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裏道抜けたらケモの国   作者: 空鹿
2/14

私の人生詰みました

神代 桜 (18) 高校三年。

今日は大学の入試当日。


私の志望する大学は都会の有名大学とまでいかないが、地方ではそれなりに知名度の高い公立大学だ。


ー志望動機ー

“自宅から一番近い大学だから”


将来の為とか。

研究したいテーマがあるだとか。

そんなものは特にない。


あくまでも家庭の事情。


この大学へ進む事が私にとって都合が良かっただけ。



だが田舎とはいえ。

県内では高志願率で有名な公立大学。


並の脳しか持たない私が、普通に勉強するくらいで合格圏内に入れる筈もなく。

おかげさまで花の高校生活など皆無に等しかった。


しかし。

頑張った甲斐はあった。

高二の後半からグングン成績が伸び始め、模試の判定も余裕で合格ライン突破!



それでも気を抜く事はしなかった。


だって合格できなきゃ意味がない。

最後の最後まで足掻き続けるのが私の信条なのだ。


だが流石に本番前に無理は禁物と。

早めに就寝するためベッドに入ったけれど…。


案の定。

本番を前に緊張で寝付けるはずもなく。

結局明け方まで勉強していたのだが…。


どうやらいつの間にか眠っていたらしい。

うっかり寝過ごしてしまった。



バスに乗り遅れてしまうっ!

この便を逃したら完全にアウトだ。


こうなったら裏道使って時短するしか方法はない!






小学2年の夏。

事故で両親を失った。


祖父に引き取られることになり、都会から地方の小さな町に越して来た。


夏休み直前ということもあって、クラスの子達と交流する時間もなく。


更にある事件をきっかけに、その後全く友達が出来なくなった。


まあ、元々コミュ障気味の私。


友人がいなくても特に気にならない。

むしろ一人で遊ぶ方が気楽だった。


そんな私がハマったのが“裏道マッピング”という遊び。


路地裏や、建物と建物の狭い隙間。

およそ道とは呼べない獣道など。

裏道という裏道を散策しまり、あらゆるポイントへ時短できる自分だけの近道を構築していったのだ。


つまり“探検ごっこ”

大抵の子供が思いつくような、しょぼいガキンチョのお遊びだったけれど…。


友達のいないボッチの私にとって、それはとても真剣で楽しい娯楽だった。


それも大人になるにつれ (成長して通れなくなってしまったり“道徳的に通ったらまずいだろ”という場所だったと気付いた)、裏道を使う回数は減っていったけれど。





だが!

今こそこの無駄知識を使わずしていつ使う?


どんなに狭かろうが、多少モラルに反しようがそんな事知るか!

こっちは人生かかってんだ。


これまでの努力を不意にするわけにはいかない。


受験戦争本番。

戦わずして負けてなるものかっ!





家を飛び出した私は先ず近所の神社へ向かった。


鳥居を抜け。

拝殿で軽く会釈し小さくニ拍するとすかさずダッシュ。


“神様すみません。

作法無視。

(本坪鈴(ホンツボスズ)鳴らしてる時間が惜しかったです)

賽銭(さいせん)なしの図々しいお願いですが、落ち着いて受験できますように…。

その前にバスに間に合いますようにっ!”


心の中で何度も”神様への謝罪“を繰り返しながら、大急ぎで裏手の林へ入った。


その時。


本殿の方から小さく

”シャン“

と神楽鈴の音が聞こえた気がした。





獣道を分け入り。

林を抜けたその先は高さ2m程の石垣になっている。


“えいっ”とジャンプし車道に降りるとそのまま住宅街へ。


ここは入り組んだ道が多い場所。

正規のルートでは、バス停まで10分以上かかる。


だが時短ルートを行けば5分程度で目的地に行けるのだ。


人一人通れるくらいの狭い路地裏に入るとすぐさま家と家の間にあるコンクリの塀によじ登り、バランスを取りながら横這いに進んだ。

ここは窓が近いから見つかったら怒られる。

※経験あり


(そこの猫よ邪魔だ。退いてくれ)

ジリジリと近づくと猫は迷惑そうに去って行った。


塀を飛び降りた道の先は、古い木壁で塞がれた袋小路。


迷う事なく壁の節穴に指をかけ、朽ちかけた木の板をスライドさせると身を縮めながら通り抜けた。


今は空き家となっている庭を素早く抜け玄関側にまわると敷地を抜けた。


(見つかったら間違いなく通報されるな)


次の道を曲がり。

排水路沿いに続く狭い通路を突っ切れば大通りに出られる。

バス停はすぐ近くだ。


なんとか間に合いそう…。


時計を見ながら目的の路地に入った。



筈だった…。



は?



目の前の景色に困惑した。


空は高く大きく青く広がっており、建物らしきものは一切見当たらない。

ガタガタした古いコンクリの道はなく足元には草と花が…

って?


前も。

横も。

後ろも…。


360°見渡す限りぜーんぶ。

延々と続くだだっ広い草っ原⁈



なんだ?これ…。



いや。待て…。

ルート間違えたのか?

そんなはずはない。


夢?

もしかして私まだ寝てんの?


いかん…早く起きろ遅刻する!

思い切り頬をつねってみた。


痛い…。


それにこの疲労感…夢じゃない。



思考停止していると遠くから大勢の怒声のようなものが聞こえてきた。



声の主達は数十秒も立たないうちに姿を現した。


何という事だろう。


両サイドから槍や剣を持った集団が、私の立っている場所目指してものすごい勢いで迫ってきている。



何?


え?え?


ちょっ…早い早い早いっ!

このままじゃ巻き込まれる⁈


うわぁぁぁぁぁーっ‼︎


思わず目を(つむ)り頭を抱えてしゃがみ込んだ。



ドォーン!

ガッシャーーーーンっ!


すぐそばで何かがぶつかった音と人のうめき声やどよめきが聞こえる。




恐る恐る目を開けると…。



血塗(ちまみ)れになった黒と銀の集団が、何かに阻まれたように綺麗に間隔を空け倒れ込んでいるのだ。


私が言葉を失い呆然(ぼうぜん)としていると。


頭を振りながら起き上がった兵士達がまるでパントマイムでもするかのように、目の前でペタペタ手を動かし困惑していた。


ぶっっ!


彼らには悪いが。

その姿があまりにも滑稽(こっけい)で、堪えきれず吹き出してしまった。

(大丈夫。気づかれてない…)



一体何が起きた?

見えない壁…⁇



まさかと思いながら。

兵士達が座り込んでいる所まで這いながら恐る恐る近づいてみる。



ツンと突くと奇妙な感触がした。



本当に壁がある!


思わず後退りした。



その時だった。


それぞれの集団から一人ずつ。

パニックを起こしている兵士達をかき分けながら近づいて来た。


左側から。

黒い和風の甲冑を(まと)った、白髪(はくはつ)に毛先だけ銀色の短髪の男。


右側からは…。

中世の騎士のような鎧を纏った、

銀髪に毛先が白の長髪男(ロン毛)



どちらもなんとなく雰囲気が似ている。

髪の色は互いの色が反転したって感じだし…。


ん?


何でケモ耳付いてんの?


耳の色も反転してるな。


コイツらレイヤーか?


などと考えていたら。




「おい。貴様一体何をした!」

長髪(ロン毛)銀髪が怒鳴ってきた。



「小娘!何故我らの邪魔をする!」

白髪頭(しらがあたま)もかなり怒ってらっしゃるご様子。



いやぁ~なりきってるなぁ。

有名レイヤーさんかな?


そっち方面知らんけど。


もしかしてイベじゃなく映画の撮影だった?


全く見覚えない俳優さんだけど。



「貴様!」

「小娘!」

『無視する気か⁈無礼だぞ!』


お?ハモった。



「クロード!今は私が小娘に質問してるのだ邪魔するな!」


「黙れシルバート!俺が先に聞いてるんだ!横から口出すな!」



見えない壁越しで二人の口喧嘩がヒートアップしていく。


私は体育座りしたままそれをぼーっと見つめていた。


長髪(ロン毛)長髪がクロード。

短髪がシルバートか。


長髪の見かけは知的な雰囲気だけど言動は高慢騎士。


短髪は俺様キャラに見えるけど態度や性格は冷静なインテリ君主…。


逆転キャラ?


両方ともどことなく顔が似てるような気がする。


これ絶対兄弟設定だよね?

兄弟で戦争って。


戦国時代かっ。

ウヒャヒャ。



というか。

イベか映画か知らんけど?

私こんな(もよお)しに参加した覚えないんですが?


どっか他所(よそ)でやってくれませんかね。


しかし…。

よくできた特殊メイクだな。


尻尾も耳もなんてナチュラルな動き…。

あっちの羽根生えた人なんか飛んでるし。


どこ見てもワイヤー付けたクレーンなんか見当たらないんだが…。



「……?」


ん?


飛んでる?…だと⁈



思わず目を(こす)ってもう一度ケモ耳軍団を見回してみた。



もしかして本物?

いやいやっ。

待て。んな訳…。




「⁈」



私。

ちょっと落ち着け。

大事な事忘れてない?


今何時だ?


ハッとなり腕時計を確かめた。


ちょっ!!!!!


急に身体中の血が引いていく音が聞こえた気がした。



「あ“ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎⁈」


9時過ぎてるっ!

嘘でしょぉぉぉ⁈

完全にアウトじゃん!


私の三年間の努力は⁈


浪人確定⁈



うそ……終わった。



完全に詰んだ。




私の思考はそこで停止してしまった。









どの位立っただろう。


うるさかった外野はいつの間にかすっかり静かになっていた。




クロードとシルバートの周囲には、

それぞれ幹部らしき獣人が集まり。

チラチラとこちらを伺いながら何やら話し込んでいる。


下っ()兵士の何人かは入れ替わり立ち替わり、飽きもせずパントマイムショーを楽しんでいるようだ。


見えない壁はまだあるらしい。




はぁ…どっか行ってくんないかな。



あいつらずっと私に何か言ってた気がするけど全然内容が入ってこない。


もう、どうでもいいや…。


疲れた私はその場で体育座りしたままケモ集団を睨みつけていた。



何故睨んでいるのか。


”獣と視線が合ったら絶対に()らしてはならない。

でなければ、目を逸らした相手を格下だと思い襲ってくる“


って何かの本で読んだことがある。




獣人って結局は(けもの)でしょ?

ここで格下認定されたらこの先どう扱われるか分かったもんじゃない。


今はこの壁のおかげで襲われないだけであって、これが消えてしまったら無力な人間の私なんてあっという間に殺されるに決まってる。


気を引き締めないと…。



そう思った矢先だった。


ぎゅるるるるるる~~


「あ…」


そうだ朝から何も食べてなかったんだっけ。


お腹すいた…。


お弁当作る時間なかったから何も持ってない。

飴か何か入れてなかったかなぁ…。



背中に背負っていた鞄を下ろし、中を探ってみた。


ん?


あれ?

弁当入ってる?

そんなはずないんだけど…。


ハッ!


弁当の空入れっぱなしにしてた?


いや…しばらく作ってなかったよね?


「…」


でも変な匂いはしない。


とりあえず、出来るだけ視線を落とさないように弁当を開けた。


(マジか)


卵焼きに唐揚げ、ふきの煮物、タコさんウインナーにおにぎりちゃん (ハート)。


見覚えのある惣菜が詰められた。

正真正銘私の作った弁当だ!


とりあえず一口食べてみる。


「ウマぁーーーーっ (キラキラ)」


全然悪くなってない。

普通に美味しいよぉぉ!


私がお弁当に夢中になっていると、長髪(ロン毛)のケモ()クロードが話しかけてきた。



「おい貴様!何をしている!

それは食い物か?

この俺を無視して飯食ってんのか⁈」



イラつきながら(わめ)き立てている長髪(ロン毛)を無視して弁当を楽しんでいると。


反対側に座っていた短髪のケモ男。

シルバートまで身を乗り出しながら声を掛けてきた。


「小娘。

それは見たことのない食べ物だが…お前何処(どこ)の国の者だ?」



心の中で

(はぁ?日本ですけど?何か?)

と答えておいたのでいいだろう。



タコさんウインナーうま~ (花)



彼らの言葉に私が全く反応しないのが相当頭にきたのだろう。

幹部らしきケモ男達が立ち上がり、腰の刀や剣に手を当て威嚇(いかく)し始めた。


「この無礼者!

我らが主君の問いに答えよ!」


と怒りを(あら)わにしている。




ふふ~ん。

来れるものなら来てみろ。

この壁突破できるもんならな。


余裕シャクシャクで次のおかずに舌鼓(したつづみ)を打つ。


唐揚げウマー。




食事を終えるといつものように

「ご馳走様でした」と手を合わせ、(から)になった弁当箱を鞄に戻した。


しかしなんだろね?

いつまでもギャーギャーうるさいな。


早よどっか行け。



そりゃね?

あんたらからしたらこんな小娘のせいで?


戦争ヒャッホーの大舞台に水差されたんだから怒りたくなる気持ちも分からなくはありませんよ?


でもそれはこっちも同じなわけ。


大事な試験受けられず。

突然こんな所にほっぽり出された私の方こそいい迷惑なんですぅ~。


その上?訳のわからんケモ集団にギャーギャー言われるとか。

超ありえないんですけど?



あ。

なんかムカついてきた。


いや。

マジで腹立ってきたわ。



「おい!貴様何とか言え!

この小娘がっ!」


続いて立ち上がったクロードが、遂に腰の獲物を抜いてその剣先を私に向けてきた。



それを見た瞬間。

頭の奥で何かがプチっと切れる音がした。




「はぁ?」


私の身体はみるみる冷えていき。

逆に熱く重々しい何かが血管中を巡る奇妙な感覚を覚えた。



「さっきから…

人の事を“貴様”だの“小娘”だの適当に好き勝手呼んでくれちゃってるけどさ。


お前らこそ何様だよ」



あ。

やばい。

口が止まらない。



「後から人の前に現れておいて無礼だと?」


あはは。

これまずいやつだ。

あの時と同じアレだ。



「無礼はどっちだよ。

あんたらみたいなコスプレ戦争馬鹿に、ギャースカ(わめ)き立てられる覚えはないんですけど?


マジふざけんなっ!

あのね。

迷惑(こうむ)ってんのは私の方なわけ。


こちとら貴重な高校生活犠牲にして必死こいて勉強してきたんデスガ?


いきなり訳のわからん世界放り込まれた私が、何であんたらみたいなモフ男共に意味不明なイチャモン吹っかけられなきゃならんのじゃ!


その上?剣向けられるとか。


ハッ!

何なの?


理不尽にも程があるんですけど⁈


私の人生詰んじゃったばかりなんですけどっ⁈


ねえ。誰か責任取ってくれんの?


って言うか?


お・ま・え・ら

そんなに戦争やりたきゃどっか他所(よそ)でやれや!


殺し合いでも何でも好きにしろ!


そして勝手に死ねっっ‼︎」



これがネット上の発言ならば。

間違いなく警告文が送られてくるだろう…。


そんな暴言を吐きながら。

怒りの赴くまま硬く握った(こぶし)をバーンと地面に叩きつけるとボコリと地面が凹んだ。

(えらく柔らかい地面だな)



ふう。でもちょっとスッキリ。


そう思った直後だった。



ピシッ…。


メリメリメリッ。


ビシビシッ…ボコボコボコッ


ドゴォーーーーーーーーンッ‼︎‼︎


振り下ろした拳を起点に。

凹んだ地面にヒビが入ったかと思うと、それはみるみるうちに大きく長い亀裂となった。

そしてその後を追うように大量の土煙が、高く垂直に吹き上げて行った。


パックリと割れた地面は遥か遠くまで続いている。



「え?」


あまりの出来事にポカンとしていると。

壁越しに立っていたシルバートとクロード他、兵士の皆さん達が。

耳を伏せ、尻尾をブルブルと震わせながら、真っ青な顔でこちらを凝視している。


後方で誰かが


「ば…バケモノ…」


と呟いた途端。


ぎゃぁぁぁぁーーと下っ端兵士達はまるで蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


その様子を見ながら。

まるでピンと張られていた糸が切れたように、私の身体から力が抜けていった。


「バケモノって………か弱いレディに…何ちゅう…デリカシーのな…ぃ…」



そんな不満を漏らし終わらないうちに目の前はグニャグニャと揺らぎ始め、そこから私の意識は無くなってしまった…。

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― 新着の感想 ―
[一言] めちゃくちゃ凝ったかっこいい設定に、軽妙な語り口でそれをうまく隠し味的に使っているあたりが魅力的な作品ですね。いろいろ参考になりました。 扉絵も素敵です。続きを楽しみにしています。
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