花言葉は、『不滅』。
花瓶に差した沈丁花を見ながら
紫子さんがフフフと笑う。
今日も中々の上機嫌のようです。
「ん? 何を笑っているの? 紫子さん」
「んーん。ちょっと思い出したの。お隣さんのこと」
「お隣さん? ……あぁ、一ノ瀬さん?
紫子さんにとっては
ラッキーなお隣さんでしたね」
言いながら瑠奈さんは、ニヤリと笑う。
一ノ瀬さんに出会ってから
もう ひと月以上が経つのです。
あの後作ってもらったプリンも絶品で
結局その日のうちに、全部食べてしまったほど。
え? 瑠奈さんは怒らなかったのかって?
ふふ。それは心配ご無用。
だって、瑠奈さんも
競い合うように食べたんですからね。
あれならきっと
素晴らしいパティシエになるに違いないと
瑠奈さんは密かに楽しみにしているのに
何故なのか紫子さんは
『それは、ないかな……』と言葉を濁すのです。
何故なのでしょう?
瑠奈はそれが少し解せません。
あれほどの腕の持ち主が、埋もれていくなんて
そんな、勿体ない!!
けれど紫子さんは、
けして意見を曲げないのです。
瑠奈さんは紫子さんが
何故そんな言い方をするのか、分からない。
あれから紫子さんは
たまに隣へ遊びに行って
手作りおやつをゲットしては
凄く喜んでいるのに
この話になると何故か急に眉をひそめてしまうのです。
(独り占めしたいのかしら……?)
そうも思ったけれど、それはちょっと違う気もする。
紫子さんは紫子さんで
一ノ瀬さんが夢である
『お菓子屋さんになりたい』を応援しているのですから。
けれどそれは、無理なんだよ……と
紫子さんは決まって悲しげに小さく呟くのです。
沈丁花がぽたりと落ちる。
アパートのベランダまで香ってきていた沈丁花は
まさかのお隣さんにありました。
可愛らしく毬のように、まん丸に咲く沈丁花。
花の盛りはとっくに過ぎてしまっていたけれど
まだ少しだけ咲いていた花をもらってきて、
紫子さんは花瓶に差して
部屋に飾ったの。
不思議なことに、一ノ瀬家の沈丁花は
普通の沈丁花よりも長く咲いていて、
二人の目を楽しませてくれたのでした。
「ねぇ、瑠奈さん?」
「ん?」
「沈丁花の花言葉って、知ってる?」
「え? 花言葉?
えぇーっと、この前調べたのよ。
ちょっと待って、思い出すから……」
そう言って、瑠奈さんは『うーん』と唸る。
それからハッと手を叩き、
「思い出した! 『不滅』!
沈丁花は、簡単に挿し木が出来るから
そんな花言葉なんですって!
だから──」
言って花のなくなった沈丁花を
花瓶から持ち上げる。
すると──。
「あ。ほらほら見て! 根っこ!
植木鉢買って、植えてみましょうか」
瑠奈さんはとても嬉しそう。
紫子さんも微笑んで
二人で育てることにしたんです。
「じゃあ、ちょっと買ってくるね!
紫子さんは
ちゃんとお留守番しててくださいよ。
知らない間にどこかへ行ってはダメですよ!」
「はーい」
「絶対ですよ」
「はいはい」
「『はい』は一回」
「分かってます。ちゃんと分かってるから……」
しつこいな……と紫子さんが顔を向けると
瑠奈さんの姿はもう、そこにはなかった。
パタパタと元気の良い足音が遠のいていく。
「……」
瑠奈さんのいなくなった、アパートの一室。
紫子さんは
そっと葉っぱだけになった沈丁花を撫でる。
「沈丁花の花言葉は、『不滅』『永遠』『栄光』」
それから……
──『不死』
彼……は、既に死んでしまっていたのだけれど
それでもその魂は、不滅なのだろう。
紫子さんは
少し前に源さんに聞いてみた。
お隣りに住んでいた
『一ノ瀬葉月』さんって知ってますかって。
源さんは覚えていました。
昔ここの近くで、剣道を教えていたんですって。
とっても強かったみたいで、自分はもちろんの事
その教え子たちも、何人も全国大会で優勝したのだと
源さんは自分のことのように
嬉しそうに話して聞かせてくれた。
ただ一つ、
気になることを源さんは呟いた。
葉月さんは、孫の六月君を
それはもうとても可愛がっていたんだって。
強い剣士にするんだって息巻いていて
厳しく育てていたから懐いてくれなかったって
嘆いていたらしいの。
結局その後すぐに
ポックリ逝っちまったって。源さんは言っていた。
不器用なヤツだったけどな。
六月君は六月君で
欠かさず通って来ていたから
それなりに尊敬していたはずなんだがなぁ……なんて、
源さんは言っていた。
『お孫さんの六月さん、
今頃は何をしているんでしょうね……?』
紫子さんはちょっと意地悪して
そんなことを聞いてみたの。
隣りに引っ越して来たって知ったら
源さん驚くかなって笑いを堪えながら。
そしたらね源さん、悲しそうな顔をして、
『あぁ、六月君か。
六月君は高校生の頃
交通事故で亡くなってしまったんだよ。
パティシエになるのが夢だったらしいけどね
世の中、何が起こるか分からないものだよね……。
今頃は葉月とあの世で
仲良く暮らしているのかなぁ……』
そう、鼻をすすり上げながら
源さんは、涙を零したの──。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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誤字大魔王ですので誤字報告、
切実にお待ちしております。
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そして、ちょっとホラーよりの話になりました。。。
(おかしいな……( ˙꒳˙ ٥))
『推理』は苦手なんです。精進しなくては……。
ちなみに六月のお話は『シフォン』になります。
機会があったら、よろしくね♡
今回は、伏線を回収するのが大変でしたΣ(ノ≧ڡ≦)