99.増える問題
仮に好きだと答えたとしてそれを好意的に受け止めてくれる人間がどれだけいるか。相手が男性なら猥談として流す事は出来るが話を振ってきたのが女性なら少しばかり配慮が必要だろう。人妻が好きだと豪語する男がいたら女性はまず引くと思う。俺だってドン引きだ。
創作物ならばそういうジャンルとして楽しむが現実としてぶち当たるなら色々とアウトだ。まず手を出していい相手ではない。と言うことで俺の返答は当たり障りないものとなった。
デュランダルは何を期待していのか知らないが、俺の返答に面白くなさそうな反応だった。人妻が好きだと言って欲しかったのだろうか?もしそうなら勘弁してくれ。
彼女の口から夫と子供がいる事を告げられた。ショックや驚きは特にない。魔王に子供がおり、その子供が2代目魔王を継承している事を既に知っていたのと、マクスウェル著作の作品から何となく察する所があった。
大賢者直筆の実話の話だと言っていたし、登場人物から察するにテスラと呼ばれる男性がデュランダルの夫だったのだろう。それが合っていると言わんばかりに彼女の口から夫の名前と息子の名前が出た。
間違ってはいなかったな。テスラとやらは後でマクスウェル著作の作品を読めば良く分かるだろう。それよりもデュランダルの息子だな。
最も人間やエルフに被害を与えた魔王として歴史に刻まれているがその名前は分かっていなかった。これに関しては初代魔王も同じだが…。1000年以上も昔の出来事になる。現代まで伝わらない事はなくはないだろうが、前世と違いこの世界には長命種がいるからな。
生き証人として現代まで生き延びている長命種の者もいるんじゃないか?彼らが知らないというのも可笑しな話だが…。考えられる事としてら名前を隠蔽していたとか、名前を知った者は全員死んだとかか?後者なのだとしたら随分と物騒な話だ。
2代目魔王アデル・デュランダルか。彼についてもタケシさんが情報を纏めてくれている可能性もあるし、最悪デュランダルに聞けば分かるだろう。
俺としては彼女が子持ちの既婚者だった事よりも獣人やドワーフが魔族を支援していた事に驚いた。いや、冷静に考えれば有り得る話ではある。元々奴隷であった魔族は領地を持たない種族だ。食糧を始めとする物資面の問題に必ず直面する。その場合物資をどうするか、選択肢は奪うか作るかの二択だ。
領地を持っていない為作る事は出来ず安定して物資を手に入れるまで時間がかかる。奴隷として立ち上がった事で人間やエルフと戦いが始まった以上、悠長に作っている時間もない。そうなると奪うしかない。
それが一人二人なら問題ないが魔族の数は人間やエルフには劣るが、意図的に繁殖させていた事もおりそれなりに多い。人数分の物資を奪うのは苦労するだろう。当然だが敵も抵抗してくる。必ずどこかで物資が不足して戦えなくなるだろう。
勢力から考えても魔族が不利な戦いだった。それでも彼らが戦う事が出来たのは陰ながら支援をしていたドワーフと獣人の勢力がいたからだ。彼らが魔族に協力したのは正義感からではないだろう。
第2の魔族になる事を恐れたのだと思う。当時においては人間とエルフが二大勢力と呼ばれる程に力を持っていた。このまま彼らの勢力が増していけば獣人とドワーフは選択を強いられる事になる。それは決して良いものではない。
打算ありきの関係だろうな。ドワーフと獣人からすれば魔族が滅びたら次は自分たちだ。魔族が二大勢力の力を削けばそれを機に勢力を拡大すればいい。俺の考えは間違ってはいないだろう。獣人とドワーフの勢力が拡大したのは2代目魔王アデルによって人間のエルフの勢力が大きく削られてからだ。
それぞれエルフと人間の領地を奪う形で獣人とドワーフは大きくなった。この事実に気付くと色々と分かってくる事がある。
現代に至るまで魔族の被害が最も多いのはエルフ、次いで人間だ。獣人とドワーフも被害は出てはいるが前者の二つに比べれば少ない方だろう。最悪を想定するならば今も獣人とドワーフは魔族と繋がっている事になる。
そうなると魔族とドワーフ、獣人の3大勢力を相手にする事になるのか? この想定は外れていて欲しい所だ。だが楽観視は出来ない話だ。どこまでドワーフと獣人を信じていいかが分からない。
俺の思考中もデュランダルの話は続く。陰ながらの支援もあり、二大勢力相手に互角の戦いを繰り広げていた魔族だが、ある時期を境に苦戦を強いられるようになった。
ハッキリと言ってしまえば勇者が現れたのだ。歴史を見ればよくある話だ。おとぎ話のセオリーにもなっている。巨大な悪である魔王を倒す為に神に選ばれた勇者が現れる。
例には漏れず魔王を倒す為に勇者は現れた。デュランダル曰くこの勇者はミラベルが送り込んだ転生者であったそうだ。
この時点でミラベルに対して不信感を抱くだろう。ミラベルの手でこの世界に送っておきながら、敵対勢力に他の転生者を送る。争うことを望んでいるかのようなやり口だ。事実として、ミラベルから色々と吹き込まれた勇者はデュランダルに対して強い敵対心を持っていたらしい。同じ転生者同士であったが戦いは避けられなかった。
不思議な話ではあるが初代勇者の姓はフェルグラントではなかった。勇者の家系と言えばフェルグラントなのだが初代はどうやら違うらしい。
初代勇者の名はトンヌラ・スクエーニ。色々とツッコミたい所だが、長くなりそうなのであえて流そう。
デュランダルの話からトンヌラによってコバヤシの娘は亡くなったらしい。シルヴィの事だな。俺の知っているシルヴィとは別ではある。
亡くなったコバヤシの娘の魂が既に別の世界へと旅立って為、その肉体を動かす為に新たに生み出された人格が俺が知ってるシルヴィだ。
どうやらコバヤシはミラベルから能力を貰ったようだ。1度だけ死者を甦らせる能力。
「ミラベルは魂の管理をしている。シルヴィが亡くなった後、その魂を次の世界へと送った上でコバヤシにその能力を与えた。どこまでもバカにしていると思わないか」
彼女の言葉から怒りが感じ取れた。デュランダルとコバヤシの付き合いは彼女の話から読み取れるようにかなり長い。それこそ彼女の家族と同じくらいだろうか?
シルヴィの事も友人の娘という事もあり、良く知っていたようだ。それだけにミラベルがやった事を許せないらしい。
その後、デュランダルの夫であるテスラが彼女を庇って亡くなった。悲しそうな声だった。『バカな男だった』と何度も口にしていたが、デュランダル…ティエラにとって愛する人物だったのだろう。
彼は元々はティエラの主人であり、2人は上下関係にあった。テスラの猛アタックの末にティエラが折れて結婚したそうだが、満更ではなかったんじゃないか? 家族について話す時は心做しか楽しそうだった。
テスラとコバヤシの娘であるシルヴィを殺したのは同じ転生者であるトンヌラだった。この時、勇者は必ず殺すとティエラは決めたらしい。
それから勇者を始めとする人間とエルフに同胞を殺されながらも徐々に魔族優位を事を進めた。決定的となったのはティエラの手で勇者を殺した時だろう。
二大勢力にとって最高戦力であり現代と同様に救世主として扱われていた勇者の死に動揺が走った。このまま進めば魔族の勝利に終わっただろう。だが、そうはならなかった。
既に知っている事ではあったが、ティエラがエルフの毒によって倒れたからだ。
毒の正式な名前は『サンタマリア』だったか?旅が始まって暫くした頃にノエルから聞いた名前だからまず間違いはないと思う。
製造方法は教会の重鎮であるノエルも知らない。暗部と呼ばれる組織があるらしくその者たちだけが知る秘中の毒。
サンタマリアは毒に犯された者の魔力に干渉し魔力を使うだけで激痛を与える。所有する魔力が多い程、毒の周りが早くなる特性を持っている。毒を受けた者の魔力が多い場合、解毒の魔法でも治す事が出来ないと言われておりサンタマリアの確実な治療手段は暗部が毒と共に作った解毒剤だけだ。
毒と解毒剤は基本的にワンセットだ。誤って毒を受けた場合や、交渉の為にも解毒剤は必要になる。
話を戻そう。この毒が最初に使われたのは竜人に対してだ。エルフに次ぐ魔力量を持ち、ブレスや飛行能力を持つ竜人は簡単に倒せる相手ではなかった。だが、この毒の登場により竜人は滅びる事になった。
サンタマリアは魔力が多いほど効力を発揮する。竜人には効果的だっただろう。種族としてみれば魔族も魔力量はトップスリーに入る。つまり魔族にも有効だ。
特にティエラは魔族の中でも最も魔力が多かった。解毒魔法では治療が出来ず、解毒剤も簡単には入手出来ない。サンタマリアに犯された時点で死を待つしかなかった。
ミラベルが現れたのはそんな時だ。死を待つだけのティエラに対してミラベルは言った。
『貴方には感謝しているのよ。いい実験が出来たから。世界にちょっとした異物を放り込むだけでこんなに騒がしくなるのね!
毎日眺めてるだけで退屈だったけど、いい暇つぶしになったわ』と。
助走をつけて殴り飛ばしたい気持ちになった。今度夢の中に出てきたら殴ろう。そう心に強く決めた。
ティエラがミラベルに一死に報いてやりたいと思う訳だ。彼女の精一杯のを足掻きすら道楽に過ぎないと反吐が出るような事実を突きつけた。当然だが受け入れられるような話ではない。死の間際になって伝えてくるのも胸糞が悪い。
だからこそ彼女は魂を武器に移してでもこの世界に留まる事を選んだ。親友であり同じ転生者でもあるコバヤシとドワーフの魔法使いに協力してもらって。
その時協力した魔法使いの名はマクスウェル。後に大賢者と呼ばれるサーシャの師匠だ。




