7 パーティー参戦~その二
策士、アル。
アルにエスコートされる形のまま、わたしは彼の義両親の元へ連れていかれた。
得体の知れない女を息子がエスコートしてたら、そりゃ心配するよね。
アルの義両親は、優しげな風貌の人達だった。義父さんは栗色の髪にちょっと白髪が混じったナイスミドル。義母さんは赤金色の髪に、綺麗な緑色の目をしていた。
「父上、こちらがローレイ・ヴァン・カリキス子爵令嬢。私のバディです」
「初めまして」
わたしは胸に手を当て腰を折った。
ここは淑女の礼なんだろうけど、知らんから。
近衛隊だって知られてんだから、騎士の礼でいいでしょ。
アルは苦笑している。
「息子がお世話になっていると聞いている。
こんなに可愛いお嬢さんだったとは」
さすが大貴族のおじ様、お世辞がおじょーず。
「アルフォンソが急にパーティに招待して、ドレスが間に合わなかったんですってね。
ごめんなさいね、私の若い頃のドレスで。今の流行りじゃないでしょ?」
いえいえ。今の流行りすら、知りゃしませんよ、奥様。
「こちらこそ、ドレスやアクセサリーをお借りするなど、お恥ずかしい限りです。
お気遣いいただき、感謝致します」
……おお、丁寧語、舌噛みそう。
アルが笑いを噛み殺しているのがわかる。後で足踏んでおこう。
アルの様子に気づくことなく、義父さんがアルの肩に手を置く。アルを覗き込んだ。
「緊張してないか」
「私は大丈夫ですよ。
父上の方こそ、固くなってませんか?」
きらきらにっこり笑うアル。通常運転だな。
義父さんは……ぽっ、と。
頬を少し赤くした。
……え?
いや、気のせいか。
「お前の実力なら、家督を譲る事に心配はない。領地経営はしばらく私が担うしな。
だが……」
義父さんは自分を見つめるアルの目を見て、また、ぽっぽっ。
……あれ?
「アルフォンソ、お前自身のことは心配だ。
私はいつも、お前のことを一番に思い……」
「あなた、アルフォンソにベタベタしないの。ほら、行きましょう」
義母さんは少しつんけんして、義父さんを促した。
義父さんは名残惜しそうに、アルの肩から手を放した。
アルの顔を見て、さらに赤くなっている。
……あれ?
…………あれえ?
「あなた、その顔どうにかしなさいよ。そんな顔部下に見られたら、一生笑われるわよ」
「私のアルフォンソは綺麗だなあ。ずっと見てられる」
「だから、あなたをアルフォンソから引き離すことに決めたんですからね! 少しは反省してください!」
先を行くアルの義父母の背中を見ながら、わたしはちょっとの間、思考を停止することにした。
……なんだか、義父さんがアルに恋しちゃってるのを、義母さんがやっかんでいる、みたいな。
いやいや、そんな三文小説じゃあるまいし。侯爵家の家庭内のことですよ。まさかね。
アルを見上げると、完全に無の表情をしている。
……マジかー。
静かなアルの声が、わたしの心に染み渡った。
「俺の顔なんて、トラブルしか起こさないんだって」
……うん。はい。
今、実感しました。
アルのきらきらを抑える訓練は、もう少し厳しくしよう、とわたしは心に誓ったのだった。
わたしたちは来場者が集まったホールに入場し、挨拶をした。
わたしはアルの腕にくっついて、張り付いた笑顔を崩さないようにしてただけだけど。
顔引きつる。痛え。
義父さんの家督を譲る云々のスピーチが終わり、アルが挨拶をしてお披露目は修了。
国王陛下の認可もおりているので、アルは、『アルフォンソ・オード・ローフィール侯爵』となった。いよっ、侯爵様!
よし、これでわたしの仕事は完了した。
あとはうまいメシ食って、さっさと帰ろう。
と、ご馳走の並んだテーブルへ移動しようとした。
さっき、すごい種類の並んだスイーツコーナーを見つけていたのだ。行かねばなるまいよ!
うきうきのわたしの行く手を、すっごいにこやかなアルが阻む。避けようとしても付いてくる。
なんだよ、邪魔すんなよ、本日の主役!
「レイ、俺は今日、パーティの主賓なわけ」
「知ってるよ、みんなアルのこと見てるよ。
だから付いて来んな」
「一曲くらい誰かとダンスしないと、立場上マズイわけ」
「おお、その辺のご令嬢、引っ掛けてこいよ。百パー釣れるぞ」
「そんなことしたら、会場中のご令嬢と踊らないと、血を見ることになると思うんだ」
にこにこと、近くの怖い未来を予言するアル。
こいつのポテンシャルだと、本当に血を見そうな気はする。
「レイと一曲踊って、『今日のダンスの相手は一人と決めてますので』って断り文句使えば、逃げ切れる」
にこにこにこにこ。
……アルよ、私を虫除けに使いたいって、そういうことだな。もしや、初めからわたしを使い倒すつもりで、招待状用意してないか?
だがな、肝心の事を、忘れている。
「わたしが、ダンスなんて踊れるわけないじゃん」
そりゃそーだ。子女教育すっとばしてるんだから。
ダンスどころか、立ち居振る舞いも庶民のままだだっつーの。
王宮で王妃様や姫様たちの手前、どんだけ恥ずかしいことをし倒し、繰り返し、いずれ無の境地に達したと思ってんだ。もう、全員が諦めたんだぞ。
だから、お前も諦めろ……とアルをすり抜け、わたしを待っている魅惑のスイーツ現場に、突入しようとしたのだが。
にこにこきらきらにこにこきらきら。
極上のきらきらが振り注がれた。
うお、目が滲みる。
アルが輝く笑顔でわたしに囁いた。
「会場の音楽に乗って、手をつないだまま、絶対に下を見ず俺の足を踏まない、ってゲームしてみない?」
「……何それ、すっげ面白そう」
……ああああ、わたしの馬鹿。
アルの策略に乗っかっちゃったじゃん!
アルは珍しく、にやあっと人の悪い笑みを浮かべた。
アルの前に立って、右腕を伸ばして手をつなぎ、左手はアルの二の腕に添える。
楽隊の音楽に乗って、アルの動きに合わせて右に行ったり前に行ったり、はたまた後ろに下がってみたり。
くうっ、結構複雑。
「……レイ、今踏んだよね」
「ちょっとだけじゃん! もう慣れるからっ」
「俺の顔見ろよ。笑顔笑顔」
「今、笑顔とか無理だからっ」
ステップついていくので、いっぱいいっぱいだっての!
笑顔付きとか、無理ゲーだわ!
必死の形相のわたし。
それを見たアルが、わたしの耳元で囁く。
「……想像してみて。
マイク小隊長の癖毛が、どストレート」
……マイク隊長の赤いくるくる癖毛が、真っすぐになった顔を思い浮かべる、
……ぶふっ。
思わず笑ってしまう。
卑怯だ、今日のアルは卑怯者だ。
足は相変わらず忙しく動いてるってのに、ここで笑わすかっ!
アルはさらに囁いてくる。
「クレバ先生に髭」
金髪グラマーなクレバ先生に、チョビ髭。
ぶくくくくくくっ。
「シルフの両目がピンクフラッシュ」
風のシルフの目が、ピンク色で点滅。
ブハハハハハハハハハハッ。
ダメだ、面白すぎるっ。
ステップはなんとかしながら、わたしはアルの胸元に頭をうずめた。笑いが止まらん。支えがほしい。だはははははっ。
くそう、アルの手の上で転がされてる感が、腹立つ。
だからわたしは、笑いすぎて涙の滲んだ目のまま、アルを見上げて睨みつけた。
しかし、そのまま顔は笑ってきてしまう。くふふふふっ。
アルが明らかにたじろいだ。
つないだ手に力が入ってくる。
アルのせいだ。笑かしすぎだろ、馬鹿っ。
ちょうど音楽が終わり、お互いにお辞儀をしてダンスは終了。
――――ステップよりも、笑い疲れた。
肩で息をしながら笑いの原因を見ると、わたしより憔悴した顔で、アルが片手で口を押さえている。顔が赤い。
なんで顔赤いんだよ。
「レイ、最後のあれは……可愛いすぎだろ」
こいつ、何言ってんだ?
知らんがな。
よくわからんが、笑かし過ぎたツケでも回ってきたんじゃないか。