15 ギャラク
チャラ男が止まらない。
『牡牛亭』と書かれた酒場を覗き込むと、とたんに賑やかな喧騒に包まれた。繁盛している店のようだ。
きょろきょろ辺りを見回すと、奥にジョッキを傾むけている見慣れたおっちゃんたちがいた。
元、第十二小隊の班長と、その部下三名である。
イタミ山の任務完了後、組織の再編があり、彼らは別の小隊へ異動になっていた。我が第十二小隊にも、新しい兵士たちが異動してきている。
たまたまとはいえ、元十二小隊の班長たちが同じ任務先だったことは嬉しい限りだ。
任務地は選べないからね。
班長たちが今所属している小隊は、主に鉱夫たちの警護を担っている。まさに最前線を任されている部署だ。
警護の名簿の中に班長たちの名前を見つけた時、実力買われてるな、と思ったものである。
「ローレイ、こっち来い!」
「班長! みんなっ! 久々な気がするっ。
最近デスクワークばっかで文字しか見てないから、班長たちが新鮮っ」
「いい男に見えるだろ?」
「かっこいいーイケメンー渋いー好きー」
「がはははははっ、若い奴らに聞かせてやりたい!」
「きらきらにもな!」
班長たちが爆笑している。
アルがいないときの小隊長の呼び名は、すっかり『きらきら』である。
班長たちの席に混ざり、冷たいお茶を頼んだ。
わたしの前には、次々とツマミと言う名の料理が並ぶ。
味濃いけど、うまー。
レールドの料理はスパイスがきつい。
でも、結構クセになる。
「ローレイ、これもいっとけ。芋牛のテールスパイス煮」
「ふわあああ、なんじゃこりゃ、とろとろ〜」
「これはどうだ。水鶏の辛口唐揚げ」
「唐揚げは正義! かりかり、うま〜」
「重ねてこれだ。草豚の焼肉」
「シンプルイズベストっ! 脂ジューシー〜」
おいしいよう、おいしいよう。
バクバク食べていると、班長たちがわたしを意味深に見つめている。
「それで、『宿舎の料理はもう飽きた。なんか旨いもん食わせろ』という建前は堪能したか?」
班長がひらひらと手紙を振って見せる。わたしが送ったラブレターだ。
わたしはニヤリと笑った。
「察しが良くて助かるわ、班長」
「だろ」
「店の選択も百点」
「積もる話があるからな」
賑やかな繁盛店。酔っ払いが騒ぎ、隣のテーブルの会話なんてわからない。
とても、密談向きである。
軍の内部にいても、わたしたちにもたらされる情報は一部でしかない。第十二小隊の任務はカウパト鉱山周辺の哨戒が主だから、最前線の情報に疎い。
特に今回、ギャラクの情報網が未知数だ。どれだけ手広く情報を集めているかわからない。
軍の内部も……どれだけ信用していいかわからない。そのためにメシをおねだりという、カモフラージュを用意して、班長たちと接触したのだ。
確実に言えるのは、班長たちは信頼できるってこと。
しかも最前線勤務とか、わたしたちマジ、ツイてたわ。
「……レールドの鉱夫たちについて、知りたい」
「個人ではなく、鉱夫たちだな」
「そう」
班長たちはお互いを見やる。
慎重に思い出し、言葉にしているようだ。
「……気のいい奴らだ。いい鉱山だから、余裕がある」
「確かに、ギスギスした感じはないな」
「不満があるとしちゃ、最近、前より鉱山に入れなくなっていることか」
「魔物が出るんじゃ、しょうがないよね」
わたしがそう言うと、班長たちは苦笑した。
? なんだ?
「それがな、魔物だったら俺たち兵士がいなくても、太刀打ちできるんだとよ」
「多少怪我やなんかは、覚悟の上みたいだが」
「屈強な鉱山の男たちだぜ。入山時に何かしら武器を持って入れば、弱い魔物なら倒せるそうだ」
「今までも魔物が出ることがあったから、いつも剣やら弓矢は携帯していたっていうし」
「軍が警護するってんで、何を今更って感じだみたいだ。仕事に集中できるのは、ありがたいらしいが」
? ? ?
話が違うな。
「魔物がいるから入山規制されたんじゃないの?」
「建て前上は、その通り。
以前より魔物が活発化しているのは、確からしいし」
「鉱夫たちも口を濁しているが、どうもレールド家から圧力がかかってるようだ」
「なんで?」
「わからん。
だから鉱夫たちも、誤魔化し誤魔化し入山している」
入山を規制する、圧力。
「鉱夫たちは、なぜ王国軍がこの鉱山を警護し始めたと思っているんだ?」
「ギャラクお坊ちゃまの、采配」
あの、態度の悪い金髪チャラ男の、采配?
「あの三男坊、金とそれなりの権力は持っている」
「金にモノ言わせて軍を動かし、鉱山の魔物を一掃させるつもりじゃないか」
「安全に鉱山が運営できれば、賄賂以上に丸もうけ」
「……なんてことが、囁かれてるぜ」
……わたしら陸軍は、金で動かされた駒ですか。
鉱夫たちはそう思ってるってだけで、それが真実って訳じゃない。
ただ、そう思われてることは、ムカつくなっ。
「……ん? たぶん、限界だな。
ローレイ、迎えが来てる」
「迎え?」
「表が騒がしい」
「だな。きらきらだろ」
……アルかよ。
せっかくわたしが人目を忍んでやって来たってのに!
あのきらきらが来たら、目立つだろうがっ!
ムスっとしてるわたしを班長たちが宥めにかかる。
「気ぃ使って店まで入って来てないんだ。許してやれよ」
「心配してんだよ、ローレイ」
「わたし、そんなに子供じゃないもん」
「じゃあさ、『そこの角にめっちゃおいしいショコラアイス屋があるんだけど、試してみない?』って、声かけられたら」
「うおお、心が揺らぐっ」
「……心配くらい、させてやれ」
アルに同情の声高し。
アルっていつの間に、こんなに班長たちから支持されてんだ?
そんなに、仲良かったっけ?
「ねえ、班長たちって、前からそんなにアル推しだった?」
「別に推しって訳じゃねえよ」
「……ははああ、そういうことか。
ローレイ、お前多分、覚えてねえな」
「何を?」
「イタミ山の掃討戦。
ギャン泣きのお前抱いたまま、戦闘指示出し続けた、ローフィール小隊長のこと」
「……!」
アルに、抱きついてたような、記憶がある。
しかも泣きながら。
みんなの前で。
今更ながらに恥ずかしくなって、ぼぼぼぼっと顔に血が上った。
「おおー、ローレイが赤くなった」
「いいもん見たなー」
「……やめてよ、恥ずかしい」
「いやあ、ちゃんと女の子だったな、ローレイ」
「俺たち、あれからきらきら応援することに決めてんの」
「あんなん見せられたら、援護射撃するしかなかろう、兵士として」
「ほれ、さっさと行って、きらきら安心させて来い」
班長たちにがつがつと後押しされて。
わたしはすごすご、表で女の子たちに取り囲まれているだろう、きらきらの元に向かった。
アルにアイス、買ってもらおう。
一番高いやつにしよう。
※ ※ ※
この任務地で、嫌な仕事がある。
兵士になってから、一番嫌な仕事だ。
ギャラクへの現状報告。
一日に一度、今日の報告をギャラクに上げなくてはいけなくなったらしい。必要あんのかね?
しかも、ギャラクのご指名が、毎回わたし。
色気のないガキには、興味なかったんじゃねえのかよ!
と怒鳴りつけたいが、そうもいかない。
ただ面白がってるんだろう。チビの女兵士なんて、そこら辺に転がってないからね。
アルはすごく神経質になっている。
廊下での件があって以来、ギャラクへの印象は最悪だ。
毎回の指名を、毎回断っている。
さすがに常に断れるわけじゃないので、何度か行かされてるが、必ず兵士の護衛が付く。
アル本人が護衛に付きたがっているが、小隊長が席を外せばそれだけ仕事に支障が出てくる。渋々他の護衛を付けることで我慢していた。
今日も護衛のお兄さんと一緒に、ギャラクへ報告に行く。今日は私室に来いだとさ。毎回居場所変えるのも、なんとかならんかね。
ノックをしようと手を上げると、ギャラクの私室から声がもれ聞こえてきている。
わたしの胸に、暗い怒りが舞い上がる。
……ちっ、またか。
「……旦那様、いけません。ダメ……」
「ふふ、本当に?」
「あん……ああっ……」
わたしはノックと共にドアを全開にした。
「お忙しーとこ、すんません。報告に上がりましたあ」
ソファでメイドさんといちゃこらしている、ギャラクを睨みつける。
この前と、また違うメイドさんだ。とろんとした目でギャラクにしなだれかかっている。
ギャラクの青い目がわたしを捉えて、にやあっと笑った。
「いつもいいところでやって来るね、ローレイちゃん」
「わたしのことは、カリキス副官とお呼びください、と何度も申し上げておりますが」
「ローレイちゃんも、仲間に入れてあげようか。
俺は二人だろうと、十分満足させてあげられるぜ?」
「話を聞いていただけないようなので、報告に移らさせていただきます。
本日の護衛任務……」
「わかったわかった」
ギャラクがメイドさんの顔の前で小さく指を鳴らした。
途端にメイドさんが我に返り、慌てて服装の乱れを直し、そそくさと部屋を出て行った。
……いつも、これだよ。
ギャラクは含み笑いをしながら、ソファに座り直した。
濃い色の金髪に、濃い色の青い目。
そこに座っているだけなら、イケメンと言われなくもない。とてもチャラいが。
しかし、なんでこいつがこんなに女にモテるの?
相手してるのはいつも違うメイドさんだし、街でも浮き名は流れているらしいし。
このチャラ男の、どこがいいんだろう。
わたしにはまったくわからない趣味だ。
「ローレイちゃんは、いつも落ち着いてるね。
護衛の兵士くんの方がよっぽど初心だ」
ふと後ろをむくと、護衛のお兄さんは顔を赤くして下を向いている。
ふむ、人選を誤ったか。
「よく情緒が足りないと言われます」
「ホントだね。ちょっとは照れたり恥ずかしがったりしてほしいな」
「必要であれば、他の人間でどうぞ」
「なんだか、不機嫌そうだね。なぜ?」
……なぜ、じゃねえんだよ!
「報告の時間はほぼ毎日決まっています。ギャラク様には今後、その旨考慮していただければと思います」
「その旨、って、どういうこと?」
ムカつく。本当に、ムカつく。
「我々が来る時間を狙って、女を籠絡する現場を見せつけんな、ってことです」
「……あははは。
ローレイちゃん、すごい、いやらしいね」
「言わせてんのは、そっちです」
「ローレイちゃんは、いやらしい事に慣れてるんだ」
「ご想像にお任せします」
「へえ、それは想像しがいがあるな」
「変態ですか」
ギャラクの瞳が歪んだ気がした。
光が歪むような、ざらつくような。
心臓を触られるような。
……なんだ、これ。
わたしは咄嗟に魔法防御を自分にかけた。
なぜだかわからない。
そうした方がいい、と本能が訴えたとしかいえない。
気付くと、すぐ目の前にギャラクがいた。
……わたしがこんな間合いに、警戒しているこいつを入れるはずがない!
ギャラクは、いつかのようにわたしの顎に手を当て、上向かせた。
舌舐めずりが聞こえた気がした。
「ローレイちゃんは、面白いね。
いろんな顔を見てみたいな」
歪んだ笑顔を向けるギャラクを、今更のように護衛の兄さんが引き剥がした。
遅いよ!
君、ちょっとこの護衛には不向きだったね!
わたしはというと、全身鳥肌が止まらなかった。
もう本当に未だかつてなく最高潮に、気色悪い。
ギャラクはまだわたしを見て、ギラついた笑いを浮かべていた。