8 パーティー参戦~その三
ニブい悪女騒動
ようやくアルから解放されて、わたしはパーティ会場の片隅に向かっていた。
アルは色んな人と挨拶しまくらなきゃならないので、忙しいのだ。
もうわたしには構わないでほしい。
飲み物。何か冷たい飲み物を。
飲み物を求めてうろついていたら、いつの間にかきらびやかなご令嬢たちに取り囲まれていた。
また、おっぱい囲まれシチュですわ。
今日も皆さまこぼれんばかりの、見事な武器ですね。業物の刀ですね。
自分の武器のささやかな谷間を見下ろして……ナイフどころかフォークくらいかな、と自嘲してみる。ちくしょー。
「あなた、どういうおつもりですの?」
金髪巻き毛のご令嬢が、でかいおっぱいの向こうから睨みつけてくる。
なんとなく、この集団のリーダー的な存在のように感じた。
どういうおつもりも何も。踊って笑って喉乾いたから、飲み物欲しいだけですよ。
そう正直に言ってみたかったが、そんな雰囲気ではなさそうだ。
金髪巻き毛さんの周りのご令嬢たちも、憤慨しているご様子で。完全にアウェイ。
「いつもはエスコートなしでいらっしゃるアルフォンソ様が、あなたみたいな小娘をエスコートして」
「しかも、あんなに楽しそうにダンスされて」
「わたくしたちもダンスにお誘いしたのに、あなたとしか踊らないと、断られてしまいましたのよ」
「皆さま、ご覧になった?
この方、アルフォンソ様の胸に顔をうずめて、媚びを売ってましたわ!」
「わたくしも見ましたわ! なんて図々しいのでしょう!」
……おおおお、女子脳が炸裂しとる!
あの激笑い状態を、よくも媚び売ってるとか見るよな。
そんで、媚びを売る目障りな女を牽制しにやって来た、ってか。
真相をぶちまけたい。
だが、信じてもらえる気がまったくしない。
金髪巻き毛さんが、わたしをジロジロ観察して、わかりやすく見下してくる。
流行りじゃないドレスに、貧相な身体、地味な顔立ち。
上流階級のご令嬢なら、わたしみたいなのは、自分より下だと思うよね。
金髪巻き毛さんは、持っていた羽根扇で口元を覆い、わたしを一瞥した。
「どういうつもりか知らないけれど、あなたみたいな方に、アルフォンソ様の隣は相応しくありませんわ」
「はあ、そうっすか」
「わかっているなら、二度と顔を見せないでいただけるかしら。
そしてアルフォンソ様に、以後近づかないように」
「いいけどさ。
そういうあなたたちも、アルの隣には相応しくないよね」
わたしがさらっと答えると、ご令嬢がたの頬にさっと朱が上った。わー、怒った怒った。
「アルフォンソ様を愛称で呼ぶなんて!」「何様のつもり!」とか、ざわめいてるし。
金髪巻き毛さんなど、扇をへし折る勢いだ。
「気に食わないヤツに集団で圧をかけに来るようなご令嬢、アルは相手にしないよ。
あいつ、クソがつく真面目だから」
「――!
何よ、アルフォンソ様のことをわかっているような口振りで」
「少なくとも、あんたたちより分かってるんじゃん?
アルの気を引きたいんなら、誠実さとか聡明さとか、もっと内面を磨いて出直してきた方が賢明だよね」
「あなたはそれができてるとでもおっしゃるの?!」
「だからアルは、わたしをエスコート役に選んだんじゃね」
「―――!!!!!!」
ご令嬢がたはもう言葉も出ないようだ。
真っ赤になって、ぎりぎり歯を食いしばっているのがわかる。
ご令嬢がた。
わたしはね。
喧嘩を売られたら、きっちり買って、さらに売りつける質なのだよ。
このご令嬢がたはたぶん、今まで女子の喧嘩では負けたことなかったと、わたしは見ている。
しかも自分に、絶大な自信があるんだろう。だけどね――――。
勝ちたい喧嘩だっなら、ちゃんと相手を見定めてから、売りに行かないとね。
拳でも口でも、ここんとこ負け知らずのわたしに、勝てるわけなかろう。場数がちがうっての。
立ち直れないくらいぼこぼこにもできるけど、お嬢様だから控えてやってんだ、感謝しろ。
金髪巻き毛さんは怒っていた。明らかに怒っていた。怒りすぎて顔色が赤から青になってきていた。
だから、通りすがりの人が持っていた料理の乗った皿を奪い取り、わたしに投げつけるなんて、ご令嬢とは思えない行為に及んでしまったりするのだ。
ぎょえー!
わたしの水色ドレスの胸元に、何かのデミグラスソース煮込みらしきものがべったりと。
これ、借り物! 何してくれとんじゃ、この金髪巻き毛!
わたしはとっさに、金髪巻き毛さんに接近した。
にやっと笑うと、ひきつった顔した彼女のでかいおっぱいを、思い切り揉みしだいてやった。
すっげー、たぷたぷ。
「ひいいやあああ」と声にならない悲鳴を上げて倒れ込んだ金髪巻き毛さん。
「大丈夫ですのっ!」「お気を確かに!」と、取り巻きさんたちが、一斉に介抱し始める。
金髪巻き毛さんは、魂がどこかへ飛び出しているようだ。ちょと魂、見えてる。
わたしは慌てるご令嬢の集団を一睨みして、その場を後にした。誰もわたしを追いかけることもしない。
わたしは騒ぎを背に、ばっちりと染み付いた黒い汚れ見下ろす。
ほんと、どーしよう、このドレス……。
ローフィール家の敷地は広い。
わたしはローフィール家の庭園をさまよって、小川にたどり着いていた。
個人の敷地内でさ、小さいとはいえ天然の川が流れてるって、どうなってんだ? しかも綺麗に維持されてるって、どんだけ手がかかってるんだろう。金持ちめ。
屋敷からは割と離れたと思う。
人目は無い。暗がりだ。
なんとかなりそう。
不審者のようにキョロキョロしまくった挙句、どーにもならないんだからしょうがないよね、と腹を括った私。
魔力をこめた片手を挙げて、呟いた。
「ウェンディーネ、召還」
小川の水面がざわざわとうごめきだした。月明かりだけを受けて、きらきらと小さな光が反射する。
水の飛沫が徐々に大きく集まりだし、人型を形成していく。
流れる水をそのままに、女性のかたちをつくりだした。
水のウェンディーネ。
わたしが召喚出来るやつの1人だ。
ウェンディーネはわたしを見つけると、たぷんと抱きしめに来た。濡れないけど水の感触である。
「やああん、ローレイやないの! えらい、久しぶりやねえ。飴ちゃん食べる?」
ウェンディーネは、ちょっとだけ訛っている。どこの訛りがわからないが、昔からそうだ。
もはやわたしに違和感はない。
何らかの飴を口に放り込められる前に、わたしはウェンディーネにお願いした。
「ウェンディーネ、水飲みたい」
「なんやの、この子。水飲みたいだけで私呼び出したん? エラい子やわあ」
「違うっ! 色々あって今喉からからなの!
でもウェンディーネの水が、世界一だとは思ってるっ」
「正直やねえ、かわいいわあ。
私のお水、直接飲めるなん、ローレイの他にないんやからね?」
ウェンディーネは、口を開けたわたしに、手の先から直接水を注ぎ込んでくれた。
まじ、うめー。
子供の頃ころからやってるが、客観的に見るとおかしな絵ではあるよね。ウェンディーネは私以外に見えないんだし。
ほっと一息ついたわたしの口に、ウェンディーネは笑顔で飴を放り込む。
ウェンディーネの最近の流行りは、人間界の新しいスイーツ探しだ。
飴ちゃんも、その一環である。
「ウェンディーネ、相談なんだけどさ」
「なんやねん、改めて。
恋の相談やったら、私、いくらでも乗るで?
私の1万年前の流氷の悲劇、話しとったかいな。
泣くで。ホンマ泣くで。寒流と暖流が引きさかれた、熱い恋やねんて」
ウェンディーネは、話が長い。
ほっとくとずーっとしゃべってるので、こっちでコントロールしなくてはならない。
「ウェンディーネ、このドレスのシミ、落ちる?」
「なになに? ローレイがドレスとか、珍しいやないの。
……て、あんた、何しとんの! はよ、脱ぎ!」
私はウェンディーネに、有無を言わさずドレスを剥ぎ取られた。
……コルセットとペチコート姿なんですけど。
恥ずいし、寒い。
ウェンディーネはわたしにはお構い無しに、ドレスを小川でジャブジャブ洗い始めた。シミの部分を別布で挟んでポンポン叩く。体は水みたいに見えるのに、力は強い。
「こうして叩くことで汚れを別布に移すんよ。大事やで、覚えとき」
「うん。わたしは魔法的ななんかで、ぶわっとシミを飛ばしてくれるのかと思ったんだけど」
「そんなことせんでも、落ちるんやったらええやない。ローレイの魔力も、そんな貰わへんですむやろ」
ウェンディーネは、自分が使った分の魔力だけを私から貰っていく。いつも公明正大だ。
どっかの、風のシルフとは大違い。
「あ、今あの屋敷の中に、スイーツたくさんあるよ」
「ホンマ?」
「チェック済。見た事ないやつたくさんあった」
「うわー、えらいスイーツパラダイスなっとるんやね? 後で見に行こ。
どうせ私の姿なんか誰も見えへんし、ちょっとくらい貰ってもバレへんよな?」
「バレないバレない。いっそ全種類食べちゃいなよ」
などと、ウェンディーネと話し込んでいると。
後ろから誰か、走り寄る気配が。
やば、誰か来る……!
「レイ!」
あ、よかった。アルだ。
アルはわたしの姿を見て目を見張り、素早く近衛の制服を脱いで私の肩にかけてくれた。
あったけー。制服でっかー。
「なんて格好してるんだよ!!」
「ドレスに料理投げつけられちゃってさ。シミ抜き」
「こんな所、誰かに見られたらどうするつもりだったんだよ!」
「ちゃんと人目のない所、探したよ」
「こんな格好、どこかの男に見られたらって、考えないのか!」
「……考えなかったね」
アルは頭を抱えた。
いやー、来たのがアルでよかったとは思ったよ。
「会場で騒ぎが起こってるのにレイの姿がないから、絶対やり逃げしたと思って」
「やり逃げって……いったい、どういう目で人を見てる?」
「してないの?」
「いや、したけどさ!」
胡乱な目つきできらきらを飛ばすアル。
器用だな。
ふと、アルは小川の方を向いて、現在シミ抜き中のドレスを見た。ウェンディーネがいる辺りを示す。
「ウェンディーネ?」
「あ、わかる?」
「気配が、少しする」
「アルは水魔法が強いから、感じやすいのかもね」
アルには聞こえてないが、「あら、アル坊やないの! 大っきなったなあ」とウェンディーネに挨拶されている。
ウェンディーネはドレスをパンと広げると、満足そうに微笑んだ。シミは綺麗に落ちている。
洗濯に使った分の水分は、ウェンディーネの掲げた手にすっと吸い込まれた。さすが。
アルの目からすると、ドレスが宙に浮かび、急に乾いたように見えただろう。驚かないのは、子供の頃から召喚で起きる不思議を、たくさん経験しているからだ。
「さあ、できたで。シミ、なんもなくなったやろ?」
「おお、すげー。ありがとね、ウェンディーネ」
「ええのええの。ちょっとだけ魔力貰うな」
ドレスをわたしに渡してくれると同時に、ほんとにちょっとだけ魔力を持っていった。
この少量の魔力でこれだけやってくれるって、ウェンディーネすごいな。
「じゃ、スイーツ物色してくるわ。最近流行りのチョコレートいうの、あるやろか」
「あるかもよー。なんせ大貴族のパーティだから」
「いやん、楽しみやわあ。
ローレイ、ほなまたな」
ウェンディーネはにっこり笑って、するんと消えた。
もう会場入りしてるんだろう。
手にはシミ抜きされたドレス。
着替えなきゃ。
堂々とアルの制服を脱ごうとして、黙ってアルにはたかれた。
「俺が向こう向いているうちに、着替えるの」
もう見られてるから、いいかと思って。
大したものでもないし。
真面目に向こうを向いてくれているアルの背後で、モゾモゾとドレスを着る。
でもね、こういうドレスって、一人で着られるように考えられてないんだよね。
両手を後ろに回して、色々奮闘してみるわたし。
無理なんだよ、背中のリボンを自分で結ぶの。
「……アル」
「終わった?」
「いや、終わってないけど、こっち向いて」
アルがこちらを向く気配がする。
わたしはハーフアップにしている髪を自分の前に集めて、背中を露わにした。こうしないとリボン結べないし。
「背中のリボン、結んでくれないか?」
アルが崩れ落ちる音がした。
おい、どうした?
アルの小さな、「レイなのに、レイのくせにエロい」という呟きが聞こえた気がした。
そんなのどうでもいいよ。早く結べよ。
「アル?」
「……わかったから、ちょっと待って」
「ねえ……はやくー」
「煽るのやめよう!」
「? ……だめなの?」
「いいから、レイは一回黙ろうか!」
なんで怒ってるんだよ。
アルは黙ってドレスのリボンを結んでくれた。
はああ、ようやく落ち着いた。
アルを振り向くと、疲れきった顔で制服を着ているところだった。わたしに貸してくれてたからね。
しかし、なんでそんなに疲れてんだ。
「なんか、へたれてない?」
「へたれてない!
というか、レイはね」
アルがぐぐっとわたしに近づいた。わたしの額に人差し指を突きさす。
「俺の強靭な理性と自制心に、感謝するべきだからっ。
今日のレイはすごく悪い女だからねっ」
「えー。
……さっき、喧嘩売ってきた巨乳、揉んだこと?」
「違うっ!
けど、違わないっ。なんてことしてんだ、君は」
でっかいため息をつく、侯爵様。
会場の騒ぎの詳細は知らなかったみたいね。
アルは物分りの悪い子供を叱るように、わたしの頭に手を乗せて顔を覗き込んだ。
真面目なきらきらが辺りに舞った。
「たぶん普段から、完全に頭の片隅に追いやられて、全く思い出していないとは思うけど」
「ん?」
「俺はレイの事、好きなんだよね」
……あああ、そうだね。
頭の片隅でホコリにまみれてたから物置にしまい込んでました、とかないから。ないぞ。ないってば。
そうだった、そうだった。
「自分の好きな子が、下着同然の姿で目の前に現れて、しかも着替えを手伝わされるって、男なら簡単に理性が吹っ飛びそうになることなんだよね」
「えーっと……」
「俺も男だってこと、体で実感したい?」
わたしはぶんぶんと、顔を左右に振りまくった。
……やべ、アルが怖っ。
今日はちょっと、かなり、ずいぶん、わたしが悪かった、みたいだ。
わたしはアルの制服の裾を掴んで、「ごめんね」と呟いた。アルはぽんぽんとわたしの頭をあやす。
ふと、アルが思いついたようにわたしを振り返った。にっと愉快そうに笑う。
「レイ、ダンスの時、俺の足踏んだよね」
「……あれは、まだ始まったばかりだったし! ノーカンだよね?」
「いや、ワンペナルティ」
「うそー!」
「罰ゲームだね」
アルの顔が近付いてきた。
思わず目をつぶる。
……キス、される?!
アルはわたしの前髪を手で避けて、額にそっと唇を落とした。
そのままわたしの手を取った。
「戻ろうか」
アルにエスコートされながら、わたしはうつむいて頬を隠した。
……多分だけど、赤くなってる。顔熱い。
アル。
さっき、絶対キスは唇にくると思った。
でも、我慢してくれたんだ。
普段から、我慢させているんだよな、いろんなこと。
アルは、わたしの気持ちを気遣ってくれている。
わたしの気持ちをずっと、待ってる。
そう、思ってしまったのだ。
屋敷に戻ると、魔法学校のクレバ先生と、校長先生が仁王立ちでわたしを待っていた。
あ、先生たちもパーティーに招待されてたんですね。クレバ先生、露出少なめなドレスですけど、グラマーだからゴージャスです!
そのいつもにこやかなクレバ先生が、とても硬い表情を浮かべている。校長先生の眉間のシワがとても深い。
イヤな事を告げられる、ような気しか起きない。
「カリキス君、私たち、先程魔法の波動を感じましてね」
「はあ」
「尋常じゃない気配の何者かが、パーティー会場のスイーツコーナーに現れまして」
ドキッ!
さすが魔法学校の先生たち。気配に敏感ですわあ。
ちょっと血の気が引いたわたしを見下ろして、クレバ先生が自分のコメカミをぐりぐり押している。
「おそらく、召喚されて現れたものだと思われます。
このパーティー会場で召喚士の方も何名かおりますが、皆様身に覚えがないと仰っている」
「……」
「あとは、カリキス君、君だけなんですよね」
今日のわたしは、悪い女らしいので。
これはもしや、バチが当たったとかいうのかな?!