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【第一章完結】異世界日本でビルメン始めました。  作者: ビルメンA
第一章 異世界のビルメンの日常編
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8話:謎の人物と先輩への鎮魂歌


 スキル『会心』を会得してから、一ヵ月ほどが経った。

 僕はあれからそれなりにスキルを使いこなせるようになってきていた。


「藤原さん、右のちょっと大きめのゴブリン2体、僕が倒します!」

「おう頼む!おらあああ!」


 地下はあの後、階層主を倒した影響か更に下へと僕たち人間を招いた。下層への階段が突然出現したのだ。応援業務から戻ってきたという所長の早坂を中心に、エレベーターの設置を行うためのスペースをあけるため、僕と藤原さんはあれから毎日のように地下へもぐっていた。そんな僕らの働きもあり、エレベーターが設置された。しかし、どこからそんなに湧いてきたのか、とんでもない数で多種多様なモンスターが僕たちを地下で待ち受けていた。モンスターは『数が一定以上に増えると地上に進出』してくるらしいので少しでも数を減らすために、ここ最近では午前の地上階の機械点検すらせずに、地下にこもりっぱなしだ。


 地下11階層は10階層とそれほど様子が変わらず洞窟風の作りだった。ただし、洞窟風の通路は各所に誰が設置したのか、たいまつがポツンポツンと設置されていてうっすら明るい。僕は、そんなことを考えている内に、醜悪な顔をしたモンスター、ホブゴブリン2体を葬っていた。


「ふぅ……」

「おう!だいぶ様になってきたな大輔君。木製バットから、木刀に格上げしただけはあるな」

「そうですかね……でも同じ木製ですし」

「謙遜するなよ!うちのエース」


 僕はあれからスキル『会心』を使いこなすにつれて、『防災センターのエース』と呼ばれることが増えてきていた。まだこの仕事を始めて1か月程度なので、そう言われても実感がない。しかし周りの期待を裏切らないように、毎日地下でモンスターを討伐している。前世のブラック企業から比べたら定時で切り上げれるし、何より毎日、終電の時間と戦っていた前の世界の僕からすれば、モンスターと戦う方があっているのかもしれない。僕は異世界日本で天職を見つけたのだ。そう思っていた。


「今日はこれくらいにして上にあがるか」

「はい」


 事件は、いつもの様に地下から地上へあがるエレベーターの前に来た時、その時起こった。藤原さんがエレベーターのカゴを呼ぶボタンを何度も押している。


「どうしたんですか?藤原さん」

「ん?あぁエレベーターが来ないんだよ。おかしいよな」

「えぇ、おかしいですね」


 基本的に僕たちビルメンが地下に降りている間は、エレベーターが専用運転となっているので、一般の人は他のエレベーターを使うことになる。だが今日はどうやら誰か僕ら以外に利用者がいるようだ。


「所長でも降りてくるんですかね?」

「んー所長のあいつが?俺らのいる地下にわざわざ来るかね」


 藤原さんにも見当がつかない様子だ。そんなやり取りをしている間に僕らのいる地下にエレベーターが到着したのか、カゴ内から無機質な女性の声で「地下11階です」というアナウンスが流れてドアが開いた。


 カゴの中にいたのは、フードを深く被った人物だった。顔が見えない。不審に思った藤原さんがその人物に声をかけた。


「おい、あんた!ここは危ないぞ。一般の人か?悪い事は言わねぇ、地上に戻るぞ」

「…………」


 藤原さんに声を掛けられた人物は無視をしているのか応答がない。僕は地下の薄暗い雰囲気も相まって少しだけ目の前の人物が怖くなってきていた。僕は実体を持つものなら普段は、それほど恐怖を感じない。しかしこういった、ホラー的な演出は苦手だ。軽めのホラー映画ですら見る事ができない。仮に見てしまったら夜中のトイレに起きれないだろう。謎の人物は僕らの存在を無視してエレベーターから降りると、その足でスタスタと今まで僕たちが戦闘を行っていた地下へ歩き出した。


「あ、おい!この先は危ないって言っただろ」


 藤原さんは僕らを無視して地下をスタスタ歩いていく謎の人物の肩を掴んで引き止めようとした。――その時、謎の人物は素早く藤原さんの手を躱すと藤原さんの股間めがけて思いっきり蹴り上げたのだ。地下に響いてはいけない鈍い何かがつぶれる音のようなものが響く。


「う……」

「ふ、藤原さん!」

「…………」


 僕は男として死んでしまったかもしれない藤原さんに慌てて駆け寄った。相当な力で蹴られたのか藤原さんの股間には、謎の人物の靴跡らしき形のくぼみが、くっきりと残っている。謎の人物は興味もないのか僕と藤原さんを残してスタスタと地下の奥へ歩き去った。


「藤原さん!生きてますか!ねぇ藤原さん」


 僕が何度か彼に向かって呼びかけると、藤原さんは口の端に泡を吹きながらも応答した。自身に何があったのか理解できていないようだ。


「あ、あぁ……なんとかな」

「よかった。ちょっとここで、藤原さんのズボン(・・・)をずり下げるわけにはいかなかったんで」

「ん?ズボン(・・・)?」

 

 藤原さんは僕に言われて初めて、自身に起こった緊急事態に気がついたらしい。自身の下半身に目線をやると顔を青ざめさせる。


「MY SOOOOONNNNNNN!!(直訳:私の息子!!)」


 藤原さんの悲しい叫びが地下空間にこだました。そして自身のズボンを脱ぎ下着に手をかけたところで僕は慌てて止める。ここで誰得な『老人ストリップショー』が開催される前に、この人を一刻も早く地上に連れ帰らなければならない。未だに、自身の下半身を凝視している藤原さん。しかし、あの謎の人物も気になった。


「藤原さん、自分一人で救急外来に行けます?」


 藤原さんは茫然としながらも僕の質問に答えた。


「……えぇいけるわ!……大輔クン、あなたはどうするの?」

「…………」


 ……もしかすると藤原さんはもう手遅れかもしれない。しかし彼?彼女?は自分一人で地上へ向かえるとわかった。藤原SANをエレベーターに乗せて地上へ向かわせると、僕はさっきの謎の人物を追うことに決めた。職場でお世話になっていたのもある。しかし、それはこの世界に暮らす全ての男性の「尊厳」を守る戦いの幕開けだ。それほど藤原さんの「藤原」を蹴飛ばした謎の人物の罪は大きい。裁きの鉄槌を自身の木刀で下すべく謎の人物を追う。


――――


 さっきまでゴブリンと戦っていた辺りまで来た。その証拠にさっき僕が倒したゴブリン2体の死体が転がっている。ここまで来る間の道に分かれ道はなかった。謎の人物は更に先へ進んだということだ。この先はこれまで進んでいない道で未知だ。僕はしばらく考えたが、やはりあの謎の人物を許すわけにはいかないので、先へ進むことにした。


 しばらく地下11階層の未探索エリアを進むと道が2つに分かれていた。あいつはどっちへ行ったのだろう。こういう時に使えるスキルでもあればよかったのだが、僕が悩んでいると右側の通路の奥からモンスターの叫び声が聞こえた。


「ギェアアアアアッ!」


 初めて聞いた叫び声、オーガのものでもなさそうだ。一体どんな化け物がでてくるやら……、自然と手にした木刀を握る手にも力が入る。ゆっくりとたいまつで照らされた道を進む。道幅はそれほど広くも狭くもない。僕が両手を広げて両壁に手がつくくらいの余裕はあった。しばらく道なりに進むと、僕の前方から戦闘をしている音が聞こえてきた。


 さっきのフードを被った謎の人物だ!見つけたぞ観念しろ。

 僕から藤原さんの「ムスコ」への鎮魂歌(・・・)が幕を開けた。

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