114.それぞれの考察
───トラさんが魔王か…。
テスラにその名を言われた時、心臓が跳ねるような感覚があった。自分でもそうじゃないかと疑っていたからだろう。他人に指摘された事でその疑いがより現実味を帯びてきた。
魔王ではない者を消去法で減らしていった時に残ったのは二人だ。サーシャとトラさんの二人。
サーシャは出生が分かった時点で消えるべきだった。疑い深くなった所為で変な思考回路をしていたと自分でも思う。魔王が封印されていない場合の事など考える必要はなかっただろう。余計な考えをした所為で、寿命の問題からサーシャを疑ってしまった。
獣人の寿命は人間と同じでこの世界では短命だ。魔王が封印されていなかった場合では獣人の寿命では現代まで生き残れないと考えた。ドワーフなら有り得ると…。
だが、良く良く考えると本当に必要のない考察だったと思う。魔族とハーフの時点で寿命の問題は解決している。
人間とエルフのハーフエルフの寿命が長寿である事は既に歴史から分かっている。なら長命種の魔族とのハーフなら同様だろう。
あの時は何故あんな思考になったんだ? ……味方がいなかったからだな。仲間はいても心の内を打ち明ける事が出来る者がいなかった。唯一の存在のミラベルも信用出来なくなった。
1人で抱え込んで一人から回ってた訳か。そうなるとこの2人の存在はやはり大きいな。心の負担が軽くなっている。
「いえ、僕はサーシャさんが魔王だと思っています」
───は?
テスラとセシルの二人の間に火花が散ったような、そんな錯覚が見えたがそれ所ではない。なんで違う意見を言うんだ?
俺としてはテスラと同じで考えでトラさんだと思っているんだが。
「セシルは、なんでサーシャだと思ったんだ?」
セシルの事をバカにしたように鼻で笑うテスラが何か言う前に問いかける事にした。この男が余計な事を言うとまた言い争いになるだろう。
「大前提として義兄さんは魔王の証拠を掴んでいませんよね?」
「そうだな」
「だから消去法で候補を減らしている」
「その結果、トラさんに絞られたんだが?」
セシルは違うと言うのだろうか?
「僕目線でも勇者であるエクレアさんは魔王ではありません。魔族は聖剣を触れませんので」
「俺もエクレアは違うと思っている」
聖剣の担い手である事が一番の証明だろう。それに彼女は俺の前世の知り合いの可能性がある。死亡時期も近い気がするんだ。
「同様に聖属性の使い手である姉さんも候補から外れます。過去に義兄さんと会ってもいますしね」
「ノエルと会ったのはまだ彼女が幼い頃だ。魔王である事は有り得ない。聖属性である事も関係するのか?」
「なんだ、小僧はそんな事も知らなかったのか?魔族は聖属性の適正を持たない。常識だぞ」
「純血の魔族は闇属性しか適正がなく、他種族とのハーフの場合は他の属性の適正を持ちますが、魔族が苦手とする聖属性は使えないと言われています」
「恐らく数多の種を生み出した神が影響しているんだろう。小僧なら分かるだろ?」
この世界の大部分を創ったのはミカだ。魔族以外の全ての生物、俺たち人間を始めとする種族を生み出した。
そして魔族を創ったのはミラベル。魔物も同様だったか?言ってしまえば製作者が違う種族という事になる。
ここら辺が影響しているのかも知れない。
「話を戻しますね。ダルさんは僕目線から見て魔王である可能性はないとは言えないです」
「いや、ないな。あの小娘は確かに複合魔法の使い手だが、出生が既に分かっている。魔族側である事は否定出来ないが魔王である事は有り得ない」
「そうですね」
俺もダルは違うと思っている。王様の存在はいつも俺を助けてくれる。いや、ある種の胃痛の種ではあるんだがな。
ダルが魔王ではないと断言してくれた事は嬉しいがテスラの言い方が気になるな。ダルが魔族側で俺たちを裏切る可能性もあるのか?ないと信じたいが…。
「残るのは二人。サーシャさんとトラさんです」
「だが、サーシャも同様に出生が分かっている。英雄としても知られるタケシさんと同じく勇者パーティーの魔法使いクロナが両親だ。サーシャが人間とドワーフのハーフである事はマクスウェルが証明してくれている」
「ドワーフは魔族側の種族ですよ」
「それは…。その可能性もあるのか」
それを言われると言葉に詰まる。ティエラとの会話でドワーフと獣人が魔族を支援していた事が分かった。サーシャの出生の証人であるマクスウェルもまた魔族の協力関係にある事も。
ティエラ曰く、マクスウェルは魔法の研究にしか興味が無い。魔法の真理を極める為なら何でも利用すると。ティエラに協力したのは魔法の実験をしたかったからだと。だから魔族側であるとは断言しなかった。
だが、逆に言えばマクスウェルが求めるモノが魔族側にあるのなら魔族に協力するんじゃないか? 彼が協力するのであればサーシャの出生もまた嘘であると可能性も出てくる。
「サーシャの出生が分からなくなった訳か…」
「そうです。僕たちエルフから見てもドワーフは信用出来る種族ではありません。バカではないので僕たちも勘づいてはいますよ。けど、国と国との力関係の問題と、決定的な証拠がない事から追求出来なかっただけです」
単純な国力の問題ではないな。ドワーフの生み出す魔導具も関係しているだろう。生活の必需品とも言える魔導具を作る事が出来るのはドワーフだ。人間やエルフにも職人がいない訳ではないが極小数だ。全体で見た時1%にも満たないとも言われている。
ドワーフとの関係が良好の内はいいが険悪になった場合を考えて、職人の育成をするべきだとアルカディアの学者が言っていたか?
エルフは疑いはしても強くは出れない立場にいる訳か。考えればかなり複雑ではあるからな。
「小娘が言うようにマクスウェルが嘘をついた可能性は高い。あのジジイは魔法の事しか考えていないからな」
「はい。だから僕はサーシャさんが魔王だと思っています。彼女の魔力量はこの世界で一二を争うレベルです」
「魔力量から判断した訳か。だが、小娘は魔法をその目で見てなかったと思うが…。いや、待て…そういう事か。小娘は魔力が見えるのだな?」
「見えます。僕にも何故かは分かりませんが、幼少期から人の魔力が見えました」
「なるほど、小娘がその歳で不相応な役職に付く訳だ。その能力を重視されたんだな。稀にいるんだそういう能力を持つ者が」
「今までもいたのか?」
「いたな、転生者に限らず神に愛された者は特異な能力を得ていた」
神に愛された者か…。セシルはルドガーの子孫である事を考えれば可能性としてあるのはミカか。
そして、セシルが神から与えられた能力により彼女は他人の魔力を見る事が出来た。
個人の魔力量というものは本人しか分からないのが常識だ。ゲームのパラメーターのように魔力量が分かる訳ではない。どのレベルの魔法が使えるかで魔力量を判断するのが主だ。
俺もまた魔法の適正が分かった後メテオを使おうとするまで分からなかった。使えなかった事で魔法使いとしての道が途絶え、魔力が多くない事が分かった。自身の魔力量を完全に把握したのは魔力による肉体強化を覚えた後だな。殆ど感覚に近いが…。
セシルが言うように魔力量を見る事が出来るのなら、それはこの世界で重宝される能力だろう。魔法の研究や戦争…多くの場面で利用出来る。
「トラさんの魔力量は決して少なくないです。けど魔王と名乗るには些か…」
「多くないという事か」
「はい。魔法使いの平均よりは多いですが、魔族として見るならかなり少ない部類です」
魔力量が見れるからこそ魔力が多いサーシャを魔王と見た訳か。だがな…
「魔法を重視する種族らしい発言だな。魔力が全てか?違うだろう。獣人の娘の戦闘能力を忘れたか?それに魔法使いの平均より多いのなら『読心』の魔法を使うには十分だ」
テスラの言葉で気付いた。そうだセシルはトラさんの戦闘を見た事がなかった。彼女がどれだけ強いかを知らないんだ。
「テスラ、あまりセシルは責めないでやってくれ。セシルはトラさんの戦っている所を見た事がないんだ」
「見ていないから自分の尺度でしか測れない。まだまだ経験が足りんな小娘」
「…………ちっ。そんなに強いんですか義兄さん?」
テスラに対して舌打ちした後に声色をかけて問いかけてきたのが怖く感じた。可愛い顔で舌打ちはやめようなセシル。
「強いな。断言出来る、トラさんは強い。本気で戦った事はないが俺よりも強いだろう」
「義兄さんよりも…」
「ククク、そういう事だ。魔力量だけでは測れない強さもある。小僧を見れば分かる事だろう?」
「……………」
これは褒めてくれているのか?なんとも言えないな。ただ比較として使われただけな気がする。
流石に世界最強と名乗るつもりはないが、この世界でも指折りの実力者だと自負している。俺が持つ『剣聖』の称号は俺の実力を誇示する為のモノではないが、同時に卑下してよいモノではない。『剣聖』の称号に受け継がれたものは決して軽くはない。
だからあえて断言しよう。俺は強者である。そして俺よりも強いと思えたのがトラさんだ。あの人が『読心』の魔法が使えるのだとしたら正しく最強じゃないか?
「おじさんはサーシャさんが魔王ではないと言いたいのですね」
「そうとは言わない。可能性が消えた訳ではないからな、断言は出来ない」
「なら、何故トラさんが魔王だと?」
「先程言ったように魔法使いの娘が魔王である可能性は残っている。だがな、それ以上に魔王だと思える根拠が獣人の娘にあるんだよ」
テスラが断言するだけの根拠か。
「小僧、獣人の娘の名前は覚えているか?」
「トラさんだが…」
「違う、本名だ」
トラさんの本名か。かなり長いぞ。
「名は長いか?」
「長いな。テスラも知ってるだろう」
「あぁ、知っているさ。なら今一度問う、他の獣人の名前はどうだった?」
トラさん意外の獣人か。何人かの知り合いはいるが別段変わった名前の者はいなかった。特別名前が長いとか短いとかそういうのはなかったな。
「変わった名前はなかったと思うぞ。普通の長さだ」
「だろうな」
「結局何が聞きたいんだ?」
「小僧は思い浮かばないか? そこの小娘は分かったみたいだぞ」
テスラの言葉にセシルの方を見れば驚いたように目を見開いている。何か気付いたのか?
何にだ?トラさんの名前は確か。
───トラ・ヴィルカス・ヘルスティム・ノーゼンカズラ・F・タイガー・ホワイト・シルバーファークだ。一瞬頭に過ぎった可能性である王族ともファミリーネームは違う。
「義兄さん、獣人の文化は僕たちとは違います」
「それはトラさんと接していたら分かるな。色々と巻き込まれたし…」
「独特な文化とも言えますね。その中の一つですが、獣人たち名に誇りを持っています。自身の名を神聖なモノとして敬い崇めている種族です」
「名前に誇りか…。トラさんも前に行っていたな」
「特に長い名前は強者の証。選ばれし者の証とも言われています」
ん? 急に嫌な予感がしてきたな。
「長い名前を許されたのは一部の獣人だけなんです、義兄さん」
「『ジャングル大帝』の中でも地位の高い者という事か?」
「いえ、王族です」
「……………」
「王族だけが長い名前を許されています」
ファミリーネームの件は聞くべきか? 王族だとしたら何故違う? まさかそこまで文化の違いがあるのか?
「トラさんが王族という事か」
「はい」
「ファミリーネームが違うの何故だ?」
「正妻の子供ではないからかと」
トラさんもダルと同じで庶子という事か。この世界の王族はどうなっているんだ? 本当に色々と文句を言いたい所だぞ。
「小娘が気付いたように、王族である事が重要なんだ」
「どういう事だ?」
「分からないか?小僧は知識がないからパッと浮かばなかったのは仕方ないか。俺の口からは簡潔にだけ伝える。詳しい事は後でティエラに聞け」
そろそろぶん殴りたくなってきた。いや、俺が無知な事が悪いのは分かるがここまでコケにされたら思う所はある。
とりあえず我慢だ。テスラの口から俺の知りたい答えが出た瞬間に殴ろう。そうしよう。
「『読心』は複合魔法だと説明したな。お、顔が変わったな。流石にここまで言えば分かるか?」
複合魔法の単語が出てきたのと王族が関連する事。そして世界全土で見ても使い手が少ない理由。
「複合魔法は王族にしか使えない」
───『読心』を使える者は王族に連なる者。




