6 パーティー参戦~その一
アルの策略。
パーティに参加する。
わたしの人生の辞書に新たな項目が追加された。
パーティに参加する。
大事なことなんで、二回言ってみた。
そんなことがあるんだね。あるんだわ!
驚くよね。驚いたわ!
すっげ偉そうな招待状が、アルからわたしに手渡された。
「ローレイ・ヴァン・カリキス令嬢」と、流麗な文字で書かれた招待状を見ると、わたしが大物になったかのような気になってくる。百パーセント気のせいだが。
「義父から家督を譲られることになった。
その披露パーティなんだ」
「へえええ、ずいぶん早い引退だね」
「俺もそう言ったんだけど、今務めている兵部卿を早めに後進に譲りたいらしくて」
「軍部の一番偉い人だよね。そんなに急いで辞める必要あるか?」
「……息子を立て続けに二人も亡くしているし。
義両親とも、田舎でゆっくりしたいというのが本音みたいだね」
アルは養子だ。
ローフィール侯爵の息子さんは、一人は事故で、一人は病気で亡くなったと聞いている。
頼りにしていた息子さんを亡くして、気落ちしているとこに、表面だけはきらきらの出来のいい養子が入ったら、面倒なことから退きたいと思うわな。
「しかし、わたしは招待されるような立場? ローフィール家とカリキス家は接点ないし」
「俺の近衛の仕事を、軌道に乗せてくれたのは、いったい誰?」
アルが甘い顔で私に微笑む。
甘いな。そのきらきら、触るとべたべたしそう。
「義両親に、俺のバディだって、顔を見せる程度でいいんだ。
話はしてあるから」
「了解。
当日正装で行けばいいんだよね」
「そうだよ」
――――いつものようにきらきらしている、アル。
わたしはその時、もっとアルを疑ってみるべきだった。
てことで、パーティの日、当日。
正装してローフィール家の前まで来てみたのだが。
いや、でっけえ屋敷だな、おい。
アル、こんなとこ住んでるの?
高い塀が広大な土地をぐるりと囲んでいて、手入れの行き届いた庭木が見えている。
唯一の出入り口は、これまた背の高いでかい門がひとつ。門兵が二人。
門のはるか向こうに三階建てくらいの立派な洋館が見えている。家まで遠いな!
出入り口では、豪奢な馬車が何台も出入りしていた。招待客だろう。
わたしは、「あの馬車仕立てるのにいくらかかるのかな。避難所三か所分くらいかなー」、などと思いながらぽてぽてと徒歩で門に向かう。
門兵に丁寧に止められてしまった。はて?
「こちらはローフィール侯爵家です。ご用のない方はお通しできません」
ご用、ありますよー。
そのために来たんですよー。
ちゃんとそう伝えたのだが、門兵は聞いてくれない。
わたしの頭を優しくぽんぽんし始める。
「ボウズ、ここは偉い人しか入れないんだ。
今日は珍しく門が開いてるし、入ってみたい気持ちはわかるが、招待された人しか入れないんだぞ」
おお、近所の好奇心の強いボウズ扱いになってしまった。
これじゃ、屋敷にも入れんな。
ああ、招待状あるじゃん!
わたしは門兵に招待状を渡してみた。
わたしから本物の招待状が渡されたので、門兵は驚いたようだが、一瞥するとみるみる表情が険しくなった。
「小僧、これをどこで手に入れた?」
あれ?
普通にもらったけど。
「どこで盗んだかと聞いているんだ!
この招待状は令嬢宛のものだ!」
……ああ、なるほどね!
どこぞの令嬢あての招待状を盗み出し、パーティに潜入しようとしている小僧イコールわたし、という構図ね!
……ち が う か ら !
その時、屋敷のほうからすごい勢いで影が走りこんできた。
全速力のアルがわたしの前に立ちふさがり、アイアンクローをかます。
痛い痛い!
門兵たちも驚いている。
「若旦那様っ」
「こいつは通していいんだ。ご苦労」
アルはわたしの顔をつかんだまま、門の中へと入っていく。
だから、痛いってば!
ようやく放してくれたアルは、じっとりとわたしを睨んでいる。
「騒がしいからもしかしてと思ったら、案の上だな、レイ」
「わたし、悪くないよ?」
「悪くないけど、悪いんだよ!
徒歩でパーティに来る、貴族がどこにいるか!」
「来ちゃった」
「その上、正装で……」
「アルとおそろい」
アルとわたしは近衛の正装だ。
クリームがかった白い生地に金と赤のライン。立ちエリは黒。肩には房飾りと胸には階級章。
立派な正装だ。
「……だから、門兵がいらん誤解をしたんじゃないか」
「服装で淑女を見抜けないとは、門兵もまだまだだな」
「……もう、いい。
レイ、覚悟しろよ」
アルが冷え冷えとしたまなざしで、わたしを見下ろした。
きらきらがダイヤモンドダストのようだ。
おお、寒ぅ。
そのままわたしの手をひっつかんで、屋敷に入って行った。
「メイド長!」
「はい、若旦那様」
アルの声に、細い黒縁のメガネをかけたメイドさんがすぐに答える。
「この男装娘を、いっぱしの淑女に仕立ててくれ。
----最速でだ」
「かしこまりました」
メイドさんは、くいっと黒メガネを上げてほほ笑んだ。
「得意分野ですわ」
……やだ、なんかこの人、こわーい。
結果的に言って、わたしは地獄のような目にあった。
数名のメイドさんによって、体のいろんな個所をつかまれたり揉まれたり引っ張られたりされたのだ。
淑女って、暴力の果てに出現するものなのか? 淑女の耐久力、半端ねえな!
あそこを引っ張り、そこを押し込み、ぎゅうぎゅうに縛り上げられ。
全てが終わった時、わたしの目は、遠いお空をさまよっていた。
見えないはずのお星様が見える気がする。
「完成いたしましたわ」
満足そうなメイド長さんが、姿見をわたしの前に持ってきてくれた。
水色のひらひらドレスにレースの白い手袋。ターコイズのネックレスとイヤリング。
黒髪はハーフアップにして、手袋と同じ白いリボンでまとめられている。
そしてうつろな目をした、わたし。
淑女、やだ。
コルセットで腹が苦しい。あんだけぎゅうぎゅう寄せたのに、ささやかすぎる胸の谷間。化粧しても変わり映えしない、冴えない顔。
自分のコンプレックスを世間にさらす、拷問か?
「素敵でございますわ、お嬢様」
「メイド長さん、いらんこと言わんでいいです」
「本気で言ってますわよ?」
「顔になんか塗られて痒いんだけど」
「お化粧が落ちるので、触るのは禁止でございます」
「それより、この長い踵。へし折っていいですか?」
「絶対にダメ、でございます」
歩きづらいったら、ないわ。
どうやってふらつかずに歩くんだ? 淑女は足元だけ魔法使ってんのか?
「お嬢様、お早く移動をお願いいたします」
「いいよ。パーティがそれなりになった時に、ちょこっと顔出すから」
「お嬢様は、若旦那様のエスコートでご入場でございます」
……なんだって?
そんなん、聞いてないよ!
さあさあさあ、とメイド長たちにせかされて、わたしはアルの元に連れていかれる。
光の元で見る正装のアルは、いつもの一・五倍増しのきらきらだった。うお、目が痛い。
こんなぎらぎらと一緒に歩けとか、マジ有り得んわ。
ダイヤモンドに泥くっつけるようなもんじゃん。お掃除されちゃうじゃん。
焦点の合わない目をしたわたしを見て、アルは黙って天を仰いだ。
ほらー、こんなんエスコートするアルがかわいそうだよ。
初めから企画に無理があったんだって。
「……メイド長、後でボーナスを出す」
「恐れ入りましてございます」
……お気に召したんかい!
感性は人それぞれだけどね。なんとも言えないけどね。
……目、腐ってんじゃねえか?
きらきらで甘々のアルが手を差し出す。
わたしが無反応なので、無理矢理わたしの右手を引っ掴んで、自分の左腕に絡めた。
……くそ、本当にエスコートする気だ。
「アル、わたし聞いてないんだけど」
「ただ腕を組んで入場するだけだよ」
「人目に晒されるだろが!」
「だから?」
だからじゃねえっての!
文句言おうとアルを見上げたら、アルの甘いきらきらが、顔にどっさり降ってきた。顔中べたべただ。
さらに極甘な声で、耳元に囁いてくる。
「せっかくこんなに可愛くしたんだから、見せつけてやろうよ」
……うわー。
なんか、うわー。ぞわぞわする。
こいつ、本気で言ってんのか!
アルがようやく侯爵になれます
タイトル嘘っぱち疑惑なくなりました。
ひゃっはー!






