16 スペシャリストがやって来た
遠路はるばるようお越しくださった。
アルと冷静に話し合いたい。
ちゃんと客観的な事実を付き合わせて、今後の方針を決めていきたい。
そう、わたしは思っている。
そのアルの怒りが、全然鎮まらない場合は、どうしたらいいんだろうか。
アルは怒り狂っている。
さっきから激怒オーラが炸裂していて、赤黒いきらきらが部屋いっぱいにたちこめている。
今すぐ、換気したい。
でも割と密談だから、窓もドアも開けられないね。
わたし、窒息しそうだね。
「……で、自分に魔法防御をかけて、なんだって?」
「いや、だからー。
なんかヘンな感じになって」
「ヘンってなんだよ」
「えーと、もやっとするというか、心臓にくるというか」
「それってどういうヘンなんだよ!!」
……ずっとこんな感じで、話が進みません。
アルを冷静に、もしくはこの激怒モードをなくすだけでもいいや。
何か手はないだろうか。なんでもいい。
アル、怒ると顔怖いんだもん。迫力、レベチだもん。
わたしの脳はフル回転した。
アルがおとなしくなる? アルの気を逸らす? アルが我に返る?
そんなもん、どうしたらできるのかなんて。
……わっかんねーや。
とりあえず、この場で使えるものは何でも使おう。そうしよう。
「アル?」
「何だよっ」
声、険しい!
目、鋭い! 怖い!
めげるな、わたしっ。
わたしは椅子に座っているアルに近づき、膝をつく。アルの両手を握って、上目遣いでアルを見上げた。
アルの手が、ひくりと反応した。
「……わたしの話、ちゃんと聞いてくれる?
聞いてくれたら……わたしの大切なもの、ひとつあげる」
首も少し傾げてみよう。
握った手を、わたしの頬に付けてみる。
「だめ?」
……数秒後、アルは陥落した。
握ったわたしの手に顔を突っ伏すと、赤黒いきらきらがピンクのきらきらに変化した。
ピンクのきらきらを正面から浴びすぎて、わたしはちょっと、げほげほする。
……へ、チョロい。
わたしの大切な、宿舎の食堂からかっぱらって来たドーナツを、アルと食べる。
わたしの大事なものってのがドーナツであっても、アルは何も言わなかった。
冷静になったら、わたしならそんなもんだと思ったらしい。黙ってもぐもぐしている。
「なんかさあ、レールド家って、裏がありそうじゃね」
「根拠はある?」
「ふわっとしかないな。
前から鉱山に魔物出てたこと黙ってるとか、入山規制してるとか、なんだか情報持ってそうだとか」
「確かに、決め手になるものがない」
「ギャラクの印象が最悪なせいで、なんか悪い事してそうなイメージになっちゃうよね」
ドーナツの最後の欠片を口に放りこんで、アルに尋ねた。
「レールド家の、軍事機密漏洩疑惑は?」
「食べ終わってから、話しなさい。
……中隊長の方で調べは進んでいる。まだウラは取れていないみたいだ」
「レールド家がやり取りしてる、過去の文書の暗号解読とか? 気が遠くなるなー」
「暗号解読の専門の部署があるんだよ。それも任務だから」
「わたし、そういうの、むりー。
もうさ、王都のレールド家とここのレールド家と、直通でばばっとつながる道具とかあればいいよね」
「?」
「証拠も残らない、情報やりとりできるやつ。
秘密抱えてるなら、便利じゃね?」
アルが、わたしをまじまじと見ている。
真っ直ぐ見られると、なんか恥ずかしいんだが。
「……あるよ」
「何が?」
「その、便利道具。
ものすごく高価で取扱が難しくて、維持費が高いから、まったく普及してないけど」
「あんのっ?!」
「高度な魔道具だ。俺も実物は見たことない」
そんなもん、わたしが知るわけがないわ。
アルが眉を寄せて考え込んでいる。
どんな表情でも絵になる男だ。
「俺が気付くくらいだから、カン中隊長が気付いてないとは思えないんだが」
「そうなの?」
「あの人はもともと、陸軍の魔道具開発局に携わっていたことがあるんだ」
「うわ、意外。顔険しいから、ガチゴチの現場の人だと思ってた」
「本人には絶対言うな。ちょっと気にしてるし」
その時だ。
ノックの音がして、兵士が顔を出し敬礼した。
「ローフィール小隊長、カン中隊長がお呼びです」
いきなり噂のカン中隊長から、お呼び出しだよ。
「カリキス副官も同道するように、とのことです」
わたしもかい!
わたしは思わず、アルと顔を見合わせた。
中隊長室には思いもよらない人物が招かれていた。
痩せて曲がった背中、真っ白な頭髪、分厚い眼鏡。
ここにいるはずのない、わたしの養父。
「じーさん⁈」
「レイ、ちゃーん」
がしっと抱き合うわたしたち。
わたしの養父、カリキス子爵である。
カリキス領で洪水による災害復興をしているはずの、じーさんである。
「なんでここにいるのっ?」
「わし、カン中隊長に呼ばれたんだよう」
そうだった、ここ、中隊長室だった。
慌てて敬礼するわたしに、カン中隊長は苦笑する。
「感動の再会でなによりだ」
「恐れ入ります」
「カン中隊長、レイちゃん叱っちゃだめだからね」
「わかってますよ、カリキス子爵」
……で、なんだ、この二人の関係性。
わたしの手を放そうとしないじーさんがいるので、わたしに椅子が用意された。
上司のアルが立ってるってのに、なんかほんと、すんません。
アルは若干引きつっている。
カン中隊長がここにいるメンバーを見渡す。
カン中隊長、中隊長の副官さん、じーさん、アルとわたしだ。
「情報を摺り合わせよう。
ギャラク氏の情報入手経路について。
暗号や伝書鳩まで考えてみたのだが、もっとも可能性の高い方法として、ある魔道具が浮かび上がった。ローフィール小隊長、それについては」
「さきほどその可能性に行きつきました。『転送器』ですね」
「さすがだな」
カン中隊長の目元が少し優しくなる。
アルは軽く頭を下げた。
「『転送器』は軍部の魔道具開発から、生まれた代物ではない。
民間の、魔道具開発研究所で、開発されたものだ」
「……知りませんでした」
「その研究所の元所長が、カリキス子爵だ」
え?
ええええええええ????
「じーさん、そんな偉い人だったの????」
「そうだよー。ずいぶん昔の話だけどね」
「?!
もしかして、カリキス領に魔道具がなんだか多かったの、じーさんのおかげ?!」
「買うと高いけど、作ると安いものばっかりだけどねー」
「偉い人なのに、なんでこんな貧乏なんだよ」
「お金があると、研究費に回す悪い癖があってね。
執事のロイヤーに、いっつも叱られてねえ」
ああああ、わかるう。
ロイヤー、苦労人ぽいもんな。
わたしはカリキス領で苦労を共にした、ロイヤーの顔を思い出した。
カン中隊長がじーさんに向き直った。
「カリキス子爵には、『転送器』について詳しくお聞きしたいのだが」
「いいよー」
『転送器』
魔石を利用した魔道具である。
転送器同士であれば、どんなに離れていても一定数の文字を送ることができる。
送付後・閲覧後は消去されるので、文字は残らない。
「……実に便利な道具ですね」
カン中隊長の言葉に、じーさんは嬉しそうだ。
「そうなんだ。便利なんだよー。
ただ、一台が、橋が一本建てられるくらいの金額で」
……橋って、川に架けるあの橋、だよね。
「少なくとも二台以上ないと使えないから、橋二本以上の金額で」
橋、二本以上。
「魔石を粉にして使うから、魔石代も通常よりかかるし」
魔石ね。ただでさえ高価なのに、加工したら、もっと値段上がるよね!
「魔石を管理する場所って厳重にしないと魔物が寄ってきちゃうから、特殊加工した小屋を、転送器の数だけ建てないといけないし」
魔道具のために、特殊小屋建設。
じーさんが、不思議そうに首をかしげた。
「なんだか、売れなかったね」
「そりゃそうだろうね!」
わたしが勢いよく言うと、周りのメンツも深くうなずいた。
貧乏なのに、この金銭感覚、なんなの。
「まったく売れなかったわけではありませんよね。
実際、軍には何台かありますし」
カン中隊長が気を取り直して尋ねる。
「大貴族には何台か売れたよね。領地が広いところなんかは便利がってたよ。ただ……」
じーさんが思い出すように目を細める。
「魔石の維持が大変みたいで、手放す人も多かったよね。魔石ってほら、取れない時はほんと取れないから」
いつどこで採掘されるかわからないのが、魔石だ。国で管理しているが、採掘量によって必ず市場に出回っている訳では無いから、確かに維持は大変だ。
「魔石が切れると、すぐ止まっちゃうんだよね。起動させようとすると、起動するために使う魔石と時間がすごくかかるし。だからそのタイミングで、みんな転売したみたいだよ」
「ということは、転送器の売買の履歴から、持ち主を特定するのは」
「難しいんじゃない? 少なくとも、全ては無理だよね」
カン中隊長が天を仰いだ。
じーさんが、そんな中隊長に唇を突き出して言った。
「あの時、カン君が軍を辞めてうちに来てくれたら、転送器の改良で、もっと使い勝手よくなったかもしれないのにぃ」
「無茶言わないでください」
「カン君だって、わしの研究にすごく興味示してたじゃない」
「カリキス子爵の研究所は、あの当時の最新技術が満載でしたからね」
「優秀な人材は軍が持っていくから、軍て嫌いなの!
わしのレイちゃんまで、持っていくし」
じーさんがわたしに擦り寄ってきた。
はいはい、とじーさんの白髪をなでてやる。
さっきからアルが、やたらと引きつっている。
カン中隊長が、苦笑いをしながらわたしに目を向けた。
「まあ、そういうことで、カリキス子爵を呼ぶダシに、ローレイを使わせてもらった」
「それって……」
「カリキス子爵のローレイさんはカウパト山で任務についてます。ローレイさんが寂しそうなので、こちらにおいでください。
ついでに『転送器』の情報と共に。
……という、招待かな」
「……軍事機密漏洩、しかもダダ漏れじゃないすか」
「違う違う。これは高度な作戦だ」
わたしに片目をつむってみせる、カン中隊長。
くっ、ちょっとイケおじだ。
じーさんがにこやかにわたしに視線を寄越す。
「レイちゃんがいなかったら、わし来なかったよね」
「いや、すばらしい餌だったな、ローレイ」
「レイちゃん、カン中隊長に酷い目にあわされてない? なんなら、軍の上層部に密告するよー」
「聞いてよ、じーさん。カン中隊長の命令でやりたくもない仕事押し付けられてさ……」
「ローレイ、調子に乗って余計なこと言わない方が賢明だぞ」
にこやかに睨みつけるカン中隊長。
おお、怖。
ちゃんとお口にチャックして、シラを切っとこう。
「まだカリキス子爵にお話を聞きたいが、お疲れでしょう。別室をご用意しましたので、少し休憩しましょうか」
「それは助かるね。レイちゃんは連れていくよ?」
「どうぞ、どうぞ。
いいね、ローフィール小隊長」
「……はい」
諦めきった顔で、アルが頷いた。
アル、なんか短時間でやつれたな。
きらきらが、ポタポタ落ちてるぞ。