3 お出掛けしましょう~その一
お出かけお出かけ、うっれしいな~
魔法学校の校舎は、王宮の北寄りに建っている。
午後の授業が始まる頃には、だいぶ日陰になり薄暗くなってくるのだが。さすが魔法学校、灯りの魔道具が設置されていて、教室内は明るく保たれていた。
一般庶民の家では使われていない、高価な魔道具だ。
カリキス領で災害復旧していた時、この魔道具があって、ずいぶん助かったな。
暗いって、人の心を簡単に落ち込ませるし、すさませちゃう。
明るい避難所には、復興を早めようという上向きな空気が流れたりする。灯りって大事。
それにしても、魔道具って高いのに、なんでじーさんはたくさん持ってたんだろ。カリキス家、貧乏なのに。
魔道具集めの道楽でもあったかな?
などと『魔法理論Ⅱ』の授業中に、わたしは余計なことを考えていた。廊下側の一番後ろの席である。わたしのこの授業への興味の度合いが、知れようというものだ。
授業に参加してるだけ、偉くない?
「……と、このように、水魔法と風魔法の組み合わせにより、氷の矢は劇的に威力を増すことができ……」
クレバ先生の平坦な声が、絶妙に夢の世界へと誘わされる。
内容もわたしには使えない魔法の話しだしさ。無属性魔法しかないわたしには、なんの役にも立たない知識だ。それこそ、知ったこっちゃねえ話で。
なので、授業への集中力も長持ちしない。
でもこれ、必修科目だから、単位は取らないといけないし。
何度かあくびをかみ殺していると、クレバ先生に見つかったようだ。
今日もグラマーなクレバ先生はにっこり笑って、わたしを手招きした。
え? なんで? あくびはしたけど、呼び出されるほどのことじゃないよ。眠っちゃうまであと五秒の所だったけど、まだ落ちてなかったよ!
わさわさと慌てるわたしの脇を、黒いきらきらが通り過ぎた。
ついでに、わたしの頭をペシッと叩いて行く。
あれ? アルじゃん。なんで?
「ちょうど、優秀な卒業生がこのクラスを覗いていたので。彼に実演してもらいましょう」
クレバ先生の紹介に、アルは苦笑している。
今日のアルは私服だ。黒いスラックスと襟のある白シャツ。なんでもない服装だが、スタイルが抜群なので様になっている。
クラスの、特に女子たちがざわざわしている。
「卒業生のアルフォンソ・オード・ローフィール君だ。四属性魔法を扱える」
おおお、とクラスのざわめきが、男子も含まれて大きくなる。
魔法学校に通っているくらいだから、四属性魔法が使えることがどれだけ希なことか、みんなわかっている。驚嘆と羨望の眼差しがアルに注がれる。一部秋波も注がれているが、アルにとってはいつものことだな。
アルはちらっと、クレバ先生に目を向ける。
「他属性の混合魔法ですね? 二つでいいですか?」
「どうせなら、四つやっちゃってよ」
「……簡単に言いますよね」
苦笑したアルが、教壇に向けて手を掲げる。
口の中で何事かを唱えると、教壇上にもこもこっと土くれが湧き出し、ゴーレムが誕生した。チビゴーレムは教室を見渡し、口を大きく開くと炎を吐き出す。
そこへ小さな雲が湧き出し、ゴーレムに向けて雨を降らせ始めた。炎が消え、ゴーレムが溶け、そこに鋭い竜巻がゴーレムだった土くれを巻き上げる。
風がふっとなくなると、そこには何も残っていない。アルがきらきら笑っているだけだった。
教室内は呆然としていた。小さいとはいえ、四属性の魔法を瞬時に組み合わせるなんて、とてつもなく高度な技術である。
一つの属性での魔法を、うまく操ることすら難しい学生にとっては、信じられない職人技だ。
いやー、アルってすごいんだなー。
ただのへたれじゃなかったんだねー。
魔法だけは見直しとくわー。
珍しく素直にアルを褒めるわたし。
本人に向かっては言わんけど。
クレバ先生は満足そうにアルの肩を叩いた。
「相変わらず器用だね、キミは。
このように、他属性の魔法を応用すれば、魔法の力は無限の活用が考えられる。
――――では、今日の授業はここまで」
ちょうど終業のブザーがなって、今日のカリキュラムは終了だ。
手元を片づけていると、男子の友人が数名、私を取り囲んだ。
なんだ?
「なあ、ローレイって、ローフィール次期侯爵の知り合いなのか」
クレバ先生と何やら話しているアルをちらちら見ながら、そう尋ねてくる。
あのきらきらだからなあ、気になるんだ。
そんで、アルがわたしをシバいて入室してきたの、見てたんだね。
確かにシバき、シバかれるくらいの関係性ではあるが。
「俺の姉ちゃんが、王宮で女官として働いてるんだけどさ。最近むちゃくちゃ話題になってる近衛兵のバディがいるって」
――――何それ。
まさか、ご令嬢がた腰砕け事件の犯人、とかじゃないだろうな? 確かに話題には、なってしまったが!
「俺も聞いた。どこで警護に立つかわからないんだけど、黒髪の兄弟でさ。
二人が立ってると、ビジュがハンパないとか」
「そうそう。出会えたら超ラッキー。
尊い、眼福、神・降臨、だって」
「黒髪ってことだから、一人はローフィール次期侯爵だろ。あの顔じゃなあ」
「でも、彼は侯爵家の養子じゃん? 兄弟いないよな。
じゃあ、弟は、だれだ?
ローレイ、知ってるか?」
……へえええ。
いつの間に、そんな噂たってるんだ。
しかし、黒髪の兄弟? だれだよ、そんなデマ流したの。
てーかさ、黒髪二人のバディなんて、他にいないじゃん。
わたしは友人たちの目の前に立ち、束ねた黒髪を示す。さらに、すっかり学校の制服みたいになっている、白地に赤と金ラインの、近衛兵の制服をピシッと伸ばす。
「分かれよ」
「……嘘だろっ!」
完全否定かよ。
ちょっとくらい可能性を疑えよ。
ぶんむくれたわたしに、アルが近付いてきた。クレバ先生はいつの間にかいなくなっていたので、話が済んだのだろう。アルは相変わらずきらきらを振りまいて、まぶしい限りだ。
わたしのクラスメートたちが、固まってるじゃないか。
「……レイの友達?」
「なー、アル。知ってるか?」
「何?」
「わたしら、兄弟に見られてるらしいぜ」
「へえ……」
アルはじっと友人たちを見回していたが、わたしの頭をわしづかみにすると、その頬を寄せて顔を並べた。いきなり、何すんだ。
「俺たち、似てる?」
高速で顔を左右に振る友人たち。
その後ろで女子たちが、きゃあっと色めきだった。
やめろよ、顔面格差激しいだろが。
アルはくすくす笑いながら「レイ、行くよ」とわたしを促した。わたしはアルの後に続く。
ふいに、アルはわたしの肩を抱いて、クラスを振り返った。ちょっと挑戦的な色でクラスを眺める。
「ところで、ローレイが女子だってことは、さすがに認識されてるんだよね?」
すっと、教室の空気が固まった気がした。
教室を後にしたわたしたちの背後で、「ええええええ――――!!!!」という絶叫が響き渡った。
……わたしはあのクラスで、女子ですらなかったのね。
まあ、そんな感じはしてたけど。
しかし、アルはなんでまた、余計なカミングアウトしてくれたかな。
尋ねると、
「男 に気安くされてるレイは、気に食わない」
だそうだ。
なんで?
アルと校内を歩くのは不思議な感じがした。
わたしの日常である学校に、職場のバディ。さらに幼馴染。
面映ゆいというのは、こういうことをいうのか?
わたしは隣を歩くアルを見上げる。
身長差三十センチ以上あるから、アルの顔はずいぶん上にある。
「ところでアル、なんで学校にいるの」
「この学校の理事のひとりが俺の義父で。
義父の代理で用事を済ませると同時に、レイを迎えに来た」
「私の迎え? この後仕事だっけ?」
わたしは任務表を思い出して、首を傾げる。
今日はこのあと後、オフだと思ってたんだけど。
あれ? 知らぬ間にシフト入れられてたか?
アルは立ち止まって、私を睨んだ。
きらきらがいつもより刺さる。チクチクする。
最近きらきらが、ちょっと変化し始めてない?
「今日は、俺と食事に行く約束してたよね!」
「……!!
しししし、してたしてた! 楽しみにしてた!」
溜まった洗濯やっつけよう、とか思ってないって!
美人は怒らせちゃまずい。
顔の迫力が違う。凄みがある。怖いよう、怖いよう。
背中をだらだら冷や汗が流れて、気持ち悪い。
アルの視線がずっと突き刺さっている。
逃げなきゃ。
いや違う。そうだ、着替えなきゃだな。
このまま出かけられないし。
「アル、ちょっと寮寄ってく」
「ああ、いいけど」
「近衛の制服で出掛けるわけにいかんでしょ。着替えてくる」
「……レイの、私服?」
ぎらりとアルの目が光った気がした。
余計なところで迫力出すなよ。
そんで、どこで反応してんだ?
寮の私室で、ささっといつもの服に着替える。
なんだか、そわそわしているアルの元に向かう。
私服のわたしがアルの前に立つと、いままできらきらだったオーラが、ぐっと黒ずんで地面に落ちた。
アル本人も片膝が地面に崩れた。おーい、どうしたー?
「……私服も、男装なの?」
「災害復旧の現場で効率よく働くには、スカートは不向きなんだぞ」
もしや町娘的なスカートとか期待したのか?
いや、ないわー。
よく、期待とかするわー。
わたしのスカートとか、見たいかね?
私の普段着は町の少年のようなもの。
栗色のズボンに、白いシャツと深緑色のベスト。
この国では女性はスカートが基本だ。
だけど、結局動きやすいのはズボンだね。うちの領地じゃ、女性のズボンも広まってきてるんだ。特におばちゃんに。
領民みんなで働かなきゃ、生活できなかったからね! 働くなら、見かけの可愛さより、機能的なズボンになるよね!
「今のレイは学生でしょうが、それも女子の!
女性の服を買いなさい!」
「金がない」
「近衛兵として働いてるだろっ」
「主に建築資材を購入し、領地に送り込んでいる。
あとは治水研究所へ研究費増額」
「……この、親孝行者がっ!」
褒められたのに、怒られてる。
これは、どう受け取るのが正しいんだ?
どーしたもんかと思案していると、アルが無理矢理立ち直った。
若干の悲壮感があった。
「じゃあ、行こうか」
「おう」
「はたから見たらBLだよ」という呟きは、肩を落として歩く、アルの口元で消えた。
わたしとしては、なんか言ってんな、くらいのものでしかなかったが。
アルはまだ次期侯爵です。そのうち侯爵になります。
さっさと公爵になっちゃえばいいのに。