9 前線勤務
そういえば、軍所属だったわ!
――――拝啓、じーさん
季節は進み、秋風が身に染みるようになってきました。
カリキス領の復興はすすんでいますか?
わたしは魔法学校を強制的に卒業させられ、今――――
魔物退治の前線に来ています。
アルの家で行われたパーティーで、水のウェンディーネを召喚したわたし。
やむを得ずだよ? ノリで呼んだんじゃないからね?
ウェンディーネの気配を、魔法学校の先生たちにバッチリ悟られてしまいました。
入学前の面接で、「わたし、召喚士の適性あるんですか? へー、食べたことないです」と答えていたのだが。
今まで何度も召喚術を行使していたことがバレてしまった。
しかもわたしが呼んだウェンディーネの気配が、魔法学校の先生たちにとっては衝撃だったようである。
普通、召喚士が召喚するのは低級の魔物や魔獣だ。召喚能力が高くなると、精霊を呼び出すこともできるようになるとか。
ウェンディーネって、分類からすると、神の眷属にあたるらしい。神の眷属をほいほい召喚できる召喚士は、今まで存在しなかった。てことで、先生たちが頭を抱えることになったのだ。
魔法学校の偉い人達がたくさん集まって、協議を重ねた結果。
魔法学校がわたしに教えることなど、何も無い。という結論に達した。
ということは、ですよ。
わたし、魔法学校を卒業決定!
カリキス領に帰ってじーさんを助けるぞ!
となればよかったのだけど。
……わたしのような大火力、軍が手放すわけないよね。
しかも末席とはいえ、近衛隊に所属してたからさ。
とんとん拍子に、前線へ送り込まれることが決定していた。
そうなるんじゃないかと思ってたんだ!
だから召喚のこと、黙ってたのに。
召喚術なんてかけらもわかりません、てフリしてれば三食保証の魔法学校で、平和に暮らせるじゃん。なんなら留年してもいいかな! って計画が。
わたしが軍の偉い人だったら、こんな使い勝手のいい遣い手、真っ先に前線に送るね。
ほら、やっぱりね! 前線に来ちゃったね!
魔物がよく出没するという平原を眺めながら、わたしは哀愁を漂わせた。
わたしの所属は、近衛第三小隊から、王国陸軍第十二小隊へと変わった。
陸軍なんで、近衛隊みたいにかっこいい制服なんてないです。
革製の軽めの鎧つけてます。飾り気のない剣に、背嚢だってしょってます。
こんなちっさい兵隊、見たことないわ。
隣に同じ格好なのにすげー様になってるヤツがいるから、わたしの貧相さが際立つわけで。
きらきらしながらわたしと同じ景色を眺めてる、アル。
「てか、アル、なんでいるのっ?」
「やっと気づいたのか」
「あんた、近衛隊でしょ!」
「転属してきた」
「……! 馬っ鹿じゃないの? 近衛隊ならエリート街道まっしぐらじゃん!」
アルは爽やかなきらきらを放ちながら、わたしを眺めている。
珍獣を見る目で眺めるんじゃない。
「既存の枠に嵌められない破天荒なあの召喚士、誰が使うんだって、軍部で揉めてね」
「おい、軍でのわたしの評価はどうなっている?」
「さらに言えば俺、士官学校出てるから、隊長職も担えるのね」
「おお、そういえば」
「実務経験積むために近衛にいたけど、そろそろ小隊を任せるって流れになって」
「ほおー」
「問題児召喚士込みで、王国陸軍第十二小隊、隊長を拝命してきた」
わたしの上司かよっ!
「ちなみにレイは副官ね」
なんか、抜かりねえな!
きらきらを放ち続けるアルを見て、わたしは盛大にため息をついた。
よく考えたら近衛にいたって、誰もアルとバディ組めないし。能力も申し分ないから、実用的だわな。
でもなんか、うまいこと丸め込まれてる感じするんだよなあ。
……まあ、決まっちゃった事だしね。
惜しみないきらきらをわたしに放つアル。
見慣れたきらきらを、顔の前で払った。
「……とりあえず、ここでもよろしく」
「こちらこそよろしく、副官どの」
アルが拳を突き出したので、わたしも拳で答えてやった。
ゴツンと拳がぶつかって、わたしちの陸軍での日々が始まった。
陸軍第十二小隊は街の外で野営をしている。
大きなテントがいくつも並び、簡易的なシャワー室やトイレなどが設置されていた。
前任の小隊長との引き継ぎがあるアルと別れて、わたしは駐屯地を歩いてみた。班ごとに哨戒に出ているはずなので、全員がここにいるわけではない。閑散としている。
朝一で小隊長の交代を告げ、アルとわたしは第十二小隊のメンツと、顔合わせは済ましている。
だが、わたしを見かけても誰も挨拶すらしない。遠目で眺めている。もしくは苦々しい顔で唾を吐いてたりする。
……わかるう。その気持ち。
新しく赴任してきた小隊長がきらきらの若造で、副官がさらに若い……というよりちびっ子なわたしじゃ、おじさん、やってらんないよね!
でもね、わかりやすく、カンジ悪いよ!
わたしはさらに歩を進める。
野営の調理場が作られていて、何人かの女性が食事の支度をしていた。
食事に関しては街の女性に委託しているのだ。
駐屯が長引いているため、そうなったらしい。
「こんちはー」
挨拶して覗き込むと、みんな笑顔で会釈してくれる。うちの兵隊さんたちより、全然カンジがいい。
近くにいた若い女性が、手を止めて来てくれた。
うわ、めっちゃかわいい。
淡いふわふわの茶色い髪をスカーフでおおって、ハシバミ色の瞳を細めて笑っている。
優しそうな雰囲気の女の子。
わたしと正反対な風情だ。
「何かご用ですか?」
「あー、今日から赴任してきたんで、挨拶に。
ローレイ・ヴァン・カリキスといいます。新しい小隊長の副官を務めています」
「まあ、わざわざありがとうございます、カリキス様」
「ローレイでいいです。
こちらこそ、民間の方に軍事に係わる仕事をお願いしてしまって、申し訳なく思っています。
快くお引き受けいただいたと聞き、感謝しています」
わたしの言葉に、女性たちは笑った。
「こちらこそ、ちゃんと給料貰っているからね。臨時収入があって助かってるよ」
「やってることなんて、家でやってるのと変わらないからね」
「そうそう。炊事や掃除なんかでお金貰えるんだから、ありがたいもんだよ」
「この前なんか、若い兵隊さんが、洗濯も頼みに来たよ。かわいいったらないね」
豪快に笑うおばちゃんたち。女の子もくすくす笑っている。かわいいなあ。
この場はすごくいい雰囲気だ。度々遊びに来ようと思う。
「ねえ、ローレイ様」
「様、いらないです。どうせわたしの方が年下だし」
「じゃ、ローレイさん。私はソフィアっていいます。
あの、違ってたら、ごめんなさい」
「?」
「ローレイさんて、もしかして女性?」
おお、驚いた。
初見でわたしを女と見破るなんて。
ローフィール家の門兵より鋭いぞ。
「正解です。よくわかりましたね」
「ふふ。やっぱりね。
声もそんなに低くないし、柔らかい印象があって」
誰か、誰か聞いて! わたし、柔らかい印象だって!
初めて言われた! 人を見る目あるわ、この子!
おばちゃんたちも驚いてる。わたしに近付いてまじまじ見てる人もいる。
「はあああ、女の子かい! よくもまあ、ここまでボウズに化けたもんだね」
「化けたつもりないんですけどね」
「あんた、今日から寝泊まりどうするんだい」
「他の兵士たちと一緒ですよ?」
おばちゃんたちは顔を見合わせて、「「「絶対、だめ!」」」と声を揃えた。ソフィアさんもうんうん頷いている。
「こんな若い女の子、あんな野獣の群れに入れとくわけにはいかないよ!」
「あたし、後で町長にかけあってくるわ。宿舎用意させましょ」
「軍部も初めから気を遣えってもんよね」
「当然だわ。風呂付きのところにしましょうね」
テキパキと段取りが組まれていく。しかも手は仕事しながら。
格好いいー。おばちゃんたち、惚れてまうー。
ソフィアさんがわたしに笑いかけた。
「すごい、頼りになる人達でしょ?」
「マジ、すごい。今後ともよろしくしたい」
「あはははは」
快活に笑うソフィアさん。ほんと、かわいいなあ。
遠くから「レイ」と呼ばれた気がした。
ちょっと離れた所からアルが手招きしている。
おお、行かなきゃ。
「んじゃ、わたし呼ばれてますんで」
「あれ、誰だい? えらい男前じゃないか」
「新しい小隊長ですよ。ローフィール小隊長って言います」
「はああ、何だかきらきらしてるねえ」
「近くにいると、目が痛いっすよ」
そりゃ大変だ、とおばちゃんたちは笑う。
わたしも笑って、ソフィアさんにじゃあねと言おうとした。
ソフィアさんが、潤んだ瞳でアルを見つめていた。
……そうだよね。普通のお嬢さんはそうなるよね。
アルの元に走りながら、アルとソフィアさん並べたらお似合いだなーと思っていた。
なんか、ちくんと胸が痛かった。
アルと共に小隊長用のテントに向かう。
一般の兵士は一つのテントに何人かで寝泊まりするが、小隊長は一つ貸し切りだ。
小隊長ともなると事務仕事も多くなるので、執務スペース兼ベッドルームといった感じになる。
椅子が二つ用意されているので、副官も事務仕事せい、と暗に言われている気がする。そういうとこ、アルって用意周到だよね。
「……どうだった?」
アルが、ただそう聞いてくる。
わたしが単にうろうろしていたとは、思っていない。
「おばちゃんたちと仲良くなった。
そしたら、女の子はテント泊しちゃダメだっていうの。
だから、わたしは街の宿舎でお泊りするね。てへっ」
「てへっ、じゃない。
まあ、宿泊所の心配はなくて助かるが」
「もともと、どーするつもりだったんだよ」
「場合によっては、俺とここで一緒に寝ればいいかと……」
「エロいことしない?」
「乞うご期待」
にっこりと爽やかな、下衆発見。
よし、退治だ。
顔にグーを放つと、軽く受け止められた。ちっ。
「……兵士たちの、私たちへの印象は悪いね。どの兵士も、あのきらきら若造とガキに何ができるかって感じ」
「まあ、思った通りだな」
「このままナメられてると、作戦行動に影響出てくるよ」
「早めになんとかしたいところだな」
「敵襲でもあればいいのにね」
そう言うと、アルがにやっとして、わたしに書類を渡した。
本日の哨戒からの報告。
『二時方向からコボルトの一団あり。数五〇程度。本隊に向けて進撃中。五時間程で接触予定』
「へええええ。ちょうどいい感じだねえ」
「だろう? なんで、さっそく手を打ちますか」
「おーらい」
わたしたちは、黒い笑みを浮かべて立ち上がった。
アルの指示が通達された。
『二時方向に敵あり。数、約五〇。
総員、戦闘態勢で待機。
実働部隊、小隊長及び副官。
以上』
実働部隊であるわたしとアルの元に、各班の班長が集まってきた。
一様に困惑した表情だ。
「小隊長、さすがに二人での迎撃は無謀ではないですか」
「問題ない」
「小隊長は魔法を使われるようですが、コボルト五〇が相手では、撃ちもらしもでますし、不意を突かれることもあります」
「それはない」
「ですが……」
班長たちが「この小僧ども、戦場ナメるな」という表情を隠しもしない。
ずっと戦場に身をおいてきた人たちだからね。気持ちはわかるんだけど。
わたしはおじさんたちの前に出て、しっと人差し指で口を押えて見せた。
「黙って見てればいいよ。戦い方の概念、変えて見せるから」
いきり立つおじさんたち。
おじさんたちの怒りの炎を背に、わたしたちは現場へと向かった。
本隊の二時方向へ歩き出すわたしとアル。
草原は野花が咲きほこり、遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。のどかな風景だ。天気もよくて、まるでお散歩しているかのよう。
でもね、ここ戦場なんだよね。
「視認できる?」
「まだ無理だろ。人間の目では」
「じゃあ、人間じゃないの飛ばすね」
「おう」
アルの了解を得て、わたしは手を天に向けた。魔力を込める。
「イフリート、召喚」
アルがカチッと火打石を打つ。
小さな火花がたちまち大きくなり、男の姿に形を変える。
炎を纏った筋肉が、パンパンに張った、火のイフリートだ。
イフリートはわたしを見て笑った。それはそれは大声で。
わたししか聞こえないけど。
「あーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっは」
「イフリート、うるさい」
「あーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっは
ローレイではないかっ。久しぶりだっ」
イフリートは笑い上戸である。基本いつも笑っている。
笑わずに登場したことは一度もない。
「イフリート、あっちの山の端の方に、コボルトの群れがいるのわかる?」
「んーっふっふっふっふ。ちょっと待てよっ」
イフリートはシュンっと空に浮かぶ。
だいぶ高い位置から二時方向を眺めた。
「ふーーーーっはっはっはっはっは。いるなっ」
「数は?」
「ぬふふふふ。五七っ」
「一掃してくれる?」
イフリートは胸をそらした。そして高く哄笑した。
「くかかかかかかっ。熱いっ! その依頼、熱いぞ、ローレイっ!」
「あ、あんまりやり過ぎないでね」
「ふはははははははははっ」
イフリートの目が煌めいた。炎に纏われているのに、底冷えのする光を湛えている。
こいつもまた、人外である。
「聞こえんなあ」
イフリートが右手を薙ぎおとす。
二時方向に、巨大な火柱が立ち上がった。
ごうごうと燃え盛る炎。
あれに巻き込まれたらひとたまりもないだろう。
コボルトのような低級の魔物では、耐えられまい。
あーあ、派手にやらかしてくれちゃって。
イフリートは加減を知らない。
知ってるかもしれないが、気にしない。
子供のころ、イフリートを呼び出して火事を起こしかけた時、遊んでいるのが河原で本当に良かったと思ったことがある。
「あははははは、どうだ、ローレイっ!」
「うん、イフリートはすごいなー」
「ぷーっくっくっくっくっく。
そうだろう、そうだろうっ!
面白かった。また呼べよっ!」
イフリートは笑い声をの残したまま、すっと炎を閉じて消えてしまった。
わたしの魔力を取らないまま。
イフリートは、面白いことができれば、わたしの魔力に興味はないらしい。
ただ、つまらないと焼き殺されそうになるので、注意が必要だ。
よし、イフリート、消えたな? もういないよね? 見てないよね?
「アル、消火!」
「範囲が広いぞ、レイ!」
「しょうがないじゃん、イフリートなんだから!」
アルが水魔法で雨雲を呼び出し、消火に当たる。
イフリートが起こした火柱は、周辺にも燃え広がり、広範囲となっていた。
炎の上だけに雨雲がかかり土砂降りを降らせている光景は、なんとも奇妙だ。
自分の起こした炎を消されてる現場は、イフリートには見せられない。
たぶん、対抗して大火力をお見舞いしてくれるんだろうな。
そうなったら、誰の手にも負えない。
消火活動を終え、本隊に戻ると、すごい歓声が我々を出迎えた。
兵士たちがわたしたちの戦いぶりを褒めたたえてくれる。
班長達も、わたしたちに拍手を送ってくれていた。
―――わたしたち、若造だから。信頼を勝ち取るなら、実績で示すのが一番近道だよね。
アルが念のため、残党の確認の指示を飛ばして、班長たちが動き出している。
小隊長、働き者だな。忙しそうだけど、近衛で燻ってたときよりずっといいや。
わたしは、わたしがアルを眺めているより、熱心にアルを見つめている少女がいることに気づいた。
ソフィアさんだ。
上気した頬、潤んだハシバミ色の瞳。その熱っぽい視線。
ーーーー恋している女の子。
ちくん、とまた胸が痛くなった。
なんだ?
胸のあたりをパタパタしてみても、とがった草の実とか木のささくれとかが、あるわけじゃない。
なんなんだろう。
わたしは首をかしげながら、アルの後を追った。