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1 バディ誕生

ちっさくて強気な女子、レイがなんだかんだする物語です。

 

私がただのローレイから、ローレイ・ヴァン・カリキス子爵令嬢、という長い名前になったのには、それなりに理由がある。



 幼い頃から、魔力量が多いことを知られていた、わたし。十三歳の時に魔法適性審査なるものを町の領主に勧められ(いや、強制だな)、数年に一人しか現れない『召喚士』の適正判断が下された。



そもそも私はただの建具屋の娘である。

明るい色素の多いこの国には珍しい、黒髪黒目が目を引くくらいの、普通の女子である。

キングオブ庶民である。



そんな我が家に、召喚士になるためには身分を得て、王宮の魔法学校へ入学しなくてはならない。

……という、国からの命令書が届いた。別に召喚士にならせて下さいと、お願いしたわけでもないのに、すでに命令である。



その後、国からの紹介で、跡取り不在の齢七十七歳になるカリキス子爵の養子になり、晴れて子爵令嬢となった。



 両親とは泣く泣く別れることになったが、わたしの下には四人の弟妹がいるので、口減らしになったかなと思う。国から支度金も出たらしいので、多少生活も楽になるだろう。

 支度金がいくら出たかは……知らない方がいい。わたしの身の代金ハウマッチ?……いや、違うぞ。

 カゾクガ、シアワセ、スバラシイ。



 カリキス子爵はのんびりとした人のいいじいさんで、わたしは安堵した。国から押し付けられた養子縁組みしかも女子! という、リスク多めの養子とは思えないほど歓待してくれた。

 跡取りがいないまま七十歳の大台にのってしまったため、カリキス家廃爵を覚悟していたとのこと。わたしがそのうち婿養子を取れば、カリキス家も安泰だ。



 じいさんとその執事のもと、子女教育なるものを受けて(なんせ生粋の庶民だから)、淑女にクラスチェンジして王宮に上がろう! 夢の王宮ライフの始まりよ!


 ……という予定だったのだが。




カリキス家の持つ領地が大洪水に見舞われ、それどころではなくなってしまったのだ。


領民の安全確保、食料調達、災害復旧、新たな治水工事。

てんやわんやの、やんややんやで、あっという間に二年が過ぎて、私は十五歳になっていた。



すっかり忘れていたけど、召喚士というのはめったに現れない国の宝な訳で。わたしという宝を磨こうと、手ぐすね引いてた魔法学校から、お呼び出しを喰らってしまったのだ。

そういえば、魔法学校へ行くための養子縁組でもあったね! すっかりカリキス領民のつもりでいたわ!



実家を離れるより、滂沱の涙で泣く泣く王都に向かうわたし。



まだ復旧も軌道に乗ってないっつーのに、現場離れるって心残りがありすぎる。じーさん、私財投げ打って領民の世話焼いちゃってるから、カリキス家に余裕ないんだよね。

三食ジャガイモとかだったらどうしよう。じーさん、早死にしちゃう。リアルに葬式が近づく予感がする。いかんいかん、じーさんに栄養を!




なので魔法学校に到着してまず確認したのは、アルバイトが可能かどうか、だった。



学費は免除だと聞いている。女子寮に入るわけだが、寮費も免除。在学中は三食保証!

きゃっほい! 召喚士の卵!


しかし、週五日間の学校生活中、毎日の三食は保証されているが、休日の二日間は自費で過ごさなくてはならない。

 金がないと食べ物が買えない。学用品も私服も買えない。パンツも買えない。

 もちろんカリキス家に頼るなんて以ての外。



 バイトさせてもらっていいスか? と、面接一発目にかましたら、学校長は目を点にしていた。

 こっちは、切実なんだよ!



 まあ私の担任、金髪でグラマーなクレバ先生が、なんだか柔軟な人で、特別に許可しましょうと言ってくれた。もしかしたらカリキス家の状況を知ってくれていたのかもしれない。




 そんなクレバ先生が紹介してくれたバイト先ってのが、なんと近衛兵の下っ端。



近衛兵って、容姿端麗で戦闘の実力伴わなきゃ、入れないトコじゃかなったか? 

そんな簡単に、素人、入れる?

若干引いてるわたしに、クレバ先生が教えてくれた。



わたしに召喚士の才能ありと判断されてから予備調査が行われていたらしい。近隣の町を束ねるガキ大将だったという、いらん調査結果が添えられてたそうで、戦闘の実力は問題なしと判断されたらしい。

戦闘と喧嘩って、一緒にしちゃダメなやつだよね? 似て異なるやつだよね?



容姿に関して尋ねてみると。

わたしのような黒髪しかも黒眼というのは、クレバ先生のような金髪よりも、どうやら人目を引くらしい。

黙って立っていれば可愛らしいですよ、とクレバ先生が余計な事を言ってくれた。

 喧嘩売られてるのかと思った。



おまけとしては、女性王族の警護に女性があたるのは、とても珍しいことなんだとか。近衛兵には女性がいないので、通常は男性の近衛兵が警護している。

どうしても必要な場合は、女性兵士を呼び出しては任務に当てていたそうで。常駐できる女性近衛兵は王族の方に珍重されるのだ。


『女性王族専用の、黒い珍獣』爆誕す! てとこですな。




そんなわけで、主に女性王族の近衛兵として、学校以外の時間は過ごすようになった。


お呼び出しもちょいちょいあるので、近衛隊の制服を毎日着ている。クリームがかった白字の生地に赤と金色のラインの上着、黒いスラックス。腰にはサーベル。高身長の近衛兵であれば、非常に格好よく見えるスタイルだ。


あ、わたし?


身長のないわたしでは、町の子供劇団の下っ端兵士、みたいな印象である。

見てる人の記憶に、三ミリくらいしか残らないやつ。



しかも十五歳になるってのに、一向に女性らしい体つきにならないのはなんでだろう。自分の絶壁な胸元を見て、どうしたらここに脂肪をため込めるのか、世の女性に聞いてみたいと思っている。機会がないが。



現在のところ、背中に届くくらいの黒髪を後ろで束ねただけのわたしは、少年にしか見られたことはない。

誰か、女子って気付けよー。



近衛の仕事もきちんとこなした。

ピシッと立ってるだけ、というのがこんなに辛いとは思わなかった。

やったことないなら、やってみればいい。

敵は、ヒマだ。


 

王族の皆様は優しかった。


カリキス家の洪水事件で、子女教育を受け損なったわたし。

その挙げ句の粗相たるや、もうキリがないほどあるから、言いたくない。


恥ずかしかったり、恥ずかしかったり、恥ずかしかったりする。

黒歴史として、闇に葬り去ってくれる。



そうこうしているうちに、また一年が過ぎ、わたしは十六歳になっていた。




   ※       ※       ※




「バディで警護、ですか」



近衛第三小隊のマイク小隊長に呼び出され、わたしは首を傾げた。

マイク小隊長は赤いくせっ毛をひっぱりながら、面倒そうな顔をしている。

そんなに引っ張っても、ストレートにはならないですよ、小隊長。



わたしの任務は女性王族の警護であるため、王宮の奥の奥、王妃様と子供たちが住まわれている一角が任務先となる。いつもふらっと一人で向かって任務に当たっていたのだ。



通常の近衛隊の任務は、二人一組で任務先に当たり、有事の際はお互いをフォローするようにできている。その二人をバディと呼ぶ。


わたしが常駐の女性王族警護、という特殊任務だから一人でやっていたが、普通はバディを組んで任務に当たることは知っている。




「女性の近衛兵が採用されたんですか? 美人ですか? バストDカップ以上ですか?」

「そんな簡単に女性が採用されるか。

 しかもそんな逸材なら俺の副官にする。

 ……ローレイは一旦、女性王族警護から外す」


 

ええええー、そりゃないよ。

わたしは慣れてきた勤務先を外されて、非常に不服だ。口を尖らせて文句を言いたい。



「今日は姫様たちと

『耐久! かかし立ち王者決定戦』

の予定だったんですよ?

わたしの二連覇達成がかかってるんですよ」

「……お前、警護中何やってんの」

「姫様たち、めっちゃムキになるから、面白くて」



姫様は五歳と七歳の可愛らしい女の子だ。負けず嫌いで、何かにつけてわたしを倒そうと頑張っている。

そしてわたしは、そのすべてにおいて受けて立つ主義だ。

ふっふっふ。かかってこい、姫様たち。



「保育所の仕事を任せたつもりはないぞ」

「王妃様も、涙流して笑ってるから、いんじゃないすか?」

「もう、お前、しばらく奥の警護ナシな!

王室の品位が下がるわ!」



真面目に仕事してるのに評価しないなんて、ひどい上司だ。

ブーブー言ってるわたしを無視して、マイク小隊長が手元の書類に目を落とす。


「ローレイと組むバディは、近衛に入って二年の十九歳だ。第一小隊から第三に異動してきた」



第一小隊って、近衛隊の中でもエリート中のエリート部隊だ。家柄も実力も容姿も揃ってなければ入ることすらできない。

それが第三小隊に異動って、なんかやらかしちゃった人な予感。

マイク小隊長、わたしに残念なの押し付けようとしてない?



「身分は侯爵、剣術の試合では勝ち抜き戦で四位を取ったこともある。

魔法は水魔法が強いが、ほぼ全てに適性あり」



……ちゃんとエリートじゃねえか。


魔法は火・風・水・土のどれか一つに適性を持つ人が多く、複数の属性を持つことは稀だ。それが全部適性ありって、ちょっとズルくない?



ちなみにわたしは、召喚士並びに無属性と審査されている。わたしのように、無属性の魔力を体に纏い、戦うスタイルは『武闘家(モンク)』と呼ばれる、近接戦闘系の戦い方と言われている。



武闘家(モンク)』って、庶民がほとんどの冒険者に多い職種で、近衛隊には一人もいない。

しかもわたしは『武闘家(モンク)』の師匠を持たずに、独学で魔力を操り使用していたため、魔法学校の先生に、どうなっているのだと頭を抱えさせることになった。魔力の構築の仕方が魔法理論から外れるらしい。


そんなこと、わたしが知ったこっちゃねえけどな!

今んとこ、魔力行使に不自由してないし!



とにかく私のバディは、性格に難ありか、何らかの事件起こしたかの、二択なんじゃないか?



マイク小隊長は、面倒事押し付けやがる気だなこの野郎、というわたしの正直な表情を見て、口をへの字にした。ピンっと手元の書類を弾く。



「能力は非常に高い。近年稀に見る逸材だ。 

だがバディが続かない。バディの相手が続かないんだ」



バディが続かない?

本人じゃなくて相手の方が続かない?

なんだそれ。



「彼の能力が使えないのは、近衛隊として非常に惜しい。それ故に劇薬を用意した。

ローレイ、頼むぞ」

「はああああ?」



なんでわたしが劇薬よ。

ただのかわいい、王室御用達の黒い珍獣じゃん。

どっちかってと、愛でて楽しむ存在じゃん!


ぎゃんぎゃん文句言ってたら「子供とはいえ王族の姫様相手に、臆面もなく勝負かけるキャラ、劇薬にしか使えんだろが」と諭され、撃沈した。



くそー。どうせ反論したって断ったって嫌がったって、命令なんだよね。



ジトッとマイク隊長を睨むが、当然のように涼しい顔だ。

腹をくくって「イエス、サー」と答えると、してやったりと言いたげに、にんまりとうなずいた。うわ、むかつくー。



だけどさあ。少なくとも、そのバディ君が何をやらかした奴か、それだけでも知っておきたいよね。

小隊長に尋ねると、鼻で笑って呟いた。


「見れば、わかる」





相手のバディは先に警護場所にいるというので、さっそく移動する。王宮の第五通用門の先の先の通路の、渡り廊下前。

警護する意味あるのかよ、ってくらい人気のない場所である。



そんな誰もいない場所で、きちんと姿勢を正して警護する黒髪の近衛兵がひとり。


わたしと同じ髪色。


背、高いな。細身だけどバネがありそうな体躯。喧嘩したらなかなか倒れない、しぶとそうなタイプだ。

こういうタイプに、近衛の制服は似合うんだよね。

わたしは彼に近づいて、きちんと敬礼した。



「近衛第三小隊、ローレイ・ヴァン・カリキスです。こちらでの警護を拝命しました」

「……ローレイ?」

彼が驚いたようにわたしを振り返った。


 

途端に目に飛び込むきらきら。

彼の秀麗な顔から、絶え間なくきらきらが漏れ出している。

なんだ、このなつかしい感じは。



途端に、私は息がつまるほどに抱きしめられていた。

すげえ固い体躯。超筋肉質。痛い痛い!



「レイ! 本当に?」

「うぐぐぐ。誰?」

「アルフォンソだよ! アル!」

「ぐ、ぐるしい」



慌てたように腕が解かれ、わたしの顔面にくっつく勢いで端正な顔が近付けられた。

ブルーグレイの瞳から、ほとばしるきらきら。

あー、こりゃ、間違いないわ。



わたしの故郷の幼馴染である。

なんでだかいつもきらきらを発散させている、すごい美貌の男の子。

目に染み入るきらきらを、忘れるわけがない。

こんなきらきら、他で見たことがないもん。

わたしはポカンとして、壮絶に綺麗な男の顔を見た。


「うわー、アルだ。びっくりしたー。

なんでここにいるの?」

「それはこっちの台詞だよ! しかもなんで男の格好で近衛兵なんてやってるの!」

「……イロイロあんのよ。とりあえず、顔近いよ」



アルの顔をぐいっと押しやってやる。

アルは一瞬呆然として、ふいにクスリと笑った。


なんか、甘ったるい色気が尋常じゃないんだけど。

成長したら、きらきらの他に、甘味成分が漏れ出してきたのか? 昆布やカツオ的な旨味成分のほうがよかったんじゃないのか?

ていうか昔より、大分余計やっかいなことになってないか?



本人はまったく気づいてないようで、懐かし気に目を細めて色気を振りまいた。



「そういう反応、久しぶり。やっぱりレイだなあ」

「アルはでかくなったね。

昔はわたしと身長、変わらないくらいだっのに」

「うん。あれからすごく伸びたんだ。

レイを見下ろしてるの、変な感じ」

「おお、なんかムカつくな」



わたしだってもうちょっと、身長欲しかったんだい。女子のなかでもチビな方なんだぞ。

睨みつけるが、アルににっこりと返されてしまう。それはもう、美しい笑顔で。


甘い色気ときらきらの、波状攻撃が私を襲う。

私は幼い頃から耐性がついてるけど、これを初めてくらった人は、大変だろうな。

心がごっそり持って行かれそうになる。


 ……と、つまりそういうことだ。



「アルさあ、誰ともバディが組めないって、隊長に聞いてきたんだけど」

「……」

「それって、あんたのこの体質のせいだよね?」



アルは昔からそうだった。

ただそこにいるだけで、きらきらしているように見えてしまうのだ。

別に発光してるわけでもないのに、眩しさを人に与えてしまう。本人の意思とは無関係に。

そのきらきらを浴びると、心の内がぎゅーっとなる感じがする。うまく言えないけど。



無表情でいれば、哀愁漂う愁い顔で人の心を騒がす。

笑えば、きらきら光線が人の心を惑わす。



子供の頃は得体の知れない雰囲気に、子供たちから気持ち悪いと敬遠され、ボッチかパシりの繰り返しだったようだ。子供って容赦ないよね。 


アルは隣町の領主の子だったが、うちの町に頻繁に遊びに来ていた。

おそらく自分の町に居場所がなかったのだろう。

わたしは特にアルを気持ち悪いと思わなかったので、よく遊んでいた。ちょっとまぶしくて目が痛いな、と思うこともあったが、慣れてしまえばそれだけだ。

おどおどしてたアルが、わたしの前では全開で笑ってるのも、嬉しかったし。



ただ、数年ぶりに会ったアルは、子供の頃より、このきらきら体質が強化されたような気がする。

視力を妨害する強力なきらきらと、妖艶な色気だだ漏れ状態とか、公衆衛生上よくない。

よくない。よくないよー。周りに影響出し過ぎだよー。ちょっと犯罪チックじゃね?




アルは綺麗な顔で、眉は八の字という、世にも奇妙な表情のまま、きらきらを発射している。

もう、何と言っていいのかわからない。

さらにくしゃりと、顔が歪んだ。


「……レイ。

レイイイイイ。

聞いてくれよおおおお」

「おお、聞くよ。たぶん誰も来ないから存分にしゃべりな」

「手、つないでいい?」

「……あんた、確かわたしより三つ上だよね?

んで今、王室を守るべき近衛兵だよね?」

「手、つながないと、辛すぎてしゃべれない」

「この、へたれ」



アルによれば、それはそれは大変な思いをしてきたのだそうだ。



わたしが魔法適性審査を受けた少し前くらいに、アルは遠縁の貴族の養子に入った。

それが侯爵家であるローフィール家。跡継ぎに次々と不幸が重なって、急遽養子を迎えることになった。

もともとアルの故郷は、ローフィール家の領地の一つで、彼の両親は侯爵家と姻戚関係だ。

身内の中で、眉目秀麗で優秀な男子を探していて、白羽の矢がたったのだ。



今の彼の名前は、アルフォンソ・オード・ローフィール次期侯爵。



魔法適性審査での全属性適性ありという稀有な能力を持つアルは、その後魔法学校へ。

優秀ゆえに飛び級で卒業し、士官学校で軍事について学び、これまた飛び級で卒業し、近衛第一小隊に入隊。先日近衛第三小隊に異動。


そして、今に至る。



「……ケチのつけようがないプロフィールだな、おい」

「レイはわかってない!

近衛隊に入ってからの、苦労たるや……」



アルのバディ遍歴は、以下の通り。



最初に組んだバディは、組んで十日で休職願を出した。

毎晩夢にアルが現れて、彼を誘惑するのだそうだ。

男なのに。

そのうち現実でもアルが隣にいるだけで、彼の心拍数は異様に上がるようになってしまった。

男なのに。

自分の異常に気が付いた彼は、自分には休養が必要だと思ったそうな。




次のバディは、任務態度は正常だった。

が、数週間経ったある日。

アルは任務終了直後、バディによって人気のない暗がりに引きずり込まれたそうな。

全力で抵抗したら、相手に全治三か月の怪我を負わせてしまい(ヒール魔法があるからもっと早く治るが)、三日間の謹慎処分となった。





次のバディは、任務態度は正常だった。 

だが、どういうわけかアルの私物がしょちゅうなくなる。 

ペン、ハンカチ、靴下、メモ帳、シャツ、下着。

ある日、バディが城の下働きの娘に、自分の私物を売り飛ばしている現場を見た。

バディは解雇処分となった。



以上、アルの回想終わる。つらい!



「もうさ、誰と組んでもトラブルにしかなんないんだ。

近衛隊なんて向いてないから、辞めさせて欲しいって何度も言ったよ?

でも、必ずお前に合うバディはいる、とか小隊長に言いくるめられてさ」


涙と鼻水でぐちょぐちょのきらきら。

ちょっと人様にはお見せできない。

そして、アルは私の右手を離さない。



……あーもう、仕方ねえなあ!



わたしは胸ポケットからハンカチを取り出して、アルの目元にげしっと貼り付けた。

きれいだが、見苦しい!



「ほら、拭きな。ちゃんとわかったからさ」

「レイイイイイ」

「それでも真面目に勤めてたんだろ。

バディがいないから鍛錬ばっかだろうに、腐らずに続けたんだろ」

「怒られるの、怖いから」

「……うん、まあ、そういう奴だよね。

でもさあ」


 

わたしはアルの二の腕をポンポン叩いた。

もの凄く、筋肉が発達している。

毎日鍛錬しないとこんな風にならないことを、わたしみたいな下っ端な近衛兵だって知ってる。

アルが真面目な奴だってのも、昔から知ってるんだ。



「アルがやってきたことは、ちゃんとアルの身に付いてるから。

今、近衛隊の中でアルより鍛錬積んでるやつ、一人もいないもん」

「……」

「だから、これから活躍しすりゃいいんだよ。間違いなく、アルには実力がついてるよ」

「……」

「あー、なんか事件起こんないかな。

わたしと一緒に、二人で名前上げようぜえ」

「……レイ」

「その腕で、バシバシっと、かましてやろうよ、一緒に」

「……一緒に」



にぃっと笑ってやると、アルが片膝をついてわたしを見上げた。

つながれた右手を軽く握る。



「レイ、俺とバディ組んでくれるの?

みんな俺と組むのは嫌がったんだよ?

誰もいなくなったんだよ?」

「命令だし。

アルのきらきら耐性持ってるの、わたしだけだし」

「レイは俺と組んで、心を病んだりしない?

暗がりに引きずり込んだり、俺の私物売っぱらったりしない?」

「誰に向かってほざいてんだ?

わたしがアルのせいでどーにかなったり、するとでも思ってんの?」

「……あ、でも、レイに暗がりに引きずり込まれたら、ちょっと嬉しいかも」

「何言ってんだ、お前」




アルはひざまずいたまま、わたしの手の甲に額を当てて、安堵の表情を浮かべた。

相変わらずきらきらはしているが、目に刺さるほどではない。ホッとしているのか、きらきらが柔らかい。


アルはやりたくても仕事のできない環境で、ずっとタダ飯食らいだったわけで。

身の置き所ないまま二年なんて、長かったよな。



昔のアルを思い出す。

いじめっ子を拳で撃退したわたしに、若干引きながら「ありがとう」と言ったアル。

「僕、アルフォンソ。君にはアルって呼んで欲しい」と、真っ赤になっていたアル。


ていうか、アルも「俺」とか言うようになったんだなあ。



緊張感漂うアルが、わたしの手に額をつけたまま囁いてきた。


「レイ」

「何?」

「俺とバディ組んでください」

「はいよ」

「俺の隣に、ずっといてください」

「隣で、ずっと立ってるよ」


近衛兵だし。バディだし。



いつまでもわたしの手の甲に、額を押し当てているアル。



ーーーー王宮の庭園から、ほのかに花の薫りが届いていて。

白い花弁が風に乗ってひらりと舞い落ちた。可憐な花びらが、昔のことを思い起こさせたんだな。 

ああ、子供の頃遊んだ、河原の花みたいだ。



それを見ながら、思いついたことを、何も考えずに言い放ったわたしは、悪くないと思う。



「なんかさあ、アル」

「なに?」

「この、シチュ。

プロポーズみたいじゃね?」



アルは、瞬時に固まった。



わたしは、人の肌がすさまじい速度で赤く染まる光景というのを、生まれて始めて見た。

すっげえ、劇的に変わったわー。

何かの科学反応みたい。面白っ。



真っ赤になったアルは、両手で顔を覆って崩れ落ちた。

「なんでそういう事言うかなあ」という呟きは、わたしの耳には届かなかった。


 


このへたれ近衛兵、本当に逸材なのか?



 


アルはまだ次期侯爵です。そのうち侯爵になります。

タイトル嘘っぱち疑惑には、目をつむってください。

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