97.魔剣と魔王
なんというか、気が抜けるな。いや、俺としてはそっちの方が有難いか。魔王として見るとどうしても身構えてしまう。
「録音の内容を知っていたなら、俺が聞いた時にデュランダルが言えば話は早かったんだじゃないか?」
「内容は同じでも誰が語るかで受け取り方は変わる。タケシが語る言葉と魔王が語る言葉。どちらを信じるかは一目瞭然だ。現に私の正体を知りカイルは疑心を抱いている」
「そうだな…」
これに関しては彼女の言う通りだろう。デュランダルに対する信頼はあるが、魔王に対する疑心は少なからずある。魔族の言葉を鵜呑みにするのが危険な事をこれまでの旅で痛感した。
例外も居るだろうが、魔族にとって言葉もまた戦いの道具だ。相手を安心させ油断させてから襲う、嘘の情報を与えて相手を嵌める。魔族の常套手段と言える。
同じ転生者だとしても魔族であるのならば警戒するべきだ。それが魔族騒動の始まりである魔王の言葉なら。
タケシさんが語る内容を素直に受け取れたのは彼が歴史に名を残す英雄であると共に、俺たち転生者の為に情報を残そうとする彼の心馳せを知っているからだろう。デュランダルやシルヴィの語るタケシさんに好意を持っていたのも大きいかも知れない。
彼は俺と同じようにデュランダルの正体を知り、その上でデュランダルを信じて欲しいと言った。それだけの信頼関係が彼らにはある。少し羨ましいと思えた。疑り深くなった自分に少しばかり嫌気がさす。もう少し前向きに考えよう。
『という訳でござるよ』
───デュランダルと会話の最中もタケシさんの言葉は続いていた。タケシさんは水の精霊ではなく世界樹の巫女を探す事を選んだ。教会に仕えている事が多い世界樹の巫女だが、タケシさんの時も俺と同じように結婚を機に教会を抜けたようだ。
問題があったとすれば教会と世界樹の巫女の間でしっかりとしたやり取りがなかった事だろうか? 当時の世界樹の巫女は人間であり、彼女の対応をしたエルフの神官は心のどこかで見下していたらしく教会を抜ける際にも何処に向かうか聞かなかったらしい。
精霊の守護があるとはいえ随分とおざなりな対応と言える。当時の法皇によって件の神官は処罰されたそうだが、結果として世界樹の巫女の居場所が分からないという非常事態を招いてしまった。
タケシさんが世界樹の巫女の居場所を知ろうと教会の者に聞いても知っている者はおらず、事が事だけに騒ぎには出来ず密かに居場所を探す事になった。世界樹の巫女は教会にとってトップシークレットらしい。それなら相応の対応をするべきだと思うんだがな…。
結果から言えばこの録音を撮っている段階では世界樹の巫女は見つからなかった。現代まで継承されている事を考えれば、その後に世界樹の巫女の居場所は分かったのだろうが何ともタイミングが悪い。
「世界樹の巫女が見つかりタケシの加護を消す事が出来たなら、メリルによって処刑される事はなかっただろう」
勇者パーティーの魔法使いによってデュランダルを手放し後のタケシさんは、これまでの栄光とは真逆の転落人生を辿っている。
デュランダルを手放した事でこれまでと同じような活躍が出来ず、使える魔法も一種類まで減ってしまった。元々選民思想の強いエルフの視線は優しいモノではなかったのだろう。タケシは『妖精の騎士』の団長と王女の親衛隊隊長を辞職している。
女性関係での修羅場も多かったようだ。特に魔法使いとメリルの対立は激しくそれに巻き込まれる形で、タケシさんも立場も少しずつ悪くなっていった。だらしない女性関係が周囲にバレ、その一人に自国の王女がいるのであれば非難の目が向くのも仕方ないのだろうか?
それにしても劇的とも言える変化だ。デュランダルの言うように加護を消す事が出来ていたなら、また歴史は変わっていたのだろうか?
「加護が消えていたら違ったか?」
「違ったな。タケシは加護の影響で女性の頼み事を断れなかった。自分の命よりも女性の安全を優先し、女性に対して危害を加える事が出来なかった。
加護の影響さえなければ、タケシが私を手放す事もなかった」
タケシさんがデュランダルを手放したのは加護の影響か…。何故手放したのか疑問だった。幼なじみである魔法使いの頼みとはいえ、彼にとってデュランダルは替えのきかない大切な相棒だ。
手放すメリットよりもデメリットの方が大きい。それを証明するようにデュランダルを手放した後のタケシさんの人生は悲惨だ。その様を見て楽しんでいるのがミラベルなのだろう。
『世界樹の巫女探しと並行して水の精霊について調べたでござるが、残念ながら情報は殆ど入手出来なかったでござるよ。
他の情報と同様に机の上に纏めてあるでござるが、その情報では水の精霊の居場所は分からないでござる。力になれず申し訳ないでござるよ。代わりに世界樹の巫女は必ず探しておくでござる!』
タケシさんも水の精霊の居場所は見つけ出す事は出来なかったのか。精霊の事を知る者はまずいないと見た方がいいな。どうするべきだ?俺よりも交友関係の広いタケシがその伝手を使っても手に入らなかった情報だ。俺が探して見つかるようなものか?
捜し物という意味なら占い師に頼るのもありか? タングマリンに必ず当たると噂の占い師がいた筈だ。…………選択肢の一つとして入れるのはいいが、それに全てを託すのはダメだな。他も考えておくべきか。
『さて、長くなったでござるがこれが本当の最後でござる。某からの最後のアドバイスでござるよ』
本当に貴重な情報ばかりだった。タケシさんが残してくれた情報がなければどうなっていたか考えたくはない。彼のお陰で俺は前へと進める。ミラベルの与えた加護の対処の仕方、そして世界樹を救う手段。水の精霊が世界樹を救う事が出来ると分かっただけでも前進だろう。全てタケシさんのお陰だ。
彼が転生者へと残す最後のアドバイスは聞き逃さずに聞こう。大事なアドバイスの筈だ。
『女性関係には気を付けるでござるよ!特に複数の女性と関係を持つのはダメでござる。現実はギャルゲーやエロゲーのように上手くいかないでござるよ』
「…………」
『来訪者が良き人生を歩まれる事を心から願うでござる』
今度こそ終わりだろうか、それ以上魔道具が言葉を紡ぐ事はなかった。最後のアドバイスに関しては既に手遅れと言える。現在進行形で修羅場へと進んでいる状態だ。そんなアドバイスより修羅場になった時の対応方法を残して欲しかった。
いや、タケシさんも対応出来なかったから残せなかったのか…。彼の言葉を胸に刻もう。良き人生を歩めるように全力を抗おう。
「ふと気になったんだが、このやり取りをミラベルに聞かれている可能性はないか? その場合は妨害してくる気もするが」
「その心配は必要ない。私達が現在いる『時空の裂け目』はミラベルが管理する世界と他の世界との間に存在する空間だ。ミラベルでもこの空間での出来事は認識出来ない。タケシが既に確認済みだ」
「ミラベルでも認識出来ないのか」
ならこの場所を利用すればミラベルにバレずに先生と話す事が出来る可能性は高い。彼もまた俺と同じ転生者であり、ミラベルの本性を知る者。俺と同じようにミラベルに抗おうとしていた。
彼の正体は初めて会った時から薄々勘づいていた。それでも確信を持てなかったのは彼が既に死んでいるという事実があるからだ。彼と関わりのあるシルヴィからも彼が亡くなっている事を聞いた。実際に相対したからこそ彼がアンデッドではないことも分かった。
デュランダルの正体を知り、彼が残して言葉で俺も漸く確信を持てた。
「この空間は密会に使えるか?」
「残念ながらこの空間を使える者は限られる。誰でも此処に入って来れる訳ではない」
「どういう事だ?」
「この空間へと入るには鍵がいる。この部屋に入るために使った鍵だよ。その鍵を持っている者だけがこの空間へと入る事が許される。鍵の数は部屋の数と同じ4つだけ。つまり4人しか此処へ入る事は出来ない」
「正に限られた者にのみ許された避難場所だな」
念の為、先生との会談に使えるか確認したが返ってきた答えは決して望ましいものではない。そう上手くはいかないか…。
俺以外に鍵を持っているのはテルマの王族だろう。そうなると流石に難しいか?盗むのは論外なので、交渉して鍵を譲って貰えるかどうかだな。楽観的に考えずこの場所は使えないと想定して、他の手段も探しておこう。となると、ディアボロか…。
探すモノばかりだな。最優先は水の精霊だ。並行して探して見つかればいいがな。
さて、タケシさんの有難い話も聞き終わった。情報を整理するべきだが、先にする事があるな。まだ時間はある筈だ。何より知りたい情報は既に手に入れた。
「デュランダル、少し話をしないか?」
「私について聞きたい事があるんだな」
「そうなるな。デュランダルの事を教えて欲しいんだ。共に過ごした相棒としてのデュランダルは知っているが魔王として、転生者としての貴女を俺は知らない」
「私の話を聞いて判断するんだな。私が信用できるかどうか」
言葉にはしなかったが沈黙を肯定と取ったのだろう。デュランダルが楽しそうに笑った。魔王と知る前の俺が良く聞いたデュランダルの笑い声に似ている。同一人物なのだから当たり前か。
「この世界での名前は既に名乗ったな。何から話すべきか」
「貴女の前世の名前を知りたいです」
「コバヤシの事で確信が持ちたいのか? なら私が証言しておいてやろう。先生と名乗る男は私の同胞であるコバヤシ・リュウジロウだ」
ヒントを聞いたら答えを聞かされた気分だ。俺の考えを読まれたか。こればかりはもう笑うしかないな。
「俺が知りたい情報だったよ。ありがとう。けど、デュランダルの前世の名前が知りたいのは本音だ。俺はデュランダルについて知りたいんだ」
「ティエラと呼べ。そう呼んだら答えやる」
その名前を呼んだら後には引けなくなるような、そんな予感がした。沼に足がハマって抜けなくなるような、暗い未来が予想される予感。それでも呼ぶべきなんだろうな。彼女について知るために。
魔剣ではなく魔王と。
「ティエラ、俺に教えてくれ」
「もう少し親しげに呼んで欲しい所だが、今は許そう。私の前世の名前だったな。
私の名前は東雲夏恵だ。最も私はこの名前はあまり好きではなくてな、出来ることならティエラと呼んで欲しい」




