11 わたしの魔力の使い方
ちょいときゅんきゅん。
本隊に戻ると、哨戒に出ている以外の兵士たちが全員集まっていた。
本隊からもイタミ山の異変は届いていたようだ。すごい音してたし、山の一部剥がれたし。
アルの魔法ってすごいよなー。
そのアルは、馬から降りた途端にぶっ倒れた。
でかい魔法ぶっぱなしたまま、馬で駆け通しだもんね。顔が真っ青になってる。ありゃりゃー。
二人の兵士が、医療用テントにアルを運んでいく。
残ったわたしに、本隊にいた班長二人が近付いてきた。
「副官殿、詳細をお聞きしても?」
「了解です」
班長たちに、イタミ山付近でのことを話す。
年配の班長たちは、真剣な顔でわたしの話を聞いてくれた。
兵士たちも近くで耳をそば立てている。
イタミ山で魔石発生の可能性が高いこと。強い個体が確実に出現していること。リーダー的な個体がいる可能性。リーダーの視認はできていないこと。
「魔物の数が、思った以上だったんで、減らしてきた」
「それが、さっきのイタミ山崩壊か」
「そう。アル……小隊長が土魔法をしかけて」
「それを、提案したのは?」
「わたし」
班長たちがため息をつく。一人は眉間をぐりぐり揉んでいる。
わたしを残念そうな顔で眺めている兵士たち。
あれ?
「あんた達の能力が高いことは、よく分かってんだけどな」
「はい」
「軍隊で、現場のトップが倒れるような作戦は、どんなに旨みが多かろうと、失策だ」
あれれー?
見渡す兵士たちも、うんうん頷いている。
現場のトップって。この駐屯地の責任者って。
……アルじゃん。
「現場の情報はすべて小隊長に集まり、小隊長の指示で現場は動いているんだ」
「……はい」
「今、異変か起こったとして、小隊長の指示なしには俺たちは動けないんだよ」
「…………はい」
「突然魔物が我々を襲い、対処しきれず街にまで被害が及んだ時、その責任を取るのは誰だ?」
「………………小隊長です」
「現場のトップを、潰してはいけない理由は、わかったか」
兵士たちが、わたしを注目する中。
わたしは班長たちに、深く深ーく、頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
そうだ。ここは軍隊だ。
思いつきで後先考えずに動いていいわけがない。
組織で動いていることを、念頭に置いておかなければいけないんだ。
私だけの責任、ではなくなるのだから。
恐る恐る顔を上げると、班長たちは意外と優しい表情でわたしを見守っていた。
イタズラ坊主を懲らしめた、くらいの雰囲気だ。
初めは印象悪かったけど、いいおっちゃんたちなんだよね。
「今回はさ、ローレイの馬鹿げた作戦に乗っちまった、小隊長も悪いよな」
「若さが出たね。後で説教だ」
「班長全員で押しかけるか」
「面白れえな、やろうやろう」
……楽しそうだな、おっちゃん達。
あの有能なきらきらを説教できる機会、そんなにないだろうからね。はい、楽しんでいただきたい。
和やかな空気になった時、一人の班長がいたずらっぽい視線を、わたしに寄越した。
「副官さんよお、こっちはいいから、仕事してきな」
「え?」
わたしの仕事?
調査隊としての報告と、あと仕事ってなんだっけ?
別の班長も、意味深な視線を投げてよこす。
「小隊長についててやれよ」
「だな。ローレイのせいで、ぶっ倒れたようなもんだ」
「目が覚めた時ローレイがいたら、小隊長の加減もよくなるだろ」
「きらきらが増すけどな」
「各自、サングラスの用意」
「「「おう!」」」
あー…………はい。
なんか、わたし以外楽しそうだね。
とぼとぼと医療用テントへ向かうわたし。
兵士たちが、なんだかニヤニヤして送り出してくれた。
医療用テントをポスポス叩いてみる。
すぐに女の子の声がして、ソフィアさんが顔を出した。今日はかわいく、淡い茶色の髪を三つ編みに結わえている。
あー……ソフィアさん、いたのね。
中に入ると、ベッドにアルが寝ている。相変わらず顔が青い。
「さっき、寝つかれたところで」
「うん、無茶させちゃったから」
「……大丈夫なんでしょうか。
医療班の方は、寝かせておけばいいと仰ってましたけど」
「魔力と体力の使いすぎだからね」
アルの傍に寄り添うソフィアさん。
……お似合いなんだよなあ。
アルとソフィアさんを並べると、とても絵になる。
二人とも綺麗で、まぶしくて。
――――わたしなんて、入れる余地がない。
……あれ?
……胸がちくちくする
最近、おかしい。なんだこれ。
どうなってんだ、わたし。
ソフィアさんが、優しくわたしに笑いかける。
女の子らしい、可愛らしい微笑みで。
「小隊長には私がついてますので、ローレイさんは業務に戻っていただいて、大丈夫ですよ」
……なんだろう。
ソフィアさんの親切なのに、そうは思えないわたしがいる。
ソフィアさんの優しい笑顔が、この時間を独占したいからって、言ってる気がする。
……でも、だから、なんだ?
ソフィアさんからしたら、アルと二人きりの時間は貴重だよね。
わたしはいつも一緒にいるんだから、気を使えってとこだよね。
わかってんだけど。そんなこと、わかってんだけど。
納得いかない、わたしがいる。
……だから、わたしは、わたしらしくない手段を選ぶことにした。
「ごめん、ソフィアさん。
これも、副官の業務の一環だから」
「ああ……そうなんですね。
すみません、気が利かなくて」
ソフィアさんはアルの毛布を整えて、わたしに席を譲った。
小さく会釈して、テントを出て行く。
それを見送って、戻ってこないことを確認して。
わたしは、眠っているアルの頬を指でグイッと押してやった。
「いつまで寝たフリしてんだ、アル」
アルは気だるげに目を開けて、わたしを見た。珍しくきらきらなしで、どんよりしている。
「バレたか」
「当たり前だっつの」
「……これだけダルいのに、余計な気なんか回せるか」
「おつかれー。やっちまったね」
「自分の魔力と体力、過信した。
魔法放った直後、ちょっと意識飛んだわ」
「落馬しなくてよかったな」
「無茶な作戦考えやがって」
「それを採用した小隊長に、班長たちが後で意見あるってよ」
うわああああ、とアルは毛布を頭から被った。
そりゃ、嫌だよね。
わたしはベリっとその毛布を剥いでやる。
涙目のアルを覗き込んで、提案してみる。
「ちょっと試したいことがあるんだけどさ」
「試したいこと?」
「魔力に関することなんだけど」
魔法使いは、魔力を消費して魔法を行使する。
その際、水魔法なら魔力と水の力を、火魔法なら魔力と火の力を利用するのだが。
わたしは独学で魔力を操ってきたため、そういうことができない。自分の中の感覚でしか魔力を扱えないのだ。
「実はわたし、ドレインタッチの真似ごとができるんだよね」
「……ちょっと待て。
ドレインタッチは闇魔法に属するよな?」
闇魔法。
闇魔法の適正を持つ者は少なく、とても希少な魔法使いだ。王国にも数十人しかいないだろう。
もちろん、魔力と闇の力を利用して魔法を使う。
ドレインタッチも、闇の力を利用する魔法なのだが。
「そもそもわたし、自分の魔力しか使えないじゃん? 闇の力を利用するとか、よくわからんのよ。
イメージして、できるかなーって思ったものができるわけ」
「……ドレインタッチ、できちゃったわけか」
「できたゃったんだよねえ。
火とか水とかは全然できないのにさあ」
わたしは自分の手のひらを見る。
ここから水が出るとか、訳わかんない。だけど、魔力を吸い込むことは、イメージしやすい。
「んで、その活用なんだけど」
「ん」
「わたしの魔力、アルに送ることはできないかな」
アルが瞠目する。
ブルーグレイの瞳が興味深そうに瞬いた。
「ドレインタッチの逆行みたいなものか」
「要は魔力の行き来でしょ。魔力を吸い込むか、魔力を送り込むか」
「……相変わらず、発想が破天荒だな」
「知らん。できそうなことを考えただけ」
ベッドのアルを覗き込む。
魔力切れした青白い顔。
それはそれでイケメンなあたりが、アルだ。
「やってみる?」
「やる」
「即答だな。
初めてやるから、何が起こるかわからないよ」
「大丈夫だよ」
「何、その厚い信頼。根拠もないくせに」
「あるよ」
アルの片手がわたしの頬に伸びて、包んだ。わたしの顔なんか包めるんじゃないか、と思うくらい大きな手だ。
「俺はレイの魔力を知ってる。攻撃の時は恐ろしいけど、付与魔法の時は優しい」
「……」
「すごく、優しい」
……きゅん。
…………お、ああああ?
絶壁が、なんか鳴った。
アルの真摯な目。アルにまっすぐ見られている。
……きゅんきゅん。
…………ええええええええ?
なんだ? なんで?
鳴るな、わたしの胸。
普段使えない、絶壁のくせに!!!!
わたしは頭を振った。
……だめだ。早く終わらせよう。
心臓に何か欠陥があるのかもしれん。
さっさと終わらせて、安静にしよう。
わたしはアルの毛布をべりっと完全に剥ぎ取って、アルの身体中ペタペタ触りだした。相変わらず硬い筋肉質の身体だ。
アルが身体を縮こませて抵抗する。
「何何何何なにっ?」
「どこから魔力送り込んだら、効率いいかと思って」
「そういうことは、ちゃんと言ってからやろうよ!」
「おお、そういえば」
「変な気分になるだろっ」
「変な気分?」
「具体的に聞きたいのかっ?」
「よくわからんが、やめとく」
「……覚えてろよ、レイ。絶対やり返す」
抵抗したことで、くたっと力尽きたアルを、さらにペタペタ触る。
服の上からじゃ、ダメだ。でも脱がしたら、また無駄な抵抗するよな。
手のかかる男だ。
服から出てるところ。
アルの首すじに触れてみる。
アルがビクッと身動ぎした。
「……ここだな」
「首?」
「なんとなく、わかった。
効率よくやるには人体の急所がいい」
「……それって」
「頸動脈」
……危なくないかな。
両手でアルの急所を押さえているわたし。
わたしが力を込めれば、殺すことができるような急所だ。
そこから魔力を流すのか。
ちょっとビビっているわたしに気づいたのか、アルが軽く笑った。
なんの気負いもない笑い声が響く。
「こんな姿、誰にも見せられないね、レイ」
「……わたしがアルを襲ってる?」
「そうそう。おっかねー女」
くすくす笑うアル。
こういう笑い方すると、子供の頃の顔を思い出す。
わたしの前でだけ、笑っていたアルのこと。
……昔っから、良い奴だな。
失敗できないな。
ちゃんとしよう。
わたしのできる全てを使って、ちゃんとやろう。
「……やるよ」
わたしは自分の中の魔力と向き合う。
いつもは適当に扱ってる魔力を、よりクリアに。
より綺麗に。
綺麗なアルに渡すんだ。
両手から、アルの鼓動が伝わってくる。とくんとくんと刻む鼓動に魔力を乗せる。
少しずつ、負担にならないように。
反発しないように。アルの魔力と馴染むように……。
「……! レイ、もういい! もう大丈夫!」
アルの慌てる声がして、わたしは魔力を止めた。
きょとんとアルを見てしまう。青白かった顔が元に戻っている。それどころか、上気している。
あれー?
「……鼻血、出るかと思った」
「? なんで?」
「俺の最大魔力量、超えてきた」
「そんなに魔力、送ってないって!」
「多分、お互いの認識の違いだ」
アルはわたしを、別の生き物を見る目で眺めている。
「レイの魔力量はバケモノ級だ」
「バケモノって」
「神の眷属、召喚できるような奴、俺たちと同じはずがない」
「おおおお……」
「レイは、本当に人なのか?」
人ですから!
そこを疑われるとは思ってなかったよ!
ぷんすか怒ってると、アルが苦笑して頭をぽんぽんしてきた。
魔力送り、上手くいってよかった。
いつものアルに戻ってよかった。
でも、腹立ってるから、そんなこと言わないんだ。