10 情報分析
王国陸軍第一二小隊の駐屯は、一年にも及んでいる。
初めは魔物が時々街を襲う、という程度だったのが、最近では五日に一度くらいの頻度で魔物が現れている。街の中まで侵入するようなことはないが、街の外で働く人々は、いつ魔物に出会うか戦々恐々としている日々だ。
軍隊所属の我々はコボルトやゴブリンは雑魚みたいなもんだが、一般の人じゃ太刀打ちできないからね。
前任の小隊長は、魔物が出たら狩る、追い返すを繰り返していたらしい。
だから哨戒のスケジュールや出動の速度は、非常に洗練された小隊なのだが。
「根本的な解決には至ってない、よね」
「レイもそう思う?」
アルが前任者の記録を繰りながら地図にメモを取っている。
割と大きな地図だが、アルの書き込みでだいぶ黒く書き込まれていた。
「調査隊は出してないの?」
「この小隊の規模だと、調査隊を出すと哨戒スケジュールに無理が生じてくるからね」
「哨戒範囲が広いからなあ。でも、魔物の出現頻度には、なんらかの原因がありそうじゃね?」
「俺もそうは思うんだけど……」
アルが眉を寄せて地図を睨みつける。
渋めのきらきらが舞っている。
最近、きらきらが多彩になったよな。
その時、ポスポスとテントを叩く音がした。
声をかけると、ソフィアさんが顔を出した。
「お食事をお持ちしました」
おお、そんな時間か。
すっかり話し込んでしまった。
アルは小隊長なので、食事は持ってきてもらえる。
小隊長の特権、と言えるが。
……ほら、小隊長がいると他の兵士が気まずいじゃん。
食事取ってるときくらい、気を張らずに楽しみたいじゃん。
小隊長の悪口言いたいじゃん。
てことなんだと思っている。
「ご苦労さまー」
「ローレイさんもいらしたんですね。
ローレイさんの分もこちらにお持ちしますか?」
「いいよ、わたしは。向こうで食べるから。
アルの給仕をお願いします」
ソフィアさんは、それはそれは嬉しそうに頷いた。
もう、かわいいなあ、この子。
「アル、ソフィアさんがかわいいー。超かわいいー。お持ち帰りしたいー」
「何馬鹿な事言ってんの。ソフィアさんが困ってる」
「あ、あの、私は、その……」
「ずっと見てたいわー。目離せないわー」
「レイ、いい加減にしろよ。
ソフィアさん、すみません。すぐ机片付けますね」
きらきらをまぶしたアルの笑顔に、ソフィアさんがほんのり頬を染めている。
女の子だなあ。わたしにはない要素だもんな。
わたしはソフィアさんと入れ替わりで、アルのテントを出た。
兵士たちは、なんとなく焚火の周りを囲むようにして食事を取っていた。食事時は一時賑やかになる。
わたしはおばちゃんからパンとシチューを受け取ると、その輪の中に入って行った。
今日は飛びウサギのミルクシチューだ。臭みのない肉はミルクとよく合う。わたしの好物。
ほくほく食べていると、若い兵士たちがわたしの周りを囲んできた。
なんだ?
「ローレイ、ソフィアちゃん知らない?
ソフィアちゃんがいないんだけど!」
あれだけかわいいソフィアちゃんは、兵士たちのアイドルになっています。
このムサイ男所帯で、可憐な花が咲いてたら、みんなあがめるよね。そりゃそうだよね。
「小隊長んとこ。ごはん持って行ったぞ」
「……!
ダメだろ、小隊長と二人きりにしちゃ!」
「そうだそうだ!
あんなきらきらのそばに、ソフィアちゃん置いちゃダメだ!」
「おばちゃんが持っていけばいいのに!」
兵士たちのブーイングがすごい。
小隊長ー、アイドル独占禁止法が、ここで制定されたらしいぞー。
わたしは構わず、もきゅもきゅとパンをかじる。
おおっ、今日のパン、香ばしい。シチューに合う。
「ソフィアさん本人が行きたがってるんだから、しょうがなくない?」
「信じないぞ! 俺は絶対そんなこと、一ミリも信じないぞ!」
「じゃあさ。自分にもソフィアちゃんに可能性あり! とか自信持って言えるの?」
「そんなものも、一ミリもないな!」
「あんたたち、一体どーしたいんだよ」
「みんなのソフィアちゃんであることが、大事なんだ!」
そーすか。
そのファン心理はわからないので、スルーしておく。
わたしは自分の周りの兵士たちを見回した。軽く怪我をしてるやつがいる。今日の任務中にやったのだろう。
「今日も魔物出たよね。やられたの?」
「おー、ちょっと油断した」
「治癒魔法は?」
「これくらいの怪我で魔法使ってたら、治癒魔法士ぶっ倒れるわ」
「そりゃそうか。
でもさ、三日前にも魔物出たばっかだよね」
「最近本当に多いよな」
「一年前なんて全然出なかったのに。
あの時は、暇で暇で」
「しかも、方向が限られてる気がすんだよなあ」
……方向が限られる?
どういうことだ?
兵士たちに聞くと、皆一様に頷いた。
「本隊の十時からニ時方向に集中してきているような気がするんだ」
「たまに六時方向に出ると、あれってなる」
「あと、強い個体がたまに混じるな。一年前にはいなかった」
「うん、強いやついる、いる。
俺たち三対一くらいで対峙しないと勝てないような奴がたまにいる」
「隊列崩れるんだよ、そうすると」
「ローレイみたいな火力あれば、一発だけどなー」
方向が限られて、敵は強くなってる。
わたしは地図を頭に思い浮かべた。
何か、原因がある気がする。
十時から二時の方向……。
「その方向……山があるよね」
「ああ、イタミ山。なんにもないぞ、あそこ」
「地元民も近づかないぜ。岩山だから山の恵みがなくてな」
「石材として使えればいいが、そういう石質でもないらしい」
岩山。
魔物。
強くなる……。
わたしは勢いよく立ち上がった。
兵士たちが驚いている。
「驚かすな、ローレイ」
「悪い、この器、返しといて!」
「おい、どうしたんだ」
「もしかすると、もしかするかも知れない!」
わたしは兵士たちの間をすり抜けて、小隊長テントへ走った。
「おーい、残り食っていいのかあ?」という声に親指を立てながら。
わたしは小隊長テントの入口をばさっと開いた。
中で談笑していたアルとソフィアさんが、目を見開いていた。
アルがうんざりしたように額を押さえる。
「……レイ、せめてノックしてから入ろうか」
「アル、分かったかもしれない」
真剣なわたしの顔を見て、アルの表情が引き締まった。急に軍人の顔になる。
ソフィアさんに形だけ笑顔を見せた。
「ソフィアさん、すまないが、外してくれるかな」
「はい、ええと」
「ここから先は、軍事機密です」
きっぱりとしたアルの言葉に、ソフィアさんが頷いた。名残り惜しそうにアルを見て、食器を掴んでテントを出ていった。
わたしはアルがメモしていた地図を引っ張り出す。
本隊に対して北の方向。十時から二時。
アルは過去の記録から、魔物の出現場所と日付を地図に記していた。本隊から北の方向に、なんとなく扇形に見えるように黒い点が散らばっている。
その先にある岩山、イタミ山。
「アル、兵士たちが、十時から二時の方向の襲撃が多いって」
「それには気づいていた。何か意味があるのか考えてたんだが」
「一年前までは、そんなことなかったんだ。
しかも、一年前より強い個体が出現している」
「そうなのか?」
「時々そういう個体が混じるらしい」
「原因は?」
「ここからは、わたしの推測」
地図に記されたイタミ山を指さす。
アルの、ブルーグレイの瞳を覗き込んだ。
「魔石が発生してないか?」
アルの、瞳の色が濃くなった気がした。
――――魔石。
自然発生される、魔力の結晶。
人間の場合、魔道具の研究や開発に欠かせない。人工的に作られるマジックアイテムは、基本的に魔石の恩恵を受けている。
その魔石、魔族に関しては。
魔石を取り込むことで、爆発的な力を得る。身体能力が上がり、身体自体が巨大化することもある。知性が宿り、狡猾になることも。
魔石はどういう理由でできるのか、わかっていない。どこでできるかも誰にもわからないが、人気のない山で発見されることが、ままある。
……イタミ山のような。
「一年間で、魔物の能力が肥大化している。偶然が重なったとしても、やけに成長が早い」
「確かに、知性を感じさせる動きをすることがあるな。六時の方向に出現した直後に、十時の方向に現れるような」
「私たちをを分断させようとするくらいの知性は、持ち合わせている……としたら」
アルが鋭い目を細めた。
強い個体の近くに弱い個体が群がっていく、というのも魔物の習性だ。では、その強い個体はなぜ強くなったのか。
「調査隊を、出さざるを得ないな」
「哨戒スケジュール、きつきつになるぞー」
「短時間で決行する。
調査隊は、俺とレイだ」
アルがにやっと笑う。
なるほどー。
確かに短時間で済みそう。
「明日、でいいか?」
「いいんでない」
「班長たちには伝えておこう。レイ、呼んで来てくれ」
「いいよー。
あーあ。先行きが見えてきたら、腹減っちゃった」
さっき、ちょっとしか食べてなかったから。
残りのごはん、人にあげちゃったしなー。
アルがきょとんと私を見る。
「食事に行ってなかったか?」
「行ったよ。兵士たちから情報集めてるうちに、魔石のこと思いついちゃってさ」
「うん」
「食べかけ押し付けて、ここに来ちゃった」
……途端に。
アルの形相が一変した。
どす黒いきらきらが散りばめられる。
殺気をはらんだきらきらがテント内を充満して、急に息苦しくなった。
ア、アル? どしたー?
「おい。
……レイと間接キス交わしたのは、どこのどいつだ?」
そこ――――――――?!
シチューの器、誰に渡したっけ?
もう、誰だったかすら覚えてないけど、ごめん、命の危険あり! 退避、退避!
てか、アル、剣抜くな!
わたしは剣の柄を握って、今にも外へ出て行こうとするアルを必死で止める。
やだもう、無駄に力強いし!
伊達に近衛で鍛錬に明け暮れてたわけじゃないよねっ!
力ずくで止めようにも、ガチのアルは止まらない。
しょうがないから、アルの顔をひっつかんで、こちらを向かせた。
ひーっ! 目が怖いから、マジで!
「アルっ」
「何っ」
「ほ、ほら、わたしとアルなんて、間接キスどころか、ちゃんとキスした仲だしっ」
「!」
「たまになんだかほんのちょっと、思い出すことあるよねっ!」
「……」
「……ね?」
途端に、へらっと笑うアル。
うわ、だらしねー。
目尻下がりすぎ。口元だらけすぎ。でもなんできらきら出てるんだよ。
このだらしないきらきら、世間に晒しちゃいけない。
正直、キモイ。視力低下するわっ。
その後、ほわほわとお花みたいなきらきらを量産し始めたアルを放っておいて、わたしは班長たちを呼びに立つことにした。
戻ってくるまでに、その顔しまっておけよ。
翌日。
調査隊のわたしたちは、馬でイタミ山付近へ向かっていた。
多少の起伏のある、広い草原が広がっている。イタミ山だけがぽっかりと見渡せる。
風はあるが、よく晴れた日だ。かなり遠くまで見通せた。
「アル、この辺でいける?」
「試してみるか」
低い潅木が生えている付近で馬を繋ぎ、イタミ山を望む。
アルがバッグから塗り薬を取り出した。
マジックアイテム、『遠見の薬』である。
短い間だが、かなり遠くまで見通せるようになる。
わたしたちは薬をまぶたに塗る。
効果は確かなのだが……。
「この臭いだけはなんとかならんかね」
「薬ついた手で鼻触るなよ。三日はこの臭いにまみれるぞ」
「アル、やったことのあるような口振りだけど」
「魔法学校時代、告ってきた女子に平手打ちされて。その子が『遠見の薬』の実験した直後だったみたいで」
「なんか、色々とダメなエピソードだね……」
目が薬に馴染んできたようだ。イタミ山の麓まで見える。
……いるわー。
コボルト、ゴブリン、オーク。
低級の魔物たちがうじゃうじゃと。
別種の魔物たちが併存しているあたり、統率している何かの存在を感じる。
「レイ、大きな個体がいくつか」
「いるね。兵士たちが話してた、やっかいな個体だな」
「魔石の影響の可能性は」
「魔石の影響なきゃ、この状況説明できないでしょ」
「視認できる限りで、リーダーは」
「わからんなー」
統率している奴がどれなのか、さすがに判断できない。
しかし、かなり密集しているな。
一撃加えたら、効率よく殲滅できそう。
数が減らせたら、今後楽になるし。
……やってみても、いいかも。
「アル。アルの魔法の射程距離って。どんなもん?」
「……レイ、すごく危険なこと考えてないか」
「近接戦闘のわたしからすると、魔法って遠距離攻撃できてうらやましいなっ、て」
「……詳細を」
わたしはイタミ山の中腹部分を指す。
魔物がうじゃうじゃしている真上だ。
一部、突き出した岩が見て取れる。
かなり大きな岩である。
「落っこちたら、大変だよね」
「大変だな」
「いきなりだと、逃げられないよね」
「無理だろうな」
「アルって、土魔法も使えたよね?」
アルが深――――いため息をついた。
ちょっと厄介そうな顔して、わたしをジト見している。
なんだよー。
「……俺の魔法射程は、俺の視認距離だ。
マジックアイテムなしで、見えること」
「馬で駆けながら魔法撃てれば、なんとかなるな」
「かなり危険なの! 馬に騎乗しながら魔法使ったことなんてないから!」
「ちなみに、この作戦の戦術的効果は?」
アルはすごく嫌そうに唇をかみしめている。
くぐもった声で「レイの頭の使い方、絶対間違ってる。絶対おかしい」とか言ってるようだが、わたしはもちろん気にしない。
「戦術的には、高い効果が、得られまっせ?」
「……採用」
アルが何かに負けたように項垂れた。
アルと共に馬を駆る。全速力だ。
二頭の馬がイタミ山のそばを駆け抜けた。
魔物たちがこちらを意識する。こちらに走り出す個体も見受けられる。
わたしはアルに付与魔法をかける。
アルの魔法が強化された。
アルは岩山に向けて手を掲げる。
魔法を詠唱し、放った。
「アースブレイク」
岩山が震えた。
飛び出した岩が魔物たちに向かい、転がり落ちた。
おっほー、想像以上の巨岩だったわ。
魔物たちの絶叫を背に、わたしたちは馬を走らせた。
これもやり逃げっていうのかな。
アルも悪い奴になったもんだ。
――――わたしのせいじゃないよね?