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家電菜園

作者: 村崎羯諦

 九州のおばあちゃんの家は周りが広い畑で囲まれていて、そこでおばあちゃんは家電を栽培している。いわゆる家電菜園だけど、元々農家だったということもあってかなり本格的で、電子レンジや、炊飯器など、いろんな種類の家電を育てている。夏休みには毎年おばあちゃんの家に帰省して、そこで一週間ほど自然に囲まれた家でゆっくりと過ごす。私は弟と近くの川でザリガニを釣って遊んだり、そして、おばあちゃんの家の畑で、丸々に実った家電を収穫するお手伝いをしたりした。


「よう見とき、由香里ちゃん。炊飯器は、こうやってコンセントの差し込みプラグば手で持って、捻るようにちぎっとたい。そしたら、ほれ、こげん綺麗に収穫できる。やってみぃ」


 草いきれに蒸れた畑に腰を下ろし、私はおばあちゃんから家電の収穫の手ほどきをうける。それからおばあちゃんに教えてもらった通りに、丸々と実った炊飯器のコンセントの差し込みプラグを手で掴んで、えいやっと手でひねる。プチッと軽快な音がして、コンセントがヘタから綺麗に切り離される。へこみがあって、色もくすんでて、家電量販店で売っているような立派なものでは決してない。それでも、自分の手で炊飯器を収穫できたことが嬉しくて、私は思わずはしゃぎ声をあげてしまう。


「おかーさーん。見て! 炊飯器が採れた!」


 収穫したばかりの炊飯器を両腕で抱えて、縁側でうちわを仰ぎながらくつろいでいたお母さんのもとに駆け寄る。林の匂いを含んだ風が吹いて、風鈴が軽やかな音色を立てる。胸元をはだけさせたお母さんは私の腕に抱えられた炊飯器を見て、あら、立派な炊飯器と笑いながら褒めてくれる。


「ねぇ。今日のご飯は、由香里が採った炊飯器で炊いてくれる?」

「うーん、そうねぇ。由香里が採った炊飯器はちょっと小さすぎるから、一合しか炊けなさそう。明日、昼食におにぎりを握ってあげるから、その時に使おっか」

「うん!」


 私は畑の土がついたままの炊飯器を縁側に置いて、おばあちゃんの元へと駆け戻る。夏の日差しは強く、サンダルの裏から伝わる土の熱気が身体を昇って、首筋から汗が流れる。お母さんが私の採った炊飯器でご飯を炊いてくれるって。私がおばあちゃんにそう伝えると、おばあちゃんはシワだらけの顔をほころばせてよかったねと言ってくれた。



****



「お義母さん。畑で採れた家電もいいですけど、そろそろ量販店で売ってる最新の家電を使ったらどうですか。別に量販店にいかなくても、今の時代ならネットですぐに注文できますし」


 夕飯時。炊場での作業をようやく終え、エプロンを外しながら食卓についたお母さんがおばあちゃんにそう言った。私たちが取り囲む座卓の上には家ではあまり食べないような食事が並んでいる。野菜が大きくカットされた筑前煮、フキの佃煮。ご近所さんが釣りのおすそわけとしてくれたアジをたたきにして、ごまとニンニクをあえたもの。野菜をサイコロの形に切ったものを入れたのっぺい汁。どれもこれもおばあちゃんの家で採れた家電を使って作った料理だ。最新の家電だともっとパッと作れるんですよ。お母さんそう勧めてみるが、おばあちゃんは笑いながら首を横に振る。


「店で売っとるような家電は何ばしよるかわからんし、うちの畑で採れたやつが一番安心ばい」

「大丈夫ですよ。最近の家電メーカーはそこらへんの品質管理はきちんとしてますし、ものすごく簡単に操作できるんですよ。それに、AI機能とかいろんな機能がついててすごい便利になってるんです」


 弟が私の小皿に自分の食べられない野菜をそっと置いてくる。私は弟の頭を小突き、野菜を弟の皿に戻す。喧嘩はダメだぞとお父さんが私たちを静かに注意した。


「私はおばあちゃんの家で採れた家電の方がいいかな。家のやつで作るより、美味しくなる気がするもん」

「由香里も自分で家事をするようになったらわかるわよ」


 私はお母さんの言葉にむっとする。しかし、言い返す言葉も思いつかず、私は黙って筑前煮のごぼうに箸を突き刺した。一昨日におばあちゃんが畑で採ってきた扇風機の風が私の髪を優しく撫でる。窓の外は都会では見たことのないような真っ暗闇で、中庭にはえた草木が夜風に揺れていた。


 夕食を食べ終え、居間で家族みんなで団欒していると、食器洗いを終えたお母さんがお父さんの仕事用パソコンを持って戻ってきた。お母さんは机の上でパソコンを開き、おばあちゃんに声をかける。それから二人は顔を寄せ合って、パソコン画面を覗き込む。


 私がこっそり後ろから近づいてみると、二人が見ていたのはネット通販サイトだった。お母さんがおばあちゃんに一つ一つの商品について説明していて、おばあちゃんは一応説明を聞いてはいるものの、どこか気乗りしない感じだった。


「ほら、見てください。この電子レンジなんか、無農薬で栽培されてるやつですよ。それに生産者の顔とどこで作られたのかだってきちんと書かれてるんですよ。それに、三年間の保証サービスが付いてるんで、すごくお買い得なんです」


 お母さんが見やすいようにと画面を拡大する。右上には農作業着を着て、立派な電子レンジを胸に抱えた農家の写真が貼られている。その隣には長野県のどこそこの村で栽培されていたものだという説明が書かれている。長野県は電子レンジの生産量が日本で一番なのだと、お母さんがおばあちゃんに情報の補足を行う。


「おばあちゃん、通販サイトで家電を買うの? 畑じゃもう家電作らないの?」


 私がたまらず声をかけると、お母さんとおばあちゃんが私の方を振り返る。いや、見とるだけばいとおばあちゃんが返事をすると、お母さんが一瞬だけ私の方を見て、余計なことを言うなと目で訴えてくる。


 お母さんの言う通り、私の家で使ってる最新家電はすごくおしゃれだし、おばあちゃんの畑で採れる家電なんかよりずっと頑丈で、時々変な音を鳴らして止まっちゃうことなんかもない。だから、おばあちゃんの畑で採れる家電の良いところを言おうとしても何も思いつかなかった。


 私は何も言えず、黙ってしまう。お母さんがパソコンの画面へと視線を戻し、説明を続ける。おばあちゃんは通販サイトで家電を買うつもりなんてないのに、お母さんが次々とサイトのページを開いて、すごい技術を使って、すごいお金をかけて生産された家電を紹介していく。すごかね。おばあちゃんはお母さんの説明に頷きながらじっと耳を傾ける。台所から畑で採れた自動食洗機の不快なビープ音が聞こえてくる。間抜けで、田舎臭いその音が、パソコンで表示された最先端の家電とのどうしようもない性能の差を示しているみたいだった。


 私はお母さんの横でパソコンの画面を見つめるおばあちゃんの背中を見つめる。心なしかその背中はどこか寂し気な感じがした。


****


 一週間が過ぎ、私たちが自宅に帰る日になる。荷物を車に詰め、帰省中一緒に遊んだ友達とお別れをし、車に乗り込む。


「いいですよ、お義母さん。家にはちゃんと量販店で買ったやつがありますから」

「遠慮せん、遠慮せん。去年持たせたやつももう古くなっとるけん、今年採れた新しいやつば持って帰らんね」


 座席のシートに膝立ちし、後ろの窓から声のする方を見てみる。車の外ではおばあちゃんがお母さんに、畑で採れた家電の入った紙袋を渡そうとしていた。なかば強引におばあちゃんが家電を手渡し、渋々お母さんはもらった家電をトランクへと押し込んだ。


「また正月にくるね!」


 窓を開け、おばあちゃんに最後のお別れをいう。おばあちゃんが穏やかに手を振り、それからゆっくりと車が走り出す。畦道を通り抜け、国道でと出たところでおばあちゃんとおばあちゃんの家はすっかり見えなくなり、あたりはただ田んぼが広がるだけの風景になる。


「あなたからもちゃんと言ってよ。気持ちは嬉しいんだけど、毎年毎年、畑で採れた家電をもたされるのは大変なのよ。家に持って帰っても、扱いに困るし」

「少しくらいいいじゃないか。お袋だって俺たちが帰ってきて嬉しいんだから。ちょっとくらいわがままに付き合ってくれよ」

「家電の処分とか全部私がしてるから、あなたはそんなのほほんとしたことが言えるのよ」


 お母さんとお父さんが毎年恒例の会話を繰り広げる。横では弟が大きなあくびをし、バッグに入れていたゲーム機を取り出し、それで遊ぼうとする。酔うからやめときなさい。こちらを振り返ることなくお母さんが弟に注意し、弟が渋々ゲーム機を鞄にしまう。


 私は好きだけどな。おばあちゃんが畑で作った家電。


 そう小さく呟いてみたが、声は車のエンジン音にかき消され、お父さんとお母さんの耳には届かなかった。私はバックミラー越しにおばあちゃんの家の方角を見つめる。田んぼで囲まれた田舎の風景、夕焼けに照らされ茜色に染まった稲。


 私は家に帰宅すると同時に押し入れの中へと放り込まれるであろう家電に私は思いを馳せた。それと同じタイミングで車がゆっくりと交差点を曲がり、トランクに押し込まれていた家電同士がぶつかり、かすかに鈍い音を立てたような気がした。

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