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4 お出掛けしましょう~その二

お出掛けしたら、メシ重要。

ちょっと残酷シーンあります。

苦手な方は、半目で見ながらスルーしください。

「……うま! 何これ、うまー!」

「だろ。レイは絶対気に入ると思ったんだ」


アルに連れられて入った酒場は、庶民的だが小綺麗なお店だった。

侯爵家御用達、みたいな高級店なら、回れ右するところだったが、アルはさすがにわたしの好みを把握している。



今回は、ご令嬢腰砕け事件の際に約束した『メシ奢れよ』の会である。

へっへっへ、存分に食わせてもらおうじゃないか。



アスパララスの温サラダ、もみじマスの香草焼き、トロ鹿のレアロースト、根菜と菊豚の唐揚げ……。

うまい! うますぎる!

シェフ、ブラボー! あ、シェフってそこで鍋振ってるオヤジか。



アルは十九歳で成人しているので(この国の成人年齢は十八だ)ビアを、わたしは菊華茶を飲んでいる。

アルコールのせいで、少しだけ頬の赤いアルは色っぽい。ほんとに無駄な色気だ。




「カリキス領地の復興は順調なの?」


と、アルがわたしに水を向けてきた。

へー、そんなん興味あるんだ。

知らなかったわ。


「ん、農地がだいぶ回復したから、多少の税収は望めるかな。

でも主要道路が被災してるから、流通がまだ難ありだね」

「道路敷設も相当資金必要だよね。おまけに治水工事も進めてるんだって?」

「洪水被害に遭ったんだから、やらないわけにいかんでしょ。マジ、金ないわー」



この、コタテ貝のクリーム煮って、コタテがなんでこんなに甘いんだ?

そんで、絶妙な食感……うまー!



「……それだけ土木関係に資金注入すれば、お金なくなるよね。  

資金繰りどうしてる?」

「ん-、初めはカリキスのじーさんの持ち出しだよ。多少蓄えがあったからね。

でも領地内だけで経済回しても、利潤はそんなにあがらなくてさ」

「……ほう」

「今後は土木技術者派遣で、他領地で稼ごうかなーって。

短期間で密度の濃い工事ずっとやってっから、うちの技術者、量も質も上がってるんだ」

「……はあ」

「大した資源のある土地じゃないからさ、人で稼げたらいいじゃん?

……あ、おねーさーん。ここのドレッシング、お持ち帰りできない?」



おねーさんを呼び止めようとしたわたしの手を、アルがしっかりと両手で握りしめた。


熱っぽい目でわたしを見つめてくる。

それに目を止めたおねーさんが、わあお、と期待した目で遠巻きにしていた。

 


はたから見たらわたしらって、「ボーイズなラブ」的景色なはず。

ですよね、おねーさん?



「レイ、君が欲しい」



……こいつも、ややこしい言い回しするよね。

酔ってんの?

おねーさんが涙目で喜んじゃってるじゃんか!



「すごく欲しい。今すぐ欲しい」

「はいはい、具体的に言ってみな」

「領地経営の実行班として、雇いたい。

ローフィール家(うち)で働かないか?」



熱っぽいきらきらで、まっすぐわたしを見据えているアル。

そのきらきら、ご使用方法間違ってるからね。


おねーさんが、すんって表情で立ち去って行った。



わたしはアルに握られていた手を払う。しっしっ。


「やだね。じーさんがさみしがる」

「じーさんて言うなよ。義理の父でしょうが」

「じーさんが、じーさんでいいって言ったもん」

「レイのその領地経営の知識は、カリキス子爵から?」

「それもあるけど、二年間災害と戦ったノウハウだよ。

現場で何が欲しいか、何ができるか考える」

「……すごいなレイは。俺の勉強量とは雲泥の差だ」



はああああ、とため息をつくアル。色気を振りまくなっての。


アルも侯爵家の養子なわけで。領地経営なども教わっていたりするんだろう。

屋敷の机の前で資料並べられて、あーだこーだ言われても、ピンとこないだろうな。

今は近衛隊の仕事もしているわけだし。



わたしが領地のことをわかっていそうに見えるのは、ちいさな子爵家の領地の話をしているだけで。しかもリアル災害に見舞われた直後だ。ネタならいくらでもありますよ。



そもそもローフィール侯爵家みたいな広大な領地を持っている家の経営は、全く別の話になってくるんじゃないかなあ。

小売りのささやかな商店と、大規模工場経営企業くらいの違いがあると思うぞ。


だから、そんな大したもんじゃないんだよ、とアルに伝えようとした時だ。




ガヤガヤと、あまりタチのよくなさそうな集団が店内に入ってきた。

武器も携帯している。冒険者くずれのチンピラっぽい。

すでに酔っているようで、「酒ぇ!」とがなりたてている。

 


この店にはそぐわないやつらだ、と内心思っていると。

一人の男がアルのほうへ近づいてきた。下卑た笑みを浮かべている。

 


「すげ、きれいな男だな、おまえ」

 


声を聞きつけて他の連中もやってきた。みんな一様に酒臭い。

そして一様にニヤニヤ笑っている。

気品のかけらもない。

感じ悪いな。

 

アルは無表情で相手を観察している。


「見たことねえ上物だ。

女郎屋にいたら真っ先に買ってやるのによ」

 


げひゃひゃひゃと、品のない笑い声を立て、周りがはやし立てる。

アルは反応しない。全くの無表情。

今はきらきらすら出ていない。おお、成長したな。



調子に乗った男は、アルの顔をつかんで上向かせた。

目がいやらし気にアルを嘗め回した。


「男でもこれだけ美人なら、俺は構わねえぞ。

なぶってやろうかあ?」




男の頭上で、木製のジョッキが音を立てて割れた。男が白目を向いて倒れ込む。


なんだどうした、と思ったら、わたしが無意識にジョッキを、叩きつけたからだった。

おお、自分とは気づかなかった。体が勝手に動いたわ。

悪いね、チンピラ。



チンピラたちは一斉にいきり立った。


「何すんじゃ、このガキィ!」

「痴漢、成敗」

「ふざけてんじゃねえぞ、てめえ!

ガキの分際で……」



すっとアルが手を伸ばした。そのまま親指を立てて表を指す。

チンピラたちが目をぎらつかせて、わたしたちを睨みつけた。


「上等だ、ガキ共。表出ろやあ!」



……喧嘩になってしまった。

ご飯食べてただけなのに。

 





酒場の近くの広場で、アルと背中を合わせて数人と対峙している。

なんか酒場より人数増えてる。それなりのグループの奴らだったみたいだ。店を出た後で人数が増えた感じがする。



……近衛の訓練のたまもので、状況把握を最優先する。

視認できるのは十人。武器を携帯している。背後は民家。 

わたしはチンピラたちにバレないよう、アルに付与魔法をかける。

速さ補助、物理防御……魔法防御は、いらないか。


さあて、どう切り抜けるか。

 



わたしに殴り掛かる一人。

――――始まった。



殴りかかってきた奴の真下に入り込み、顎を殴りつける。もちろん魔力を伴った重いやつだ。げふっと口の中の空気を吐き出して、そいつは地面に転がった。


吹っ飛ばした直後に襲ってきた別の奴を、勢いのまま背負い投げる。投げた先にいたアルがそれを蹴り上げた。

おお、よく飛んだ。ナイス、アル。



実力差を感じたのか、奴らは抜刀した。

あと八人か。



切りかかってきた男を寸前で避けたアルが、男の顔面に拳を叩きつけた。わたしは倒れ込んだそいつの右手を踏みつけ、剣を奪う。そのままアルに剣を放る。アルは自分に向かって振りかぶっていた、別の奴と切り結ぶ。

アルに得物与えとけば、なんとでもなる。

なんせ、近衛での鍛練時間は歴代最長だろう。切り込みが早い。切っ先に無駄がない。



私は別の奴の剣先を避けて、急所を狙って拳を叩き込み、膝を入れ、踵を落とす。

速さでは負ける気がしない。チンピラたちが空振りするスキを狙い攻撃をしかける。



一定の距離を保てば、わたしの背中には、アルの背中がついている。お互いがフォローできる体制。多数を相手にしたときの基本だ。



……それにしても、すっげ、やりやすい。コンビの打ち合わせとか、したことないのに。なんでタイミングとかわかるんだ?

すごいな、アル!



「……あと五人」

「らじゃ。

…………!」



何か嫌な気配がして、とっさにアルを突き飛ばした。

衝撃がわたしの肩に食い込む。同時にがしゃんと重い音。

痛ぇ。何だ、何が起こった!



頭上から何かを投げつけたやつがいる。植木鉢か。

物理防御、自分にもかけときゃよかった。

くそ、新手かよ!



民家の屋根の上から、さらに何かを投げようとしている男。

アルが咄嗟に魔法を発動した。反応速度が早い。



男の肩に氷の矢が突き刺さった。

水魔法、氷の矢(アイスアロー)だ。

ほぼ無詠唱。

これがアルの実力としたら、近衛の末席で燻ってるの、かなり残念な使い方じゃないのか?


軍部の偉い人、これ見てみ⁈

あ、今私闘だっけ?

だから、見られちゃまずい。今のなし!



男はもんどり打って落下した。



「……!

動けるか?」


アルがわたしの前に立つ。

名前を呼ばないのは、近衛兵だってバレてはマズイからだろう。

名前から足がつくかもしれない。



「……右手が動かない」

「……!」



わたしの右肩は激痛を訴えている。右手は痺れて思うように動ける気がしない。

手負いのわたしをかばっての五対一は、さすがのアルもきついだろう。


――――最終手段だ。




「……一気に片をつける。後は頼む」

「いいのか?」

「いいも悪いも、これしかないわ」



アルが一歩下がる。

わたしは左手を天に向け、魔力を高めた。



―――召喚術を行使する。



「シルフ、召喚」




唐突につむじ風が巻き起こった。

チンピラたちも何事かと様子をうかがっている。

わたしの前には、半透明の少年が宙に浮いている。

目だけが光り、私を捉えている。

彼のことはわたししか見えない。

なぜか、昔からそうなのだ。



シルフはせっかちで、人間の喋る速度を嫌う。

なので我々は脳内で、高速で会話することにしている。

なんでそんなことができるのかは、まったくわからない。昔からそうなのだと、言うしかない。



〈ローレイ、久しぶりだ。もっと呼べ〉

〈呼びたくないよ。あんた、わたしの魔力ごっそり持っていくから〉

〈ローレイの魔力は美味だ。本当はもっと喰いたい〉

〈あれ以上魔力持ってかれたら、わたし死んじゃうから。喰ったぶんは働いてよ〉

〈わかっている〉


この会話で一秒もない。



〈わたしの目の前のチンピラ五人、立ち上がれなくして〉

〈わかった〉

〈周辺の建物とか、被害出さないで〉

〈細かいことは嫌いだ〉

〈魔力喰いたいなら言うこと聞いてよ。

あと……殺さないで〉



シルフは人では有り得ない、ひんやりとした笑みを浮かべて、わたしの頬を撫でた。

 ぞわり、とわたしの肌が粟立った。


〈それが一番、楽だというに〉



カマイタチがチンピラを襲った。

チンピラたちの感覚では、先程のつむじ風がそのままカマイタチとなって襲ってきたかのようだったろう。

切り裂かれ、鮮血が飛び散る。

立ち上がっている者は、誰もいない。



……ホントに、死んでないだろうな?



わたしの体からごっそりと魔力が抜かれるのがわかる。

召喚術を使うだけで大分魔力使うのに、根こそぎわたしの魔力を持って行こうとする、シルフ。毎回、ぱねえ。


仕事を終えた人ではない何かは、きっちりご褒美を奪い取って、消えていた。




魔力を急激に無くすと、人は貧血に近い状態になります。

わたしは目の前が暗くなりかけた時、頑丈そうな背中を見つけてしがみついた。

私がこうなる事を予想していた、アルの背中だ。



「憲兵が来る前に逃げる」

「さんせー」


わたしは走るアルに背負われて、その場を後にした。




アルはまだ次期侯爵です。そのうち侯爵になります。ますよ?

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