに関しては『読心』に対する対抗手段と、魔王から送られてきた手紙を持っている可能性がある事。四天王である事を考慮した時、魔王の顔を知っているなんて事も有り得る。
俺の元々の考えを踏まえての択の一つだろう。
「四つ、ユニコーンの角をへし折って手に入れろ」
「必要なのは角だけか?」
「本体はいらん。ユニコーンは魔族関係なく処女ではないものを不浄なモノとして扱い近寄らない。本体は判別には使えないが角には不浄を見分ける力がある。魔族かどうか見分ける事が出来る筈だ」
やはり必要なのは角か。予定通りへし折るか。
「他にも『聖地エデン』を利用すれば出来ないこともないが…、赤毛の小娘の正体がバレるリスクがある。余計な騒動は避けるべきだな」
「出来ればそうして欲しい」
確実に胃に優しくない事態に陥るだろう。その時は俺一人じゃない、我が国の王様も巻き込む事になるだろう。
隣国との争いまで予想出来る。絶対に裂けたいな。
「今提示した中で優先すべきは手紙とユニコーンの角だ。証拠として仲間にも共有しやすい」
「ユニコーンはともかく、手紙に関してはノエルに頼んでみる」
ユニコーンはいるかどうかも今の所分かっていない。姿を見た者がここ数百年いないからな。世界樹を───世界を救う唯一の手段になっているので出来ればいて欲しい所ではある。
手紙は独力の入手するのは難しいだろうな。やはりセシルの言う通り教会の力を頼るべきか? ノエルに頼んでばかりで申し訳ない気分になる。
「仲間の血筋とディアボロについてはどちらを優先すべきだ?」
「血筋だな。どこに居るかも分かっていない魔族よりも確実だ」
ディアボロは必ず見つけ出さないといけないが、正直な話どこに居るのか分かっていない。手掛かりすらない状態で探すのは困難だ。聞くまでもない質問だったな。
「いやいや、私が思うに他の何よりも優先すべきはディアボロ捜索だと思うね」
聞き覚えのある声に空気が張り詰めていく。二人にとっては知らない声だろう。テスラとセシルも険しい表情で声の主のを探していた。俺も軽く見渡してみたが探している者の姿はない。
いったい何処にいる?
「そんなに見つめないでよ、恥ずかしいじゃないか…」
何を言っているだとツッコミを入れたい所だ。見つめている? 何処にいるか探している最中だぞ。
文句でも言ってやろうかと口を開いた時に、視線の先の床がむっくりと丸く盛り上がっていった。2メートル近くまで盛り上がったと思えばそれはグニャグニャと形を変え人型へと変わっていく。
どこか見覚えのある光景に嫌気が差した。
「来ちゃった(はーと)」




