背伸びと本音 その2
サブタイ、ぎり回収………です!
11話です
ガタンガトンと自然界にはないこの人工的現象が、しかしどこか規則的に紡ぐメロディとして電車の中の乗客たちの心を落ち着かせる。
しかしそんな心の穏やかさとはよそに、
「急げ急げ急げ、早く早く早く、急げ急げ急げ、早く早く早く……」
僕は小声でぶつぶつ念じながら、目的地に間に合うように願った。電車に鳴り響くその音に期限というものが加わると、人は焦りに変わる。僕もその一人であった。
「そんなに慌てなくて大丈夫よ。駅に着いて走ったら間に合うわ」
「何分かかる?」
「う~ん、20分ぐらい?」
まじか、オタクの体力すげ~……。
そう僕は感嘆と同時に少し畏怖の気持ちになった。そして僕たちはなんとか横浜アリーナに間に合ったのだった(実はちょうどバスがあった)。その中に入ると、たくさんの人達がこれでもかというぐらい集まっていた。すし詰めとはまさにこのことだ。
それにしても改めて声優さんの人気を実感した。すごいな~、僕はあんまり詳しくないけど、訴求力が高い。これもクリスマス商法の一環なのかな?
あれ? 優紀姉ちゃん? 優紀姉ちゃん!?
一緒にいたはずの彼女がいない。一体どこに行った!?? 人混みが多くて、見つけるが難しい。僕はすこし焦り始めた。
「優紀姉ちゃん一体どこに行った!? 優紀姉ちゃん、優紀姉ちゃん、優紀姉………!!」
「は~い♪」
彼女はのんびりした口調で、タオルと団扇とペンライトを持って嬉しそうに僕の後ろにいた。
「ど、どこ行ってたの!?」
「通りしなにグッズ売り場を見つけたから、買ってきたの」
「そういうことは先に言ってよ……」
「ゴメンなさい。つい見つけたから、先に買っておこうと思って。あ、これ直くんの分だから」
「あ、ありがと………」
僕もタオルとペンライトをもらい席に着いた。大分舞台から後ろの方だったが、まあなんとか人の姿は見える。とはいえよほど目が良くないと見えない。
「見えにくくない? 大丈夫?」
「そういうこともあるから、ヲタクの必需品、その名も『双眼鏡』~~」
「………」
「これさえあれば遠くにいるけんときゅんの顔の毛穴まで見えるわっ!」
「………それは良かったよ」
こうしてライブが始まった。時間は3時間だ。
最初は結構長いなと思ったが、6人の声優さんたちの演劇や歌とバラエティ豊かなパフォーマンスが面白くて、それと呼応するようにファン達がペンライトを振ったり、黄色い歓声を上げたりと周りの盛り上がりにあてられて、僕も気づけば、
「やまやまがんばれーー!!」
うちわとをペンライトを振って、立派に布教を完了させられていた。“やまやま”こと山村幸喜はどうやらけんとと親友関係らしい。
そして合間の休憩タイムに入り、僕は少々疲れて椅子にもたれかかっていると、優紀姉ちゃんが自分のタオルで僕の頭を拭いてくれた。
「直くん、お疲れさま~」
「うん、ありがとう。しかし大変だね~オタ活も。体力いるいる」
「そうでしょ~? 結構大変なのよっヲタ活は!」
「いや、恐れいりましたっ!」
「………直くん」
「うん~、なに~~?」
「たとえ貴方が私を見つけられなくても、必ず私が貴方を見つけてあげるわ」
「え、それって………」
彼女は柔らかく微笑みながら僕の顔をじっと見つめるだけで、それ以上なにも語ることはなかった。
◇◇◇
「は~~、イベント終わったー」
「楽しかったね~」
「うん、楽しかった…………何してるの?」
「気をつけてね。いまからイベント後半戦が始まるわ」
「え? なに??」
「あまったグッズの争奪戦よ」
部屋のドアが開くと同時に群衆が、
ドドドドドドドドッッ!!
とサイの大群の如く威勢よく部屋から出て行く。僕はあっさりの群衆の波にのまれて優紀姉ちゃんを見失う。
「優紀姉ちゃん、優紀姉ちゃん~~~~」
と大声で叫ぶことも虚しく、大勢の歩行の音に簡単にかき消される。ぬお、ぬおっとなんとかこの人集りから脱出しようとするが、まったく抜けることができない。僕は半分諦めて、押されに押されて人の流れに任せていると、気づけば売店の前にいた。
「あっ、まだ少し残っているな。しかしこれといって欲しいものが………。あ、これって……」
僕が目についたのは二頭身けんとのキーホルダーだった。直感的にこれは優紀姉ちゃんが欲しいんじゃないかと思った。そこで僕はくいっと取り、千円を投げる。
「おじさ~ん。これお願いします!!」
「はい、500円」
「はい、ありがと…………うわああああーーーー!!!!」
ぐいーーーーーとまたしても僕は群衆に押されてしまい、おつりを貰うことができなかった。なんとか用を終えたので、急いでこの人集りをかき分け、かき分けしてなんとか脱出した。
「はあはあ」
「ふうふう……」
「なんとか出てこれ………」
「……たわ」
「あ……」
「あら……っ」
「優紀姉ちゃん……!」
「直くん……っ」
まさかの隣に彼女がいた。呼吸と少し髪が乱れていたが、間違いなく優紀姉ちゃんだった。
「あらっ、この群衆から出られたのね。良かった~」
「本当だよっ。この人集りから脱出するのは至難の業だよー!」
「なんとか抜けられたんだから良かったじゃない。初めてでそれは凄いわっ。それでなんか買ったの?」
「うん、こんな感じのキーホルダーだけどね」
「……!」
それはさっき購入したけんとの二頭身キーホルダー。僕が彼女のために選んだやつだ。瞬間の出来事で、しかも直感的な選び方だったが、なんか自信はあった。
「これは優紀姉ちゃんが欲しんじゃないかと思ってさ」
「………」
「それで優紀姉ちゃんは何買ったの?」
「………これ」
「え!? これって……」
そう、それはまさかのやまやまの二頭身キーホルダーだった。
「おそろだ……!」
「………ね」
まさかのキーホルダー選びに、しばし沈黙が流れたが、お互いにこの沈黙が耐えられなくなってしまっておもわず、
「………ぷ。あははははっっっ!!!」
と二人して笑い合ったのだった。そしてお互いに笑いがおさまったあとに、優紀姉ちゃんは涙を人差し指でおさえながら優しく僕に問いかける。
「……帰ろっか」
「そだねっ」
こうして僕たちの初デートは無事終わったのであった。
──後日談──
「僕実はコーヒー飲めないんだ……」
「やっぱり、そうだったんだ~~っ。小さいことから直くん、ずっとジュースが好きだったもんね~」
「………」
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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