表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/24

19 危険な魔法

危機一髪。

カン中隊長に経緯を話し、レールド家の調査が極秘理に進められている。

軍の内部でも、水面下で情報がかき集められているそうだ。


レールド家の金の流れとか人の流れとか、その辺はわたしたちでは掴めない情報なので、ノータッチである。

我々ができることと言ったら、転送器の発見と、カウパト山から出ている、魔石隠蔽の証拠を掴むこと、になってくる。



実際、レールド家に魔石と転送器がセットであるとしたら、実に理にかなっている。

魔石を馬鹿みたいに使う転送器だが、自分の山で魔石が取れれば、ランニングコストはかからないようなものだ。

問題があるとしたら、この国のすべての魔石は王国の管理下に置かれている、ということだな。

勝手に採掘・使用していたら、間違いなく捕まるだろう。



ギャラクに何度も呼び出されたレールドの屋敷には、転送器や魔石を保管する特殊な建物は見られなかった。

レールド家の他の持ち家も調査が入っているが、怪しいものは見つかっていない。

そんな中、軍が一番怪しいと睨んでいる場所がある。



レールド家の経営する、精錬所だ。


掘り出した鉱石を金属に分別する作業場である。

かなり規模が大きく、敷地も広い。

鉱山に隣接した立地にあり、カウパト山の裾野を背後に背負っているような場所だ。井戸水も豊富に使えるため、作業場としては最適らしい。

ここの調査に許可が下りたのは、それからしばらく経っての事だった。



その日は鉱山で魔物出没の報が入り、朝からバタバタしていた。

アルは魔物出没の現場に向かわなくてはいけなくなり、わたしは精錬所へ調査に向かった。

なんせ、転送器の実物知ってるの、わたしとカン中隊長だけなんで。中隊長自ら調査に出向くわけにもいかず、わたしが便利に使われている。



もちろん、わたしの他に調査員兵士が、十名ほどいる。名目で言うと、彼らの調査がメインだ。通常の武器を扱う工兵と、魔道具を扱う工兵なども混じっている。専門家も必要になって来るであろう、という配慮だ。


カン中隊長がわたしに護衛として、屈強な女性兵士をつけてくれた。

一兵士に護衛とは? とカン中隊長に尋ねたら、「君に何かあったら、俺の責任になるんだよ」と苦笑いで答えてくれた。そういえば、一連の情報の提供は、ノームだった。

わたしは軍の中で、召喚士として重要人物になってしまっているらしい。貧相な重要人物で、すんません。



わたしの護衛さんは、大きくて筋肉むきむきなおねいさんだった。笑顔が素敵である。

女性でここまで鍛えてるって、相当だなー。


「おねいさんおねいさん。腕触ってみていいですか?」

「どうぞ」

「おおー、ガチガチだー。すげー」

「私は腕力だけですから。

戦闘状態に入ったら、カリキス副官に適うとは思えません」

「わたしなんぞ、魔力っていうゲタ履いてる、ただのチビですよ」

「それ、他の兵士に言っちゃだめなヤツです。

自信なくして軍を辞めるやつ、続出になりますからね」


お茶目に片目を瞑ってくる、おねいさん。

すごく、いい人そうだ。




精錬所へ向かうと、スーツを着た男性が出迎えた。

精錬所の所長さんだそうだ。

小金持ってそうなおじさんだ。


工兵の兵士が代表で挨拶をかわしている。

所長の受け答えに、特に怪しいところもない。

そのまま精錬の作業場へ向かうことになった。



作業場はいくつかの建物に分かれて建っていた。

そのうちの一つの作業場の入口で、見たくないやつが出迎えに来た。

ギャラクである。

相変わらず派手な衣装で、宝石の光るアクセサリーを身につけている。

香水までつけているようで、甘い香りがしている。

やはり、チャラい。



「おや、ローレイちゃんも調査員なのかい」

「……どうも」


おねいさんがすぐに、わたしの前に立ってくれる。

いやん、頼もしい。


「カリキス副官に近づかないでください」

「知り合いがいて、安心しただけですよ。

ねえ、ローレイちゃん」


にやりと笑う顔が気持ち悪い。

だめだ、こいつは生理的に無理。



ギャラクはこの精錬所の、オーナーである。さっきの所長さんがぺこぺこしている。そういう関係性なのね。


彼らは調査員たちを、精錬の作業場の一つへ案内した。

かなり大きな建物だ。

金属を溶かし精錬する場所なため、頑丈そうである。上部に設置された換気窓からの熱で、外まで熱気が溢れている。相当暑い。


「中は大分高温になっています。

危険ですから、作業員の指示には必ず従うように願います」

「質問などは自由にしても?」

「構いません。何でもお聞きください」



ギャラクと調査員たちは作業場の中に入って行く。

扉の向こうに、たくさんの作業員と、時々炎が見えた。

おねいさんが続こうとして、わたしを促した。


「カリキス副官?」

「……ここじゃないと思う」

「なぜです?」

「魔石を扱う場所は、一般作業員のいる建物内には置かない」



わたしは作業場の外周を辿った。

作業場の奥には、これもかなり大きな倉庫。続いて作業員たちの休憩場、医務室などの建物が並ぶ。



さらにその奥に、平屋建ての小洒落た建物が建っていた。背後にはカウパト山の岸壁が迫っている。

レールド家の一族が使用する棟だろう。明らかに金かかっていた。



「あそこが見たいな」

「勝手に入って、大丈夫でしょうか」

「ちょっと迷ったフリしようよ」

「騙されないと思いますが……」

「迷子の演技なら、自信がある」

「……」


見つかったら、一緒に謝りましょうねと言ってくれた。おねいさんは、やっぱりいい人だと思う。



建物の中は、それほど広くはなかった。

リビングルーム一つと、ベッドルームが二つ。ダイニングルームが一つ。

小綺麗に整えてあって、あまり使っている様子はなかった。

どの部屋を探してみても、転送器は見つからない。


あとは魔石を保管できるような設備か。

わりとゴツくなると思うんだけど。


リビングルームを見渡して、わたしは思案した。

ここでもないか。

後はどこ探せばいいだろう。

外にまだ何かあったかな……。



「……ああん」


ため息のような声と、どさっと隣で何かが倒れる音がした。

おねいさんが、床に崩れ落ちている。


「おねいさん?!」

「……随分、嗅ぎ回ってくれたみたいだね、ローレイちゃん」



ギャラクがいた。

相変わらずニヤけた顔をしながら、わたしに近づいてくる。獲物を狙うような、野卑な気配が加わった。



「おねいさんに、何したの」

「護衛が女でよかった。俺の力が使えるからね」



ギャラクの瞳が揺れた気がした。

途端に、ぐらりと目眩がする。

魔法防御が間に合わない。

目眩がするのに、ギャラクの青い目から目が離せない。


「以前掛かりが悪かったから、強めにしてみたよ。

わかる? 俺の能力」

「……魔法……」

「そうだ。護衛の子は魔法防御力が弱いようだね。すぐに意識を奪えた。

さあ、俺の魔法は、何ていう魔法かな?」



ギャラクがすぐ目の前に立った。

濃い金髪がわたしのすぐ目の前にある。

甘い香水が漂った。


……欲しい、と思った。

そんなはずないのに、すごく欲しいと思った。

わたしの心を全部預けてしまいたい。

そしてギャラクの心が全部欲しいと。


そんなはず、ないのに……!


「……チャーム」

「正解だ、ローレイちゃん」



魔法、チャーム。

対象を強制的に自分に魅了させる魔法。

要は魔法の力で、無理矢理惚れさせるってことだ。

なんでそんな危険な魔法、こんな危険な男が持ってるんだよ!


わたしはギャラクの魔法から逃れようと、一二歩後ずさる。目ざとくそれをに気づいたギャラクが舌打ちした。


「……まだ落ちないのか。あんたの魔法抵抗力は相当だな」


ギャラクの瞳がさらに揺れた。

わたしの頭がくらくら回る。


ギャラクの手がわたしの身体を抱き寄せた。

気持ち悪いと思うと同時に、歓喜が沸き起こる。

自分の感情がコントロールできない。魔法の力が感情をねじ曲げる。


「女にしか使えないんだが、なかなか強力だろ?

女であれば、何でも落とせる。雌の動物だろうと、傾城の美女であろうと……」


ギャラクがわたしの唇を指でなぞった。

とろりと気持ちいい気がした。

違う違うと、わたしがどこかで叫んでいる。


「あんたみたいな、女まがいなガキだろうとね」



ギャラクが自分の言葉に、肩を揺らして笑う。


「俺はこの能力のおかげで、いつでも美女を抱き放題だ。だからさあ、飽きるんだよ、美女ばっかじゃ。

たまにはこんな珍味も味わっておかないと」



それにさ、としたり顔でわたしを眺める。


「あのお綺麗な顔した隊長さん、あんたを寝盗られたと知ったら、どんな顔すんのかな?

見てみたいじゃん、美形の吠え面」



……それは、アルか?

アルのことか?



ギャラクはわたしの顔を上向かせ、その顔を近づけた。

甘い匂いがさらに濃くまとわりつく。

益々とろりとした気分が心を満たす。


「どんな味するのかな、ローレイちゃん。

楽しみだな。

軍の情報は、コトが済んだら、ゆっくり聞かせてもらうからね」



……わたしは体の全ての力を抜いた。

わたしが観念したと思ったギャラクが、わたしを抱く力を強め、ねっとりと目を光らせる。

ギャラクの唇が、わたしの唇に届きそうになった。


その寸前、全魔力を使ってわたしは右手を動かした。

人差し指を突き出して、ギャラクの鼻を押し上げた。

鼻の穴が全開で見える。



「……豚っ鼻。

へっ、ブッサイク」



豚っ鼻を晒したギャラクはそのまま、一時硬直した。

イケメン風なその豚鼻面は、しっかりとブサイクだった。



直後に、怒りでギャラクの顔が朱に染まる。


ギャラクのチャームが緩んだ隙に、わたしは自分の身体と心の支配権を取り戻した。

変な気持ちはもう起こらない。嫌悪がしっかりと勝っている。

ただ、まだ自分の魔力を操れるほど戻ってこない。


わたしはそのまま、ギャラクに力ずくでソファに押し倒された。


「テメエ、ふざけんなっ! 珍味のくせに!」

「そっちこそふざけんなっ! 魔法使って女抱いてんなら、犯罪だ!」

「それも含めて俺の魅力だ!」

「勝手なことほざいてんじゃねえ!」



目いっぱい抵抗してたら、唐突にふっと軽くなった。

ギャラクが、わたしの上から持ち上げられている。


アルがいた。

本気で怒ったアルが、両腕でギャラクの襟首を掴み、持ち上げていた。

そのままギャラクを、壁に叩きつける。勢いで壁がめり込んだ。

呆気に取られている兵士たちに、すぐに指示を投げた。



「婦女暴行の現行犯だ。すぐに憲兵に引き渡せ」

「はっ!」

「魔法による余罪が多数あると思われる。徹底して洗い出すように」

「そのように連絡致します!」

「作業員に聴取を取る。作業場の人間は一人も帰すな」

「わかりました!」

「敷地内をくまなく調査せよ。魔石保管庫と加工場があるはずだ」

「了解しました!」

「廊下に倒れている女性兵士をすぐに医療班へ。

チャームの魔法が掛けられている可能性がある。解呪の能力者を至急手配」

「はっ! ……ソファの、そちらの女性兵士は?」

「……必要ない。行ってくれ」



アルが連れてきた兵士たちが、テキパキと動き出す。鼻血を出して意識を失っている、ギャラクが連行された。

おねいさんも丁寧に連れて行かれた。よかった。



兵士たちが皆出払うのを、わたしはソファの上でボーっと眺めていた。ギャラクの魔法の残滓が残っている気がする。ゆるく頭を振った。

そういえば、屋敷のメイドさん達に、ギャラクは指を鳴らして正気付かせていた。あれが解呪か。

解呪はないけどなんとか自分を取り戻したし、消費した魔力が回復したら元に戻るだろう。



アルが膝をついてわたしを覗き込む。


「レイ? 大丈夫だった?」

「アル。

……お前、大丈夫じゃないな」



アルは全開で泣いていた。

綺麗な目から、ぼろぼろ涙がこぼれている。

即座にわたしの腰にしがみついて、顔をわたしに押し付けてきた。


「ギャラクの能力がチャームだって聞いて。

……間に合わないかと思った! もうダメかと思った!」

「わたしも、ちょっとダメかも、とは思った」

「レイに何かあったらどうしようかと」

「危なかったけど、何もなかったし」

「何かあってからじゃ遅いんだよっ!

……心配させんなよ。おとなしくしてろよ」

「それは無理な相談かな」

「知ってるよ! 言わせろよ!」



なんか、すんません。

アルがグスグスしながら顔を上げた。

それでもきらきらしてんだから、すごいよな。

……ああ、そうか。


「アルのおかげで、抵抗できたのかも」

「俺?」

「わたしはアルのきらきら、毎日さんざん浴びてるんだよ」

「うん」

「ギャラクのチャームの効きも、悪いはずだよ。

きらきらで免疫できてるっての」

「……俺の体質が、役に立ったのか?」

「そう。アルのおかげだよ。

ありがとう、アル」


きゅっと、アルの頭を抱きしめる。

アルの耳が真っ赤になるのを見て、思わず笑ってしまった。

よく見ると首筋まで赤い。

そこで、わたしは気付いた。



アルってなんか、いい匂いしない?



さっきの、ギャラクの甘い香水が鼻に残っていて、胸くそ悪かったんだよね。

アルって、香水つけてないし、アルの匂いだよね。

爽やかっつーか、香ばしいっつーか。


アルの首元に顔を近づけた。

アルが硬直している。

気にせずアルの首筋に鼻をつけて、くんくんしてみた。

うん。これはいい。

新発見だ。



ただ、アルが慌てだした。

なんだか両手を上げて、すごくわたわたしている。騒がしい。


「……レイ、それはマズイ。無理だ」

「何が?」

「……俺が」

「?」



きょとんと顔を上げたわたしに、アルが覆いかぶさってきた。深く口付けされる。



今度はわたしが、わたわたし出した。

ちょっと待て。口が塞がって息できない。

何が、どうしてこうなった?


アルを叩くが、言うこと聞かない。

息ってどうするんだった? こうだっけ?


「…………んっ……」


……我ながら、変な声出た。

それにより、アルに火がついたようだ。

もっと深く求めてくる。



ダメだ。息が持たない。

アルはどうやって息してんだ?

死ぬ。死んじゃう。こんな死に様は、想定してない!



だからわたしは、なんとか魔力を繰り出すことにした。

一箇所に魔力を集中させる。

――――せぇの。




ビリリリリリリリリリッ。




……口を抑えて、悶絶するわたしたち。

唇のヒリヒリがヒリヒリで、痺れて痛い。



「……何した?」


アルがまだ口を抑えたまま、わたしに涙目をむけた。

わたしも口を抑えながらもごもご言う。



「あんまり止まらないから、魔力を唇から流したらどうなるかと思って」


すごく激しい静電気が、ものすごく長く流れたと思ってください。

とても、痛いです。



アルが両手で顔を覆ってうめいた。

ソファにその綺麗な顔を突っ伏す。

その後、バシバシソファを殴っていた。

かなり力任せだった。



「バカっ、俺のバカっ!

ちょっとレイが応えてくれたとか、喜んでるんじゃない!

レイだぞ、あのレイなんだぞ! そんな素直なレイは、有り得ないだろが!!」



……ちょっと、アル。

なんか、酷い言われような……気がする。


でも正座しとこう。多分、その方がいい。

アルはちんまり正座したわたしの前で、まだ身悶えている。



「この、無駄に器用な魔力の扱いと、発想が大逆転した魔法の使い方。

役に立たない天賦の才能、いらん才能、才能の無駄っ!」


やっぱり、酷い言われ方してる気がする。

完全に呆れられたとしか、思えない。



そりゃそうだ。助けてもらってからの、これだもん。助けた甲斐ないもん。かわいくないもん。


だからわたしは、恐る恐るアルを見上げて、尋ねた。



「……アル」

「なんだよっ」

「……わたしの事、嫌いになった?」

「大好きだっ!」


ちょっと食い気味に反論された。

ブレない男だった。




その後、現場の指揮に戻ったアル。

真っ赤な口紅を塗ったような、ふっくらとなまめかしい唇をしたアルは、控えめに言って妖艶な美女、というビジュアルになっていた。

「今日の小隊長、色気が半端ねえ」「あれで男ってサギだよな」と兵士たちの間で噂が瞬く間に飛び、入れ代わり立ち代わり見物人が押しかけた。


ますます機嫌の悪くなるアルを、わたしはなるべく避けて過ごした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ