ふたりが住む、お化けアパート。
二人が住むこのアパートは
一見古びたように見える
ボロアパートに住んでいる。
けして、
マンションなんて高価な建物ではなくて、
どこにでもあるような安アパート。
一応、木造……ではないものの
軽量鉄骨造りの二階建て。
二人はそこの二階に住んでいるんです。
『アパートでルームシェアは
ちょっと狭いんじゃないの?』
──と、思われるかも知れない。
けれど実際は、
そうでもないんですよ。
十分な広さの部屋が二つあって、おまけに
二人の借りているこのアパートの二階には
この二人以外は誰も住んでいない。
ようはすっごく静かなんです。
一階にはちゃんと人がいるんですけどね。
けれどその人たちは
趣味のアトリエとして借りているだけで
夜になれば きっちり自宅に帰ってしまう。
え? 何で、そんなことになってるのかって?
実はここ、『出る』と噂の、訳あり物件なんです。
実際に出るのかは置いといて、
そもそも立地が悪い。
少し足を伸ばせば
すぐに市街地へ出られる場所ではあるものの
周りは畑と田んぼばかり。
しかも、少し足を伸ばせば……なんて、
地元の人は簡単に言うけれど
やっぱりそれなりに歩かなくっちゃ
街には辿り着けない。
電車はない上に
バスも路線の枠からちょうど外れるのか、
近くの市街地に行くだけでも乗り継がなくてはいけない。
そうなると、バスで行くより歩いた方が速かったりする。
自転車もいいけれど、
雨の日にはやっぱり困ってしまう。
自家用車があれば問題は解決するんだけど
車があるんだったら
こんな辺鄙な場所に住まなくっても
もっといい場所があるに違いない。
正直、景観がいい……とも言えない。
過疎化が進んでいて、
ボロボロになった空き家が近くに数件あって、
そのどれもが、今にも崩れてきそうだ。
街灯も多い方じゃなくって、
夜にでもなれば今どき珍しく
辺りは真っ暗になる。
その上、この曰くつきのボロアパート。
事実がどうなのかは 分からないけれど
少なくとも見た目は……見た目的には、
相当にボロい。
正直、近づきたくないくらい
陰険な雰囲気を醸し出している。
……けれど、近づけば分かるのです。
このアパート。けして古いアパートじゃない。
古い感じで、塗装してあるだけなんですよね、実は。
『……いやいや、確かにあるよ?
わざとアンティーク加工してある雑貨とかさ
だけどこれアンティークじゃないよね?
お化け屋敷仕様の塗装のしかたなんじゃないの!?』
瑠奈さんは以前
このアパートを初めてみた時に
そう唸った。
──『おじいちゃん!
ちゃんと儲けとか、考えてやってんの!?』
そう。ここは瑠奈さんのおじいちゃんが
営んでいるアパートなのです。
このように塗装してくれ! と
塗装業者に依頼を出したのは
まぎれもなく、この瑠奈さんの
おじいちゃんなのでした。
──『あぁ? なんか言ったか?』
あの時のおじいちゃん……もとい源さんは、
ふるふる震える手を耳に当てて そう言って
ニヤリと笑うと瑠奈さんの言葉を
鼻でせせら笑った。
言うなれば源さんは
地元でも有名な偏屈ジジィってやつだ。
『……』
そんな年季の入った偏屈ジジィ……こほん。
もとい、『源さん』に、
ついこの前 大学生になったばかりの瑠奈さんが
太刀打ち出来るはずもない。
出来たてホヤホヤのアパートのハズなのに
十人が見れば十人とも
『寂れている! 気味が悪い!』
と言いそうなこの古めかしい一風変わったアパートは
そのまま人知れず貸し出されることになったのです。
もちろん、そんなこんなで入居者は少ない。
へそ曲がりの源さんが、またよからぬ事を始めだぞ……
とばかりに、茶飲み友だちの年寄り二人が面白がって
趣味の部屋として一階の部屋を借りに来た。
それを快く承諾して貸し出してしまった他は
二階に瑠奈さんと紫子さんが
ルームシェアで住んでいること以外
実は誰も住んでいない。
あ。
……いや、いた。
そう言えば源さんも
最近こちらに引っ越して来たんでしたっけ。
源さんには、もともと住んでいる場所が
あるにはあるけれど、この性格ですよ。
息子嫁(つまりは瑠奈さんのお母さん)と
折り合いが合わずに、
自分の部屋兼事務所として、このお化け屋敷アパートに
ほとんど毎日入り浸っている。
ホントは人へ貸す部屋なのに
自分で一部屋使い始めたのです。
……儲けなんて、ホントは全く考えていないに違いない。
もしかしたらこのアパート
源さんの道楽……なんじゃないのかしら……?
「………………。」
……さて、それはいいとして
ここで問題になるのは
このアパートのウワサ──。
誰とかがアパートの一室で自殺しただの
一家心中があっただの、はたまたお化けが出るのだとか……。
ウワサは色々で、要領を得ない。
で。結局のところ、お化けは──
──いない。
いるはずもない。
そもそも曰くなんて、最初からついていないんですもの。
だってこのアパート
見た目はともかくとして
出来たてホヤホヤのアパートだから!
自殺者以前に、その実績がまだないのです。
『……なんで、お化け出るって話になってんのよ?』
瑠奈さんは、源さんを問い詰めた。
それを聞いた源さんの茶飲み友だちは、腹を抱えて笑った。
『あはははは。あーぁ可笑しい。
瑠奈ちゃん、
あれ本気で信じちゃってるの?』
『……』
『あれ、源さんが自分で言いふらしたウソだしね。
いひひひひひ……』
『そうそう。アパートの窓ガラスに
わざわざ血糊吹っかけててさぁ、
それはあんまりだろ? って俺が言ったら、
このくらいせんと現実味が出らんだろ?
っつってたな、源さん』
『……』
『あぁ、あれはウケたな。
今はさすがに拭き取ったみたいだけどな。
近所のばーさんがアレ見て騒ぎ出して、
危うく警察沙汰になりかけたからね。
あー……だけど、まだ名残はあるんだよ?
ほら、一階の門のとこ、子どもの手の跡がついてるだろ?
ありきたりだよな? あれ俺の孫の手なんだぞ。
……あ。ほら、瑠奈ちゃんも知ってるだろ?
怜だよ怜。今年四歳の。
えっと、確か五百円──……だったかな?
結構おいしいアルバイト料で雇われて
『ヤッター!』とか言って喜んで手型つけてたからな。
まさかのお化け扱いされてるとか、思わないよな?
くく……案外、いい記念になったってもんだよ……』
そう言って、源さんの茶飲み友だちは
くくく……と肩を揺すって笑った。
あの日の瑠奈さんは
呆れてものも言えなかった。
ふるふると震えて、源さんに向き直る。
キッ! と睨んだけれど、源さんは屁でもない。
このクソじじぃ! と思いながらも、
結構放っておいた。勝手にやってろ! って思ったから。
今の今まで放っておいた。
アパートに借り手がつかなくても
瑠奈さんは痛くも痒くもない。
一応、忠告はした。それで十分だと思ったの。
これから先もずっと、相手にするつもりなんてなかった。
きっとここへ来ることなんてないんだから……!
その時瑠奈さんはそう思っていた。
……けれど、話が変わった。
どこから聞きつけたのか、
まさかの紫子さんが
このアパートのことを知って、興味を示したのです。
突然瑠奈さんのところに来るなり、
『部屋を借りたのよ。面白いアパート。
大家さん、源さんって言うんだけれど、
源さん、瑠奈さんの
おじいちゃんなんだってね?』──と。
『!?!?!?』
瑠奈さんは、目が飛び出でるほど驚いたの。
だって、あの……
あのアパートにお客が来たんだもの。
しかもそれが、紫子さん。
瑠奈さんの手中の珠と言っていいほどの
大親友。
『……』
紫子さんは、ちょうど春から
アパート近くの大学に通うことになっていて、
(瑠奈さんも一緒)
あのアパートは通学にはかなり便利そうだったし、
周りはのんびりしていて、紫子さんの性格には
もってこいの場所だったから。
──『その上お化けが出るなんて、
とっても面白そうじゃない?』
『………………っ、』
逆に面白くなかったのは、瑠奈さんなのです。
隠しに隠しまくっていた身内の偏屈ジジィ……もとい、
源さんの存在がバレてしまった。
(アレが私の身内だなんて……っ!)
出来ることなら、
紫子さんには知られたくなかった。
だから、あのアパートを借りることは諦めて貰おうと
躍起になった瑠奈さんは、
ありったけの気迫を込めて、源さんに
『嘘はやめなさい!』と、そう詰め寄った。
事実お化けが出ないって分かれば、
紫子さんも諦めるに違いない……!
けれど源さんは、ニンマリと笑った。
『だって面白いじゃろ? お化けが出た方が──』
『──面白くない!』
『……どうして?
私も、面白いと思うの……!』
『──! な、
何でここにいるの!?!?!?』
振り返れば紫子さん。
え"。いつの間に、ここに来たの!?
瑠奈さんは目を丸くする。
『いやいや紫子さん?
本当は出ないのよ? お化けなんて……
おじいちゃ……源さんの嘘なのよ?』
苦し紛れに『源さん』と言って、
身内じゃないアピールも忘れなかった。
『え?
でも、……出そうな感じのアパートだけど……?』
『いや、だから、これは──』
『──そうじゃろ!? ここには昔から言い伝えがあってな……』
『ちょっと、おじい……源さんっ!!
勝手に話に入ってこないでよっ!』
二人で押し合い圧し合いしながら
ケンカをしているその傍で、
紫子さんはキラキラ目を輝かせ
源さんの話に耳を傾け
その日のうちに契約書にサインをしてしまった。
──それが、事の真相。
瑠奈さん、ご愁傷さま。。。
お化けが出るっていう話。
それは、お化け屋敷オタクの源さんが
自分で流した全くの噂なのでした……。
──『お化けなんていません。新築なんですよ!』
こうなったら意地でも妨害せねば! とばかりに、
瑠奈さんは紫子さんに叫んだ。
すると紫子さんは、キョトンとする。
『ん? だったら余計いいじゃない。安いし静かだし』
『……』
もう、何を言っても無駄だ。
そう悟った冬の午後。
天然親友と、偏屈ジジィ(源さん)を一緒にさせたら
何が起こるか分からない。
『だったら私も一緒に住むから!!』と
ルームシェアすることになったのです。
で、実際内装はと言いますと、
そこは瑠奈さんの口出しもありまして
近代風の、それなりに広さのある
アパートに仕上がっているのです。
傍目には分からない、2LDK。
鍵だって、まさかのオートロック。
防犯カメラや警備保障もついている。
しかも下に住んでいるジジィ三人組は、
まさかの空手有段者。
当然バストイレは別々と、
至れり尽くせりのボロアパー……もとい、新築アパート。
その上、ベランダにはサンルーフがついていて
雨の日でもそこで洗濯物が干せるし、
お茶会だって出来るのです。
ちなみにこれは余談なのですが、
一階は庭付きで、二階の家賃より少しお高くなっています。
大学生二人にはいりませんけどね、庭なんて。
どちらかと言うと、普通は
上の階の方がお高くなるはずなんですけどね、家賃。
けれどここは田舎なので、
車の通りも少なくて、治安もいい。
『だから庭のついている一階は家賃を高くしよう!』
そう決めたのが源さんなのでした。
たまに、一階の住人で寄り集まって
BBQをしています。
茶飲み友だちだから、それは当然と言えば当然で、
時々紫子さんや瑠奈さんも
時々そこに、お呼ばれすることもあるのです。
信じられないくらいの、アットホームアパート。
どう考えても優良物件。
けれど源さんの流した
訳の分からない噂と外観のせいで
紫子さんと茶飲み友だち以外は
誰も来ない。
おかげで一階に三部屋、
二階に三部屋、
合計六部屋あるこのアパートは、
未だもって二階の二部屋が空き部屋になっているのです。
『ただいま絶賛、入居者募集中!』なのですよ。
どうです? 借りてみませんか?
……と、まぁ冗談はさておき、
その二階のベランダで、
お茶飲みをしながら嗅いだのです。
フレンチトーストの甘い香り。
──『フレンチトースト!!』
紫子さんの目が輝きます。
「フレンチトーストぉ……」
そのまま上目遣いで瑠奈さんを見上げると
瑠奈さんは思わず後ずさった。
紫子さんが何を言おうとしているのか
分かったから……。
「……。
今、チョコ食べてるでしょうが……」
瑠奈さんは舌打ちする。
紫子さんはどちらかと言うと
手作りおやつを好んで食べる。
どう考えても、市販のお菓子の方が美味しいと
瑠奈さんは思うのだけれど、
紫子さんの味覚は違うらしい。
ほんのり漂ってくるその甘い香りに
紫子さんの目がへの字になる。
「食べたいぃ……」
「……ダメです。今日はチョコです」
「食べたい」
「……だから、チョコ……」
「…………食べたい」
「…………はぁ」
かくして二人は
フレンチトーストを作ることになったのでした。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m
誤字大魔王ですので誤字報告、
切実にお待ちしております。
そして随時、感想、評価もお待ちしております(*^^*)
気軽にお立ち寄り、もしくはポチり下さい♡
更新は不定期となっております。