110.相談相手
いや、決して忘れていた訳では無い。あえて言い訳をするならば変態と仲間…どちらに比重を置くかという話だ。当然ではあるが俺は仲間を取った。夢の中でテスラに会うよりもセシルに会う方が嬉しいに決まっているだろう。
彼が変態でなければ平等に扱ったかも知れない。残念ながら彼は変態であり、出来れば彼とは関わりたくない。
そんな思いから視線も向けたくない訳だが、明らかに不機嫌そうな声だった事もあり様子を見る為に声のした方へ視線を向ける。
予想通りと言うべきか…。額に青筋を浮かべ、とても不機嫌ですと言いたげな表情のテスラと目が合った。気持ちは分からないでもないが自分の発言をもう一度振り返って欲しい。そうしたら無視させる理由も分かるものだろう。
それはさておきだ。セシルの魔法が直撃したにも関わらず俺の視線の先にいるテスラは傷一つない無傷の姿だ。なんだったら汚れすらない。魔法なんて当たっていませんよと言われたら信じてしまうだろう。
だが、俺はこの目で魔法がテスラに直撃しそれはもう派手に吹き飛んでいく姿を見ている。アレで無傷なんて事は流石に有り得ないだろう。現実的ではない…が、ここは夢の中。現実ではないから有り得る事象という事か?
実際に痛みはない事で夢だと判別しているからな。仮にテスラに殴られるような事があっても吹き飛ぶ事はあっても痛くはなかっただろう。
考えても仕方ない事か。思考を巡らせて答えが出るならいいが、出ないのなら時間の無駄だ。
考え事を中断して状況を整理するべく、テスラから視線を外しセシルへと視線を戻す。不機嫌そうに頬を膨らませる姿にリスみたいだなと場違いな感想が浮かんだ。雰囲気を台無しにされた訳だから不満なのは良く分かる。
「空気が読めないんですか、おじさん?」
「いきなり魔法を放ってくるイカれた小娘に言われる言葉ではないな。貴様こそ空気を読め。俺は小僧と大事な話をしていたんだ」
───そんな話はしていないと思う。
「僕も途中から義兄さんとおじさんとのやり取りは聞いていました。気持ちの悪いおじさんの性癖を義兄さんに押し付けないでください」
「小僧とのやり取りを全て聞いていた訳では無いのに良くもまぁ自信満々に言葉を垂れるものだ。貴様が聞いていない部分で大切な話をしていたと思わないのか?」
───そんな話はしていなかったと思う。というより、話し合う以前に殴りかかってきただろテスラ。
「大切な話?ド変態なおじさんの口から義兄さんにとって大切な話が出るとは思えないんですけどねー」
「経験の足りない小娘はこれだから困るな。自分の尺度でしか物事を考えられない。小娘の想像出来ない内容に決まっているだろう?」
「義兄さんの剣がおじさんのお嫁さんで、初代魔王である事とかですか?」
セシルの口から出た予想外の言葉に驚いてしまった。恐らく俺の顔にも出ていたのだろう。俺の方を見ると楽しそうにセシルがクスクスと笑っている。自分の事で笑われている訳だが、可愛らしい笑みだった事もあり不思議と不快感は湧いてこなかった。
「義兄さんとなかなか会えなかったけど、ちゃんと意識はあったんですよ。だから義兄さんが僕の事で悲しんでくれた事も知ってます」
「セシル…」
「夢の中で僕に会いたいって義兄さんが言ってくれた事も知ってます。早く夢の中で義兄さんと会いたいと…会いたいと思い続けてました。だからこうして義兄さん会えた事が本当に嬉しい」
まるで絵画でも見ているような気分になった。それほどまでにセシルの笑顔が美しかった。言葉だけじゃない、彼女の仕草一つ一つから思いが伝わってくるようだ。
「俺も会えて嬉しいよ」
「ふふ、同じような事をさっき聞いた気がします」
「そうだな…そんな事を言って気もするな。こうしてセシルと会えた事が嬉し過ぎて上手く言葉が出ないのもかも知れない」
「それなら僕も同じです」
二人で顔を合わせて笑い出す。
「だから、俺を無視してイチャイチャするな、小僧と小娘」
───秒で水を差された。
不機嫌そうな声に視線を向けると床に腰を下ろしているテスラの姿がある。胡座をかいてその足に頬杖をつき、呆れたような表情で苦言を呈するテスラにこちらも申し訳ない気持ちになった。
流石に二回目は失礼だろう。悪い事をした。
「無視してすみません」
「謝るのは好きにしろ、俺にとってはどうでもいい事だ。イチャイチャするのは勝手だが、小僧は小娘の言葉の意味をしっかり理解できていたのか?」
「言葉の意味?」
どういう事だ?
「意識はあるって言ってんだろ。お前の身につける道具越しから見えてるし聞こえてんだよ、小僧が起こした行動の全てが」
───なん...だと!
言わないといけない気がしたから言っただけで実はそれほど驚いていない。セシルがティエラの事を知っていた時点で分かっていた事であった。意識はあったと言っていたしな。
その上でテスラがそこまで強調する真意が分からない。
「言わないと分からないか?小娘がそうであるように俺も小僧の行動全てを知っているんだよ。ティエラとのやり取りも、他の女としている情事も全てな!」
殺してくれ…。
ノエルに知られているのは仕方ないと割り切っている。ティエラも武器として常に共にいるので仕方ないと考えていた。
まさかだ。まさか…赤の他人にまで知られていたとは。なかなかに胃に効く情報だ、全く嬉しくない。
少なくともデュランダルを手にしてからの5年間は俺の行動を知られている事になる訳か。やましい話は直近のものくらいだが、親しくない者に知られているのは気分のいいものではないな。
「あまり褒められた行いじゃないと思うが?」
「俺とて見たい訳ではないさ。選択の余地がないんだ。人であった時のように目を塞ぐ事も耳を塞ぐ事も出来ない。見たくないものも見なければならない。聞きたくない会話も聞かなければならない。小僧が思っている以上に自由はないのさ」
「おじさんの言ってる事は嘘ではないです」
「そうなのか?」
「はい。夢の中ではこうして体はありますけど、義兄さんが起きている時はこの真っ白な空間で何も出来ず浮遊している…肉体もない魂だけの存在で漂っている感じです」
「その状態でも俺が見ているモノや会話は見えているし、聞こえているのか?」
「聞こえていますし、見えてます。道具越しと言うよりも義兄さんを通して見て聞いていると言った方がいいですかね?」
「俺を通してか」
「はい」
俺の視覚や聴覚を共有しているという認識でいいのか? となると見られないよう対処する事は出来ないな。そういうものだと諦めるのが賢明か。
「小僧の都合はこの際どうでもいい」
「出来れば俺の都合も考慮してくれると助かるんだが」
「知るか」
「僕は出来る限り考慮しますよ!」
真反対な二人の対応にため息が出た。
「既に分かっていると思うが俺は小僧がデュランダルを手にした時からお前の様子を見て、聞いてきた」
「それは分かっている」
「夢の中のやり取りも知っていると言えば小僧でも言いたい事が分かるか?」
───夢の中のやり取りもだと?
最近は久しく見ていないがテスラが言っている事は俺が寝ている時に見る夢の話ではないだろう。俺が夢の中でやり取りをした相手は二人。
一人は四天王の一人であり夢を操る淫魔ディアボロ。もう一人はこの世界へと俺を送り込んだ張本人。神───ミラベル。
テスラは俺とミラベルのやり取りを知っているというのか? 彼の姿を見たのは今回が初めてだが…。
「夢の中でテスラを見たのは今回が初めてなんだが?」
「小僧の疑問には後で答えてやる。だが、その前に最初の問答に答えて貰おう」
「ティエラを幸せにしろってやつか」
「そうだ。くだらないやり取りを何度もする気はない。俺が聞きたい答えは一つだ。その言葉が出やすいように小僧にメリットをくれてやる?」
「メリット?」
「小僧に教えてやろう。魔王が使う『読心』の魔法がどういう魔法か。共に探してやろう…仲間に紛れた魔王が誰か」
テスラが言っていた事が嘘ではないとハッキリと分かった。俺しか知らないミラベルとの会話を───魔王の情報をテスラは知っている。
「誰にも言えず一人で抱え込んでいたな。お前の葛藤もずっと見てきたから知っているさ。だから安心するといい、ここに一人事情を知るものがいる」
親指で自身を指して笑うテスラの姿に頼もしさを感じた。
───仲間には魔王が使う『読心』の魔法の所為で相談する事は出来なかった。仲間の中に魔王がいる事が分かっていても俺一人で探さないといけなかった。正直に言おう。一人で抱え込むには大きすぎる問題だろう
仲間に相談したい気持ちも当然あったが相談した相手が魔王である可能性や、相談した相手の心を読まれる事を考えれば容易に相談する事は出来ない。
唯一俺が相談出来る相手は夢の中に訪れるミラベルだけだった。そのミラベルもまた信用していい相手ではない。なら誰を信じればいい?誰に相談すればいい?
一人で抱え込むしかない…。そう思っていた。
「ここは夢の中だ。ミラベルの目を気にする必要もない。そして『読心』の魔法も俺達には効かない。あの魔法は生物にしか効かないからな…道具に過ぎない俺たちの心を読むことは出来ない」
「ミラベルは道具にも『読心』は効くと言っていた」
「それはお前から相談相手を奪う為の嘘だ。そう言わなければお前はティエラに相談していただろう?」
「そうだな…」
ミラベルの言葉があったからこそ俺もティエラに相談する事が出来なかった。ミラベルの言葉を信じていいのか分からなくなっていた。疑心暗鬼に陥っていたと言っていい。
「さて、ここまで言えば俺が言いたい事は分かるな小僧。神の目を気にする必要も『読心』の魔法を気にしないでいい相手がここにいる」
「相談相手になる代わりにティエラを幸せにしろ、そう言いたいんだな」
「そうだ。小僧がティエラを幸せにすると誓うのならば、俺の持てる全てを使って小僧を助けてやる。だから誓え、俺の嫁を幸せにすると」
───最初からずっとブレないなこの人は…。一貫していると言っていい。テスラは…この人はずっとティエラの事を考えている。こうして彼と会話をすればするほどテスラのティエラへの思いが伝わってきた。
その所為で余計に答えにくくなっている事にテスラは気付くべきだろう。
状況についていけず首を傾げているセシルを横目に思考を巡らせる。
どう答えた方がいいかは自分でも分かっているつもりだ。ティエラを幸せにしろか…。
───仲間を護る為にも腹を括るべきだな。
「分かった、誓おう。必ずティエラを幸せにする」
「それでいい。ただ一つ言っておく」
「なんだ?」
「ティエラを抱く時は必ず鞘を近くに置いていけ。俺を疎外するな、分かったな」
こんな変態を俺は相談相手に選んだのか?
………………………………。
やっぱりナシってのはダメか?
更新が遅れ気味で申し訳ありません。
活動報告にも書きましたが資格試験の方に専念するので更新が少し遅れます。
試験が終われば今まで勉強に使ってた時間が執筆に回せるので更新ペースが戻るかなと思ってます




