113.勇者の遺産
怒ったり泣いたりドヤ顔したりと感情豊かだな、セシルは。先程までテスラに言い負かされて泣いていたのが嘘のようだ。自信に溢れる表情…これまた絶妙な顔の角度だな。見方によってはテスラを見下しているようにも見える。気付いたテスラが舌打ちしていた。
この二人のやり取りを直に見ているとセシルとテスラが仲良くなる事はないだろうなと察してしまう自分がいる。相性が大変良くないのは分かった。似た者同士だからだろうか?俺からのお願いだ。せめて俺を挟んで喧嘩はしないでくれ。
そんな俺の願いが通じたのかどうかは不明だが、背中に引っ付いていたセシルがテスラに向き合うように歩み出てきた。
「僕は見つけましたよ、おじさんの知らない対処法を!」
「何を考えたかは容易に想像がつく。小娘が考え付く事を俺を思い浮かばないと思うか?」
「おじさんも既に知っていると言いたいですか?」
「そうだ」
「なら言ってみてください。本当に知ってるなら言えますよね」
少しバカにしたような口調だ。『本当は知らないんでしょ?』という言葉の裏が感じ取れた。対するテスラはやれやれと首を振る。
「小娘の言う対処法とは『勇者の遺品』の事だろう?」
「……………」
さも当たり前のようにテスラの口から出た言葉にセシルの表情が変わった。声は出なかったが悔しそうに顔を歪めている所を見るとどうやら当たりのようだ。
───『勇者の遺品』
この場合は何を指すのだろうか? これまでの歴史で救世の英雄として名を馳せた勇者は5人おり、長い歴史の中でその全員が既に命を落としている。遺品という意味でいえば全員の物が当てはまるだろう。
可能性として高いのは初代勇者か二代目勇者のどちらかじゃないか? この二人の時代はまだ神の───ミカの干渉があった事は分かっている。神器を創り人やエルフが魔族に負けないように支援していた事は歴史からも判明している事である。
最も有名なのは歴代の勇者が受け継いできた聖剣『コールブランド』だな。聖剣によって多くの魔族が勇者に討ち取られている。エクレアの活躍を見るに聖剣の性能は疑う余地もない。
「小娘も気付いたのだろう、『読心』の魔法を使えるレオパルドを倒した存在に」
「言い方が嫌いです!分かりましたから、いちいち確認しないでください」
「そうカッカするな。俺の認識と相違がないか確認しているだけだ。これで小娘が馬鹿ではないという証明にはなった。小僧にも分かったか?」
テスラの問いかけに思考を巡らせる。今代の魔王も使う『読心』の魔法を操るレオパルドを討ち取ったのは人間の勇者───初代勇者トンヌラ。
転生者である事を考えればミラベルから与えられた能力で倒した…とは考えにくい。ティエラから聞いた話ではトンヌラが持つ能力はバリアのようなものだ。ティエラの本気の魔法でも傷一つ付かない絶対防御だと言っていた。最も防御面は優れていたが攻撃としてまるで使えないらしい。簡潔に言ってしまえばバリアを攻撃に使ってもダメージがないらしい。蚊が止まったような衝撃だと笑っていたな。防御特化の能力と言える。
バリアを使えば『読心』を攻略出来るかどうか。俺個人の考えだが難しいだろうな。バリアの使うタイミングも攻撃も全て読まれていれば相応の対処されてしまう。倒すのが難しいと判断すればレオパルトも撤退や時間稼ぎといった方向に選択を変えるだろう。
「初代勇者がレオパルトを倒せたのは神器のお陰という事か」
「そういう事だ。魔族の存在を危険視していた神は初代勇者に5つの神器を渡した。最も有名なのが聖剣だな」
5つは流石に送りすぎじゃないか? ミカの言い分では魔族は彼女が生み出したモノではなくミラベルが生み出した邪悪な存在みたいな扱いだったからな。
魔族をというよりミラベルを危険視した可能性が高いか? それにしたって勇者に神器を5つも渡すのは流石にやりすぎだと思う。5つの神器の性能までは分からないが聖剣だったり、俺の持つ『マナの泉』と同等なのだとすれば…正に神の考えた最強の勇者になるんじゃないか?
初代勇者もミラベルが送り込んだ転生者らしいが、そうなるとどちらが考えた最強の勇者かは分からんがな。
「だが、今の勇者…エクレアは聖剣しか持っていないぞ? 本当にそんなモノが存在するのか?」
「存在する」
テスラが断言し、セシルが首を縦にブンブンと振っている。存在はするようだ。
「初代勇者が死んだ後、5つの神器は様々な者の手に渡った。勇者しか手に持つ事が出来ない聖剣を例外とし、他の神器は魔族以外は使う事が出来たからな」
また魔族は除け者か。いや、魔族を倒す為の神器だから当然とも言えるか。
「最初は初代勇者の仲間が国に持ち帰ったとされています。その後、神器は二代目勇者に引き継がれたとされていますが、その時点で2つの神器が無くなっていたそうです」
「盗まれた訳か…」
「盗んだのはドワーフと獣人だな。人間とエルフに対抗する為に神器を欲していた」
「エルフは既に持っていましたからね。聖剣もまた勇者の死後はまるで意志を持つようにその姿を消し、『人間の国』の始まりの地に刺さっていました」
聖剣が刺さっている場所は『ハジマリ』と呼ばれるアルカディアの王都から南下した所にある町だった筈だ。真の担い手…つまり、勇者にしか抜けないモノとして語り継がれてきた。
勇者しか持つことが出来ない聖剣がどのように移動したか不思議に思っていたが、勝手に移動していたのか。
どういう原理かはともかくエルフ同様に人間の国にも神器があった事になる。使い手が決まっているとはいえ、神器の力は強力だ。それが人間とエルフの国にだけあるのは面白くないか…。
「神器の力は小僧も身をもって知っているだろう?所持するだけで栄光をもたらすとすら言われている。誰もが欲するモノだ。栄光を手にする為に手段は選ばないだろう」
「魔族との戦いの最中だった事もあり、当時のエルフ達には犯人を探す余裕がなかったです。それは人間の国も同じで、行方の分からなくなった神器はそのままに残り三つの神器をそれぞれの国が管理する事になりました」
「パワーバランスを考えて元々所持していた神器を含めそれぞれ二つの神器を持つ形で落ち着いた。テルマが『ロンギヌスの槍』と『ノームの盾』、アルカディアが『聖剣コールブランド』『シルフの靴』」
ロンギヌスの槍はルドガーが所持していた神器で彼の死後は所在不明になっている。ノームの盾は教会の本拠地である『聖地エデン』の大聖堂に飾られていると聞いた事がある。大聖堂に入れるのは限られた者だけだから、実際に見た事はない。
コールブランドは言わずもがな。エクレアが所持している剣だ。魔王が復活する前…俺がデュランダルを入手する前に一度抜こうとチャレンジした事がある。当然であるが抜けなかった。
ヘルメスの靴も過去のやらかしで実は知っている。神器である事は知らなかったが、クレマトラスの国宝として知られていた物だ。そう、ダルが一度盗んだ国宝が神器だった訳だ…。
今になって思う。よくクレマトラスの王様は許してくれたな、と。改めて思い出すとあの時の騒ぎは非常に胃が痛い。
───1000年前の時点だとまだアルカディアは一つの国だった。四代目魔王が現れた前後で力をつけた貴族が独立したのがきっかけだったな。神器はその時持ち逃げしたのだろうか?詳細は分からない。
タイミング悪く魔族が活動を始めた所為で貴族の独立を阻止出来ず、今では『クレマトラス公国』として立場を確立した。
人間の国同士ではあるが元は王と公爵という主従関係にあった国同士で、勝手に独立国となったクレマトラスとアルカディアの仲はあまり良くない。アルカディアの王族……庶子とはいえ王家に連なる者が神器を盗んだなんて本来は許される事ではないだろう。
ダルがアルカディアの王族だとバレてなかったお陰か? それにしたって胃によくない話だ。
「勇者の遺産、その残り二つを今もドワーフと獣人が所持している訳か」
「恐らく『ドワーフの国』の国宝が神器の一つです。『イフリートの鎧』そう呼ばれている筈です」
タングマリンの首長が使っている鎧が神器だった訳か。首長が強い訳だな。神器が全てとは言わないが戦いにおいて首長が一度も傷を負った事が無いという逸話は『イフリートの鎧』が影響しているだろう。
「最後が『獣人の国』が所持する国宝『ウンディーネの首飾り』。これこそがレオパルトの『読心』を封じた神器だな。呪いや魔法の影響を受けなくする効果があった筈だ」
俺がミラベルに与えられた能力みたいな効果か。それなら『読心』を防げても不思議ではない。なるほど『ウンディーネの首飾り』を手にする事が出来れば俺以外にも『読心』に対する対抗手段が出来る訳だ。
「無理だろ流石に」
「無理だな」
「無理ですかね?」
魔王に対抗する為とはいえ国宝を渡してくれるだろうか? 倒すまで貸して欲しいと言ってもダメな気がする。特に今代のジャングル大帝の王はケチで有名だ。絶対に貸してくれないと思う。
「神器以外の対処法がない訳ではないが、それは小僧がやろうとしている事を達成してこそだな」
「やろうとしている事?」
どの事だ?
「淫魔の娘の件だ」
「ディアボロか」
「そうだ。夢の世界を自在に操る淫魔の娘の力があれば『読心』にも対抗出来る手段がある。だが、簡単ではないぞ」
「分かっているさ」
「口説き落とすつもりらしいが、間違っても落とされない事だ」
「命をか?」
不敵に笑うテスラを見ると別の意味のような気もしてきた。
「不潔です!義兄さん!婚約者である姉さんがいるにも関わらず魔族の女を口説き落とすつもりだなんて!」
それを言われると反論の言葉が出てこないな。困っているとテスラがニヤニヤと笑いながら話を切り出した。
「自身の姉を口実に小僧を責め立てるな。本心は別だろう。言い訳をするな小娘」
「なんの事です?」
「本当は自分が小僧に口説いて欲しいんだろう。『義兄さんに愛されたい』と顔に出ているぞ。素直にそう言えばいいだろう」
「……っ!そんな気は一切ありません!変態のおじさんの妄想を口にしないでください!」
「分かりやすい小娘だ!ふはは!」
また始まった。神器の説明をしていた時は息が合っていたように思えたがやはり相性は良くないのだろう。本当に勘弁してくれ。
まぁいい。やはり根本の問題を解決するにはディアボロの協力が必要という訳か。そうなるとあいつを殺す訳にはいかない。魔族の四天王である彼女をこちら側に寝返らせる必要がある訳だが、本当に出来るだろうか?
不安になってきたな。いや、タケシさんという先駆者がいる。出来る筈だ。頑張れ俺。ノエルの目が怖いが頑張って口説き落とそう。
───考えただけで吐きそうだ。
「あぁ、そうだ。大事な話をしていなかったな」
夢の中であるにも関わらずキリキリと痛む胃に腹を抑えていると、相変わらず不愉快な笑みを浮かべたテスラがこちらを見ている。セシルに般若のような顔で睨まれているが気にならないのだろうか?
俺は気になって仕方ない。可愛い顔が台無しだぞセシル。
「それで大事な話とはなんだ?」
「小僧の仲間の中で誰が魔王か、悩んで考えていたのだろう。俺と小娘が共に考えてやろうと思ってたな」
「お前たちなら分かるのか?」
「分かるさ。俺の考えが必要なら言ってやろう」
こちらに確認するような物言いはテスラの癖か? セシルが嫌いという気持ちも分からないでもない。
「テスラの考えを教えて欲しい」
「なら教えてやる。獣人の娘が魔王だ」
───は?
書いてて思いました。3章長くなるなこれ




