表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/24

9 前線勤務

そういえば、軍所属だったわ!

――――拝啓、じーさん

季節は進み、秋風が身に染みるようになってきました。

カリキス領の復興はすすんでいますか?

わたしは魔法学校を強制的に卒業させられ、今――――


魔物退治の前線に来ています。




アルの家で行われたパーティーで、水のウェンディーネを召喚したわたし。

やむを得ずだよ? ノリで呼んだんじゃないからね?


ウェンディーネの気配を、魔法学校の先生たちにバッチリ悟られてしまいました。



入学前の面接で、「わたし、召喚士の適性あるんですか? へー、食べたことないです」と答えていたのだが。

今まで何度も召喚術を行使していたことがバレてしまった。



しかもわたしが呼んだウェンディーネの気配が、魔法学校の先生たちにとっては衝撃だったようである。


普通、召喚士が召喚するのは低級の魔物や魔獣だ。召喚能力が高くなると、精霊を呼び出すこともできるようになるとか。



ウェンディーネって、分類からすると、神の眷属にあたるらしい。神の眷属をほいほい召喚できる召喚士は、今まで存在しなかった。てことで、先生たちが頭を抱えることになったのだ。



魔法学校の偉い人達がたくさん集まって、協議を重ねた結果。

魔法学校がわたしに教えることなど、何も無い。という結論に達した。



ということは、ですよ。

わたし、魔法学校を卒業決定!

カリキス領に帰ってじーさんを助けるぞ!



となればよかったのだけど。

……わたしのような大火力、軍が手放すわけないよね。

しかも末席とはいえ、近衛隊に所属してたからさ。


とんとん拍子に、前線へ送り込まれることが決定していた。




そうなるんじゃないかと思ってたんだ!

だから召喚のこと、黙ってたのに。


召喚術なんてかけらもわかりません、てフリしてれば三食保証の魔法学校で、平和に暮らせるじゃん。なんなら留年してもいいかな! って計画が。


わたしが軍の偉い人だったら、こんな使い勝手のいい遣い手、真っ先に前線に送るね。


ほら、やっぱりね! 前線に来ちゃったね!




魔物がよく出没するという平原を眺めながら、わたしは哀愁を漂わせた。



わたしの所属は、近衛第三小隊から、王国陸軍第十二小隊へと変わった。



陸軍なんで、近衛隊みたいにかっこいい制服なんてないです。

 革製の軽めの鎧つけてます。飾り気のない剣に、背嚢だってしょってます。

こんなちっさい兵隊、見たことないわ。


隣に同じ格好なのにすげー様になってるヤツがいるから、わたしの貧相さが際立つわけで。

きらきらしながらわたしと同じ景色を眺めてる、アル。


「てか、アル、なんでいるのっ?」

「やっと気づいたのか」

「あんた、近衛隊でしょ!」

「転属してきた」

「……! 馬っ鹿じゃないの? 近衛隊ならエリート街道まっしぐらじゃん!」



アルは爽やかなきらきらを放ちながら、わたしを眺めている。

珍獣を見る目で眺めるんじゃない。


「既存の枠に嵌められない破天荒なあの召喚士、誰が使うんだって、軍部で揉めてね」

「おい、軍でのわたしの評価はどうなっている?」

「さらに言えば俺、士官学校出てるから、隊長職も担えるのね」

「おお、そういえば」

「実務経験積むために近衛にいたけど、そろそろ小隊を任せるって流れになって」

「ほおー」

「問題児召喚士込みで、王国陸軍第十二小隊、隊長を拝命してきた」



わたしの上司かよっ!


「ちなみにレイは副官ね」


なんか、抜かりねえな!



きらきらを放ち続けるアルを見て、わたしは盛大にため息をついた。

よく考えたら近衛にいたって、誰もアルとバディ組めないし。能力も申し分ないから、実用的だわな。

でもなんか、うまいこと丸め込まれてる感じするんだよなあ。



……まあ、決まっちゃった事だしね。

惜しみないきらきらをわたしに放つアル。

見慣れたきらきらを、顔の前で払った。



「……とりあえず、ここでもよろしく」

「こちらこそよろしく、副官どの」



アルが拳を突き出したので、わたしも拳で答えてやった。

ゴツンと拳がぶつかって、わたしちの陸軍での日々が始まった。




陸軍第十二小隊は街の外で野営をしている。

大きなテントがいくつも並び、簡易的なシャワー室やトイレなどが設置されていた。


前任の小隊長との引き継ぎがあるアルと別れて、わたしは駐屯地を歩いてみた。班ごとに哨戒に出ているはずなので、全員がここにいるわけではない。閑散としている。


朝一で小隊長の交代を告げ、アルとわたしは第十二小隊のメンツと、顔合わせは済ましている。

だが、わたしを見かけても誰も挨拶すらしない。遠目で眺めている。もしくは苦々しい顔で唾を吐いてたりする。



……わかるう。その気持ち。


新しく赴任してきた小隊長がきらきらの若造で、副官がさらに若い……というよりちびっ子なわたしじゃ、おじさん、やってらんないよね!

でもね、わかりやすく、カンジ悪いよ!



わたしはさらに歩を進める。

野営の調理場が作られていて、何人かの女性が食事の支度をしていた。

食事に関しては街の女性に委託しているのだ。

駐屯が長引いているため、そうなったらしい。


「こんちはー」


挨拶して覗き込むと、みんな笑顔で会釈してくれる。うちの兵隊さんたちより、全然カンジがいい。

近くにいた若い女性が、手を止めて来てくれた。



うわ、めっちゃかわいい。

淡いふわふわの茶色い髪をスカーフでおおって、ハシバミ色の瞳を細めて笑っている。

優しそうな雰囲気の女の子。

わたしと正反対な風情だ。



「何かご用ですか?」

「あー、今日から赴任してきたんで、挨拶に。

ローレイ・ヴァン・カリキスといいます。新しい小隊長の副官を務めています」

「まあ、わざわざありがとうございます、カリキス様」

「ローレイでいいです。

こちらこそ、民間の方に軍事に係わる仕事をお願いしてしまって、申し訳なく思っています。

快くお引き受けいただいたと聞き、感謝しています」



わたしの言葉に、女性たちは笑った。


「こちらこそ、ちゃんと給料貰っているからね。臨時収入があって助かってるよ」

「やってることなんて、家でやってるのと変わらないからね」

「そうそう。炊事や掃除なんかでお金貰えるんだから、ありがたいもんだよ」

「この前なんか、若い兵隊さんが、洗濯も頼みに来たよ。かわいいったらないね」



豪快に笑うおばちゃんたち。女の子もくすくす笑っている。かわいいなあ。

この場はすごくいい雰囲気だ。度々遊びに来ようと思う。



「ねえ、ローレイ様」

「様、いらないです。どうせわたしの方が年下だし」

「じゃ、ローレイさん。私はソフィアっていいます。

あの、違ってたら、ごめんなさい」

「?」

「ローレイさんて、もしかして女性?」



おお、驚いた。

初見でわたしを女と見破るなんて。

ローフィール家の門兵より鋭いぞ。



「正解です。よくわかりましたね」

「ふふ。やっぱりね。

声もそんなに低くないし、柔らかい印象があって」



誰か、誰か聞いて! わたし、柔らかい印象だって!

初めて言われた! 人を見る目あるわ、この子!



おばちゃんたちも驚いてる。わたしに近付いてまじまじ見てる人もいる。


「はあああ、女の子かい! よくもまあ、ここまでボウズに化けたもんだね」

「化けたつもりないんですけどね」

「あんた、今日から寝泊まりどうするんだい」

「他の兵士たちと一緒ですよ?」


おばちゃんたちは顔を見合わせて、「「「絶対、だめ!」」」と声を揃えた。ソフィアさんもうんうん頷いている。


「こんな若い女の子、あんな野獣の群れに入れとくわけにはいかないよ!」

「あたし、後で町長にかけあってくるわ。宿舎用意させましょ」

「軍部も初めから気を遣えってもんよね」

「当然だわ。風呂付きのところにしましょうね」



テキパキと段取りが組まれていく。しかも手は仕事しながら。

格好いいー。おばちゃんたち、惚れてまうー。



ソフィアさんがわたしに笑いかけた。


「すごい、頼りになる人達でしょ?」

「マジ、すごい。今後ともよろしくしたい」

「あはははは」


快活に笑うソフィアさん。ほんと、かわいいなあ。




遠くから「レイ」と呼ばれた気がした。

ちょっと離れた所からアルが手招きしている。

おお、行かなきゃ。


「んじゃ、わたし呼ばれてますんで」

「あれ、誰だい? えらい男前じゃないか」

「新しい小隊長ですよ。ローフィール小隊長って言います」

「はああ、何だかきらきらしてるねえ」

「近くにいると、目が痛いっすよ」


そりゃ大変だ、とおばちゃんたちは笑う。

わたしも笑って、ソフィアさんにじゃあねと言おうとした。



ソフィアさんが、潤んだ瞳でアルを見つめていた。



……そうだよね。普通のお嬢さんはそうなるよね。



アルの元に走りながら、アルとソフィアさん並べたらお似合いだなーと思っていた。

なんか、ちくんと胸が痛かった。





 アルと共に小隊長用のテントに向かう。

 一般の兵士は一つのテントに何人かで寝泊まりするが、小隊長は一つ貸し切りだ。

 小隊長ともなると事務仕事も多くなるので、執務スペース兼ベッドルームといった感じになる。

 椅子が二つ用意されているので、副官も事務仕事せい、と暗に言われている気がする。そういうとこ、アルって用意周到だよね。



「……どうだった?」


アルが、ただそう聞いてくる。

わたしが単にうろうろしていたとは、思っていない。


「おばちゃんたちと仲良くなった。

そしたら、女の子はテント泊しちゃダメだっていうの。

だから、わたしは街の宿舎でお泊りするね。てへっ」

「てへっ、じゃない。

まあ、宿泊所の心配はなくて助かるが」

「もともと、どーするつもりだったんだよ」

「場合によっては、俺とここで一緒に寝ればいいかと……」

「エロいことしない?」

「乞うご期待」

 


 


にっこりと爽やかな、下衆(ゲス)発見。

よし、退治だ。

顔にグーを放つと、軽く受け止められた。ちっ。



「……兵士たちの、私たちへの印象は悪いね。どの兵士も、あのきらきら若造とガキに何ができるかって感じ」

「まあ、思った通りだな」

「このままナメられてると、作戦行動に影響出てくるよ」

「早めになんとかしたいところだな」

「敵襲でもあればいいのにね」



そう言うと、アルがにやっとして、わたしに書類を渡した。

本日の哨戒からの報告。

『二時方向からコボルトの一団あり。数五〇程度。本隊に向けて進撃中。五時間程で接触予定』


「へええええ。ちょうどいい感じだねえ」

「だろう? なんで、さっそく手を打ちますか」

「おーらい」


わたしたちは、黒い笑みを浮かべて立ち上がった。





アルの指示が通達された。


『二時方向に敵あり。数、約五〇。

総員、戦闘態勢で待機。

実働部隊、小隊長及び副官。

以上』



実働部隊であるわたしとアルの元に、各班の班長が集まってきた。

一様に困惑した表情だ。


「小隊長、さすがに二人での迎撃は無謀ではないですか」

「問題ない」

「小隊長は魔法を使われるようですが、コボルト五〇が相手では、撃ちもらしもでますし、不意を突かれることもあります」

「それはない」

「ですが……」



班長たちが「この小僧ども、戦場ナメるな」という表情を隠しもしない。

ずっと戦場に身をおいてきた人たちだからね。気持ちはわかるんだけど。


わたしはおじさんたちの前に出て、しっと人差し指で口を押えて見せた。



「黙って見てればいいよ。戦い方の概念、変えて見せるから」



いきり立つおじさんたち。

おじさんたちの怒りの炎を背に、わたしたちは現場へと向かった。

 



本隊の二時方向へ歩き出すわたしとアル。

草原は野花が咲きほこり、遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。のどかな風景だ。天気もよくて、まるでお散歩しているかのよう。


でもね、ここ戦場なんだよね。



「視認できる?」

「まだ無理だろ。人間の目では」

「じゃあ、人間じゃないの飛ばすね」

「おう」


アルの了解を得て、わたしは手を天に向けた。魔力を込める。



「イフリート、召喚」



アルがカチッと火打石を打つ。


小さな火花がたちまち大きくなり、男の姿に形を変える。

炎を纏った筋肉が、パンパンに張った、火のイフリートだ。



イフリートはわたしを見て笑った。それはそれは大声で。

わたししか聞こえないけど。


「あーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっは」

「イフリート、うるさい」

「あーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっは

ローレイではないかっ。久しぶりだっ」



イフリートは笑い上戸である。基本いつも笑っている。

笑わずに登場したことは一度もない。



「イフリート、あっちの山の端の方に、コボルトの群れがいるのわかる?」

「んーっふっふっふっふ。ちょっと待てよっ」

 

イフリートはシュンっと空に浮かぶ。

だいぶ高い位置から二時方向を眺めた。



「ふーーーーっはっはっはっはっは。いるなっ」

「数は?」

「ぬふふふふ。五七っ」

「一掃してくれる?」



イフリートは胸をそらした。そして高く哄笑した。



「くかかかかかかっ。熱いっ! その依頼、熱いぞ、ローレイっ!」

「あ、あんまりやり過ぎないでね」

「ふはははははははははっ」


イフリートの目が煌めいた。炎に纏われているのに、底冷えのする光を湛えている。

こいつもまた、人外である。



「聞こえんなあ」



イフリートが右手を薙ぎおとす。

二時方向に、巨大な火柱が立ち上がった。



ごうごうと燃え盛る炎。

あれに巻き込まれたらひとたまりもないだろう。

コボルトのような低級の魔物では、耐えられまい。



あーあ、派手にやらかしてくれちゃって。


イフリートは加減を知らない。

知ってるかもしれないが、気にしない。

子供のころ、イフリートを呼び出して火事を起こしかけた時、遊んでいるのが河原で本当に良かったと思ったことがある。



「あははははは、どうだ、ローレイっ!」

「うん、イフリートはすごいなー」

「ぷーっくっくっくっくっく。

そうだろう、そうだろうっ!

面白かった。また呼べよっ!」



イフリートは笑い声をの残したまま、すっと炎を閉じて消えてしまった。

わたしの魔力を取らないまま。



イフリートは、面白いことができれば、わたしの魔力に興味はないらしい。

ただ、つまらないと焼き殺されそうになるので、注意が必要だ。


 

よし、イフリート、消えたな? もういないよね? 見てないよね?


「アル、消火!」

「範囲が広いぞ、レイ!」

「しょうがないじゃん、イフリートなんだから!」



アルが水魔法で雨雲を呼び出し、消火に当たる。

イフリートが起こした火柱は、周辺にも燃え広がり、広範囲となっていた。

炎の上だけに雨雲がかかり土砂降りを降らせている光景は、なんとも奇妙だ。

 


自分の起こした炎を消されてる現場は、イフリートには見せられない。

たぶん、対抗して大火力をお見舞いしてくれるんだろうな。

そうなったら、誰の手にも負えない。



消火活動を終え、本隊に戻ると、すごい歓声が我々を出迎えた。

兵士たちがわたしたちの戦いぶりを褒めたたえてくれる。

班長達も、わたしたちに拍手を送ってくれていた。


 

―――わたしたち、若造だから。信頼を勝ち取るなら、実績で示すのが一番近道だよね。

 


アルが念のため、残党の確認の指示を飛ばして、班長たちが動き出している。

小隊長、働き者だな。忙しそうだけど、近衛で燻ってたときよりずっといいや。



わたしは、わたしがアルを眺めているより、熱心にアルを見つめている少女がいることに気づいた。

ソフィアさんだ。

上気した頬、潤んだハシバミ色の瞳。その熱っぽい視線。

ーーーー恋している女の子。



ちくん、とまた胸が痛くなった。

なんだ?

胸のあたりをパタパタしてみても、とがった草の実とか木のささくれとかが、あるわけじゃない。

なんなんだろう。


わたしは首をかしげながら、アルの後を追った。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ