95.明かされる真実
───デュランダルに視線を向けると俺の意図を察したのか『前のマスターの声です』と短く答えてくれた。やはりタケシさんで間違いないらしい。だが、これはどういう事だ?
何故魔道具からタケシさんの声がしている? セシルのように物に魂が宿ったのか? だがルークに聞いた話だと物に魂が宿っても生前のように話す事はないと言っていたな。せいぜい夢に出てくるくらいだと。
そうなってくるとデュランダルが何故喋れるのかが疑問になってくるが、それを考えるのはまた今度でいいな。
「貴方がタケシさんですか?」
『此処にきた来訪者殿の名前を聞きたい所でござるが、聞いた所で反応出来ないなので省かせて貰うでござるよ。
此処に来たという事は来訪者殿も転生者でござろう?』
「はい。タケシさんと同じ転生者です」
『某も同じ転生者でござるよ!死因はおそらく同じでないかな? 某はコミケの帰りに自転車に撥ねられて亡くなったでござるよ。某もまさか自転車に撥ねられて亡くなるとは思ってもみなかったでござる』
「いや、俺は自転車ではないのですが…」
『まぁ、聞いた話によると本来は某はそれくらいでは死ぬ事はなかったのでござるが、とある女神殿がミスを犯したようで元々の予定より早く死んだのでざるよ。そのお詫びとしてこの世界に転生した。ここまでは一緒ではござらぬか?』
「はい、一緒でs」
『同じ境遇なら、もしかすると同郷者の可能性もあるでござるな。語りだしたら長くなりそうなので、あえて触れないでござるよ。
さて、本題に入るでござる。此処来たという事は手紙を読んで、あの駄女神殿に少なからず疑問を抱いたのでござろう』
「……………」
『ならばハッキリと言っておくでござる。ミラベル殿は某たち転生者にとって敵でござるよ』
微妙に会話が噛み合っていない。それに名前を聞いた所で反応出来ないと言っていた。
「これは、録音した声ですね」
「500年前だとちょうど録音用の魔道具が開発された頃か。まだ貴重なモノだったから手に入れるのは苦労したと思うが…」
「前のマスターが魔道具の開発に関わっていたので、この伝で手に入れたのだと思います」
「魔道具の開発にも関わっていたのか。照明と録音の機能を併せ持つ魔道具か。現代でも見たことはなかったぞ」
「照明と録音を同時に使う事なんてまず有り得ませんからね。特注だと思います」
「照明の為に魔道具に魔力を流すと録音した声が流れるよう作られているのか? 俺も魔道具については素人だからそんな事が可能かどうかは分からないがな」
こうしてデュランダルと話している間もタケシさんの声は続いている。彼の口から何故、ミラベルが俺たち転生者の敵なのか語られている。彼がミラベルの事に気付けたのは歴史について調べていたからではない。とある転生者に聞いたからだそうだ。
ミラベルに対して不信感を抱いていたタケシさんはその転生者の言葉を信じた。タケシさん自身もミラベルが関わったであろう転生者を洗い出し、ミラベルが敵だと言う根拠に辿り着いた。彼は語る。全ての転生者はミラベルによって運命を与えられていると。
それは決して安息の人生ではない。漫画やアニメのような見ているものを楽しませる壮絶な人生。より残酷に、より劇的に、穏やかな最後とは無縁な悲惨な死を遂げる転生者を見てミラベルは愉しんでいる。
タケシさんの言葉はおそらく間違っていないのだろう。タケシさん自身の手で調べ歴史に名を残すどの英雄が転生者であるか、そしてその最後がどのようなものか、その全てを書類に纏めて机の上に置いてあるそうだ。
それは分かったが、どの書類だろうか? 探すのが困難とも言えるこの書類の山がそうなのか?それともこの中から探さないといけないのか? 考えるだけで面倒になるが、タケシさんが俺たちの為に残してくれたものだ。時間が許す限り探した方がいいだろう。
『大事な事なので2度言うでござるよ。ミラベル殿は敵でござる。多くの転生者がその運命を弄ばれ悲惨な死を遂げてきたでござるよ。
この話を聞いている来訪者殿も、某と同じように運命を押し付けられているでござる。待っているのは悲惨な最後でござろう。それはノーセンキューでござる。故に某は抗うでござるよ。
某の一生は某のものでござる。運命を決めるのも某たち転生者でござるよ。だからこそ、この場所に全てを託すのでござる』
彼の語る言葉にはしっかりと重みがあった。ふざけた異名ではあるし、女性関係は決して褒められたものではないだろう。それでも彼は紛れもない英雄の1人だ。彼が語る言葉には俺の心を震わせる熱量がある。
彼もまた救世の英雄、その一人に名を連ねる者。
『某が調べたものは全てこの部屋にあるでござる!ミラベル殿に抗うと決めたのであれば、この部屋に残した情報を上手く利用して欲しいでござるよ。
見て分かる通り某は整頓が苦手でござってな、ご覧の有様でござる。この中から探すのは大変だろうと思って重要な情報は全て机の上に纏めてあるでござる。参考にして欲しいでござるよ』
なるほど、つまりこの山積みの書類全てが重要な情報という事か。机の上の今にも溢れ落ちそうな書物や書類を見て、思わず深く息を吐いてしまう。膨大な量だ。
この書類全て目を通すのか? 本を読んだりするのが苦手な訳ではないが、これは時間がかかるな。俺一人では無理か。誰かに手伝って貰うのが1番だが、今は誰もが忙しくしている。
猫の手も借りたい状況だな。
『最後に、此処に来ることが出来たという事は案内役がいたという事でござるな。それがテルマの王族である可能性は高くないでござる。
つまりデュランダル殿に案内されたでござるな』
初めからデュランダルに案内される事が前提なのだと分かった。タケシさんの残した地図だけではこの場所には辿り着けない。王宮の近くの岩、という所までは来れてもこの空間へと入り方が分からなければまず辿り着けない。
岩に刻まれた字は一目で分かるほど大きいものではない。よく目を凝らさなければ岩についた汚れ等で見落としてしまうほどだ。その文字に対して魔力を流すという行為は知識がなければ行わない。
案内役がいなければ下手すればイタズラとすら認識されるだろう。本当にただの岩だからな、アレ。岩を壊そうとする者も出たかも知れない。
俺もデュランダルがいたからこそ、タケシさんの家へと来ることが出来た。
『シルフィ殿に手紙や鍵は託したでござるが彼女はこの部屋を知らぬでござるからな。鍵の存在を知りこの部屋に案内出来るものはデュランダル殿しかいないでござる』
デュランダル以外にもエルフの国の王族ならこの場所を知って居るだろうが、ここは王族のみが知ることを許された緊急の避難場所だ。国の重要機密と言っていい。王族の者に聞いてもまず教えてはくれないだろう。
メリルの好意を大きさがよく分かるな。国の重要機密すらタケシさんには教えている事になっている。その上こんな大事な場所で逢い引きをしている訳だ。ふざけた話だな。
『彼女とは半生を共に過ごしたでござる。某が最も信用を寄せる相棒でござるよ。それ故に某が保証するでござる。彼女がいなければ某もミラベル殿の本性に気付く事はなかったかも知れぬでござる。彼女がいたからこそ来訪者殿に某はこうして情報を残す事が出来るのでござるよ。
彼女が何者かはあえて某は語らぬでござる。彼女の口から聞くことをオススメするでござるよ。
某から一言。デュランダル殿の事を信じて欲しいでござる』
全てを話し終わったのだろう。魔道具は光を放つだけで沈黙を保っている。デュランダルを信じて欲しい…か。言われなくてもデュランダルは俺にとって大事な相棒だ。武器としても、相談相手としてもデュランダル程信用しているものはいない。
タケシさんがこうして言葉として残したのには意味がある。彼は言っていたな。デュランダルがいなければミラベルの本性に気付けなかったと。デュランダルこそがタケシさんにミラベルの事を教えた者。自我を持つ魔剣。それだけじゃなかったのか…。
───デュランダルは転生者。
これまでデュランダルが語ってきてくれた話やタケシさんの話、闘技場で出会った同じ転生者である先生と名乗る男、歴史について調べてきた事、それら全てが一つの線になるように繋がっていく。
まだ確信は持っていない。間違いかも知れない。だからこそ確認しなければいけない。
「デュランダル、一つだけ聞かせてくれ」
「はい、何でしょうか?」
「お前は俺の味方か?」
今まで一度も聞いた事がない問いかけ。聞こうとも思わなかった。彼女の事を武器として見てきたからこそ、当たり前のように自分の味方だと思っていた。自分の物だと思っていた。それが今揺らいでいる。
彼女が転生者であり、そして俺の推測通りならデュランダルは絶対の味方ではなく敵である事も考えられる。
「カイル・グラフェム」
いつもと違う声だ。俺の事を気にかけてくれていた優しい声とは違う、どこか威厳を感じる声。まるで他人と会話しているみたいだ。知っている声なのに、彼女が語る言葉は突き放すような冷たさがあった。
こうしてデュランダルに俺の名前を呼ばれるのは初めてか。ちっとも嬉しくないのは何でだろうな。最悪を想定しないといけないからだろうか? 相棒と言える存在がいなくなるかもしれない。そんな恐怖が込み上げてくる。
「安心しろ。私はお前の味方だ。お前だけの味方だ。世界全てがお前の敵になろうとも私だけはカイルの味方でいよう。カイルの相棒としてその生涯を支えよう」
いつも違う声。だがその声からは俺を気遣う優しさを感じる事が出来た。その言葉が彼女の本音かどうかは残念ながら判断出来ない。だが、俺の心が叫んでいる。信じたいと。デュランダルを信じたいと思う。
タケシさんが信じたように俺もデュランダルを信じよう。
「言いたくないのなら言わなくてもいい。デュランダル。お前の…いや、貴女の名前を教えてくれませんか?」
カタカタとデュランダルが震えた。
「私の名前など知っているだろう?いや、聞きたいのだな私の口から」
「はい。貴女の事を教えてください」
ヒント自体は彼女の会話に散りばめられていた。どれだけ歴史について漁っても知ることが出来ない情報があった。それは当事者でなければ知り得ない知識。彼女が魔族について、そして初代魔王について詳しかった訳だ。
「私の名はティエラ。ティエラ・デュランダル。
魔族を統べ、世界に戦いを挑んだ愚かな女の名前だ。カイル、お前にとって全ての元凶ともいえる。私こそが『始まりの魔王』、ティエラ・デュランダルだ」
俺のすぐ側にいたんだな…、勇者パーティーの宿敵と言える魔王が。ずっと気付かなった。疑おうともしなかった。タケシさんに導かれるように一つの真実へと辿り着いた。それは決して心から喜べるものではない。
静かな空間の中に響いたティエラの名乗りはずっしりと俺の心にのしかかった。頭で分かっていても、実際に言われるとでは違うと改めて実感する。頼れる相棒の正体が魔王であるという、デュランダルが隠した真実は俺にとってあまりに重たい。
沈黙が流れる。思考を巡らせ何か伝えようと頭に浮かんだ言葉を口にしようとした時、静寂を破るように声がした。
『そういえば言い忘れた事があったでござるよ』
───本当にそういう所だぞ、タケシ!




