パンよりも、やっぱり好きなケーキ屋さん。
「あ。やっぱりフレンチトーストの匂いがする……」
慌てて追いついて
肩で息をする瑠奈さんに
紫子さんが呟いた。
「え、なに? フ、フレンチトースト……?」
ゼイゼイと息をしながら匂いを嗅ぐ。
「……」
日は暮れ始め、甘い沈丁花の他に
夕ごはんの支度を始めた匂いも混じってきて、
瑠奈さんには何が何だか分からない。
「………………」
紫子さんの鼻は、いったいどうなってるの?
「でもね、紫子さん……」
瑠奈さんは、困った顔で口を開く。
「ここら辺には、人はあまり住んでいないのよ?
住んでいたとしても年寄りくらいのものなんだよ?
フレンチトースト作るくらいの年齢の人は
住んでいないと思うんだけど……」
瑠奈さんのその言葉に
紫子さんは驚いて目を見開く。
「あ……。それもそうね……」
それから何かを考えるような仕草をして、立ち止まった。
「でも、……でもでも本当にするもの。
フレンチトーストの匂い。
瑠奈さんも二階で嗅いだでしょう?」
「……」
そう言われると悩む。
実際のところ、瑠奈さんには
匂いが分からない。
確かに二階にいた時はそんな感じがした。
だけどそれがフレンチトーストの匂いだったかどうかは
定かではない。
もしかすると甘辛い煮付けの匂いかも……?
匂いがすると言われれば、するような気がするけど、
しないと言えばしない。
はっきり『匂いがする!』
くらいの自信が持てればいいんだけど、
それはただ何となく、
そんな気もする……と言った程度にしか過ぎない。
さっきも匂ったけれど、あれはもしかしたら、
気のせいだったかも知れない。
……そんな風にも思ってしまう。
だから、紫子さんのその言葉に
瑠奈さんはなんて言ったらいいのか
分からなくなって、思わず口をつぐむ。
そもそもフレンチトーストの香りが
そんなに長くするものかしら?
フレンチトーストは、卵液に浸したパンをフライパンで
バターと一緒に焼いていく、簡単なおやつだ。
確かに焼いている時には
甘いバターの香りがするけれど
そもそも『生』のままでも食べられる おやつ。
そんなに火は通さなくてもいい。
けれどそれが、紫子さんには
ずっと『匂う』らしい。
……となると、
それはかなりの量を焼いているってことになる。
いったいどれだけ焼いてるの……?
しかも周りは田んぼだらけなのに……?
いったいどこで?
誰が食べるって言うの?
「……」
瑠奈さんは、ぼんやりと辺りを見回した。
ネギや豆、それから白菜がまばらに植えてあるだけで
畑のほとんどは まだ何も植えられていない。
そもそも正確にいえば、ここは田んぼのど真ん中。
稲刈りが去年の秋に終わって、
春から初夏にかけて、また田植えをする。
けれど、それまでは少しの間
畑や田んぼは、そのまま放置するのです。
だから人もあまり見ないし、作物も見当たらない。
畑と田んぼが幅を効かせているから
当然民家は少ない。
アパートに至っては
瑠奈さんや紫子さんが
住んでいるアパートが唯一の存在だと言っても
過言じゃない。
そんな所でフレンチトースト?
むしろ、味噌とか砂糖醤油の匂いとか
カレーの匂いの方がしっくり来る。
「パン屋さんでもあれば、納得出来るんだけどね?」
瑠奈さんはそっと呟いた。
「……パン屋さん?」
紫子さんは目を見張る。
「……? そう。パン屋さん」
紫子さんの驚きに逆に少し驚いて
瑠奈さんは続けた。
「パン屋さんなら、バターだって使うし
甘い菓子パンだって作るでしょ?
……うーん。パン屋さんと言うよりは、ケーキ屋さん?」
「ケーキ屋さんっ!!」
「……」
更に目を輝かせた紫子さんを見て
瑠奈さんは『しまった!』とばかりに口を塞ぐ。
パン屋さんやケーキ屋さんがこの辺りにないのは
分かりきっていること。
ついでに言えば、新しくオープンなんて事も
あるわけない。
だってここは、天下のド田舎だから。
お店を開いても、絶対に誰も来ない。
「ケーキ屋さん! ケーキ屋さん……!」
「…………」
……いや、紫子さんは行くかもしんない。
けれど口が滑った。
本当なら冗談だって察してくれるはずの同級生は、
悲しいかなこの天然、紫子さん。
冗談なんて通じるはずもない……。
「はぁ……」
これは面倒なことになった。
『近くにケーキ屋さんが出来た!』とばかりに
はしゃぐ紫子さんをしりめに、
瑠奈さんは、深いため息をついたのでした。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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