17 じーさんからの贈り物
じーさんを、用意された部屋まで連れて行った。
本部が宿を借りきっているおかげで、空いている部屋を使わせてもらえるから便利だ。
アルも付いてきた。
小隊長自らが、お茶なんぞ入れてくれている。
わたしとじーさんは横並びで、ソファに腰掛けた。
くたびれた見かけだが、元気なじーさんである。今もご機嫌でにまにま笑っている。
じーさんが、わたしの手をくいくいと引いた。
なんだ?
「レイちゃん、あいさつ、忘れてない?」
「ああ、はいはい」
わたしは、じーさんのほっぺにちゅーをした。
茶器が、がしゃんと鳴る。
アル、気をつけろよ。
引きつったアルが、わたしたちに引いた目を向けていた。
「……レイ、なにやってんの?」
「なにって、カリキス家のあいさつ」
「それ、あいさつじゃ、ないだろ」
「カリキス家では、朝昼晩これだよ」
ねー、とじいさんを見ると、じーさんはあらぬ方を向いてすっとぼけていた。初めて会った時、じーさんがあいさつだよって、言ったんじゃん。
あれ?
そうだ、じーさんにアルを紹介してなかった
「じーさん、前に話したことのある、わたしの幼なじみの、アル。
アルフォンソ・オード・ローフィール侯爵。
んで、今はわたしの上司」
アルがやっぱり引きつった顔のまま、じーさんにお茶を出す。
なぜかじーさんが、アルを睨みつける。
「やらんぞ?」
「……!」
アルの顔が固まった。
表情、死んでるぞ?
おーい、どうした?
固まったアルは放っておいて、じーさんに向き直る。
元気そうで何よりだけど、カリキス領から出てきて大丈夫なのかな。まだ完全に復興したわけではないだろうに。
「じーさん、ここにいて平気なの? 地元、まだやることたくさんあるよね」
「それがねー、うちの建設技術者たちが他の領地で引っ張りだこになって、お金に余裕が出てきたんだよね」
「おお! 前話してたヤツ、やったんだ!
技術者、他領地派遣計画!」
「うん。ちょっと前、ローフィール前侯爵から依頼が来てさ」
「ローフィール、前侯爵?」
アルに視線を移す。
固まった顔がようやくほぐれたアルが、軽く頷いた。
「レイに以前、技術者派遣の話を、聞いていただろ。
うちの領地で、橋の老朽化が議題になっていたことがあったから、義父に打診してみたんだ」
「おおおおー」
「カリキスの技術者は、技術もさることながら、工事の速さが際立っているって。工事の日程が短ければ、工事費もそれだけ安く上がるわけだし」
カリキス領は、洪水で何本も橋が流れたからね。
橋を架けさせたら、うちに敵う仕事人はいないよね!
じーさんがお茶に口をつけながら、口を挟んだ。
「その噂がまた別の領地にも広まってね。お陰様で数年先まで、工事の予定でいっぱいだよ」
「すごーい。じゃあ、だいぶ余裕が出てきたね」
「わしが数日留守にするくらいには、ね」
わたしは改めてアルに視線を送る。
カリキス領に、手を差し伸ばしてくれていたこと、何にも言ってなかった。
全然気づかなかったじゃないか。
こんなに近くにいるのに。
アルに近づいて、手を握る。
戸惑うアルに、頭を下げた。
「ありがとう、アルフォンソ」
「……!
……いや、たまたま、利害が一致しただけで」
「それでも、ありがとう。とても助かった」
はにかむアルに、笑いかける。
じわっと頬が赤くなるアルに、じーさんが声をかけた。
「やらんぞ?」
「!!」
じーさん、さっきから一体、何をやらんのだ。
ところでさあ、とじーさんに尋ねた。
「転送器って、実物持ってきてないの? わたし見たことないよ」
「あれ、重たいんだよー。馬一頭分くらい重いよ。
持ち運びは難しいかな」
「据え置きで使うものなんだね。どんな形?」
「レイちゃん、見たことあるよー」
?
お目にかかった記憶、ないけど?
「わしの部屋の隅っこに、黒い箱みたいになの、あったでしょ」
「あったあった。掃除したくても動かせないやつ……って、あれか!」
背負いカゴくらいの大きさの、黒い箱。
じーさんの部屋でホコリ被ってたやつ!
じーさんはのほほんと笑っている。
「とっくに魔石切れて使えなかったけどね。通信する相手もいないし」
「あれ、橋一本分の値段するの……」
「プロトタイプだから、売れないだろうけどね」
「じーさん、ホントに研究者だったんだね……」
未だにこのじーさんが、すごい物開発してるとか、実感わかないけど。
アルがじーさんに目を向けた。
「転送器は、どうやって使うんです?」
「転送器の本体に、送受する機体の情報を入れてやるの。
例えばAの機体にBの情報を入れてやれば、AからBの機体へ文字が送れる」
「逆もできる、ということですね」
「そうそう。
表面に魔石の粉を振りかけるところがあって、そこに文字を書きつける。機体を発動すると、文字が送られる」
「送られた方はどのような」
「文字を受信したら光るんだ。光ったら魔石の粉を振りかけて、機体を、発動させる。すると文字が浮かび出す」
「使用後は魔石の粉を片付けてしまえば、情報は他に漏れない、ということですね」
じーさんが、アルの綺麗な顔をじっと見つめて、わたしに目を向けた。なんだかつまらなそうにしている。
「なんか、見かけより賢くて、ムカつく」
「アルは優秀なんだよ。学校飛び級するくらい」
「うわ、出たよ。
学年トップでモテモテで何の悩みもなさそうな鼻持ちならない金持ち」
「いやー、まんまだな、それ」
「モテない男たちから、呪われればいいのにー。
とりあえず、わしが呪っとくわ」
「じーさんは、モテ男が嫌いなんだ」
「さっきから、見掛け倒しであれって、願っていたんだけどねー。
全て持ってるって、やっぱ不公平じゃない? わしの得意分野でへこましてやりたいじゃない?」
「前から思ってたけど、じーさんて性格悪いよね」
レイちゃんほどではないわー、とわたしの養父は笑った。
どっちもどっちだよ、というアルの声はわたしたちには聞こえない。
執事のロイヤーに、似た者義親子と呼ばれていたことを思い出した。
じーさんは、それから二日滞在して、カリキス領に帰ることとなった。
別れを惜しむじーさんのほっぺに、何度ちゅーしたか分からない。
一緒に見送りに来たアルは、もはや解脱の表情になっていた。
レイちゃんも一緒に帰るー、と駄々をこねるじーさんをなだめすかして、馬車に乗せる。
「じーさん、休暇取れたら帰るから、ね」
「絶対だよ! レイちゃん、何だかんだで一年以上帰ってきてないんだから!」
「分ーかったから!」
「わし、老い先短いんだからね! 帰ってこないと後悔するからね!」
「じーさん、十分元気じゃん」
「レイちゃんいないと、元気なくなるのー」
メソメソするじーさん。
わたしは何度目かの、ぎゅーもしてやった。
その時、じーさんがわたしに小さな箱を手渡した。
飾り気のない、金属でできた箱だ。
「何?」
「魔石研究中にできたの。レイちゃん、必要な事があるかもしれないから」
「!」
「貴重なものだから、みんなに内緒ね」
じーさんが、わたしのほっぺにちゅーをした。
そして、アルに鋭い視線を投げかける。
「小僧、お手並み拝見だ」
「……。
……わかりました」
緊張感を伴ったアルが、表情を引き締める。しっかりとじーさんに応えていた。
去って行く馬車が見えなくなるまで、わたしたちはその場で見送った。
じーさんがくれた、魔石の結晶と共に。