作戦は慎重に
夕方になり。
シルバート達が帰って行くと、すぐに女官が食事を運んできた。
残すのは申し訳ないと思いながらも、どうしても怖くて食べられなかった。
しばらくすると女官が膳を下げにやって来たが、食事に手が付けられていない事を気にする様子はない。
女官はやはり無表情で。
物音を立てる事なく、すぅ〜っと静かに部屋を去って行った。
女官童やっぱ怖い…。
個人的には、いちいち世話を焼かれるよりずっと気が楽で助かるのだが。
まるで機械仕掛けの人形のような彼女を見ていると、どうしても不安な気持ちになる。
そんな彼女らが仕える天獣帝とは一体どんな人物なんだろう…。
これから脱走するつもりでいる私には関係ない話だと思ってはみたものの。
神様を相手に、そう易々と逃げられるものだろうか?
まあ。
意地でも逃げるけどね。
念の為、扉を開けて外の様子を伺った。
数メートル先には野太い鉄格子。
その入り口には護衛なのか、看守なのか?
トカゲの尻尾が生えた兵士と、虎の兵士が外向きに仁王立ちしている。
どちらもシルバートの側近。ダン並みに体格が良く、強そうだ…。
やっぱここから抜け出すのは無理っぽい。
諦めて扉を閉めた後。
クローゼットの中に使える物がないか探してみた。
一番下の引き出しに黒っぽいローブ。
中段に蝋燭の入った木箱と奇妙な実が入った袋を見つけた。
ローブは助かる。
私のコートだと、こっちの世界じゃ悪目立ちしそうだし。
一般の獣人がどんな服装してるか分かんないもんなぁ。
この木の実は何だろう?
ピスタチオ?
それにしては色は黒いし、妙に重い。
それになんか変な匂いがする。
まあ、何かの役に立つかもしれないから貰っとこう。
灯りはスマホのライトがあるけど…バッテリーの事を考えるとロウソクは持って行ったほうが良さそう。
何か火をつけるものがあったらいいんだけど…。
念の為、鞄を探ってみると100円ライターが出てきた。
こんなのいつ買ったっけ?
ああ…。
父さんと母さんの墓参りの時か。
「…………そういえば去年の夏から一度も行ってなかったな」
受験や家の事でバタバタして、そんな余裕なかったから…。
いや…それは言い訳だ。
両親との関係はさほど良いものではなかった。
父は仕事人間で殆ど家に帰って来なかった。
母はそんな父への不満ばかり。
自分に手を挙げる事こそないものの、半ネグレクト状態だった。
けれどあの日は…。
いかんいかん。
今は感傷に浸ってる場合じゃない。
その後も小さな燭台。
取替用のシーツを数枚、暖炉の薪など、片っ端から鞄に入れては元の位置に戻しておいた。
こうしておけば必要になった時に取り出せるし、重くて邪魔になる事もない。
さて、概ね準備は整った。
「よっしゃ!いよいよ“我が翼よ!自由を求め羽ばたけ大作戦!”決行だ!」
……………。
口にして初めて自分の異様なテンションに気づき、頭を抱え悶絶した。
ぐぅぁぁ〜!痛い!痛過ぎるっ‼︎
「……何でこんな作戦名にしたんだろう…“トンズラ”でいいじゃん」
お陰で少し冷静になれたけどさ…。
これ…地味にダメージ来るわ…。
ふぅ…何はともあれ、深夜になったら行動開始だ。
ー天楼城 控室 「紅梅の間」ー
夜も更け。
本来ならば交代で待機している筈だったが、誰一人として休もうとする者はいなかった。
元狼から告げられた天獣帝との謁見を明日に控え、シルバートとクロードは落ち着くことなどできず、側近達もまたそれに関わる諸々の問題に頭を悩ませていた。
「まさか天子様とお会いできる日が来ようとは…」
「俺も未だに信じられん」
シルバートもクロードも、手に取った飲み物が冷めきってしまった事に気付かない程深く考え込んでいた。
他の者も押し黙ったまま、考え込むばかりで重い空気だけが部屋中に満ちていた。
手にした匙で飲み物をかき混ぜていたフィルがその手を止めた。
「人族が現れた事が、それ程の“大事”であるという事なのでしょう…」
「カミシロ・サクラ…様…か」
頬杖をついたまま、向かいの壁に掛かった絵画を眺めていたギールも呟いた。
額の中に飾られたその絵には。
天上の神に見守られながら、人々が心臓を獣人へ捧げる様子が描かれている。
ダンも絵の方をチラリと見ると、フィルの言葉に反応した。
「人間について解明されているのは“御伽話”で語られてきた話。
その程度のものしかない…。
中央文殿に封印されている“禁書“。
解読済みの本の中でさえ彼等についての詳しい記述はなかった。
…おそらく全てをご存知なのは天子様だけだ」
「でも、天子様は”変災“について言及された事はなかったんだよね?」
エルは椅子を傾け、グイッと腕を上げ伸びをするとダンに尋ねた。
「ああ。
これまで天獣帝の宣託を直に受ける事ができるのは元老公のみだった。
御二方の対話は御使様が一言一句を記録され、中央の文殿に全て保管されている。
だが私の俺る限り“始まりの変災”について天子様が語られたという記録はないな。
だからこそ、老公院と護城城主立ち会いの元、行われる今回の謁見は異例中の異例…。
支国の大公らが騒ぎ立てるのも無理はない」
ダンの家系、ベアエル一族は伯位。
代々“中央司書官”として“エスカニヤ中央文殿”と呼ばれる大図書館を管理してきた。
天楼城内にあるこの文殿は、市井に設けられた“小書館“ (図書館)などが所有している書物とは違い。
天獣帝と歴代の元老公達の対話の記録。
老公院議事録、下局や四方護城からの報告書等、重要かつ機密の文書が主に取り扱われている。
更には人間が存在していた時代に残されたとされる、太古の書物が”禁書“として厳重に保管されていた。
ダンの一族はその全ての書物、記録の管理、及び禁書の研究を担っている。
今でこそシルバートの側近として仕えているが、ダンは幼い頃から官としての教育と知識を叩き込まれてきた。
彼は全ての文献を把握する驚異的な記憶力の持ち主で、ベアエル家の次期当主として期待される程の逸材なのだ。
その彼が断言するのだから間違いはない。
やはりそうかと言うように、エルとギールは肩を落とした。
「“人間世界の戦争はもっと悲惨だ”
とサクラ様が仰っておられましたわね。
あの御伽話とどこか符合するお言葉でしたわ…」
ダンとメリルが言葉にした“御伽話”の内容はこうだ。
『遠い遠い遥か昔。
人間という種族が存在した。
彼等はこの世のものと思えぬ、豊かで平和な世界を創り上げた。
世界は生命に溢れていたが…いつ誰が呪ったのか。
赤い病が世界を覆い始めた。
多くの人間が死に絶えると、太陽は身を隠し。
夜もまた闇を失った。
海は蒼い水を灰のように濁らせ、風は猛り狂いながら山を削り。
大地は恵みをもたらす事を止め。
天は黒い涙を流し続け人の世の終わりを嘆いた。
僅かに残った人間も次々と病に倒れ、やがて鳥も獣も魚達も。ありとあらゆる生命が絶滅の危機に瀕していった。
だが皮肉な事に。
死にゆく多くの魂を得て“白い神”がこの世に誕生したのだ。
残された人間達は
“罪深い我らの魂と引き換えに他の生命を救い給え”
と神に祈り。
その身を贄に。この世に“獣人”を誕生させ、彼等に世界を託し滅んでいった』
獣人達はこの物語を“始まりの変災”と呼び、戒めと獣人の起源として語り継いできた。
「“白い神”とは天子様の事…。
“赤い病”とは争いを示しているのでしょう。
世界は終焉を迎えようとしていたが、残された最後の人間達と天子様のお力で我々獣人が誕生した。
支族、平民に関わらず。
幼い頃から聞かされてきたこのお話は、ただの物語ではなく全て事実だったのですわ。
サクラ様とお会いするまで、私も“人間”は想像上の種族だと思っておりましたもの…」
この獣人世界で語られる“人間”とは。
白き神である天獣帝と同様に、叡智と創造。破壊と誕生の象徴として恐れ、崇められてきた存在だったのである。
ナイルにも未だに“桜”の存在が夢のように思えて仕方がなかった。
「俺も…ただの物語だと思ってた。
まさか本当に人間が存在していたとはな…」
この天楼城には神である“天獣帝”が在る。
だがナイルとメリルが言ったように、“人間”は天獣帝とは違いあくまでも想像の種族だと思われてきた。
だからこそ、種族の特徴を持たないだけで、自分達と姿形がさほど変わりない少女の事を、“人間だ”と聞かされても今ひとつピンと来なかったのだ。
だが、シルバートとクロードは彼等とはまた違った想いが湧き上がっていた。
あの日、初めて彼女を目にした瞬間。
言いようのない高揚感が自分達の中で滾ってくるのを感じた。
胸の高鳴りは止まず。
彼女の側へと駆け寄りたいという思いで溢れていたのである。
確かに美しい少女であった。
だがそれだけで彼女に惹かれたのではない。
この気持ちは一体なんなのか…。
抑えがたい衝動の正体が、二人にはまるで分からない。
「御伽話と言えど誰もが知る存在。
その人間が現れたのだ。
まして、サクラ殿は女性。
老公様方も危惧されていた事だが、血統主義の獣人にとって彼女の価値は計り知れない。
何としても手中に収めようとする輩は必ず現れるだろう」
クロードの表情が更に険しさを増した。
人間が実在したという噂が広まる中。
多くの獣人達が人族の顕現を喜ぶ一方で、怪しい動きをする者達の情報が護城に報告されたのである。
支国の動きも活発化し。
天楼城へ登城の申請が多く寄せられた。
それは十二の大公一族のみならず、支族という支族。
果ては平民である混血種族の大商家からもひっきりなしに届き始めたのだ。
下局は通常の業務に加え。この対応に追われた為、護城勤めの同族へ応援を要請しなければならない状況になった。
「僕はエスカニヤの上層部がここまで緩かった事に正直驚いてるよ」
エルは猫族らしく、縦長のスリット状に細めた瞳で空を見つめながら冷ややかな笑みを浮かべた。
「全く同意見だね。
確かに下局の連中は、支国から派遣された支族達も怪しいけど。
僕は上局の爺さん達の方が余程信用ならないと思うよ」
ギールも半呆れた面持ちで、扉の先にある部屋を意識しながら吐き捨てた。
今回の情報の拡散は諜報武官である彼等からすれば、考えられない失態だったからだ。
エル達が何より腹立たしかったのは。
歴代最高と謳われる、元狼ディアロ・ウォルネルの元で情報漏洩が起きたという事実だ。
「お前達、口が過ぎるぞ…」
フィルがいい加減うんざりした様子で二人を嗜めると、深く溜め息をついた。
「だってさ。あり得ないでしょ?
サクラ様が保護されてまだ三日も経ってないんだよ?
いくら何でも支国の動きが早過ぎるって」
エルの主張はもっともだった。
人間の存在が発覚した後。
急遽箝口令が敷かれたが、あの日桜を目撃した東氏・西氏軍末端の兵からその情報が漏れた可能性は否めない。
だが、天獣帝が桜を正式に人族と認めた後。
今回の異例の謁見について、正式な文書が下局に伝わる前に各国に知れ渡っていた。
しかもシルバート達が老公院に招集される以前から、それぞれ支国の上層部に情報が渡っていた事が確認されたのだ。
エルとギールが老公達に疑惑の目を向けるのも無理はない。
勿論。紅梅の間にいる誰もがその可能性を考えていた。
「警戒すべきは支国だけではない。
エスカニヤ内にも、腹に一物を持つ愚か者共が侵入しているようだと、北氏、南氏から報告があった。
だが現在。四方護城には下局からの招集令が下っており、この塔城に相当数の人員が集められている…。
城主としては認めたくはなかったが、塔城からの緊急要請を無碍にはできんのだ。
護城の護りが僅かではあれど、緩んでしまっている今。奴らが動けば北と南の警邏のみで対応できるとは思えん」
「シルバート様…」
心配そうにシルバートを見つめるエルに対し、ギールはイラつきながらその場で立ち上がると
「ほらね。
今回の件はどう考えたっておかしいよ。
だってあのディアロ閣下だよ?
こんな失態を見過ごす筈ないって!」
息巻くギールの言葉にシルバートは一瞬眉を顰めた。
これまで猫族と狼族は良い関係とは言えない者同士だった。
だが ”戌の時代“を迎えると、いつしかその関係は改善されていった。
それは猫族だけに限らず。
これまで国同士、種族同士でいがみ合ってきたあらゆる種族の関係を、狼族が融和へと導いたのだ。
それは歴代の元狼達が粘り強く交渉し続け、築き上げてきた成果であった。
特にシルバートとクロードの父。
元狼ディアロの人気は高い。
歴代元老公の中では最も若い元狼だが、その手腕は勿論。
忠誠と正義を貫く姿勢。
種族を問わず相手を重んじるその心根で、エスカニヤのみならず、十二の支国の民からも支持されている。
エルとギールは勿論。
この場に居る者は、元狼に対し全幅の信頼と尊敬の念を寄せているのだ。
ただ一人を除いては…。
だからこそ腑に落ちないのだ。
老公の誰かから情報が漏れたのだとしても、元狼が何の手段も講じる事なくそれを見過ごす筈はない。
そして何より、この度の支国の動きはあまりにも早かった。
「……機密が漏れるのをわざと放置されたのだろうか?」
すると両手を組んでいたフィルの言葉にギールが噛みついた。
「何の為にだよ。
天子様に害が及ぶような真似をディアロ様が許す筈ないだろ?」
「ギール。
お前も知ってる筈だ。
ここ数年妙な動きをしている国がある事を」
「…クロード様…。
それは…確かにそうですけど…」
さっきまでピンとしていたギールの耳と尻尾は途端に元気を失った。
「これが意図的なものだとすれば、父上…元狼の考えが理解できなくもない。
昔からあの国がエスカニヤに、不満を抱えていたのは周知の事実だ。
それに近頃は“妖”と“生成”の発生の報告が頻発している。
キメラ問題も深刻化しているこの時に、人族出現の吉報が降って湧いたのだからな…」
「炙り出し…ですか?」
「ああ。
父上の目的がそうであればの話だが」
炙り出し…。ナイルの推察通りならば、これを機に謀反を企む輩を一掃しようという事なのだろう。
そうであるならば、元狼が仕組んだという説は合点がいく話だ。
だが、エル達は釈然としなかった。
「クロード様…?ディアロ閣下はその為だけに桜様を囮になさったという事ですか?」
メリルもまたナイルとクロードの説に違和感と不快な思いを感じていた。
「…………」
「私は信じたくありません。
元狼様が天子様を欺く様なやり方をなさるとは思えませんもの…。
ましてや桜様を囮にだなんて…。
もし…もしもそうだったとしたら…、私許せませんわ!」
「おいメリルちょっと落ち着け!
まだそうと決まった訳ではないだろう?」
拳を震わせ涙を流すメリルの瞳孔は一文字に細くなり、瞳はギラギラと怒りに燃え息は上がっている。
その様子に動揺したダンは、シルバートとクロードに目配せしたが。
二人ともすっと視線を逸らした。
「ちょ…」
堪らずフィルやナイルにも助けを求めた。
が、皆白々しい態度で気付かないふりをしている。
見捨てられたダンの腕にメリルは顔を埋めた。
「メリル⁈おい…」
その瞬間ダンの顔から血の気が引いていった。
「ぅあ“ーーーーっ‼︎
痛っっ!
メリル!止めろ!」
「ほうでもひないとわはふし、いはりほおはえられまへんほ!」
<訳> こうでもしないと私、怒りが抑えられませんの!
メリルはダンの二の腕に思い切り食らい付くことで、何とか自制心を保とうと必死だったのだ…。
ダンからすれば、単なるとばっちりである。
「おい!メリル‼︎
俺は何も言ってないだろうっ⁈
クロード様っ‼︎
何とかして下さい!
あだだだーーーっ!
助けてっ!シルバート様!」
ダンの悲鳴は部屋中に響き渡った…。
羊族は温厚な性格の者が多い。
彼等は非常に繊細で敏感である。
また他人の表情を見るだけで、相手の心理状況を把握する能力に長けている為、索敵官、或いは諜報官を多く輩出している。
メリルは”羊の国“大公の血筋だ。
本来ならば公女という高貴な身分なのだが…。
羊族は子を多く産む種族である。
獣人の中には、このように多子の種族がいるが、一族同士の争いを避けるため。
公位を捨て血統を守りながら市井官となるか、母国を離れる家も少なくない。
このような理由で都へと移り住んだ高位支族達は、エスカニヤで新たに伯位、衛位を賜るのが一般的なのだ。
メリルの家族も同様に支国を離れエスカニヤへの忠誠を誓った。
コリデール家の邸宅は北氏にあり、元々メリルは北氏城主ミレニアに仕えていた。
だがある事情の為、西氏への出向という形でクロードに使えている。
その事情とは…。
羊族はストレスに弱い性質を持つ為パニックを起こしやすい。
メリルの場合。
感情が高ぶると暴走しやすく攻撃性が増し、(物理的に) 相手に噛み付く癖があるのだ。
脚力も腕力も強いメリルは、羊族にして”狂犬姫“という不名誉な二つ名を持っている。
そんなメリルに手を焼いていた北氏城主ミレニアが、「似た物同士でうまくやれ」という書き付けと共に弟のクロードに彼女を託したのだ。
というわけで、ダンは哀れなスケープゴートとなってしまった。
「し…しかし…元狼様の策でないならば、やはりあの国の揺動という可能性が高いのでしょうか?」
ダンの不幸を尻目に、ナイルはメリルの矛先が自分に向かわなかった事に心底ホッとしながら、中断してしまった話を元に戻した。
しかしクロードは横に首を振ると
「分からん…。
これが父上の策なのか、支国によるものなのか…或いはもっと別の組織の仕業か。
あらゆる面で前代未聞の出来事だ。
支国であれエスカニヤの民であれ、この世の獣人達が浮き足立つのはもっともな話だからな。
いずれにせよ、今は情報も人員も不足し過ぎている。
だからこそいつも以上に警戒せねばならんのだ」
クロードの言うように、いくら考えたところで答えなど出るはずもない。
「誰の企みだろうと構わん。
我々の優先事項は決まっている。
何が起ころうともサクラ様をお護りするのだ」
口数の少なかったシルバートは。
自分の中の雑念を振り払うように力強く言い放った。
ここで疑念に取り憑かれるよりも、自分に与えられた任務に集中する他ないのだと。
その言葉通り、今考えるべきは桜の身の安全を守る事ただ一つだ。
彼の一言でほぼ全員の表情がこの時やっと晴れた。
すっかり夜は深まり、深夜に差し掛かろうとしていたその時。
紅梅の間の扉が乱暴に開かれた。
飛び込んできたのは官服に身を包んだ二人の獣人だった。
「東氏、西氏の城主様方!
大事にございます!」
彼らの慌てぶりに皆一様に嫌な予感がした。
「何事だ!」
シルバートの一言に二人は一瞬たじろいだが、今はそれどころではない。
堰を切ったように声を上げた。
「人間が!
カミシロ…サクラ様が!」
「お姿を隠されました!」