21 交渉
乙女の願い
地竜キメディスはかわいらしく小首を傾げて、わたしたちを見つめている。金色のツインテールが斜めに揺れていた。
ポーズは女子ポーズだが、体型はむきむき男子である。服装はひらひら女子である。顔はごつい男子である。
だけど、地竜である。
ちょっと、ビジュの情報多すぎじゃない?
処理が、おっつかないんだけど。
「……えーと、キメディスさん?」
「呼び捨てでいいのよう。あたしもローレイって呼ぶから」
「じゃあ、キメディス。
あんた、男? 女?」
「見たらわかるでしょ。男よ、オ・ト・コ。
なんなら、脱ぐ? 見る?」
「いらんいらん!」
雄の地竜で、女装好き、という解釈でいいのだろうか。
キメディスはアルに目を向けた。
正確には、アルの手にした、サンドイッチ。
「あら、アルちゃん、いい物もってるじゃない?」
「……これ?」
「ちょっと、寄越しなさいよ」
キメディスはアルからサンドイッチを奪って、そのままかぶりついた。ポテサラサンドだ。
目を細めて咀嚼している。
「やだあ、これおいしい。なんなの、これ」
「ただのポテサラサンド。朝わたしが作ったやつ」
「んまっ、ローレイの手作り?
女子力高いってこと?」
「ただパンに挟んだだけだぞ」
キメディスは途端にアルに擦り寄った。
わたしを、泥を見るような目で見ている。
「アルちゃん、聞いた?
こういうこと言うオンナ、気をつけた方がいいわよ」
「気をつけるって……」
「『わたし、簡単な物しか作れないから』とか言っちゃって、家庭的アピールしてくる女のことよ!
そういう女、根はドス黒いからね。」
「それ、わたしの話……?」
「こういうタイプは計算高いのよ。
あんた、相手見て匙加減変えるタイプじゃないの? 男の身分と収入見定めて、露出度変えたりしてない?」
「違うよ、キメディス」
アルはきらきらしながら、キメディスがドス黒女と決めつけてきている、わたしを眺めた。
なんのひねりもなくものすごくまっすぐに、キメディスに伝えた。
「レイは本当に、パンに挟むなら、挟むしかできないから。
もしそこに、うねうね動いているミミズがあたかもサンドイッチの具材のように置かれてあったら、なんの疑いもなくそれをパンに挟んで、あげく国王陛下にはいどうぞ、くらいする子だよ。
匙加減とかしないし、できないから」
「あらやだ。あたしの方が女子力、上ね」
「上だろう。
レイっていう子は、ちょっと常識を疑った方がいいくらいの、ぶっとんだ情緒の持ち主だから」
「アルちゃん、見かけによらず苦労してんのね」
にこやかにわたしをこき下ろす、きらきらとおネエ。
いや、ちょっとこいつら……殴ってもいいかな。
結局キメディスは残りのサンドイッチを、「やだおいしい。あらおいしい。なんでおいしいのよ、もう!」とか言いながら、全部食べきった。
それで? とか言いながら、わたしの水筒の中身も全部無くしてくれている。メシ食いに来たのか、こいつは。
「あたしに話したいことって、なんなのよ」
「最近、魔物たちが騒がしいと思うんだけど」
「あれねー。あたしへのファンレターのせいよね。
時々魔石が粉になったやつが届くんだけど。
鹿だったりイタチだったり犬だったり、届けに来るのが様子のおかしい動物ばっかり」
「あ……それ」
「この前の、鳥が空から降らせてきたのはよかったわね。
あたしにキラキラのスポットライト、浴びせにきてるみたいで。
でも一体、あれはなんなのかしら」
……ギャラクのチャーム魔法に当てられた動物たちだ。強い魔力の中心に魔石を届けるような指示を出していたのだろう。途中で失敗したとしても、魔物が活性化したら目的は果たせるんだし。
「おかげで魔物ちゃんたち、確かに騒がしいわ。急にみんなパリピになったみたい。
ほら、あたしって一人で思索に耽るほうだからぁ、ちょっとノリについていけない感じではあるわね」
「……あー、うん。
キメディスの力で抑えられたりしない?」
「別にあたしたち、主従関係じゃないし。
ちょっと静かにしなさい、くらいしか言えないわよ」
あ、でも、と思わせぶりな視線を向けてくるキメディス。口元がニヤけてる。
なんか、ちょっとだけ、嫌な予感がする。
「あたしの本気を見せつけたら、あの子たち静かになるかもね。しばらくは人間のいる辺りには行かなくなるんじゃないかしら」
「……キメディスの本気って、どんなの?」
「もちろん、正体晒すのよ。あたし今こんなに素敵なレディの姿してるけど、本当は竜だからー」
きっちり圧かけられるわよ、とキメディスは朗らかに笑った。
はははははー、そうだよね、竜だから。
「……今ここで、正体あらわしたりしたら」
「こんなヤワなところ、ぶっ潰れるに決まってんじゃない。
あたし、割と大きいのよ?
あんたたち、潰されて死ぬわよ」
……竜だもんね。
しかもー、とキメディスが口を尖らす。
「一度正体晒すとこのレディの姿に戻るまで、しばらくかかるのよね。ちょっと繊細な調整が必要で」
「……繊細……」
「理想の体型維持するのって、あんたたちと違って大変なんだから」
……今の体型、理想なんだね。
これじゃキメディスを頼れないのか? でも、他に手段が思いつかないし。
どーしたもんかと頭を悩ませようか、という時に。
あのねちょっと聞いてくれる?
と聞きたくない事を、言い出してくる竜がいた。
「あたし、今すごくハマってる趣味があって」
「……キメディスの趣味?
う〜ん、スタンプ集めとか……」
「あたしがどこをめぐり回って、スタンプ集めるのよ。
今ハマってるのは、人間の演劇」
「は? 演劇?」
「そうなのっ。演劇なのっ。
特に恋愛! 満たされない恋心っ」
あんまり見た事ないきらきらを発して、ムキムキの筋肉をたぎらせながら、キメディスがお空に夢を見始めた。
なんか知らないけど、アルの両手を握って熱弁が始まった。
「好きすぎる想いを相手に伝えられない、切ない思い。
想いを躊躇わせる世間の目。
それでも抗えない自分、破裂寸前の心っ」
「……伝わらないジレンマ、けれどそこに安堵する軟弱な己」
「そこに現れる、全てを備えたような男っ。
違うのよ、勘違いよ! そんな男に委ねちゃ駄目なのよっ」
「最後に気づく、自分を見つめていた一人に」
「あなただったのね。あたしが望んでいた人……」
「「好きーっ」」
きらきらとおネエの寸劇は、わたしの心をかすめることなく消えていった。
なんだったんだ、今の。
それでも、アルとキメディスの二人の距離は縮まった気はする。
「いいわよね、演劇っ」
「気持ちを代弁するための文化だから。芸術だからっ」
「あたし、人の文化にはまったの、演劇が初めてなの」
「目の付け所がいいっ!」
「そうよねっ、だからねっ!」
キメディスはうるうるのごつい顔で、憧れいっぱいの思いを吐き出した。
「王立オペラ劇場で、どっしりとした恋愛演劇を鑑賞するのが夢なのっ」
「……。
……はい?」
「ほら、王都にある王立劇場って、基本、特別招待客しか入れないじゃない」
「……そりゃ、王室のための劇場なんで」
「すごく綺麗な建物よね。美しくてロマンチックで、女子の憧れ。中に入ってみたい」
「世間では、そう言われているようですが」
「そんな敷居の高いところだから、大衆演劇と違って、簡単に紛れこめないわけよ」
「……そうでしょうね」
「だからー、今回特別にー」
ろくでもない言葉を、簡単に口に乗せる、悪い竜がいた。
「あたしを招待して、王立劇場で、演劇を開いてちょうだい」
「……いや、それは」
「どっぷり恋愛のやつね。オペラじゃなくていいから」
「あの、そもそも、王立劇場を貸しきれるか、全く見当がつかず……」
「そんなもん、あんたたちがなんとかしなさいよ!
それと、出演者が知った人間の方が興味深いから……」
キメディスは、わたしとアルを交互に指さした。
「主人公は、ローレイとアルちゃんで決まりね」
「「はいいいいいいいいいっ?」」
「アルちゃんはもともと舞台映する容姿だし、ローレイは……見かけはなんかだけど、ものすごく声が通るし」
……おいこら。無茶振りしたくせに、わたしの容姿には言葉濁しやがったな。
キメディスはものすっごく期待を込めて、わたしたちを見下ろした。もはや、ノーと言える雰囲気では無い。
「あたし。すごく楽しみにしてるっ」
これは、仕事なのか嫌がらせなのか。
キメディスと調子こいて寸劇してた、アルをネメつけてやった。
もちろん青白い顔が引きつっていた。
そして、いかつい渋メンのあのカン中隊長に、これを説明すんのかと思ったら。
地竜のご機嫌とるために王立オペラ劇場貸し切ってわたしとアルが主役の恋愛演劇をやりたいのですが。
――カン中隊長がどんな顔するのか、全然思い浮かばない。てか、すでに恐ろしい。
頑丈なはずのわたしの胃が、キリキリと痛み出した。




