98.与えられた役割
───デュランダルの口から一度聞いた話であったとしても当事者として改めて彼女が語る話は、同じ内容でも違う話のように感じた。事の始まりは俺や他の転生者と同じ、ミラベルによるミスだ。俺とは1つ違いにはなるが29歳の若さで亡くなったらしい。
ティエラの場合はその時点から既にミラベルに対する不信感を抱いていた。いや、敵対心とでも言うべきか。決して信用してはいけない相手だと初めて会った時から気付いたそうだ。それが確信へと変わったのは転生して直ぐだった。
ティエラは産まれながら奴隷だった。人間の支配下に置かれる魔族の奴隷同士の間で愛もなく産まれた。奴隷を増やす為に本人達の意志を無視した、言わば家畜の繁殖のように行為の末にティエラはこの世に生を受けたそうだ。当然ながら待っているのは幸せな生活ではない。
産まれた時から既に過酷な人生は始まっていた。何も知らなければそういうものだと誤った知識を植え付けられて成長しただろう。
他の魔族との違いがあるとするならばティエラは転生者であり、前世の記憶を所有していた。幼い頃の記憶は朧気でも両親からの愛情を受けて育った経験はその身に刻まれていた。その経験からあまりにかけ離れた幼少期こそがティエラにとって最初の困難の始まりだった。
産まれて間もなく両親から引き離され従者の手で育てられた。そこに一切の愛情はなく、家畜の世話をするような事務的なものであった。
ティエラが成長するにつれ勉強と称した躾が始まった。言ってしまえば奴隷として教育だ。幼少期の頃から洗脳に近い形で奴隷として常識を教え、決して主人には逆らわない従順な奴隷を作り上げようとしているらしい。
「勉強でも学習でもない、躾だ。ペットに芸を教えるように奴隷として役割を教える、いや調教といった方がいいか。
人間やエルフにとって使い勝手のいい道具になるように調教を施した。成人している魔族よりも子供の方が調教はしやすい。その為に奴隷同士に行為を強制をさせ、使いやすい奴隷を量産する事を選んだ。」
「酷いな」
「弱き者の末路だ。この世は常に強い者が支配する。私たち魔族は当時において魔法を持たない弱者に過ぎなかった。
それでも反抗する者はいた。奴隷として立場を甘んじる者などいないだろう。だが、結果は言わなくても分かる。魔法を持たない魔族は容易に鎮圧された。そして二度と歯向かわないように調教を施すようになった」
当時において魔法という武器を持たない種族とはいえ、無防備な時を狙えば人やエルフを殺す事は出来る。そういったリスクを排除する為に徹底的に上下関係を植え付けるようだ。
実際に奴隷が主人を殺したケースは存在する。最もそれ事態も大きな騒ぎにはならず、直ぐに主人を殺した魔族は捕らえられた。その後に待っていたのは当然とも言える末路だ。二度と同じ真似をさせない、反抗等しようとは思わせないように見せしめとして惨たらしく殺されたようだ。一時的な反抗は出来たとしても持っている力が違いすぎる故に、直ぐに鎮圧されて終わる。
魔法という魔族以外に許された絶対の武器で、反抗する意志を根こそぎ奪う。ティエラもまた幼少期の頃から身を持って味合わされた。
炎によってその身を焼かれ、風の刃で切り裂かれた。水で溺死寸前まで苦しめられ、雷によって何度も意識を失った。地面に生き埋めにされ死ぬ直前に掘り起こされた。傷を癒す筈の光はティエラの肉体を焼き、内側からズタズタにするような痛みを与えた。
躾だ。ペットが主人に逆らわないようにする、現代で行ったなら一発でアウトな躾を何度も行い奴隷の牙をへし折る。牙が折れ、心が折れた奴隷は主人にとって従順な奴隷へとなる。まだ心の育ちきっていない幼い子供を恐怖で抑えつける行為だ。
前世の倫理観から考えれば決して許される行いではないだろう。ティエラもまた新たに生を受けた世界が異世界であるとその身を通して実感したそうだ。ティエラと同じような境遇で産まれた魔族の奴隷が心が折れても、彼女の心は決して折れなかった。煮え滾るマグマのようにその内に憤怒と憎悪を溜め込み、それを決して表に出さず従順な奴隷として機会を伺っていた。
デュランダルから聞かされた魔王の生い立ちを改めて聞くと見え方が変わってくる。デュランダルから聞いた時でさえ、魔族ではなく人間やエルフが悪く見えたというのに当事者である彼女から語られる話はあまりに劇毒だ。彼女が実際に経験した奴隷としての日々、どれだけ努力をしても抗っても尚消えない力の差。持つ物と持たざる者の決定的な差を嫌という程押し付けられた。
奴隷としての日々に変化が起きたのはミラベルが介入してからだろう。ミラベルはティエラに魔法を知識と能力を与えた。それでもティエラにとってミラベルとは味方ではなく、敵だった。
「ミラベルは私が魔族として生まれる事を知っていた。魂を管理する神だ、知っていて当然だと言える。
分かるかカイル、ミラベルは私たちが奴隷として虐げられる事を分かった上で転生させたんだ。その上で、あの女が転生させる時に何て言ったか想像がつくか?」
「それは…」
「『死んじゃったものは仕方ないわよね。貴女の次の世界は少しでも良くするから許してちょうだい」』。ふざけた話だろう。奴隷として産まれ、弱者として虐げられた。産まれながら自由を剥奪された一生、これが良い世界だと思うか?」
「いや、地獄だな。前世の経験がある以上より苦しく感じる」
「奴が私の前に現れた時は何を今更と思った程だ。分かった上で私たちをこの世界へと送り出した分際で、『こんな事になるとは思わなかった』と宣う。私から見ればあの女は化け物にしか見えなかった」
境遇は違う。それでも似ていると思った。ミラベルがこの世界に送り出し、そして再び俺たちの前へと現れる過程。ティエラは奴隷として虐げられ、魔法が使えないという現実に打ちのめされた後。俺は家族を山賊に殺され、自分の無力さを噛み締めた後。
絶望した後に希望を与えるように俺たちの前へと姿を現す。俺も能力を与えられた時に思ったさ、どうして今なんだと。この世界に送り出す前に与える事は出来なかったのかと。ティエラ場合はその想いが強いだろう。最初から魔法の知識を知っていれば僅かな希望すらボロボロに朽ち果てるような絶望を味会わずに済んだ。
「覚えておけ、私たちはあの女の巨大な掌の上で踊っているに過ぎない。魔族が起こした反逆もまた、あの女が作った脚本だ」
「どういう事だ?」
「魔法の知識を手に入れたとしてどうやって同胞に共有する?人間やエルフに知られればその時点で詰みだ。悟られる事なく魔族全員に知識を与える事は可能か?」
「無理だな。少人数ならともかく魔族全体に共有するのは不可能だ」
「それが答えだ。だが、不可能を可能にするのが神の力だ。私と同じようにこの世界に送り出され魔族がいた」
「それが、コバヤシか」
「そうだ。コバヤシにもミラベルからある能力を与えられた。魔族の現状を打破する能力が」
デュランダルからこの話を聞いた時からずっと疑問に思っていた事もこの時解消した。どうやって魔族全体に知識を共有したのだろうかと。その答えはあまりに簡単だった。協力者がいたのだ。彼女と同じ境遇でミラベルによってこの世界に送り込まれた転生者が。
後の世において『校長』の異名で知られる四天王の一人、コバヤシ・リュウジロウ。俺や他の転生者の例に漏れず彼はミラベルから能力を与えられていた。
能力の名は『念話』。同族だけに限定するが大陸全土にいる全ての魔族に自身の心の声を届ける事が出来るという能力だ。多少の魔力は消費するが頭の中に直接語りかける事でき、その声を他者は認識出来ないという。能力を使ったコバヤシと、語りかけられた相手のみが共有する事が出来る。魔族の現状を打破する為だけに生み出されたような能力だ。
いや、能力を与えたのがミラベルなのだから魔族の状況を理解した上で一番必要な能力をコバヤシに与えたのか…。ティエラに与えられた能力は『蓄積』と『解放』。魔剣が持つ能力は転生者としての能力らしい。
「全てはミラベルが描いた脚本通りに進んだと言っていい。私たちの手で同胞に知識を共有し、人間やエルフに反逆するように仕向けた」
「そうだな、ティエラやコバヤシが居なければ魔族は魔法の知識を得る事はなかった。何も変わらなかった。変化を与えたのはミラベルだ」
「分かってもいても選ぶしかなかった。自由を得るために私たちは立ち上がるしかなかった」
タチの悪い脚本だと思った。抑圧された現状から抜け出す為に、ミラベルの掌の上に乗ると分かっていて乗るしかない。それしか選択肢がない。
ティエラに提示された選択肢は2つだった。奴隷として生きるか、力を手に入れて反逆するか。ティエラは後者を選んだ。
その事を責める事は出来ない。ティエラと同じ立場なら俺も同じ選択を選んだだろう。彼女は魔王としての役割をミラベルに与えられたに過ぎない。
「それが今に至るまでの戦いの始まりだな」
「ここまで泥沼になるとは私も思っていなかった」
魔王を倒して終わりとはならない。勇者が死んだらゲームオーバーにもならない。この世界はゲームではない。今起こっている戦いは生存競争に過ぎない。
魔族が滅びるか、人間やエルフが滅びるかどちら一方が消えるまで争いは続く。
「さて、この先の事を話す上で一つ確認しておこう」
「なんだ?」
「カイルは人妻は好きか?」
───返答に困る質問はやめてくれ。




