フレンチトーストと、謎の美青年?
「ふんふん。ふんふん……あ! こっちこっち!」
「ちょ、紫子さん!
そんな竹やぶに入り込んでも、何もないってば!!」
イヤーな予感は正直していた。
だってあの紫子さんだから。
だから口を滑らせたら、本当はダメだった。
それなのにポロリと言ってしまった。
『ケーキ屋さん』の単語。
いやだって、そう思ったから。
するはずのない、甘い香り。
フレンチトーストだ……ってあの時は思ったけれど、
それはバターの匂いが漂ってきたからであって、
別にフレンチトーストだったとは限らない。
もしかしたらクッキーだったかも知れないし、
スポンジケーキの焼く匂いだったのかも知れない。
確かにシチューとか
パスタとか
バターを火をかけて料理するレシピは沢山ある。
だけど多分それとは違う。
だってあの時した香りは
明らかに甘い香りで、
スパイシーな香りでも
玉ねぎを含む香りでもなかったから。
(煮物の砂糖と醤油……?)
可能性として考えたけれど、それもない。
あれは確かに洋風な食べ物の匂い。
砂糖とか牛乳とか……、
それからバニラを含んだような
そんな甘い香り。
「……」
どう考えてみても、あれは
お菓子を作っている時の匂いとしか
思えないかったの。
だけどね、そんなおやつを作るような家は
この近くにはない。
周りは田んぼや畑だらけ。
点在する民家には、子どもなんていないくて、
たいていどこの家も
それなりに歳をとった人しか
ここには住んでいないもの。
さすがにフレンチトーストやクッキー、
ホットケーキなんかを
好んで作るような人たちとも思えない。
でも待って。
源さんの茶飲み友だちには
お孫さんがいたっけ。
今年四歳になる怜くん。
怜くんは、瑠奈さんも
たまに遊んだことのある。
実家の近くに住んでいる、可愛い男の子だ。
でも、近所なのは実家がであって、
けしてこのアパートが近所ってわけじゃない。
あの子は、甘いものも好きだから
もしかしたら おやつに手作りお菓子も
作ってもらっているかも知れないけれど、
実家のある地区は
このアパートからは遠く離れていて
料理の匂いが漂って来る……なんて事は
奇跡でも起こらない。
それにアパートに遊びに来たからって
源さんの茶飲み友だちのおじさん達が
手作りしたおやつを振る舞う……とも思えない。
だいいち作れっこない。
作ったとしても、食べたくない……。
「…………」
瑠奈さんは眉をしかめた。
想像しただけで、お腹がしくしくと痛み出す。
そもそも、そんな子どもの声なんてしなかったし……。
可能性的に考えると、近くにパン屋、
もしくはケーキ屋さんができたのかも……?
「……」
瑠奈さんは、反射的にそう思ったの。
最近は土地開発で、都市部から少し離れた田舎でも
移住してくる人は少なくないって聞いたから。
けれどアパートの近くは、残念ながらまだ
その恩恵には預かっていない。けれど、
いずれここにもお店が出来たりもするのかなーなんて、
少し期待も込めて
広大な敷地の田んぼや畑を見ていたのも事実なのです。
だけど未だもって、そんな気配は微塵もない。
何にもない、本当に中途半端な位置にある、この集落。
開発するならもっと景観のいい場所とか、
立地のいい場所にするよね……と思いながら
瑠奈さんは竹やぶを掻き分け
紫子さんを追う。
「はぁ。はぁ。……ねぇ、……ねぇ、
紫子さん、待って。待ってってば。
さっき言ったのはね、あれはね、
ただの──」
「──あった!」
「え?」
『ただの憶測──』そう言おうとした
瑠奈さんの言葉を遮って、
紫子さんが歓喜の声を上げた。
場所はアパートの、まさにそのお隣。
「え、なに? ここ……」
瑠奈さんは思わず
辺りをキョロキョロと見回した。
こんな所は知らない。
そもそもアパートの横は
単なる竹やぶとばかり思っていた。
竹の皮を被った若竹が顔を出すその奥に
やけに古風な蔵が見える。
その奥まったところに
今では珍しい茅葺き屋根の建物が見えた。
「……」
入口は竹林で塞がれていて、荒れに荒れている。
古い竹や若竹。
信じられないほど太い竹や
細い竹が混在するその竹やぶは
どう考えても人が通るような場所じゃなかったし
手入れされているものでもなかったの。
それなのに、これはどういう事だろう?
その竹やぶから一歩奥に入れば
気持ちの良いほどに整えられた、和風庭園が現れたのです。
ちょうど、竹やぶが
その家を守っているかのように
ぐるりと敷地を取り囲んでいる。
……変なのは、
竹やぶには出入口がない──
カコン──
庭の鹿威しが
小気味よい音を立てた。
庭には東屋があって
レトロな白熱灯が柔らかな光を落としている。
そこに、例のフレンチトーストのお皿を持って
テーブルに並べようとしていた一人の男性が
驚いたように、こちらを見ているのが見えた。
「──!」
瑠奈さんは息を呑む。
しまった。私有地に踏み込んでしまった。
「フレンチトーストぉ!!」
「…………ばか」
そして、
空気の読めない紫子さんの
呑気な明るい声が
日の暮れかけた薄桃色の空へと、飛んでは消えた。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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