18 カウパト山の秘密
喧嘩上等
アルの執務室で、魔石の箱を目の前に置いたまま、ムスッと考え込んでいるわたし。
魔石というのは、魔力の結晶だ。天然の物は岩などに付着するなどして結晶化するため、不純物が混じる。
目の前にある魔石の結晶は、不純物を取り除いた純度の高い代物だった。どんな研究かはわからないが、じーさんは人工的に不純物を取り除くことに成功したのだろう。黒く光るそれは、宝石のように輝いていた。
もちろん、そのまま放置しては、魔物がわんさか寄ってきてしまうかもしれない。
この、見た目が地味というか、シンプルというか、ただの鉄に見える箱にも、じーさんの技術が使われているらしく、魔力が漏れてこない仕組みになっている。無駄にハイスペックなじーさんである。
わたしは目の前の魔石箱をとんとん叩きながら、何度目かの大きなため息をついた。
書類をせっせと片付けていたアルが、わたしに視線を寄越した。明らかに、さっさと腹くくれよ、と言っている。
「アル、やっぱりやらなきゃダメ?」
「早期解決したいならね。
ちなみに聞くけど、カリキス子爵はレイの能力は」
「よく知ってるよ。どんなやつらを召喚できるのかとか、条件とか」
「それじゃ、カリキス子爵が魔石の結晶を渡したのは、意図があってのことだね」
「そーなんだけど! 紛れもなく近道ってことはわかってるんだけど!」
「四の五の言わずに、早く呼べよ」
「だったら、アルが呼べばいいじゃん!」
嫌なんだよ、あいつを呼ぶのは!
精神的な壁は、あいつが一番高いね。
できれば避けて通りたいね!
アルは呆れた顔で、わたしを眺めている。
「俺が呼べるわけがない、って今更言わせる?」
「……わかってるよう。
わたししか呼べないって、わかってるよう」
「このままだと、中隊長からの正式な命令で、中隊長や他の小隊長たちの前で、召喚させられるぞ。
召喚後の、レイのあーだこーだも、全部見学されちゃうな」
「……困る。それは絶対ダメだ」
「じゃあ、俺しかいない間に、すぐに終わらせろよ」
……アルが正論吐く。
駄々こねわたし VS 正論アルの対決。駄々こね代表のわたしが勝てるわけはない。
わたしは口を尖らせながら、窓辺に置いてあった植木鉢を手にした。白と青のかわいい花が植えられている。花を飾ってくれた誰かさん、まさかこんな目的で使われるとは思うまい。
アルに目を向けると、さっさとやれと無言で見返してきた。
やだなー。でもアルを怒らせても怖いしなー。
仕方なく、片手を天に向けて魔力を集中する。
「……ノーム、召喚」
植木鉢の土からむくむくと姿を現す、そいつ。
褐色の肌をした、目のくりくりした少女の姿をとったのは、土のノーム。
見かけは、かわいい。同じくらいの年の子たちの集団にいたら、一際目を引くような少女の姿である。わたしにしか見えんけど。
そしてわたしは、この見かけに騙されることはない。
「おう、誰かと思ったら。
この前イフリートに本気出されてガチ泣きした挙句に、悪夢にうなされしばらく寝るのが怖かったという、ローレイか」
ふん、と鼻で笑うノーム。
わたしは思わず拳を握った。
ノームはとんでもなく、情報通である。
土や岩の存在するところには、ノームの目や耳があると思っていたほうがいい。つまり、ほぼノームに死角はない。
そして、ものすごく性格が悪い。口も悪い。
こちらの神経がごりごり削られる。
「そのビビりのローレイが、わしに何の用だ。
不眠相談なら他所をあたれ」
「……ちょっと待ってろ。
わたしの怒りが収まるまで、ほんのちょっと、待て」
「阿呆だから、しゃべる用件忘れたか。
相変わらず頭の締まりが悪いな。阿呆だもんな。阿呆じゃなかったことないもんな」
「おまえが余計な事言うからだろが!」
ノームを呼ぶと、基本的にわたしは怒り狂う。
それを呆れた顔のアルが眺めている。
そして、綺麗な顔したアルのことを、ノームはとても気に入っている。
さっそくアルの首に抱きついている。
アルは全く気付いていないが。
「アル坊が、わしがちょっと目を離した隙に、なんだか凛々しくなっておるぞ。わし好みになりおって~」
「ノーム、アルから降りろ。アルには見えないからって、べたべたすんな」
「妬いておるのか。最近、色気づき始めたローレイよ。
まあ、わしの姿がアル坊に見えたとしよう。
この可憐で清楚なわしに、夢中になってしまうに違いないな」
「アルは土魔法は弱いから、絶対見えませーん。絶・対・に!
残念だね、アピれなくて」
「アピールできるものが、なーんにもないローレイよ。
いつまでもアル坊の隣に居れると思うなよ。お前なんぞ女偏差値三十以下だからな」
「!
……何が、可憐で清楚だ、ババア。
おまえ、ウェンディーネより年上だろが」
「!
わしらは歳を取らんのじゃ!
おかげでわしは、いつまでも可憐なままなんじゃ!」
「はっ、充分気にしてんじゃん」
「……ぶっ飛ばす!」
殴りかかってきたノームの拳を受け止め、わたしたちはガチガチに睨み合う。
こいつ、ホントに、マジで気が合わない。
いつもこの調子で喧嘩を吹っかける。しかもその気はないのに白熱してしまう。
アルによれば、わたしがわたしと喧嘩したらこうなるのではないかと、分析している。「レイの敵はレイなんだね」と、非常に納得しがたい結論を出していた。
「レーイー」
アルがウンザリした表情でわたしを呼んだ。
……わかってるよ。
わたしはだだっ子パンチを繰り出してくるノームの目の前に、魔石の結晶の箱を差し出した。
「ノーム、協力してほしい。対価はこれだ」
ノームはひたと、箱に目を止めた。
ノームは必ず対価を要求する。
それはわたしが幼い頃からずっとだ。
わたしの魔力ではなく、価値のあるものを要求してくる。
そのルールがわからなかった幼少のわたしは、その時一番大事なものを、対価として奪われた。祖母からもらったペンダント、必死で溜め込んでいたお小遣い、飼っていたカナリア。
さすがにヤバい奴だと気付いてから、召喚するのはやめていた。
しかし、カリキス領で被災した時。
カリキス家としてはなけなしの、じーさんの奥さんの形見である宝石を使ってノームを召喚し、被害を食い止めたことがある。
ノームは、差し出した価値の分は、仕事する。
何をさせるかは、交渉次第だ。
ノームは箱に手を伸ばした。
「見てもいいか?」
「どうぞ」
「……ふん。
極上だな」
「価値は充分だろ」
「カリキスのジジイだな。人の割にいい仕事する」
「対価としては?」
「……及第点だ」
……よし!
思わずガッツポーズでアルを振り返る。
アルはホッとした表情を浮かべた。
情報が欲しい。
アルの言葉に、ノームは軽く首を傾げた。
ちなみに、アルの隣にぴったりくっついている。
「カウパト山の魔物について」
「そこの山のことか。確かに魔物はいるな」
「一掃できたりする?」
「わしがやったら、山潰れるぞ。いいか?」
「ダメ。あそこは鉱山だから。
人の生活かかってるの」
「それになー、弱い魔物だけ排除してもまた湧いてくるだろな」
「?
どゆこと?」
「あそこ、地竜の住処だぞ」
え?
地竜?
アルに伝えると、アルも驚愕の顔をした。
竜がいるなんて、聞いてないよ……。
「竜がいるから、魔物が寄ってくる?」
「強い魔物の傍に、魔物は寄っていく習性があるからな」
「最近魔物が活性化してるってのも、そのせいか」
「いや、違う」
ノームは少し不快そうな顔をした。
「魔物を操ろうとしている人間がいる。
ちょっかい出す程度だがな。おかげで人間に被害が出ただろう?」
!!
人間が、魔物を操っている?
人間に被害を出すために?
何だ? どういうこと?
「人間が、なんで!」
「ここの地竜はおとなしい奴だ。人間が何をしようと、気にもしていない。
魔物共もそれに感化されているような奴らだな。人間に出会えば襲いはするが、地の奥で地竜の心地いい魔力を浴びながら安穏としていた」
「それが、どうして人間を襲うようになったの」
ノームは、完全に不快な顔をした。
こいつも人ではない。冷酷な気配が漂った。
「魔石の粉を、地竜の巣に撒いている。おかげで魔物が興奮している。わしは、あれは嫌いだな」
「魔石の粉を撒く?
何のために!」
「お前たちを呼びつけるために、決まっとろうが」
わたしたち。
――――王国陸軍。
「陸軍呼んで、何がいいっての?!」
「ローレイよ、ちっとは頭使え、ばーか。
得する奴がいるんだろ」
「得する奴?」
「陸軍だって、一枚岩じゃなかろう」
「一枚岩じゃない……」
アルが目を見開いて、わたしに目を移した。
握った拳が白い。
「……レールド家だ」
アルってばノームの言葉聞こえないくせに、わたしの受け答えと独り言だけで、会話推測できちゃったの? しかもあろうことか、解答たどり着いたの?
どんな頭の使い方してんの……?
ノームがアルの腕にスリスリしている。
「アル坊は賢いなあ。
どっかの絶壁とは大違い」
「絶壁言うな、関係ないじゃん!」
「だって、育ってないじゃないか。頭も体も」
「!
おいノーム、そこへなおれ。成敗する!」
「アル坊~、ローレイがいじめる~」
「アルにひっつくなって言ってんだろ、くそババア!」
「ババア言うな、ひよっこが! 度胸がなくてわしのように甘えることもできん軟弱者が!」
「なんだと!
おいこらノーム、見てろ。
アル、わたしのほっぺにちゅーだ。このババアを見返す……」
アルが黙って、わたしの脳天に手刀を叩き込んだ。
……痛い。
頭を抱えてうずくまる。ノームが「ばーかばーか」と言いながら、腹を抱えて笑っていた。
くそう。
アルが自分の隣にわたしを座らせる。
真面目なきらきらを浴びて、わたしは少し理性が戻ってきた。
「陸軍第一中隊はカウパト山で苦戦している。
その間に陸軍第二中隊は、多くの戦功をあげている」
「ギャラクが言ってたやつだね」
「第二中隊の中隊長、及び第二小隊長は、ギャラクの、レールド家の兄弟だ」
「……そうだった」
「第一中隊をカウパト山で足止めし、その情報をリアルに転送器で送る。魔石の粉を撒いている間は、第一中隊は身動きが取れない。
戦功を重ねた第二中隊の、軍での評価はうなぎ登りになる」
「うん」
「場所は自分の領地の鉱山だ。魔物が強すぎて鉱夫たちが入山できないと、レールド家の収入に関わる。だから、様子を見ながら魔物を操っている。
入山規制も頷ける」
わたしは首をかしげた。
「最終的にレールド家は、どうなりたいんだろう」
「……軍の内部で成り上がって、軍閥を作る」
「軍閥、作って」
「国政に参加する糸口を掴む。もしくはその傘下に入る。
そういう野心を持っているとなると、辻褄が合う」
アルはわたしをじっと見つめて、首を振った。
きらきらが儚く舞った。
「……推測でしかないけど。
ただ、可能性があるだけだ」
「でも、有り得ない話ではない、てことだね」
「話は軍の上層部や、もしくは国政の上層部にまで及ぶかもしれない」
「だろうな」
「そうなると、俺たち一兵士の力じゃ、何もできることはない……」
「うん……でもさ」
わたしはアルのブルーグレイの瞳を覗き込む。相変わらず、綺麗な目。
わたしは自然と微笑んでいた
「ここの魔物関係、ぱぱっと解決したら、レールド家の目論見は外れるよね。
第一中隊がここで駐屯する必要なくなるし、転送器を使う優位性もなくなるし」
「……確かに」
「やれることはやるよ。わたしたち、そのために来たんだから」
「……うん」
「てことで、ノーム。どこまで協力できる?」
アルの顔の隣にある、ノームの顔を見上げる。またアルの首にしがみついているし。
ノームはくりくりの目でしばらくわたしを見下ろしていたが、ため息とともに首を振った。
「……バカだが、勘だけはいいな、ローレイよ。
わしを使い倒そうとする、その気概もな」
「貧乏生活長いから、何事も無駄にはしたくないんだよ」
「まあ、よいわ。
わしが地竜に話を通してやろう。後でカウパト山に、お前ら二人て向かってみるといい」
「マジで? ありがとう!
で、他には? 何かできる?」
「この情報と地竜との顔繋ぎで、もう充分だろが!
魔石分は支払ったわ」
あとは自分らでなんとかせい、とノームはアルから飛び降りてわたしの前に立った。
まじまじとわたしを見つめるので、居心地が悪くなる。
「……ノーム?」
「こやつの何がいいんだか、さっぱりわからんが」
「?」
「ローレイ、気をつけろよ」
「……何が?」
「わからんなら、いい。
それと、カウパト山な。あそこは魔石が採れる」
「魔石、採れるの?!」
「地竜が長いこと住んでるんだ。魔石くらいできる。麓では魔石の加工もしているはずだ」
「何それ、聞いてないけど!」
「レールド家とかいったか? 探ってみればいい。
魔石が採れる場所周辺で、地竜と会えるだろう」
ふいにノームはわたしに近づいて、わたしの胸に手をかざした。
ごそっと、魔力が奪われた。
頭がふらっとして、ゆらゆら揺れる。
「今の魔石の情報料は、ローレイからもらう。
ちょうど小腹が空いてきた。
相変わらずローレイは、魔力だけは美味い」
「……わたしの魔力を、おやつにするな」
「これはアル坊に、はなむけ」
ノームがわたしの体をトンと押した。
魔力の低くなったわたしの体は、抵抗なくアルの腕へ。
「アル坊の唯一の欠点は、昔から女を見る目がない事だ」
「ノーム、お前な……」
「じゃあな」
ノームは瞬時に砂となり、崩れ落ちる。
そしてそのままいなくなっていた。
わたしはアルの腕の中にいる。
相変わらずの、筋肉質な硬い腕だ。
わたしの顔が、アルの胸に埋めるようになっちゃってるけど、これはマズくないかい? アルの胸ですーはー息しちゃってるのって、気まずいし落ち着かないし。
でも体は言うこと聞かない。ノームのやつ、絶妙な量の魔力持っていきやがった。
「アル、ごめん。もうちょっとしたら魔力回復して、動けるかと思うから」
「……」
「アル?」
アルの両腕が、キュッとわたしを締めてきた。
「……人って、幸せ過ぎると、意識飛ぶんだね」
「……アルが何を言っているのか、ちょっとわからないんだけど」
「もういいよ。レイはわかんないままで。
俺は勝手に浸ってる」
「なんだそれ。浸ってるって、どういうこと?」
アルはわたしの黒い髪に口をつけた。
わ、わ、わ。
「ノームって、かわいい女の子の見た目なんだっけ」
……。
ここで、ノームの話題ですかー。
今、別の女の話とか、ですかー。
いいんだけど、別に。いいけどさ。
「……かわいいよ。見た目は。
褐色の肌にくりくりした目をしてる」
「俺を気に入ってるって?」
「そりゃもう。喋ってる最中、ずっとアルにべたべたしてた」
「神の眷属がね」
あー、そういや、そうだった。
あいつも神の眷属だった。
すごーく、珍しい存在だった。
「神の眷属に気に入られた俺の。
俺のお気に入りはレイなんだけど」
アルがもう一度、わたしの髪にキスをした。
なんか、すごく恥ずかしい気がするんだけど。
「それって、どんな気分?」
えーっと。
魔力切れのせいかな。
考えるのが面倒。
アルの腕の中で、わたしはボソッとつぶやいた。
「悪くない」
アルにキュッとまた抱きしめられて、耳元で「レイが好きだよ」と囁かれた。
密着したアルの体温が心地いい。
……うん、悪くない。